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6話



 会話の中でメリーに座るように促し続け、やっとソファーに戻ってくれた。


 メリーの説明と自身の知識の擦り合わせは、違和感無く進む。ノルトヴァルト領は、他の地域とは比べものにならぬほど厳しい『極冬』という季節がある。


 作物は育たぬどころか土は凍り、重い雪に埋もれ、物資の枯渇にも直結する。


 そんなノルトヴァルト領を統括するのは代々夫人の役目だそうだが、離縁後の戦時中はノルトヴァルト公爵の母君が領地に戻り指揮をしていた。


「大奥様は亡きノルトヴァルト前公爵と政略結婚された由緒正しい貴族の生まれです。今は⋯公爵様により療養地へ送られております」

「どこか悪いのか?」

「いえ、大病もなく健康な方ですが、イリーナ嬢との確執があったようです」


 戦争が終わり出征の必要がなくなったノルトヴァルト公爵が実の母を追い出すように療養地へ行かせた。


「どうなさいますか?イリーナ嬢が見つかるまで、こちらの邸に滞在されるのも悪くはないかと思います」

「⋯いや、北端のノルトヴァルト領は一度行っておきたい」


 帝国軍との戦地とは離れており一度も足を踏み入れた事がないが、雪と氷に隠された壮大な鉱山で採れる鉱石には価値があると父から聞いた。

 しかし市場に出回る事はなく、レーヴェン領ではおとぎ話に登場する幻想の石と語られている。


「戦争が終われば採掘も進むかと思ったが⋯極冬とやらはそれを阻むだろう」

「採掘については公爵様により停められております。ノルトヴァルト領では生きるための炉であり、鉱石の加工が出来る程の高温を保つ技術までは民達に不要なのです」

「天候により地形は不安定で、他領への流通も不可能⋯か」


 これには領地間の交渉が必要だが、今の私には自由の尊重がある。それはノルトヴァルト公爵が自ら交わした誓約だ。


「イリーナ嬢の行方はともかく、レーヴェン領が潤う好機だ」

「と、言いますと?」


 頭の中でガルディナ王国全土の地形を広げる。安全で確実な陸路⋯天候の影響を受けずに済む対策⋯。大まかな印を脳内の地図に残し、私は伏せていた瞼を上げた。


 これは、私が公爵夫人である間に叶えねばならない。


「北端と東端を繋ぐ、交易路の敷設計画を進めよう」

「それは⋯かなり大掛かりな⋯」


 途方もない年月は必要だろう。だが、その長い年月をかける程の価値がある。


 私は足を組み替え、背凭れに体重を預けた。


「私の当面の目標とする。離縁されたとしても、何も得ずに戻ればレーヴェンの領民たちに笑われてしまうからな」

「奥様を笑う者がおりましたら即刻処分を致しましょう」

「領民、と言っただろう⋯」


 メリーの瞳に揺れは無く、本気だ。


「ふ、ははっ」

「⋯奥様?」


「ならば私は、民たちの命を守るために笑われぬ生き様を晒そう」




──コン、コン、


 キリの良い所で控えめなノックが響いた。メリーは警戒するように姿勢を正し、目線だけを扉の方へ向けている。


 朝食の毒が効いたか確かめに来たのだろう。


「⋯⋯⋯」

「⋯」


 言葉は発さず、アイコンタクトを送ればメリーは静かに頷いた。




 部屋主の返事もないまま開けられた扉。そこから死角になる位置に移動していた私とメリーは息を潜める。


「居ないわよ!」


 入ってきたメイドは、勢い良く振り向き廊下の者に伝えた。その呼びかけに入ってきたメイドは2人。


「即効性があるんじゃなかったの?」

「傍付きのメイドも居ないじゃない」

「会って1日2日の主従関係なんて成立しないわよ」


 3人のメイドは、私の背中の傷を見て卒倒した者たちだった。


「死ぬことはないとしても、麻痺は残るのよね?」

「喉に作用すれば窒息するはずよ。まぁ、生きていたとしても身体に麻痺があれば騎士として威厳もなくなるし」

「あはっ、可哀想に〜。あの人から騎士を取ったら何も残らないじゃない」


 毒の話しで間違いなさそうだ。言われているのは私だが⋯拳を震わせるほどに怒りを抑えられないメリーが今にも飛び出しそうで様子見を終えることにする。


 メリーの肩に優しく手を置き、身を隠したままで居るように合図する。顔を顰めて首を横に振ったメリーに、私はもう一度、身を隠しているように、と念を押した。

 不服そうに頷いてくれたメリーに微笑みを向け、私は3人のメイドが散らばって逃げないように⋯足音を殺して扉を閉めた。


「!!!!」


 流石に扉の音までは消せず、3人の視線が集まる。


「部屋の主に挨拶もなく談笑とは。此処は貴様らの憩いの場であったか?」


「あ⋯なん、で⋯」

「わ、わわ私たちは⋯そう、ただ公爵夫人のお部屋の掃除に来ただけです!」


 苦し紛れの言い訳に2人のメイドの表情が引き攣った。


「ちょっと⋯!話くらい合わせなさいよ馬鹿!」


 小声で言っているつもりなのだろう⋯しかしこの距離では丸聞こえだ。

 呆れるばかりで、溜め息すらも出ない。


 唯一の扉の前には腕組みをして立つ私が居り、2階に位置する此処から窓に向かうとは思えない。何よりもそのような度胸がないのは、メイドたちの小物感が明白にさせる。


「そこに座れ」


 そこ、と見たのは床だった。3人の顔色は無くなり、音が出そうな程にガタガタと震えながら床に座り込んでいく。


