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エピローグ 春の声

 喫茶ねこま屋の夜は、昼間よりもずっと静かだった。


 カウンターの灯りだけが暖かく残っていて、白い湯気がそっと揺れている。


 テーブルには、空になったティーカップといくつかの皿が残っていた。


 アリーチェは胸の奥に微かな痛みを抱えながら、ぽつりと語っていた。


「……わたくしは、もともと別の世界にいたんです」


 ねむが黙って頷く。


「処刑されて、全てを終わらせるはずだったのに……気がついたらここに」


 弥子が不安げに目を伏せた。


「でも……それって、もう終わったことなんじゃないですか?」


「……そうだと、いいんですけど」


 アリーチェは小さく微笑む。


「……でも、まだよくわからなくて……」


「ゆっくりでいいと思います」


 チマが、そっと湯気の立つカップを差し出した。


「たぶん……ここでは焦らなくていいですから」


「……ありがとうございます」


 アリーチェは、少しだけ息を吐いた。


 **


「……でもさ」


 モモが、あどけない声で言った。


「結局、この街と繋がったのって……何がきっかけだったの?」


「それは……」


 答えを探すように視線を落としたとき。


 奥の方から、ひそひそと声がした。


「……ねえ、サクヤおねえちゃん。いいの?こんなとこで勝手に混ざって」


「知らない。別にいいんじゃない?」


「……でも、今すごい大事な話してるんだよ?」


「退屈だったから来ただけよ」


 その声は、確かに聞き覚えがあった。


 アリーチェははっと顔を上げる。


 **


「……え?」


 ねむたちがきょとんと顔を見合わせる。


「……どなたですか?」


 弥子が恐る恐る尋ねた。


「ふふ……さあね。通りすがりよ」


 どこか遠くから、ひどく気だるげで、どこまでも無責任な声が聞こえた。


「でも、泣いてる顔もいいけど、こうして笑ってる方が可愛いわね」


「サクヤおねえちゃん……やっぱり変だよ……」


「何よ、褒め言葉じゃない」


 夜の空気に、ほんの少し笑い声が混ざる。


 **


「……この声……」


 アリーチェは胸に手を当てた。


 あのとき、炎に呑まれた最期の狭間で。


 確かに聞いた声。


「……ありがとう」


 小さく呟く。


 ねむが不思議そうに首を傾げた。


「何があったの?」


「……たぶん」


 アリーチェは静かに答えた。


「わたくしがここに来られたのは……偶然じゃなかったのかもしれません」


 **


 夜桜の花びらが、はらりと窓をかすめる。


 その光景は、少しだけ優しく見えた。


(……生きていても、いいのかもしれない)


 **


 それが、この世界の最初の夜だった。


 そしてきっと――


 小さな救いの始まりだった。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


この物語は、かつて別の世界で罪を背負い、終わりを迎えた一人の少女が、もう一度だけ歩き出すためのお話でした。


そして、そこに唐突に現れた咲耶たちは、作者の過去作

「恋カス!(この異世界転生はなんだか損をしている気がする)」

からやってきた、少し変わった旅人たちです。


本作では、彼女たちもまた気まぐれに世界を揺らすだけの存在として登場していますが、もし興味を持っていただけたなら、そちらも覗いていただけると嬉しいです。


この物語に「救い」や「結末」を見出すのは、きっと読む人それぞれだと思います。


アリーチェがここからどこへ向かうのか。

それは、また別の物語の中で描けたらと思います。


改めて、最後までお付き合いくださった皆様に、心からの感謝を。


ありがとうございます。



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