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17話



 盗賊の被害は実際に私も体験した。グラウンドよりも離れた林の中を狙われたが、今後交易路として使われるようになれば馬車は格好の餌食になるだろう。


「暫くは騎士の移動もある。完成前には解決策を練っておこう」

「では西側のルートでお考えですか?」

「あぁ。聖エリーディア礼拝堂までの森を切り開くわけにはいかぬからな」


 そこを物資が通る事を広めれば森に拠点を作られてしまう可能性もある。聖エリーディア礼拝堂を管理する者を考えれば問題ないが、他の修道院や教会は被害を受けるかもしれない。


 西側のルートを通りリッテンへ目指すことを決め、ヨアヒムと更に打ち合わせを重ねる。


 明日合流出来る騎士たちの半分は途中の道で戻し、残りはリッテンへ連れて行く。リッテンで話をまとめ、更に半分を残す予定だ。


「昨日は聞けなかったのですが、エレノア様はノルトヴァルト公爵様の元でいかがお過ごしですか?」


 話がまとまり後は騎士の到着を待つだけになった所で、ヨアヒムの問いに、開けかけた口を閉じる。その姿を見ただけでヨアヒムは眼鏡をくい、と押し上げた。


「何度も同じ注意を受けた時の幼きエレノア様を思い出しますね」

「勘弁してくれ。⋯公爵閣下とは王命があり政略結婚したばかりだと皆が知っているだろう。特に不便はしていないさ」

「カタリーナ様がいらっしゃれば、このような王命が下された時点で王権の交代となったでしょう」

「首を洗っておくんだな⋯」


 王族の冒涜は重罪だ。自分の首を親指で横一閃に引くと、ヨアヒムは気にした様子もなく小さな地図にルートを書き写していた。


「文官には文官なりの、肝の座り方がありますから」


 父上や母上が戦地を駆けている間、ヨアヒム達の戦は書類上で広がる。

 東端が帝国や王都の間に揺さぶられる事がなかったのも、優秀な文官が父上⋯レーヴェン家を支えていたからだ。


「頼もしい者しか居らんな⋯」

「こちらの台詞ですよ。エレノア様がお産まれになった時は、邸宅を預かる私共が蝶や花のようにお守りするかと思っておりましたし」


 顔を上げ、少しずれた眼鏡を直したヨアヒムと目が合った。


「立派な騎士となり、久方振りにお会いした今は公爵夫人で在られますから」

「先程は反対していただろう」

「公爵夫人でありながら夫不在のままグラウンドまでお越しになり敷設計画を持ち出す⋯うまい話に乗るのは代官として当然でしょう」


 子を見るように細められた目と台詞が合っておらず「似合わんな」と呟けばヨアヒムは苦笑しながら溜め息を吐いた。


「お変わらずの様子に安心しました」



「代官様!自警団がっ⋯も、戻りました」


 ノックもせずに入ってきた者は私を見るなり勢いを殺しお手本のようなお辞儀をした。


「エレノア様、少しよろしいでしょうか」

「昨日の盗賊か。私も行こう」


 案内された場所に縛られたままの2人が意識を朦朧とさせている。私とヨアヒムが近付くと、警備していた1人が桶に水を汲んで2人に浴びせた。


「うぅ⋯」

「また会えて嬉しいよ」

「お、まえ⋯はっ」


「口を慎みなさい。この方はレーヴェン伯爵様の御息女であり現ノルトヴァルト公爵夫人で在るぞ」


 ヨアヒムの言葉に盗賊達は元よりない顔色を更に失わせた。


 目線の高さを合わせるようにしゃがみ、濡れた髪を掴み上げる。


「盗賊の被害とやらが報告されていてな?少しばかり協力願いたいのだがどうだろうか?」

「ひっ⋯」

「こ、高貴な御方とは存じませんでした!申し訳ございませんっ」

「⋯私は協力を仰いでいるのだが」

「なんなりと⋯!!」


 繕われた笑みに対して、私も微笑みを返してやる。


「縄を解き、刃を首に当てたままコイツ等に水と飯を用意してやれ。何かすればその場で切り落として構わん」

「はっ!承知致しました!」


 自警団に命を下し、その場を後にする。


「奴等に出来る協力とは?」

「西側のルートを伝え、盗賊が潜みやすい場所を聞く。本業ならば役に立つだろう」

「思い通りに動くとは思いませんが⋯」

「仲間の死を目の前に転がしてやったんだ。自分も同じ姿になりたくなければ従う他にないだろう」


 力のない者は、力のある者に従う他に道はない。


「地位が欲しければ己の価値を示すしかないのだよ」   


 そうして、勝ち取ってきた。