「毒を仕込み、私の殺害を企てた事実を認めるか?」

「い、いえ⋯殺害だなんて⋯」

「では、何が痺れる、と?」

「⋯それは⋯その⋯」


 思考をフル回転させているのか視線が泳ぐメイド。恐怖により萎縮したように動かなくなったメイド。精一杯の笑みを向け誤魔化そうとするが冷や汗が止まらぬメイド。


 3人を見下ろし、次の詰問へ移行する時。


「何をなさっているのですか」


 扉が開かれ、私の後ろから女の声がした。顔だけ軽く振り向きその姿を視界に入れ、またメイドたちへ視線を戻す。


「お初にお目にかかります。部屋主の返事も請わずに扉を開けられるような高貴な御方よ。今は取り込み中だが⋯彼女たちは貴女の管轄下にあるのだろうか?」


「⋯!⋯⋯無礼をその寛大な御心でお許しくださいませ。私はノルトヴァルト公爵様にお仕えし、王都邸宅を任せられております侍女長・キャンベルでございます」


 侍女長の登場に3人のメイドの表情が幾分か明るくなったように感じる。これほどの失態を犯しても尚救われる希望を夢見ているようだが、その様が黒幕を想像させるとは思い辿り着かなかったのか⋯


 私の隣に立ったキャンベルは凛とした声で3人のメイドの名前を呼び、まるで叱りつけるように強い言葉を使っていく。


「公爵様が不在中に、公爵夫人の部屋で不祥事を起こすとはどういう事ですか!」

「じ、侍女長⋯私たち、公爵夫人が私たちを誤解しているようなんです!」

「黙りなさい!」

「っ、」

「まったく⋯申し訳ございません公爵夫人。この子たちは一度退席させましょう。その後はこちらにお任せください。私からキツく⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯」


 つまらない寸劇を黙って見ていたが、やっと私の顔を見上げたキャンベルは口を開けたまま次の言葉を詰まらせてしまった。


「キツく、どうするんだ?」

「その、キツく⋯厳罰を与えます」

「ほう?厳罰だそうだ。私の勘違いで受ける厳罰とはなんだろうか?」


 例えば、と前置きをする。


「騎士流の厳罰には種類がある。行動命令違反には訓練の倍増、他者への迷惑行為では3カ月間激戦区の前線へ連れて行く」

「公爵夫人、お言葉ですが此処は騎士団ではございませんので⋯」


 取り繕うような笑みを貼り付けたキャンベルを視界の端に入れるだけにして、私は3人見下ろすことを止めない。


「上官命令の拒否、上官への侮辱行為などは四肢を切り落とす事がある」


「「「!!!!!!」」」

「公爵夫人!お言葉をお控えください!」


「四肢を切り落とすのも、その四肢を拾い使うのも⋯上官次第という事だ。その者の下で生き残りたいのであれば、今ある四肢を忙しく動かす他ないだろう」

「夫人!!!」


 金切り声を上げて私の腕を掴んだキャンベル。私はキャンベルの手首を掴んで捻り上げるように持ち上げた。


「気が振れでもしましたか!!こんな事をなさって公爵様がお許しになるとでも?!」


「じ、侍女長⋯わた、わたしたち、どうなってしまうんですか⋯」

「侍女長がやれと言ったからやったのに!なんで私がこんな目にっ!」

「馬鹿!なんで言っちゃうのよ!」

「─あっ、」


「本音が出たようだが?」



 絶望と脱力を全身で表した3人のメイドから流れ落ちていく涙は誰も受け止めずに垂れ、床を汚した。


「侍女長・キャンベル。彼女等の上官に値するお前は、どのように処罰する?」

「〜〜〜!!」


 キャンベルは下瞼を痙攣させ、多量の冷や汗によりむわりと熱気を放った。歯をカチカチと鳴らしながらも私を睨み付けるその攻撃的な瞳は、既に取り繕う事も忘れている。


 冷めた目を向けても尚、噛み付きそうな敵意。


 廊下に集まっていた邸で従事する野次馬達の中に、ノルトヴァルト邸の騎士が居た。その者に目線を合わせ、口を開く。


「騎士よ。見せしめとして、四肢を切り落とせ」


 私の言葉に野次馬達もざわつく。騎士の男は、腰に下げた剣を押さえながらゆっくりと部屋に入った。


「⋯⋯⋯⋯」

「こ、公爵夫人⋯本当にやるのですか?」


 剣に伸ばした指先は震えており、握ることもままならない。首や肩、腕の筋肉の発達も未熟だ。

 私とキャンベルを交互に見比べながらうろたえる姿は、戦場の経験がない事を物語っている。


「⋯⋯⋯⋯」

「キャ、キャンベル侍女長!早くお許しを乞うべきです⋯っ!」

「ふざけた事を!この邸は私が管理しております!公爵様が⋯旦那様が私にその任を預けているのです!!」

「しかし⋯」


 キャンベルの怒声に騎士の男は一歩引いた。


「ふぅ⋯」


 溜め息を吐いた私は掴んでいたキャンベルの手首をメイドたちに向けて投げた。3人にぶつかり寝転ぶキャンベルはすぐに立ち上がろうとした所で私が先に屈んで目線を合わしてやる。


「四肢を切り落とすも残して使うも私次第だ。この邸の管理をしたくば精一杯動かす以外に選択はなかろう」

「なんと⋯野蛮な⋯っ!」

「メリー、部屋を変えてくれ。⋯此処はもう、私の部屋ではないからな」

「承知致しました」


 影から出てきたメリーと共に部屋から出て行く。ざわついていた廊下の野次馬達は、私が近付くことでその雑音を自ら消してくれた。





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