第11話:「意識はしてない。戦況が変わった。」
最初に異変が起きたのは、
日が沈みきる直前、夕暮れ時だった。
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ルーク達が暮らす商業都市バルサム。その外縁部では
砂地と倉庫が混じる区域で、見張りの男が足を止めた。
「……?」
風が、止まっている。
いや、違う。
熱が、動いていない。
じわじわと皮膚を焼く感覚が、
一箇所に溜まっている。
「おい……」
声を上げる前に、
砂が――盛り上がった。
ずるり、と。
砂の下から現れたのは、
犬に似た魔物。
だが、毛はなく、
体表は赤茶けた岩のようにひび割れている。
口を開けば、
吐息そのものが熱波だった。
――サンド・ドッグ。
「来たぞ!」
叫び声と同時に、
地面が、次々と動く。
一体、二体、三体。
群れだ。
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鐘が鳴る。
低く、重く、
街全体に響き渡る。
「魔物だ!」
「外縁部だ、近づくな!」
人々が、動き出す。
扉が閉まり、
露店が崩され、
子供が抱え上げられる。
恐怖はある。
だが、パニックにはならない。
通達が、生きていた。
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治安部隊が展開する。
剣を抜き、
盾を構え、
距離を取る。
「近づくな!
熱害が来る!」
分かっている。
分かっているが――
「……あ?」
一人が、声を漏らした。
「近づいてるのに……」
「熱が、弱い?」
サンド・ドッグは吠えた。
――だが。
その吠え声は、
想定よりも、鈍かった。
地面は焼ける。
だが、溶けない。
魔物から放たれる熱波は強烈だ。
だが、息ができる。
「……倒れるほどじゃない!」
「今だ、押し返せ!」
本来なら、
近づくだけで戦線が崩れる。
なのに――
踏みとどまれている。
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一方、その頃。
街の内側。
「うわ、今日は外うるさいね」
ルークは、
自宅のリビングの床に座っていた。
昼から、ずっとここだ。
「外、出ちゃダメよ」
母さんが言う。
「分かってるって」
ルークは欠伸をした。
正直、
外が危険なのは分かる。
でも――
(……なんか、さ)
嫌な感じがしない。
怖いはずなのに、
胸の奥がざわつかない。
ただ、
空気が落ち着いている。
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外縁部。
戦闘は、続いていた。
「数が多い!」
「でも……押せる!」
サンド・ドッグは、
確かに強い。
熱も、牙も、爪も、致命的だ。
それでも――
一線を越えてこない。
まるで、
何かに引き留められているかのように。
「……撤退していく?」
誰かが叫ぶ。
砂を蹴り、
魔物たちは距離を取る。
吠え声を残し、
夜の砂地へ溶けていった。
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静寂。
誰も、すぐには動けなかった。
「……生きてる」
「全員、無事だ」
被害は、出た。
火傷。
倉庫の一部損壊。
だが――
「少なすぎる……」
誰かが、呟いた。
本来なら、
死者が出ている。
確実に。
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治安補佐官マルクは、
報告を聞きながら、黙り込んでいた。
(……抑えられている)
理由は分からない。
だが、確実に――
何かが、街を守っている。
「原因調査を急げ」
「はい」
マルクは、夜の街を見た。
まだ、熱は残っている。
それでも――
人は、立っている。
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ルークの家。
「……外、静かになったわね」
「終わったのかなあ」
「外は兵隊さん達が収めてくれているだろうから、俺は街の様子を見てくる」
そう言って父さんは玄関を出て行った。
「気をつけてくださいね…」
--ルークは、ふと水の入ったコップを手に取った。
なんとなく、
指で縁をなぞる。
(……冷やす、か)
意識する。
ほんの、少し。
水が――
落ち着いた。
「……あ」
自分でやって、
自分で驚く。
(やり方のコツ、掴んじゃった)
外で何が起きたのか、
全部は知らない。
でも――
なぜか、思った。
(これ、使いどころあるな)
街は、
まだ耐えている。
そしてその裏で、
一人の少年が、
無自覚なまま、戦場の条件を変えていた。




