進級試験と、癒しの魔法
宿屋〈青いアルパカ亭〉の小さな部屋
テーブルランプが机の上を柔らかく照らしていた。
明日は冒険者ギルドで行われる魔法使い進級試験の日。
これが最後の総復習だ。
マリーは筆記具を握りしめ、不安をこらえながら模試の問題を見つめる。
その横顔を、アレッシュがそっと見守る。
「焦らなくて大丈夫だ。ひとつずつ、確実に思い出していこう」
その声が胸の奥をじんわりと熱くし、マリーにやる気が満ちていく。
火魔法の原理と魔法陣を書き終えると、アレッシュが肩越しに覗き込み、穏やかに微笑んだ。
「うん。正しく書けてる」
(……はぅっ……アレッシュさんの声が耳元で……!!)
その距離の近さに、マリーのドキドキは止まらない。
風魔法を起こす順序が浮かばない。
ペンを持つ手が震え、迷いが出てしまう。
「大丈夫、マリー。風はただ空気を動かすんじゃなくて……?」
アレッシュの声で、以前教わった風魔法の原理がふわっとよみがえる。
(そうだ……“空気の温度を変える”だ……)
マリーは冷静さを取り戻し、深呼吸する。
(うん、大丈夫、大丈夫)
水・雷・土……ひとつずつ丁寧に確認していくうち、自信が湧いてくる。
アレッシュが、全問きちんと回答が書かれたノートに目を通し、うん、と頷く。
「昨日よりできてる、頑張ったな」
そっと、マリーの頭をポンポンと撫でた。
マリーの胸がきゅんとなり、頬までぽっと熱くなる。
「あっ、明日がんばるね!」
「うん、この調子なら大丈夫だ、がんばれ」
この試験に通れば、アレッシュと一緒にもう少し難易度の高い依頼も受けられるようになる。
(絶対、合格してみせるよ!!)
⸻
魔法使い進級試験当日
会場の長机に向かうと、マリーの鼓動はまた早くなっていた。
(大丈夫……大丈夫……アレッシュさんが言ってくれた通りに……)
開始の合図とともに、紙の上に魔法式の記述が広がる。
火魔法―魔法陣もすらすら書けた。
風魔法―昨夜の復習が頭をよぎり、きちんと書けた。
水・雷―慎重に、丁寧に。
土―何度も練習した通りに手が動く。
(……いける……!)
途中、難しい問題があって心が揺れた。
そんな時、アレッシュの言葉を思い出す。
「焦らなくて、大丈夫」
その言葉が灯台の光のように、マリーを導いてくれていた。
⸻
筆記が終わると、すぐ実技会場へ。
アレッシュは付き添いとして、少し離れた場所で見守っていた。
実技試験は、各自得意な魔法で審査を受ける。
マリーは癒しの魔法だ。
マリーの両手に、柔らかな黄色い光がふわりと灯る。
その中心で、一瞬だけダイヤの粉のような光の粒がきらりと瞬き、すぐに消えた……。
アレッシュだけは目を細め、息を呑む。
アレッシュ以外誰も気づかなかったが――
(……普通の癒しの魔法じゃない……?)
マリーは優しく、丁寧に光を操り降り注ぐ。
温かさが伝わるその魔力に、試験官たちは満足げに頷く。
マリーは、緊張の糸がほどけたように肩の力を抜いた。
⸻
試験後
マリーは記述も実技も合格点を得ることができた。
会場を出たところで、アレッシュが優しく微笑む。
「おつかれさま、合格おめでとう!本当によく頑張ったな」
「……ありがとうございます……」
緊張が抜けたせいか、マリーの頬はほんのり赤い。
「頑張ったご褒美、何か欲しいものあるか?」
途端に、マリーの頭の中に“欲しいもの”が浮かび、顔が真っ赤になる。
「ぎゅってしてほしい」と言ったら、アレッシュはどんな反応をするだろうか。
……声が詰まってうまく出ない。
「……ぎゅ……」
マリーは口をぱくぱくする。
「……ぎゅ??」
アレッシュが不思議そうな顔でマリーをじっと見る。
マリーは耐えられず、さらに真っ赤になった。
「ぎゅ……ぎゅ……」
アレッシュはマリーが大丈夫か確かめようと一歩近づき、腕に触れようとした。
その瞬間!!
恥ずかしさがピークに達したマリーは、自分でも思いもよらぬ言葉を叫んだ。
「牛タンが食べたいです!!」
「…………ぎゅ、牛タン……?」
ポカンとしたアレッシュの表情を確認し、マリーは両手で真っ赤になった顔を覆う。
(ぎゅってしてって……言えなかったぁ……!)
(しかも牛タンって……!)
アレッシュは、ひとりで真っ赤になりブンブンと頭を振り身悶えしているマリーが姿が可愛すぎて、そっと優しく笑った。
「……牛タン、食べに行こうか。あそこの屋台、まだやってるよ」
アレッシュがためらいなく、マリーの手を取る。
「……っ!」
マリーの指先から腕を通って、体中に一気に熱が広がる。
「ほら、行こう。……転ぶなよ」
アレッシュに手を引かれ進む街並みは、灯がキラキラしている、世界がまるでスローモーションのように後方へ流れていく。
アレッシュは、ふわふわとした足取りのマリーをさり気なく気遣い、護りながら人混みを進む。
マリーの手は絶対に離さないように、“ぎゅっ”と握りしめて。
最初に思い描いた“ぎゅっ”は叶えられなかったけれど、手に伝わる“ぎゅっ”はマリーにとって最高のご褒美だった。
(……ずるい……こんなの……もっと……)
マリーの胸がじんわり温かくなり、アレッシュを想う気持ちが自然と深まっていくのを感じた。
夕暮れの光の中、手を繋いで歩く二人の影が伸びていく。
屋台から漂う炭火の香りが、少し先から風に混ざって流れてきた。
手のぬくもりが二人の距離を近づけていた。




