24話
狭い塔は、重ねられた石にヒビが入っており崩れてもいる。灯りもない暗闇を壁に手を付いて進めば足に当たったのは既に息絶えた人だった。
「公爵閣下ではない、な」
装いから、帝国兵だろう。
階段を上がると月明かりが差し込み、外へ出た。
「ようやく⋯ナハト様の仇が取れる!」
騎士たちと対峙する帝国兵よりも装具が整った男は両手を広げて天を仰いでいる。
剣の交わる音がしないため、息を潜め様子を伺えば帝国兵2人に押さえ込まれているノルトヴァルト公爵の姿が見えた。
「ナハト様の成し遂げたかった夢を⋯貴様が!」
「ガルディナ国へ戦争を仕掛けたのは帝国だ。国を守り何が悪い」
「黙れ!⋯状況が分かってないのか?身動きも取れない貴様がするべきは命乞いだろ?」
「⋯⋯」
「さぁ!してみろよ⋯!」
「惜しい命は持っていない。好きにしろ」
ノルトヴァルト公爵の言葉に、帝国兵が奇声上げながら剣を振り上げた。
振り下ろされる前に駆け出し、ノルトヴァルト公爵の前に立って剣を横に持ち上げる。
「おん、な?!」
「公爵閣下、お怪我は」
「ない」
返事と共にノルトヴァルト公爵は帝国兵2人を振り払うと同時に剣を抜いた。
横に一閃。くるりと回転しながら右足で踏み留まり下から切り上げる。
流れるような一連の動作は、何処か懐かしさを感じさせた。
「邪魔だ!邪魔をするな!!女ごときがっ」
「⋯こちらが残党の隊長、と言った所でしょうか」
「あぁ。大した情報は得られなかったが」
情報を引き出すために捕まったフリをしていたのか⋯。狭い足場でありながら、ノルトヴァルト公爵は他の帝国兵も簡単に斬り伏せる。
隊長は怒りに血が上ったように顔を真っ赤にしながら、私に対して振り下ろすだけの単調な攻撃しかしない。
「退け!邪魔だ!ナハト様の恨み!仇!!」
「⋯」
なるほど、確かに大した情報はなさそうだ⋯。防ぐだけの構えから、剣を斜めに滑らせると隊長は簡単に体勢を崩した。
剣を持つ腕を斬り落とし、頬に膝蹴りを入れ吹っ飛ばす。
「うぅ!ァアアアアアァァァアアアッ!!!!」
「ナハトの死を受け入れられぬ帝国人は多いだろう。だが、こちらも受け入れたくない死は数多く存在する」
「ぁあああっ!!あぁあああ腕っがぁあ!」
「⋯⋯戦を仕掛けず、同盟を結べば良かっただろう」
「うるせぇうるせぇうるせぇっ!ナハト様が居れば!お前もっ!お前もあの女のように!!」
「⋯⋯⋯⋯」
ノルトヴァルト公爵が近くに居るため堪えようと息を止め腹に力を込めたが、隊長の叫びに眉が寄っていく。顔を顰めたまま戻せず、握った拳が震えた。
「⋯あの女とは、愚かな弱者を庇って死んだ女か?」
制圧を終えたノルトヴァルト公爵が隊長を見下ろして問いを投げた。
顔を上げ、口角を吊り上げた隊長は声を裏返しながら笑う。
「ははっ⋯はーっははははははっ!!」
「公爵夫人、下がれ」
「⋯」
軽く会釈し、ノルトヴァルト公爵の後ろに控える。
正気を失った隊長に剣を振り下ろしたノルトヴァルト公爵の背中は、静かでありながら⋯怒りか、哀しみが⋯声を掛ける事も憚れるほどのオーラを漂わせていた。
「エレノア様!⋯⋯こちらも終わったようですね」
「酷い笑い声に肝が冷えました⋯ご無事で何よりです」
騎士は返り血をそのままに塔の上に登った。ノクナイトの参戦により騎士たちも怪我はないそうだ。
既に息絶えた隊長を見下ろしたまま動かないノルトヴァルト公爵。
下に向けられた剣の先から滴る血は、1滴が重く、ゆっくりと落ち、血溜まりに混じる。
「公爵閣下。村へ戻りましょう」
「⋯ナハトと対峙した事はあるか」
「いえ。前線には出ないと聞いておりました」
