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26話




 書記官見習いであるレティアス殿は兎も角、公爵家当主であるノルトヴァルト公爵が他人との交流が出来ないのは問題だ。

 勿論、総司令官としての評価は高い。実績があるからこそ国王もまだ若いノルトヴァルト公爵に任せたのだろう。私から見ても総司令官としてのノルトヴァルト公爵は尊敬に価する人物である。


 前公爵がまだ存命であればベラ夫人も活躍出来、北端はもっと栄えていたのかもしれない。


 言葉には出さず、足を止めたノルトヴァルト公爵を見遣る。


 若くして公爵になった男。愛した前妻に逃げられた男。無愛想で、交渉のコの字も知らぬ男。


「これからではないでしょうか」

「⋯?」

「我々は人生のほとんどを戦に捧げました。束の間の休戦で得た時間は領地民へ費やし、他の家門との交流は少なくて当然です」


 私のように家族が居たら⋯頼れる文官が集いやすい気候であれば⋯。しかしそうでないのが現実。


「これから交流を深めれば良いかと」

「⋯そうか」

「手始めにレーヴェンの騎士はどうですか?彼はオスカー。第3師団の部隊長です」


 近付いてきたオスカーを指差し紹介する。


「エレノア様、地図を預かって参りました。ついでにノルトヴァルト公爵様へご挨拶申し上げます」

「⋯⋯」


 かなり失礼な態度を取ったオスカーに、ノルトヴァルト公爵は表情を消して見下ろした。

 どうやら平民出身であるオスカーとの交流はまだ早かったようだ⋯。溜め息を吐いた私はオスカーから地図を受け取り、そのまま進んだ。


「何故あんな態度を?」

「まぁ、俺の上司ではありませんから」


 だとしても相手は貴族である。オスカーを諌めようとしたが、私もオスカーの上司ではないため口を閉じた。


 川沿いの様子を聞きながらオスカーについて行くと、一際大きな建物に向かっていた。


「唯一のホテルだそうですよ」

「随分と立派だな⋯」


 既に到着している騎士たちは武器を預け温泉を楽しみ出したそうだ。




「ようこそお越し下さいました。フロイデンベルクと申します」


 入ってすぐの広い玄関ホールに立つ幸の薄そうな男、フロイデンベルク子爵は深々と頭を下げた。それに見習ってホテルの従業員も1列に並んでいる。


「ノルトヴァルト公爵にお会いするのは何年振りでしょうか。息災でいらっしゃるようで何よりです」

「あぁ」

「⋯騎士たちへの配慮、歓迎に感謝致します。来て早々で失礼承知の上、少しお時間を頂きたい」


 短く返事をしたノルトヴァルト公爵に呆れながら一歩前に出て言うと、フロイデンベルク子爵は笑みを見せ案内をしてくれた。

 山岳村でありながら豪華なホテル内はよく清掃されており、所々に飾られた装飾品は光を反射している。


「古い品ばかりでお恥ずかしいです」

「言われなければ分からぬ程に手入れが行き届いております。そもそも私はこういう物に疎いので」

「またまたご謙遜を。あのレーヴェン伯爵様の御息女であれば目が肥えておられるでしょうに」


 謙遜ではないが適当に笑みを向けてやり過ごしておく。


 案内された一室は飾り気のない執務室のようだ。ソファーへ促され、私とノルトヴァルト公爵が座り、オスカーは後ろに立った。


「村の雰囲気とは違いましょう。元々、此処は従兄弟が統治しており、このホテルは領主邸でした」


 ホテルへ向かう道中の家は石造りでありながら古かった。にも関わらず、前の領主は立派な邸に住んでいた、と。


「帝国軍を招き入れた謀反者だったな」


 そう言って腕を組んだノルトヴァルト公爵に対し、フロイデンベルク子爵が俯いた。


「⋯本来であれば血縁者である私も打首だったでしょう。全てレーヴェン伯爵様が手を回してくださったお陰です」


 なるほど⋯メリーが言っていた恩とはこの事か⋯。


「書簡でお伝えした通り、私は東と北を繋げる交易路の敷設を計画しております。ご協力の程をお願いしたい」

「勿論でございます。鉱山に囲われながら住民も少なく、周りは積雪に悩まされ手立てが無かった所でして⋯」

「まずはルートの確認をお願いします。オスカー」

「はい」


 オスカーに合図しテーブルに地図を広げる。今までのようにルートの説明に加え、船を使うルートについてはオスカーからさせた。

 フロイデンベルク子爵は聞きながら不明点の確認をし、その様子をノルトヴァルト公爵は黙って見つめる。


