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3話



「それは素でやっているのか?」


 それ、が何を示すのか理解が遅れた。だが身体に染み付いた所作であると気が付いた頃には、ノルトヴァルト公爵はため息を吐いて視線を外していた。


「この後は王へ拝謁し、俺等の式の援助に感謝申し伝える」

「承知致しました」

「⋯苦労しそう奴だな」

「?」


 また、呆れた声色。閉まった扉を開けたノルトヴァルト公爵は、案内人を置いて先を歩いていった。追いかけ、2歩程後ろを歩く。


「俺は領地に戻るが公爵夫人は王都に残っても構わん」

「領地へ赴かなくて良いのですか?」

「自由の尊重をしているだろう。あそこは悪事を企てる余裕すら奪われる、過酷な地だ」


 案内人が後ろで息を切らしている。男性の中に混じっても身長の劣りがない私よりもさらに高いノルトヴァルト公爵の歩幅では、背の低い案内人が追い付けないのも無理はなかった。


 謁見の間の前に立つ警備兵は私たちに向けて敬礼をし、扉をコンと叩いた。


「ヴァルター・フォン・ノルトヴァルト公爵閣下、公爵夫人の御登城になります」


 開けられた扉の先を進む。数段高い位置にある玉座に向かって私とノルトヴァルト公爵は同時に片膝をついた。


「ヴァルター・フォン・ノルトヴァルトとその妻、エレノア・フォン・ノルトヴァルトが国王陛下へ拝謁賜ります」

「そう堅苦しい挨拶はよせ。他の者は払ってある」


 そういう国王も、今回はだらりと座って足まで組んでいる。口元のひげは三つ編みにされていたが、第三王女の仕業だろう。あの子はとんでもないおてんば娘だ。


「このたびは、国王陛下の格別のご高配により、無事に婚姻の儀を執り行いましたこと、謹んでご報告申し上げます」

「ヴァルター、堅いと申しておるだろうに」

「つきましては明日にでも領地へ戻る算段をしております故、王都へ戻るのは夏頃になります」

「エレノアよ、どうかワシの言葉が聞こえるようにヴァルターの耳穴をかっぽじってやってくれ」

「⋯!」


 顔を上げた私は、王と公爵を交互に見遣る。


「⋯エレノア?」

「王命は絶対にございますが⋯ノルトヴァルト公爵は総司令官であり元より私よりも階級が上⋯しかし王命は⋯」


 婚姻を結んだのだから少しは階級が埋まったと考えても⋯いや、副団長と総司令官では⋯


「公爵夫人の性格を知って居られながら戯れが過ぎるのでは?」

「はっはっは!良いではないか」

「⋯戯れ⋯とは⋯では、私は公爵閣下の耳穴をかっぽじらなくて良いのですか?」

「はぁ⋯」


 王の前で溜め息を吐いたノルトヴァルト公爵に、私はまた二人を交互に見る。国王の表情は終始穏やかだ。

 それだけで、この2人の関係性が友好的なものであると読み取れる。


「そうだ、エレノアよ」

「はっ」

「⋯エレノア、お主も堅すぎる⋯まずは肩の力を抜いてみろ」

「王命とあらば今すぐにでも」

「違う、違うぞエレノア。⋯うむ⋯まぁ、楽にして聞いてくれ」

「なんなりと」


 あ、いや。耳をかっぽじる事以外ならば、なんなりと。言い直す前に、国王が口を開いた。


「ゴルディア騎士団は解体する」

「承知致しました」

「副団長の任を降り、今後は騎士エレノアではなくエレノア・フォン・ノルトヴァルト公爵夫人として夫を支えなさい」

「⋯はっ!」


 返事に、戸惑いの間が出てしまった事に歯を食いしばる。膝の上に乗る拳に自然と籠る力は近距離のためミシミシと音を立てた。


 ゴルディア騎士団の解体は予想していたため狼狽えはない。どの騎士団へ配置されても私には満足が出来ないだろう。だが、しかし⋯


「以上だ。今年の極冬に備えてこちらからも物資の支援はしよう」

「謹んで拝受いたします」


 しかし⋯


 隣で立ち上がった気配がした。ゆっくりと顔を上げると、国王と目が合う。


「公爵夫人、退席するぞ」

「国王陛下⋯私は、⋯⋯私には剣しかないのです」

「うむ」

「その私から取り上げると?」

「取り上げるのではない。暫しの休息である。エレノア、お主はガルディナ王国にとって大きな功績を残した。お主無しでは未だに戦火の渦は鎮まらなかっただろう」


 私の腕を掴んで上に引っ張ったノルトヴァルト公爵によって私は立ち上がった。しかし足に力が入らない。


「よく似合っておるよ、エレノア」

「⋯っ!!」


 シャンパン色の、ドレス。メリーが施してくれたメイク。綺麗にまとめられたヘアスタイル。

 国王の褒め言葉に、頭に血がのぼったように熱くなる。これは羞恥ではなく、どうしようもない、怒りだ。



「国王陛下!私は戦しか知らぬのです!功績を認めてくださるならば、どうか御慈悲をお与えください!」

「その戦が終わった今、お主は剣を置くことを覚えねばならん」

「ではスチールブルー騎士団への入団を許可願います!民の平和のため、治安維持に尽力致します!!」

「ならん」

「国王⋯陛下⋯、」

「ならんのだ、エレノア」


 悩む素振りも見せない。いっときの感情と衝動を抑えられず子どものように駄々を捏ねた結果は、やっと羞恥として私を痛めつけた。


「エレノア。お主は公爵夫人として夫を支え、己の役目を深く考えること。さすれば、いずれ剣とは何かが見えてくる。今はワシの言葉を王としてではなく、お主よりも幾ばくか長く生きた一人の年長者として贈る助言と受け取りなさい」


