23話
食事に行っていた騎士たちが戻り、事情は把握しているようで剣の柄に手を置き戦闘態勢を整えた。暗く葉もない森の奥へと目を凝らし、先程までの気の抜けた様子は見られない。
相手が山賊だけではないと知り、少しの緊張感が走っていた。
「リリンが住人の避難と護衛をしております。エレノア様はレティアス様と共に村長の家へ⋯見張りは我々が」
緩い風が吹く。前から、額を撫でるように後ろへ。
右の聴覚は風を切る音を拾った。
「─くっ!」
─キィンッ
レイピアを抜き振り上げる。金属を弾いた音が響き、皆の視線が此方へ向いた。
「意識を逸らすな!集中しろ⋯っ!」
声を張り上げ、戦場を戦い抜いた騎士たちが剣を構え直した。
慣れない土地。暗闇⋯。そんな経験は幾度もあった。
そんな私達に⋯
「素人の奇襲なんて朝飯前だ!」
「晩飯は頂きましたけどね」
回り込んだ山賊が斬り掛かってきたが騎士は軽々と防ぎ、悠長な事まで吐き捨てている。続々と現れた山賊の数は10人近くか。
「あぁ?!コイツ等⋯騎士じゃねーか!」
「なんだってこんな時に⋯っ」
統一性のない武器をそれぞれ振り回しながら悪態を吐く山賊と、それを援護するように飛ぶ鉄製の矢。
「北部の勾配を利用し矢を放ち下ろしているのか⋯」
しかし数は多くない。弾く度に細いレイピアはしなり、その振動が手を痺れさせた。
「エレノア様!ご判断を!」
「生かさず殺せ!」
「はっ!!」
「エレノアだと?!あの戦狂いの女か!」
「どの道引いたら殺される!数で押せ!!」
「合図は送った!すぐに駆けつけてくれんだろっ」
一対一では村への侵入を許してしまう。数人が村へ入れば1人を追った所で被害は防げない。入口へ視線を向けながら飛んでくる矢を弾き飛ばす。
山賊が言う駆けつけてくる者とは、帝国軍の残党だ。だかそちらにはノルトヴァルト公爵と他の騎士が向かっている。
「なんだぁ?!本当に戦狂かぁ?」
騎士をすり抜けこちらに来た山賊の武器は柄の太い斧だった。重さからしてレイピアで弾くことは不可能と判断し、構えずに力を抜く。
「確かに戦狂と呼ばれていたが⋯」
「女は生け捕りにする所だが騎士は生かしておけねぇ!」
「生憎⋯騎士は引退する事になってな⋯」
弾けないならば避けるだけ。
距離を測り、2歩下がった。脳天をかち割るつもりで振り下ろされた斧を見送り、空けた分の2歩を一気に詰める。
レイピアの最大の攻撃は鋭い突きであり、お粗末な防具を身に纏った所で隙間を縫うことは容易だ。
「──んぐ、っ!」
「殺傷力は低いが⋯」
利き腕の関節を貫けば重い武器は振れない。
膝をつき腕を押さえた山賊を見下ろし、矢が止んだことを確認する。
「そろそろ片付けろ」
私の言葉に反応するように、騎士たちは山賊の首を跳ね飛ばした。
転がってきた首を足で止め、唯一息のある山賊の後ろに立つ。レイピアを首筋に当て、騎士たちも山賊の前に立って剣を向けた。
「お前たちが手を組んだのは帝国兵で間違いないな」
「し、知らねぇ!知らねぇよ!!」
「では誰が駆け付けると?」
「それは⋯!関係ねぇ!!」
遂には蹲って声を荒げる山賊に、騎士は呆れたように剣を鞘に戻す。
「やはりこういう輩は好きません。弱い者にしか強気になれない⋯自分が狩られる側になった途端泣き喚くなど⋯」
「⋯そういう生き方を選ばせてしまったのも私たちの責任だろう」
職が無く盗賊になる者。戦により故郷を失い徒党を組んだ者。
「そうだ!お前等貴族も騎士も全員悪い!俺たちは生きるために仕方がなく─!」
「あぁ、すまない。深く反省し、今後はお前等のような者を生み出さぬ世を作り上げよう」
「わ、分かればいいんだよ!は、はは!まずは傷の手当てを─」
「帝国兵と手を組み何を企む?参考までに吐いてもらおうか」
冷えたレイピアの刃が山賊の首を撫でる。これで吐かなければ処理を騎士に任せるだけだったが⋯
「ほ、北端の領主を殺すためだ!」
「⋯ノルトヴァルト公爵閣下を?」
「総司令官ってやつだろ?アイツ等、相当恨んでやがった!まだ生き残ってる帝国の兵を招き入れて小隊を何個も作ってんだよっ」
1年間で招き入れた数⋯警戒態勢の強い東部より侵入しやすいと踏んだか。
次々と話す山賊に時折相槌を返せば聞かずとも知っている情報を吐いていく。騎士たちは私へ目配せをし、私は軽く頷いてレイピアを鞘に戻した。