「では、最優先として黒石の採掘ですね」

「フロイデンベルク子爵の許可を頂けるのでしたら人材の派遣は致します」

「それは助かります。ですがこれから冬の季節⋯すぐには始められないでしょう」

「採掘の前に安全確保も重要です。そのため、地質師には先に調査を始めさせたい」


 今回使いたい石材はフロイデンの黒石だけではない。季節が過ぎるのを待てば何も進まなくなる。

 地図に指を置いたままフロイデンベルク子爵を見遣ると、頷いてくれた。


「では、こちらを」


 契約書を取り出し、フロイデンベルク子爵のサインを待った。



「⋯⋯これは⋯さすがに、」

「問題があるなら─」

「何かの間違いでは⋯?黒石の買取価格が⋯」

「当然の対価でしょう」


 更には通行税も加わり閉鎖的となったフロイデンは税収も上がり、技術交流も行われれば冬山の崩落も防げる。安全が確保されれば目的の鉱石はレーヴェン領まで運ばれ、加工し、人々の手に渡る。


「これは偽善運動ではありません。子爵の利益と、こちらの利益、どちらも惜しむ事無くこの計画を完遂させたい」


 フロイデンベルク子爵が喉を上下させた。契約書にペン先が滑る音だけが響く。


「では、交渉は成立ですね」

「その若さで⋯此処まで足を運んで下さり感謝申し上げます」


 互いに立ち上がり、握手を交わす。


 その後、従業員の案内により部屋を割り当てられた。またもや私とノルトヴァルト公爵が同じ部屋になり、肩を落とすとオスカーが私の荷物を持った。


「エレノア様は俺の部屋をお使いください。俺は他の騎士と相部屋で構いませんから」

「そう⋯か、⋯⋯公爵閣下?」


 オスカーの申し入れに疑問を持たず受け入れようとした私の腕を掴んだのはノルトヴァルト公爵だった。振り向き首を傾げば、ノルトヴァルト公爵はオスカーから私の荷物を取り返す。


「公爵夫人、話がある」

「此処まで休まず馬を走らせ交渉まで終えた淑女にですか?休息が先でしょう」


 オスカーの言葉に腕を掴む手の力が緩んだが、離れはしない。

 溜め息を飲み込み、ノルトヴァルト公爵の手に己の手を重ね、ゆっくりと解いた。


「オスカー、先に休め」

「ですが⋯⋯⋯っ、⋯はい。失礼致します」


 浅いお辞儀をしながら、ノルトヴァルト公爵を睨んだオスカーを隠すように扉が閉まる。

 2人が宿泊するには充分な広さがあるが、やはりベッドは1つ。これが仲睦まじい夫婦ならば違和感はないのだろう。


 互いにそこへ触れることもなくソファーに座り、少しばかり疲れた腰を背もたれに預けた。


「お話とは?」


 先に切り出すとノルトヴァルト公爵は目を伏せた。


「公爵閣下?」

「戦狂、エレノア⋯」

「⋯」

「戦場の姿を見た者は口を揃えて言う。戦場こそが彼女の在るべき場所だと」


 それを知りながら、国王の言葉に異を唱えなかったノルトヴァルト公爵。拳を握り、すぐに解く。


「今はやるべき事を見つけ進んでおります」


 その場で足踏みをしたとて結果は変わらない。


「あぁ、進めずにいるのは俺だ」


 顔を覆い、小さく吐かれた言葉。二人きりの静かな部屋ではその呟きさえも拾えてしまう。


 ノルトヴァルト公爵の意を掴めぬまま少しの沈黙が流れた。

 この数日で交わした会話に友好的なものはなく、重苦しい。直属の上官が傍にいる時の空気と同じだ。


「⋯公爵閣下は、何から進めぬのでしょう」


 沈黙を破った。

 これは誓約違反だろうか。だが、何故かノルトヴァルト公爵の言葉が思い出される。


 ─恩師の死⋯。


 戦争とは失うものが多い。私も失った。だが、支えてくれる人が居る。


 ノルトヴァルト公爵を支えられる者は近くに居るのだろうか?


「全てだ」

「⋯」


 それが、問の答えだと時間差で気付いた。余計な事を考え過ぎたと頭を振ってから「失礼致しました」と頭を下げる。


「公爵夫人」

「はい」

「ノルトヴァルト領に眠る鉱石は透き通りいくつもの光を反射する。それでいて強度があり加工は難しい」

「!」

「それを、公爵夫人ならば扱えるか?」


 此方を見据えた赤い瞳は私の様子を伺うように揺れる。その様が⋯全てから進めずに留まるノルトヴァルト公爵の一歩のように感じた。




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