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砂漠の国に生まれた。氷魔法が使えた。  作者: 赤いチーズ
第1章幼年期

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第10話:「異常な気温上昇。街の危険。」


商業都市バルサムは、

暑さには慣れている街だ。


砂漠の国に生きる以上、

「暑い」は日常で、「耐える」は技術だった。


――少なくとも、今朝までは。



役所の中は、いつもより静かだった。


人がいないわけじゃない。

むしろ、普段より多い。


それなのに、

紙の擦れる音と、咳払いしか聞こえない。


「……次」


呼ばれて前に出た下級役員は、

額の汗を拭くことも忘れ、書類を差し出した。


商業都市バルサム

魔物発生・被害報告


「――以上が、今朝までの集計です」


治安補佐官マルクは、

ゆっくりと目を落とした。


文字が、やけに滲んで見える。


「……サンド・ドッグ」


声に出した瞬間、

部屋の空気が、わずかに重くなる。


「数は?」


「確認できているのは七件です」


「件?」


「はい。個体数ではありません」


つまり、

群れが、複数。


「被害状況」


マルクの声は低い。


「人的被害は重傷二名。

幸い、死者はまだ出ていません」


「……“まだ”か」


役員は、答えなかった。


否定しなかった時点で、十分だ。


「続けろ」


「家畜の焼死が四件。

倉庫一棟が半焼。

露店三軒が、熱害により営業不能です」


紙をめくる音が、やけに大きく響いた。


「被害者の証言によれば――

近づいただけで、皮膚がただれたとのことです」


「接触なしで、か」


「はい」


サンド・ドッグは、

噛みつく魔物じゃない。


存在そのものが、災害だ。



「出現場所は?」


「街の外縁部が中心です。

砂地が多く、夜間も地温が下がらない区域」


つまり、

街を囲む形。


「原因は……」


分かっていても、マルクは聞いた。


「……気温上昇です」


役員の声が、わずかに震えた。


「本来なら夜間に活動を止める魔物が、

沈静化していません」


「このままだと?」


「市街地に、侵入します」


即答だった。



役所の外。


広場では、水を求める人々が列を作っている。


いつもより、無言だ。


喧嘩も、怒号もない。


あるのは――

余裕のなさ。


「昨日より、暑くないか?」


「気のせいじゃない」


「いや……子供が、夜に泣き止まなくてな」


そんな会話が、ひそひそと交わされる。


露店は、布を二重に垂らし、

店主は椅子に座ったまま動かない。


井戸番は、

何度も同じ質問を受けている。


「魔物?

……ああ、出たらしいのう」


「どこに?」


「外だ。今はまだな」


その「まだ」が、

誰の耳にも重く残る。



「……王都への報告は?」


役所に戻り、マルクは聞いた。


「第一次報告は済んでいます」


「返答は?」


「調査団の準備中とのことです」


「いつ来る?」


「……未定です」


マルクは、深く息を吐いた。


(間に合わんな)


この暑さ。

この進行速度。


待っている余裕は、ない。


「市民への通達を出せ」


「内容は?」


「夜間外出の制限。

外縁部への立ち入り禁止。

井戸の管理を最優先」


役員が、躊躇う。


「……混乱が出るかと」


「出る」


即答だった。


「だが、何も知らせずに被害が出れば、

それ以上だ」



夕方。


街に、通達が貼り出される。


文字を追う人々の顔から、

笑みが消える。


「魔物……」


「サンド・ドッグだって」


「本当か?」


「井戸の外で見たって話だ」


噂は、

熱と同じ速さで広がった。


扉を閉める音が、増える。


子供を家に引き戻す手が、強くなる。


それでも、

完全な恐怖にはならない。


なぜなら――

まだ、街は壊れていないからだ。


「……今日、意外と動けたな」


「分かる。昼なのに」


「風か?」


理由の分からない“楽さ”が、

逆に不安を呼ぶ。


(この状態で、魔物が来たら?)


誰も口に出さない。


だが、

全員が、同じ方向を見ていた。



治安補佐官マルクは、

窓の外を見つめながら呟いた。


「……街が、噛まれ始めている」


まだ、致命傷じゃない。


だが――

確実に、歯は立てられている。


そしてこの時、彼はまだ知らない。


この街のどこかに、

熱を鈍らせるだけの“異物”が、すでに混じっていることを。

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