「──ってわけで!俺たちが使ってた塔を奪いやがったがこうして共闘してやることになったんだ。まっ、俺たちは飢えをしのぎたいだけだからな」
「やれ」
「?!!お、おい!?喋ったじゃ───」
絶命の叫びはなく、硬い土に落ちた音を聞く。騎士たちに山賊の亡骸を片付けさせ、血の飛んだテントから火打ちを取り出し、火を起こして視界を拡げた。
「総司令官であるノルトヴァルト公爵への復讐、ですか⋯」
「小隊を複数作っているとは⋯」
それに対して此方はノルトヴァルト公爵とレーヴェンの騎士2人だけ。
「中の騎士を配置させろ。私は見張り塔へ向かう」
「ならば剣をお持ちください。国王陛下の命令は俺たちも聞いていますが、騎士でなくても剣は握れます」
「⋯」
使い慣れていない剣を、手に取る。
「騎士としてではなく、夫人として夫を守れば良いのですよ」
「ふ、ははっ!夫人が剣を握るか?」
「何をおっしゃっていますか⋯カタリーナ様は伯爵夫人であり剣を握り伯爵様をお守りしていたでしょう」
「⋯あぁ、⋯そうだ」
誰よりも近くで見た母上の剣技。
美しく、逞しく、誇らしい剣技。
「ノクナイト!」
厩の無い村で自由にさせていたノクナイトを呼ぶと走り寄ってきた。止まることのないノクナイトへ飛び乗る。
王命に従うならば剣は置かなければならない。
⋯騎士エレノアではなく公爵夫人エレノアとして。
「だが、見過ごせない」
目的が総司令官への復讐ならば、その場へ向かったノルトヴァルト公爵は帝国兵にとって獲物でしかない。
「走れノクナイト!帝国兵は見つけ次第蹴散らすぞ!」
私の言葉に応えるようにノクナイトは鼻を鳴らし、暗闇でも細い木々を避けながら山を駆け上がった。
次第に蹄の音以外に剣が交わる音や人の声がし始め、ノクナイトはそちらに向かって飛び上がる。
「怪我はするなよ」
言いながら飛び降り、肩で受け身をとりつつ一回転して立ち上がった。勢いを殺さず走り、背を向けたままの軽武装している男を斬り伏せる。
音のする方へ向かい、2人の騎士が互いを庇いながら帝国兵を相手にしている所へ加勢した。
「エレノア様!山賊が見当たらず─」
「山賊の処理は済んだ。公爵閣下は何処に居る?」
「見張り塔の中に公爵様が!ただコイツ等の統率力は伊達じゃありませんっ」
騎士2人はまんまと誘導され逸れたわけか。
山賊たちのように無闇に斬り掛かってくる事はなく、連携も取れているようだ。
「よく耐えたな」
その耐えが、矢を止めたのだろう。
私の姿を知る者なのか、途端に攻撃が緩くなり腰を抜かす者まで居た。それを見逃さず騎士が斬り込むと、隊形が崩れていく。
「せ、せんきょ⋯うの!エレノア!戦狂のエレノアだ!!」
「ひ、怯むな!ナハト様の仇を!!」
帝国の総司令官であり帝国を築き上げた男、ナハト。
そうか、この残党は⋯
「あの男の部下か⋯!」
ノルトヴァルト公爵を狙う理由は明白だ。たった一騎でその首を持ち帰った張本人であるのだから。
「い、行かせるなよ!エレノアだけは抜かせるな!」
「隊形を整えろっ」
構え直した帝国兵たちに、騎士が応戦する。山賊とは違い、数が多く戦慣れしている帝国兵を相手に正面からの戦いでは圧倒的不利な状況である。
慣れない剣で敵の攻撃を防ぎ、弾いてすぐに切り上げるが敵の防具が邪魔をした。
「ちっ」
川を渡るために重い鎧を捨て最低限の軽武装。しかし急所や腕はしっかりと鉄製の防具で守られている。
刃の長さ、柄の太さ、持ち手から鍔までの距離⋯長年の経験や癖が慣れない剣に対して焦燥の舌打ちを漏らした。
コイツ等も、戦い方を知る者たちだ。
「─ ノクナイト!」
戦況を翻すため、一か八か⋯ノクナイトを呼ぶ。
先程同様応えてくれたノクナイトは小隊の陣形を崩すように突進すると後ろ足で帝国兵を蹴り上げた。
鎧が砕けるほどの威力に、騎士は一瞬喉を鳴らしたが臆せず突っ込んでいく。
「護衛の任を全う出来ず申し訳ありません!」
「此方は我々が始末します!エレノア様は公爵様の元へ!」
騎士の言葉に、私は聳え立つ古い見張り塔を視界の端に入れる。
ノクナイトの巨体に成す術がない帝国兵は、再び悲鳴を挙げていた。
「任せたぞ」
一言残し、剣を確かめるように握り直した私は、見張り塔の前に立つ帝国兵を斬り伏せ中へ入った。