安全な場所に居ながらも、その存在や卑劣な戦略は敵の士気を上げていた。先程の男のように、傍に居ないナハトの名を神のように崇め呼ぶ帝国兵とは何度も対峙した。
「唯一前線に出た事がある。⋯慢心し、前に出過ぎた俺を庇って恩師は戦死した」
「⋯公爵閣下の恩師、ですか」
「⋯⋯⋯」
こちらを見たノルトヴァルト公爵の赤い目が、暗闇に光る。いつの日か見た赤い月のように、ひっそりと、今にも隠れてしまいそうに揺らぎ⋯やがて長い瞬きにより表情も消えた。
「⋯処理をしてから戻る。公爵夫人は騎士と共に先に戻れ」
「この人数をお一人で?私もやります」
「夫人の仕事ではない」
「⋯」
騎士ではない。⋯理解はしている。
「ノクナイトが居りますので騎士2人は置いていきます。公爵閣下の身に何かあっては困りますので」
「要らん。⋯おい、」
要らぬと言われても、ノルトヴァルト公爵の言葉を聞かずに騎士2人には声を掛けた。
塔から降りてノクナイトを呼び、先に村へと戻る。
山を駆け上がるよりもゆったりと走るノクナイトは、私の心情を察しているのだろうか。
村に着き、配置されていた騎士に終わった事を告げる。
「すまなかった。ゆっくり休んでくれ」
「ご無事で安心致しました⋯エレノア様もゆっくりお休みください」
「公爵夫人」
緊張が解け欠伸をする騎士の背を見送ると、村長とレティアス殿が近づいてきた。
「古い見張り塔を拠点としていた帝国軍の残党と山賊共は片付きました」
「おぉ⋯こんなにも早く解決なさるとは⋯」
拝み始めた村長を無視したレティアス殿が辺りを確認し、口を開く。
「それで公爵様はどちらに?」
「帝国兵の処理をしてから戻ると。レーヴェンの騎士も2人残しております」
「そうですか!いやぁ、報告を受けた時は驚きましたが、心配はしておりませんでしたよ」
「レティアス様は隅で怯えてらっしゃったが⋯」
村長の言葉にレティアス殿は笑顔のまま固まった。
スノウ侯爵家が騎士を輩出している家門とはいえ、レティアス殿は文官志望だ。仕方がない。
「私は予定通り門の外で見張りを担います。夜は冷えますので家の中へお戻りください」
「先程まで戦われていた公爵夫人に野営などとは⋯」
「問題ありません」
気遣う村長に対して食い気味に返してしまい咄嗟に口元に手を置く。
袖口に残る血の匂いに、脳が冷えていくのを感じた。
「失礼致します」
足早に門の外へ向かい、手を額に充てる。その様子を見た騎士は空気を読んだのか声を掛ける事はなくテントの中へ戻った。
「⋯⋯」
動物の息遣いも虫の鳴き声もない。静かに冷たい風が吹く音。薄い雲は時折月を隠すがすぐに流れた。
人を斬る事に抵抗など持った事がない。その亡骸の処理に困った事もない。そのような感情は一度も持ち合わせていない。
仲間の死も、家族の死さえも弔えぬまま時間は進む。
そんな時代は終わった。⋯戦争は終わった。
だが、心の中のモヤは当時より大きく広がっている。
「エレノア様!まだお休みになられてないのですか?」
処理を終えた騎士とノルトヴァルト公爵が戻ってきた。
「公爵夫人、見張りは俺がやる」
「⋯いえ、レティアス殿と同じ部屋を使うわけにもいきませんので」
「レティアスを追い出せば文句はないな」
「先に休みます」
自身で張ったテントの中へ入る。 幕を下ろし外と遮断すれば勝手に開けられる者は居ない。
「⋯随分と強情な女だな」
「1人で抱え込む節はございますね⋯いつもは鍛錬で気を統一されてましたが ─」
余計な事を喋るなと、幕に向かって枕代わりにしていた鞄を投げる。重い幕は鞄を一瞬包んで内側に落としたが騎士の言葉を止める効果はあったようだ。
「⋯⋯公爵様もお休みください。我々はテントで休みます」
騎士の言葉に暫く沈黙が続いたが、やがてノルトヴァルト公爵の足音が遠ざかっていった。




