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マリーとアレッシュの魔法日記   作者: 時雨とおる


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2/6

ティーカップと、赤い頬

午後の光が斜めに差し込む宿屋〈青いアルパカ亭〉の食堂。

客の姿はひとつもなく、静けさの中に紅茶の甘い香りだけがふわりと漂っている。


木のテーブルを挟んで向かい合うのは、宿屋で働くリサと、今日の依頼を終えたマリー。


二人は表向き、「都で知り合った友人」ということになっている。

だが本当は―同じ小さな村で育った幼馴染。

それを知るのは、村に残ったわずかな人たちと、この二人だけだ。



リサが紅茶のポットを置き、そっと木箱を開けた。


「はい、マリー。懐かしいでしょ? 村のリンゴジャム」


思わずマリーの頬がゆるむ。

二人が育った村では、紅茶にリンゴジャムを落とすのが昔からの習慣だった。


マリーは自分のカップに、ジャムをひとさじ落とす。


「……ああ、懐かしい味……!」


リサもにこりと笑い、声を少し潜めた。


「でしょ? 紅茶にはこれがないと落ち着かないよね」


その口調には、幼馴染にしか出せない柔らかさがあった。



紅茶が温まり、心までほぐれたように会話が弾む。


「で……どうなの? アレッシュとは〜?」


リサがにやりと笑った瞬間、マリーの肩がびくっと跳ねた。


「な、何が……?」


「何がじゃなくて。最近ずっと一緒に依頼受けてるし。いい感じじゃん?」


マリーの頬が、真っ赤になる。


「い、い、いい感じとかじゃ……ないよ……!?

その……でも……時々すごく優しいし……近いし……ドキドキするし……」


「するし?」


「……するのっ……!」


リサは机をトントン叩いて笑った。


「はいはい。完全に恋する女の子の顔だよ」


「してないっ!」



しばらくタルトをつついてから、マリーが小声で切り出す。


「……ねえ、リサ、ずっと疑問だったんだけど……」


「うん?」


「キ、キスって……息ってどうするの……?」


リサ「!!!!」


リサは一瞬で固まった。


「……え、息?」


「う、うん……止めるの……?

止めたままだと倒れちゃうかもしれないし……

口がくっついてるのに……息、できるのかなって……う……」


最後は俯いて、声が消えていく。


リサは口元を押さえ、ぷるぷる震えた。


(いやもう可愛すぎでしょ……!?)


「……マリー、鼻で息すればいいんだよ。普通はそうするもん」


「でもっ! それだと鼻息かかっちゃうじゃないのーーー!!」



「鼻息?」


背後から静かな声。


二人「………………え?」


ゆっくり振り向くと――

お盆を持ったアレッシュが、いつもの無表情で立っていた。


「……いま、“鼻息”って聞こえたんだが」


マリー

「ぎゃああああああああああああ!!?」


リサは椅子から落ちかけ、

マリーは真っ赤になってテーブルに突っ伏す。


(なんでこのタイミングで来るの!?

なんで聞かれてるの!?)


リサはカチャカチャとカトラリーを用意し、何事もなかったかのように席を用意する。


「……ちょうど休憩に来たところだ、何の話をしてたんだ?」


「な、な、な、なんでもないです!!!」


マリーが高速で否定するので、リサは堪えきれず笑った。


「アレッシュさんも紅茶どうです? カップ用意しますね」


リサは落ち着いた手つきでカップを出す。


マリーは慌てながら紅茶にジャムを入れる飲み方を勧める。


「こ、これ! リンゴジャム入れるとすっごく美味しいんですよ……!」


アレッシュは一口飲み、わずかに目を細めた。


「……カトレ地方のジャムか。この飲み方……懐かしい。昔、飲んだことがある」


その言葉に、リサの肩がぴくりと跳ねる。


「ち、ちがっ……いえ、その、私の故郷の飲み方で……!マリーには私が教えただけで!」


「そ、そうなんです! 私は、リサに聞いたからしてるんです!」


二人が揃って慌てるので、アレッシュは首を傾げた。


(……そんなに焦ることか?)


口には出さないが、胸の奥に小さな引っかかりが残る。



アレッシュが去ったあと。


マリーはテーブルに突っ伏したまま声を震わせた。


「き、聞かれてなくてよかった……!キスの話……!」


リサは紅茶をすっと飲み、にっこり笑う。


「うん。“全部”は聞かれてなかった、よ」


「へ?」


「なんでもないよー。マリー可愛いね、ほんと」


実はリサは気づいていた。

アレッシュが入ってきた気配も、声をかけたとき、ほんの少し頬が赤かったことも。


(マリーが必死で慌てるの……めちゃくちゃ可愛かったな)


甘い紅茶の香りが漂う中、午後の時間はゆるやかに流れていく。



翌日。


マリーはアレッシュの顔をまっすぐ見ることができなかった。

「鼻息」事件が脳裏をよぎるたび、頭から湯気が出そうになる。


だがアレッシュは―

いつもより少しだけ、歩幅を合わせてくれる。


気づいたのはマリーだけだった。


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