第20話:「サノイは気づいた。そして判断した。」
サノイは、城門の影で兜を外した。
額から流れる汗を拭いながら、
深く、息を吐く。
「……生きて帰れたな」
独り言だった。
誰も答えない。
だが、
その言葉に反論できる者もいなかった。
⸻
今日の暑さは、異常だった。
砂が焼け、
空気が逃げ場を失い、
呼吸するだけで体力が削られる。
本来なら――
出撃自体が無謀な日だ。
それでも、
街を守るために動いた。
結果は、奇妙だった。
「……動けた」
剣は振れた。
指は痺れなかった。
意識も、最後まで保った。
重装備の兵が、だ。
(おかしい)
サノイは、兵として長く生きてきた。
こういう「違和感」には、慣れている。
慣れているからこそ――
見逃せなかった。
⸻
「兵長」
部下の一人が近づいてくる。
「軽傷者は出ましたが、重症者はいません」
「……そうか」
ありえない。
サノイは、内心でそう思った。
この暑さ、この条件で、
それは“運が良い”では済まない。
「……お前、途中で何か変だと思わなかったか」
部下は、首を傾げる。
「変、ですか?」
「息だ。動きだ」
少し考えてから、部下は言った。
「……確かに。
途中から、少し楽になった気がします」
「全員か?」
「ええ。
気のせいかと思いましたが……」
サノイは、目を伏せた。
(気のせいじゃない)
⸻
思い返す。
戦闘の直前。
城門付近で、空気が変わった。
熱が、暴れなくなった。
冷えたわけじゃない。
ただ――
耐えられる状態になった。
(……誰かが、手を入れた)
それも、
意図的ではない。
自然でもない。
サノイは、城門の方を見る。
そこには、
兵でも、魔法使いでもない――
一人の子供がいた。
⸻
痩せた体。
褐色の肌。
黒い癖っ毛。
どこにでもいる、平民の子。
ただ、
青い目だけが、妙に印象に残る。
眠たそうで、
気怠げで、
危険とは無縁そうな顔。
(……あの子だ)
確信ではない。
だが、
兵としての勘が、そう告げていた。
⸻
「子供が、戦場の役に立つはずがない」
理屈では、そうだ。
だが、
今日の戦いは、理屈通りに進んでいない。
サノイは、拳を握った。
(もし、もしだ)
あの子が、
この暑さを“和らげている”のだとしたら。
それは――
武器だ。
しかも、
この国では、致命的な価値を持つ。
⸻
「……厄介だな」
サノイは、低く呟いた。
守るべき街。
守るべき兵。
そして――
守るべき、何も知らない子供。
(あの目は、戦う人間の目じゃない)
それが、
せめてもの救いだった。
⸻
サノイは、決めた。
まだ、報告はしない。
確証がない。
そして何より――
早すぎる。
「……せめて」
あの子が、
自分の価値を知る前に。
街が、先に気づいてしまう前に。
「少し、様子を見るか」
兵長は、そう判断した。
それが、
正しかったかどうかは――
まだ、分からない。




