第23話:「噂の少年。やはり静観だ。」
サノイは、報告書を読み終えても、すぐに机から目を離せなかった。
内容は単純だ。
・井戸周辺での熱中症発生数の減少
・昼間の作業継続時間の延長
・兵士の消耗率の低下
どれも、本来ならありえない。
「……気候は、悪化しているはずだ」
ここ数十年、ずっとそうだ。
気温は上がり、夜も冷えなくなった。
それなのに――
一部だけ、数字が合わない。
場所は、商業都市バルサム。
より正確には、特定の時間帯・特定の区画。
(偶然ではない)
サノイは、背もたれに体を預け、深く息を吐いた。
⸻
「兵長」
部下が、扉の前で敬礼する。
「例の噂の件、追加です」
「話せ」
「“涼しい子供”がいる、と」
サノイの眉が、わずかに動いた。
「子供?」
「はい。五歳前後。黒髪で、痩せていて、目が青いそうです」
(……青い目)
情報が、線で繋がる。
井戸の日。
市場。
食堂。
どこも、報告の内容が似ている。
「その子がいると、楽になる」
サノイは、腕を組んだ。
⸻
「……魔法、か」
部下が、慎重に言う。
「氷属性の可能性が――」
「軽々しく口にするな」
即座に遮った。
部屋の空気が、少し張り詰める。
氷魔法。
この国では、
価値が高すぎる。
だからこそ、扱いを誤れば――
守る前に、壊される。
「まだ、断定はできん」
サノイは、静かに言った。
「だが……放置もできない」
⸻
彼は、街の地図を広げる。
印が付けられている場所は、
すべて噂が出た区画だ。
(……動線がある)
子供が歩きそうな道。
住民が集まる場所。
まるで――
生活の上を、なぞるように。
(無自覚、か)
それが一番、厄介だ。
⸻
「兵長、どうしますか」
部下が尋ねる。
サノイは、少し考えてから言った。
「直接は、近づくな」
「監視ですか?」
「違う」
首を振る。
「守れ」
部下が、目を見開く。
「理由は?」
「噂は、もう止まらん」
サノイは、低く言った。
「なら、こちらが先に把握しておく」
誰が嗅ぎつけるか分からない。
商人か。
役人か。
あるいは――
もっと上か。
「その子が、“危険”として認識される前に」
⸻
サノイは、窓の外を見る。
城壁の向こう、
灼熱の街。
(子供一人で、状況を変えられるほどなら)
それは、
兵器にも、
救いにもなる。
どちらに転ぶかは――
周り次第だ。
「名前は?」
「……ルーク、だそうです」
「……そうか」
サノイは、その名を、心の中で反芻した。
(眠そうな顔の、ただの子供、か)
だが、
この国は、そんな存在を放っておかない。
「……面倒なことになったな」
それが、
兵長としての、
正直な感想だった。




