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11話



 翌朝、相変わらず忙しなく動く従事者達は私の姿を見ると深い礼をしてから仕事に戻った。若いメイドは近くの者と一緒に小さく高い声を上げながら飛び跳ねている。


「あれは惚れましたね」


 アーバンが自身の顎を撫でながら呟く。


「私にか?」

「他に誰が居ますか」


 冗談で言えばアーバンは真剣な顔で答えた。キャンベルへの尋問が効いただけであり、惚れるという表現は間違っているだろう。どちらにせよ実害がないため訂正をする気も起きず、邸宅内最後の点検を済ませた私は自室へ戻った。


 メリーは早朝から出掛けており、自室に居るのは昨日の食事の際に居た3人組のメイドだ。

 此処では基本的に3人組を作られ分担業になっているらしい。


「奥様、今日は何色のお召し物になさいますか?」

「大奥様を歓迎する意を込め、金を散りばめたゴールドなんていかがでしょう?」

「此処は落ち着いた雰囲気を魅せるためにブラックがいいんじゃないかしら?」


 3人は愛らしい声で楽しそうにドレスを選んでいる。だが、元々ドレスを持ち込んで居ない私にはサイズが合うものも少ないだろう。


「手直しは面倒だ。私の服を用意してくれ」

「奥様のお召し物ですと⋯その、騎士様のようになってしまいます」

「騎士様のお召し物もとっても素敵ですけどね!」

「奥様の腰のラインやヒップラインが強調されて目の行場に困っています」


「⋯⋯⋯」


 3人のメイドは、楽しそうだ⋯。常にお喋りをしながらも手は止まらない所を見ると、しっかりと公爵家での仕事は熟知しているらしい。


 手際良く用意された着慣れた騎士服に着替え、メイドに渡されたクロークを手に取る。


「⋯これは⋯⋯」


 シルバーグレーのクロークには胸元に狼の横姿が刺繍されていた。遠吠えをしているかのような鋭い口元、金色に光る目元。これは、総司令官であるノルトヴァルト公爵が纏っていたクロークと同じものだ。


「ノルトヴァルト公爵家の奥様ですから、正装であれば当然こちらのクロークが必要かと思いまして」

「実は昨日、名工・スザーク様を呼んで徹夜して完成させたんです」

「アーシャは寝てたじゃない?」

「シーっ!ちょっとウトウトしただけっ!」


「すまない。君たちの名を教えてくれるか?」


 2人のやり取りをくすりと笑ったクレナからは落ち着きが感じられ、3人の中ではリーダーの立ち位置。そばかすのあるメイドはアーシャ、雪のように肌が白いアリア。


 アーバンに用意させた名簿にもその名はあり、家族構成や公爵家へ来た理由も特に問題のなかった人物達だ。


 昨日の内に名前を聞いておくべきだった事を謝罪すると、3人は「メリーに叱られてしまいますよ」と笑った。


 ノルトヴァルト公爵家の証である銀狼を胸元に、私の着替えは終わった。長い髪を一つに結ぶとクレナは少し思案し、私の後ろに回ると髪に触れ、離れた。

 鏡に映ったのは黒革の細いチャームだった。


「流行りの宝石を主役とするより、こちらの方が奥様の凛々しさを映えさせます」

「ありがとうクレナ」


 クレナがお辞儀するとアーシャとアリアは手を結んで喜んでいる。仲の良さそうな3人組を見ていると微笑ましくも感じる。


 これが、戦争のない日常であるかのように。


 女子が手を取り合いはしゃぐ様など、生まれてから見たことがない。


「準備に時間をかけられていない。君たちの目でも最終チェックをしておいてくれるか?」

「奥様はどちらに?」

「私は執務室へ行く。時間になれば出迎えへ行くから心配は不要だ」


 メイド達を残し自室から出て、宣言通り執務室へ入る。メリーが用意した地図を執務席に広げ、見慣れた地形から見慣れぬ地形を繋ぐように指でなぞった。

 東端のレーヴェンの地から北端のノルトヴァルトの地を真っ直ぐ結ぶ。森を抜け、川を渡り、山を越え⋯平坦な道などはない。


「地図の上ではこうも簡単なのに」


 赤いピンを手に取り、数カ所の要所に刺していく。既に脳内で印を付けていたため手は迷うことなく動いた。


 途中で寄る事になる村や街の状況はノルトヴァルト領へ向かう時に直接確認すれば良い。

 レーヴェン付近の敷設は父や兄の協力を得れば容易だろう。その先は各領主達への書簡を準備せねばならないが、使用する石材や木材の品質を決めてからの方が話は早いか⋯


「どちらもレーヴェン領ならば良質ではあるが⋯」


 鉱石が眠るとされるノルトヴァルト領。北端にしかない極冬という季節。そして公爵閣下としての采配ぶり。


「誓約があるとしても、レーヴェンからの輸出ばかりでは疑われかねないな」


 ノルトヴァルト領からも目的以外の鉱石を使えたら良いが⋯


 ルートに差した赤いピンとは別に青いピンをレーヴェン領よりも左に刺す。更にノルトヴァルト領の山岳地帯にも3本刺した。


「奥様、メリーでございます」

「入って構わない」

「失礼致します。⋯こちらは交易路のルートですか?」


 メリーは戻って早々地図を見下ろした。それに頷くと続いて青いピンに触れる。


「レーヴェン領に刺さるピンは木材の補給でしょうか。それならばノルトヴァルト領にある3本は⋯石材を?」

「察し能力が高すぎるんじゃないか?」

「幼い頃から鍛えられましたので。そしてこちらの1本は動かします」


 1本はノルトヴァルト領よりも手前の位置に移動された。

 