 意味を知るヨアヒムはそれ以上なにも言わなかった。




 夜、盗賊の1人は肩口の怪我が化膿し、酷く高い熱を出しているそうだ。もう1人は従順な態度を見せ、西側のルートについて盗賊なりの見当を話している。


「此処は俺等の中でも一番有名な狩場です。見張り番を置いても組織の大きさによっては意味がないんで、虚勢でも塔を建てれば近付きにくさがあります」


 常に後ろに張り付き剣先が首に触れているため声は震えているが⋯


「若しくは、定期的に騎士団が通るようなら俺達は近付きません」


「ヨアヒム、この辺りは平地か?」

「はい。足元のぬかるみもありませんので、塔の建設は比較的すぐに出来ます」

「そうか」


 ─コンコン、


 ノックの音に執務室内の皆が扉を振り向いた。入ってきた男、オスカーはその異様さに一度顔を引き攣らすと浅いお辞儀をして私の後ろに控える。


「レーヴェンの騎士達が到着致しました」

「明日の予定だっただろう。早いな」

「エレノア様にお会い出来る事を楽しみにしていたようです。まるで遠足気分ですよ⋯⋯それより、その者は⋯?」


 首に剣をあてがわれる男を見ながら問われたが、それに対して返事はせずにオスカーの言葉を繰り返す。


「遠足、か」

「⋯?はい⋯、皆、外で待機しております」


「ヨアヒム、父上に書簡を送れ」

「なんとお送り致しますか?」

「今後、レーヴェン騎士団の遠征訓練先はグラウンドで、と」


 わざわざ塔を建て見張り番を置かずとも、騎士の訓練所を作れば抑止力になる。盗賊の男も表情を明るくし「それなら襲う馬鹿も現れませんね!」と喜んだ。


「お前は⋯盗賊の身でありながら⋯」


 自警団の者が呆れて吐き捨てた台詞に私とヨアヒムは深く頷いた。




 後はヨアヒムに任せ、既に夜も更けているというのに待機している騎士たちの元へ向かう。外で綺麗に整列した騎士たちは私を見るなり敬礼した。


「エレノ──」

「夜遅い。大きな声は慎むように」


 息を大きく吸った騎士に向かって言えば、そのまま静かに息を吐いて頷いてくれた。

 皆の顔が見えぬほど多く集まってくれた騎士に、1人1人礼を言いたいが⋯


「来てくれて感謝する。任を終えたばかりだろう。今日はゆっくり休みなさい」


 それはまた、日が昇ってからでも良いだろう。


「この者達はグラウンドの外に野営を張らせます。この人数を泊められる宿がありませんので」

「⋯⋯馬鹿者どもが」


 オスカーに騎士団が連れて行かれる後ろ姿を眺めながら苦笑を漏らした。


「エレノア様、お久しゅうございますっ」

「リリンではないか。まさかお前も野宿するつもりか?」

「はい!ノルトヴァルト領までついて行く組を勝ち取りましたので、ずっとお傍を離れませんよっ」


 リリンは母上の傍付きメイドの娘であり、自身の身を守るために剣術を教え込まれた。そのままレーヴェン騎士団に入団したが、伯爵邸でメイドとしても働いている。


「1人分くらい部屋はあるだろう。なければ私の部屋を使いなさい」

「エレノア様と床をご一緒に?!いいんですかっ!」

「いや、そうではなく」

「行きますよ!」


 少し暴走気味になる所は相変わらずだ。


 結局部屋は余って居らず、宿屋の主人には無理を言って一室に2人泊まらせてもらう事にした。


 湯浴みを済ませたリリンは騎士服から寝衣へ着替えると、平凡な少女にしか見えなかった。


「エレノア様とご一緒に出来るなんて、とっても光栄です!」

「さっさと寝るんだ、リリン。明日から長いぞ」

「はい!日持ちのするドライフルーツはたんまり持ってきましたから、長い旅もへっちゃらです」


 本当に遠足気分の奴だ⋯。それからも話し続けるリリンの口を塞ぎ、狭いベッドで横になると抱き枕の如くへばりつかれ⋯朝を迎えた。


 迎えに来たオスカーがリリンを叱る様子を遠目に見ながら欠伸を噛み締める。


「その辺にしておけオスカー」

「しかしリリンをこのままにすればエレノア様にまた迷惑を⋯」

「迷惑ではないさ。リリンの実力は知っている」

「はぁ⋯」

「エレノア様っ!ありがとうございます!精一杯頑張りますっ!!」


 威勢の良さは誰にも負けないリリンに続くように他の騎士たちも拳を掲げて雄叫びを上げた。


「ふっ⋯オスカー」

「⋯承知致しました」


 まだ早朝のため、これにはオスカーを使って皆を黙らせる。



 

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