 スリットから覗く足が、細く高いヒールが、腰に無い剣が、露わにされた肩口が⋯女性としてめかしこまれたはずの其れ等が、私が私である事を否定しているようだ。


「おめでとう公爵夫妻。心からの祝福だ」

「失礼致します」


 淡々と王へ返答したノルトヴァルト公爵は、促すように私の腕を掴む手に力を込めた。


「ご助言に⋯感謝、申し上げます⋯」


 左足を半歩後ろに引いて頭を垂れた。そうする事でノルトヴァルト公爵の手の力は緩む。


 謁見室から出ていき、ノルトヴァルト公爵はこちらを一瞥すると何も言わずに去っていった。王都から北端まで行くには、雪が積もる前に行かねばならない。互いに干渉しないという誓約があるため、ノルトヴァルト公爵は私の自由を尊重してくれたのだろう。


 いや、そもそも興味がないからこその誓約だ。


「⋯お部屋にご案内致しますか?」


 待機していた案内人は、ノルトヴァルト公爵の背中を見送ってから私に問いかけた。



「馬車を呼んでくれ」

「かしこまりました」


 城の外に出る。あんなに青かった空は、日が沈み初めていた。




 誰の出迎えもないまま邸にたどり着く。玄関ホールの扉を自分で開ければメリーが変な姿勢で止まっていた。


「お帰りなさいませ、奥様」

「⋯ただいま」

「お出迎えが遅れてしまい大変申し訳ございません」


 メリーの不自然な姿勢は外に出ようとしていたと推測する。


「今後の出迎えは不要だ」

「なりません」

「私に構わなくても良いと言っている」

「それは出来ません。奥様付きのメイドである以上自身の職務は全う致します」


 引かないメリーのその言葉に、喉が焼けるような熱さを感じた。かつての私も、自身に課せられた職務を全うしていた。形は違えど、彼女の姿勢を拒み続けるのは彼女を冒涜する行為だ。


「⋯すまない、少し頭を冷やしたい」

「承知致しました。お部屋へ戻りましょう」


 メリーは表情を変えずに部屋までの廊下を進んだ。

 ソファーに凭れて座る私の後ろで、メリーは髪を解いていく。


「冷やす、とは思考の整理でしょうか?それとも物理的に冷水をご所望ですか?」

「前者だ。メリーは気にせず続けてくれ」

「承知致しました。何か必要な物が出来たらお声掛けください」


 素早く化粧を落とし、他のメイドに湯浴みの準備もさせている。湯を待つ間、メリーはブラシで私の長い髪を梳いた。

 レーヴェン伯爵邸であれば、メイド達があれこれと詮索してきただろう。そして愚痴を零せば一緒に怒ってくれる。盛り上がりすぎて侍女長に怒られ、最終的には笑みで幕を閉じる。

 だが、此処では私とメリーだけ。メリーは言葉通り私の身支度に尽力し、余計な詮索は一切しなかった。



 寂しさも感じる。だが、心地良さも感じる。


「メリー、」

「なんでしょうか、奥様」

「教えて欲しいと言ったら、教えてくれるだろうか」

「分かる範囲でしたらすぐにお答え致しますが、知識が乏しい場合は少しお時間を頂戴するかと思います」

「あぁ、構わない」


 嫌味がなく、忖度がない。互いの腹の内を探る必要のないメイド、メリー。


 湯の準備が整い、メリーが私の髪を洗った。

 頭皮のマッサージに眠さが増す。


「私を歓迎していないのだろう?」

「それは誰が、でしょうか」

「皆だ」

「でしたら答えはいいえ、でございます」


 そうは思えない。だって⋯、と口にする前にメリーが「奥様の鉄板ネタで笑わないからと言って歓迎の話には繋がりません」と教えてくれた。


「少なくとも私は奥様に仕えることが出来て光栄に思います」

「そうか」

「はい」


 メリーの返事は、柔らかくも機械的な口調でありながら、芯のぶれない肯定だった。



 湯から上がり、ガウンを羽織って座る。


「公爵閣下との誓約を知っているか?」

「存じ上げております」


 タオルで髪の水分を押さえながら、メリーは答えた。


「自由を尊重し、互いに干渉しない」

「それは公爵様の前妻、イリーナ様の影響でしょう」

「あぁ、愛妻家であったと聞いた事がある」


 今も尚、前妻を忘れることが出来ない男⋯か。


「まるで私が悪者になった気分だよ」

「何故ですか?」

「見送りも出迎えも側仕えもメリーただ1人。これでも伯爵家の娘だ。公爵夫人がこのような扱いは不当だろう」

「⋯私、奥様を誤解していたかもしれません」


 髪に触れられていた感覚が離れ、後ろを見るとメリーは両手を口元に置いて驚いた顔をしていた。落ちたタオルを拾って髪を拭こうとすると叩き落とされたが。


「申し訳ありません。反射です」

「それは構わないが」

「いいえ、これは不敬です。そして落ちた物は使用しないでください」


 大して痛くもない小さな手による触れ合いになんの咎めが必要なのか⋯。しかし、私に対しての誤解とはなんだろう。


 メリーに問うと、


「一般のご令嬢とは懸け離れた感性の持ち主の方であり常識は通用しない方かと思っていました。しかし通常であれば感じる違和感が分かる程度には人の感性をお持ちだった事に未だ私の思考がついて参りません」

「ははっ」


 突然饒舌になったメリーに、つい声が漏れ笑ってしまった。


「それは不敬にならないのか?」

「教えてほしいとおっしゃった奥様へ偽り無く返答したまでですので」

「あぁ、妙な探り合いのないやり取りは心地良いよ」


 此処に来て唯一、心穏やかな瞬間だった。



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