「ここは?」

「ノルトヴァルト領へ入る手前の山岳村、フロイデンです。フロイデンベルク子爵が持つ領の端に位置します」

「山岳村か⋯わざわざ降雪の多い山岳を進み小さな村へ寄る理由を聞こう」

「良質な石材の供給に適しており、フロイデンベルク子爵ならば話に乗るでしょう」


 言い切る言い方にメリーを見上げると、表情は少し柔らかく感じた。悪い知り合いではない、という事か。


「子爵との繋がりまであるとはな」

「灰衣の会がフロイデンベルク子爵を救った。その恩が未だに薄れない、とだけ」

「ほう⋯?」

「レーヴェン伯爵様へ何度もお礼の書簡を送られていましたよ。戦時中であり、まだ訪問は叶っておりませんが」


 此方から寄ってやれば更に話は通りやすくなるか。


 メリーは地図をじっと見つめた後、目を閉じて姿勢を正した。


「まずはご報告をよろしいでしょうか?」

「あぁ」

「ツェーレ男爵についてですが⋯──」



 たったの数時間で得たメリーの情報は十分だった。キャンベルにより横領された物は一度市井の商人を通じて換金されツェーレ男爵の懐へ入る。その商人は既にメリーによって買収され、今まで横流しされたリストの作成をさせているそうだ。

 他の旧貴族派は関与しておらず、ノルトヴァルト家へ目をつけたのはツェーレ男爵の独断、とも。


「よく商人と接触まで出来たな」

「あちらが銀貨を握らせるのであれば、こちらは金貨を握らせれば良いのです」


 無表情のまま親指と人指をくっつけてお金のポーズを見せたメリーに頬が引き攣った。


「⋯給与とは別に私から支払わせてくれ」

「お金に困ってはおりませんのでお気になさらず。それにしても商人を抱えるために銀貨を数枚しか握らせないとは⋯とてもお花畑な脳内をされているようです」

「ツェーレ男爵に花は似合わんな」


 あの指で摘まれた花はさぞかし不幸を感じるだろう。


「そして旧貴族派ですが、戦争が終わった事で動きが派手になってまいりました。」

「武功より血統を重んじる遅れた者達だ。剣も握らず勝利など得られないというのに⋯」

「ただ、未だに統率力はございません。現在は王党派が主力、中立に位置する者が旧貴族派へ靡く恐れはありません」


 王が心配しているのは戦功派の行動。それ故、まだ泳がしても問題はなさそうだ。


「ツェーレ男爵については商人からリストを受け取ってから対処する。それまでキャンベルの返事がなければ、あちらから動きもあるだろう」

「承知いたしました。最後にイリーナ嬢についてですが、こちらはまだ情報がございません⋯」

「この短時間で欲しい情報は得た。充分だよ、メリー」


 そろそろベラ夫人が到着する頃合いのため、私とメリーは執務室を後にして玄関ホールへ向かう。既に待機するアーバンやクレア達は私を見ると一礼し、他の者も頭を下げた。

 その表情は、好意的である者と恐怖を抱いている者で分かれているようだが⋯


「奥様」

「?」

「クローク、とてもお似合いです」


 メリーを振り返ると、別のメイドが前から走りより頭を下げた。


「奥様、大奥様をお乗せになる馬車が門を通過致しました!」

「─外へ出る」


 メイドが扉を開けると、爽やかな風が吹いた。ゆっくりと進む馬車は、皆の前でピタリと止まる。

 左右に分かれて一列に整列した使用人達を置いて、私は馬車の扉に手をかけた。


「お帰りなさいませ、ベラ夫人。お初にお目にかかり至極光栄賜りますが、自己紹介は場を改めさせて頂ければと存じます」

「まぁ⋯」

「お手をどうぞ」


 差し出した手にベラ夫人の綺麗な手が乗せられ、真鍮の踏み台に乗る足元は汚れ一つない靴。


「まるで専属の護衛騎士のようだわ」

「もっと早くにお会い出来ていれば志願させて頂いたのですが」

「冗談も言えるのね。いいわ、このままエスコートしてちょうだい」


 頭を下げ続ける使用人達は状況を理解出来ていなかったようだが、顔を上げたアーバンは両手で顔を覆っていた。隠しきれていない耳は真っ赤に染まっており、それに気付いたベラ夫人はアーバンの元で止まると「相変わらずね、アーバン」と言って笑う。




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