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プロローグ わたくしの罪と誓い

この作品は、オリジナル創作企画「ねむねこ。」の世界を舞台にした外伝短編です。

喫茶ねこま屋を中心に、異世界から訪れたアリーチェという少女が、自らの過去と向き合いながら新たな生を歩もうとする姿を描いています。


「ねむねこ。」の設定や登場キャラクターを知らなくてもお楽しみいただける内容になっておりますが、事前に世界観を知っていただくと、より一層深く味わえるかと思います。


異世界の罪深き令嬢が、あたたかな喫茶店で見つけた小さな救いの物語を、どうぞお付き合いください。


●「ねむねこ。」公式サイトはこちら http://nemuneko.stars.ne.jp/

 午後の陽が窓辺を淡く照らしていた。

 喫茶ねこま屋は、いつも通りの穏やかな空気に包まれていた。

 ふわりと香る新しい焼き菓子の匂いに、モモはうれしそうに目を細めながら、一口かじる。


「ねえねえ、アリアリってさ、結局どこから来たんだっけ?」


 モモの問いかけに、リンが紅茶を運んでいた手を止めた。


「それ、あたしも気になってた。……だって、いきなり現れたんでしょ?」


 アリーチェはゆっくりと目を伏せる。白磁のティーカップに映る、揺れる自分の瞳が心細く見えた。


「わたくし、ですの……?」


「うん。もし……言いたくなかったら無理にとは言わないけど」


 チマが優しく笑う。

 ねむも帳簿から顔を上げ、こちらを見ていた。


「でも、私も知りたいかな。アリーチェちゃんがどんな旅をしてきたのか」


 小さな沈黙が落ちた。

 どこから話せばいいのだろう。

 何から話していいのかさえ、まだ整理できない。

 けれど、これ以上、誤魔化すのも誠実ではない気がした。


「……わたくしも、いつか話さなくてはと思っていましたの。けれど……少しだけ、怖くて……」


「怖い?」


 モモが首を傾げる。


「ええ……思い出すたびに、胸が軋むのですわ」


 アリーチェはカップを置いた。

 ほんのり残る温かさに指を添えると、少しだけ落ち着いた気がする。


「でも、もう逃げませんわ。……わたくしのことを知っていただきたい。みなさまに、胸を張って、この夢桜里(ゆめおり)で生きていくために」


 ゆっくりと顔を上げると、ねむもリンも、チマもサクラも、穏やかに頷いてくれていた。

 不思議と涙が出そうになった。


「……ありがとうございます」


「それじゃあ、教えてくれる? アリーチェちゃんの物語」


 ねむの声はとても静かで優しかった。

 アリーチェは深く一度息を吐き、語り始める。


「わたくしは……この世界とは別の、遠い異世界で生まれましたの。……貴族の家に生まれ、名も、地位も、望めば何もかも手に入るはずの人生でした」


 過去の記憶が、薄い霧の向こうから滲んでくる。

 花の咲く庭、金の髪を梳く侍女、豪奢な大広間。

 あの頃の自分は、きっと幸福だと思い込んでいた。


「けれど……わたくしは、傲慢でしたわ。力に酔い、人々を従え、やがて……その世界を滅ぼしかけました」


「滅ぼした……?」


 リンが声を震わせる。

 モモはお菓子を持った手を止めて固まっている。


「ええ。わたくしは、過ちを重ねすぎましたの。取り返しのつかないところまで、世界を追い詰めてしまった。だから……処刑されました」


 ノワールが静かに視線を落とす。


「……その瞬間、我も傍に在った」


「……ノワール」


「アリーチェ様。すべてを語るお覚悟ができたのなら、我も、共に在る」


 その言葉に背中を押される。

 涙が一粒、頬を滑り落ちた。


「処刑の炎の中で……わたくしは、初めて心から後悔したのです。“もう一度だけ、生き直したい”と。……今度こそ誠実に、誰も傷つけずに生きたいと……」


 言葉を失った空気の中で、サクラだけがそっと手を伸ばした。

 アリーチェの手に、あたたかな掌が重なる。


「……その願いが、わたくしを此処へ導いたのだと思いますわ」


 ノワールが低く囁く。


「……強き願いは、時空の理をも歪める。かつての罪深き者であろうと」


「それで……夢桜里(ゆめおり)に?」


「ええ……次に目を覚ましたとき、ここにいました。……深い夜の中で、柔らかな匂いに包まれていました」


 アリーチェは瞳を閉じる。

 あの時、心の底から安堵していた。

 ……もう何も奪わなくていい。

 ただ生きていける場所を与えられたのだと。


「チマさんの、スープの香りでしたの……。……それが、救いでした」


 チマが照れたように頬をかいた。


「……あの時は、深夜に仕込みしててね。すごい光が差し込んで、気がついたら、あなたがいたんだよ」


 アリーチェは小さく笑う。


「ですわ……。あの瞬間に、全てを赦された気がしましたの」


「……ありがとう。話してくれて」


 ねむがそっと言った。

 その声に、胸の奥に溜まっていた何かがほどけていく。


「わたし、この店に来てくれて嬉しいよ。……これからも一緒に、いろんな思い出を作ろうね」


「はい……」


 アリーチェは深く頷いた。


「……わたくしは、ここで生きてまいりますわ。今度こそ、誠実に」


 その時だった。


 不意に、空間に柔らかな振動が走った。


 ――まあ、その世界をつなげたのは、私なんだけどね。


 店の奥にいた誰かが、静かにそう呟いた。

 それは、どこかから聞こえてきた声のようでもあった。


「……えっ」


 モモが真剣な顔でこちらを見ている。

 リンも目を丸くした。


「えっ……今、誰の声?」


 けれど誰も答えなかった。

 代わりに、声は穏やかに続く。


 ――そのお話は、今度小説になる予定。乞うご期待。


 アリーチェは微笑んだ。

 救いは、きっとこれからも続いていく。

 小さな灯火のように、この喫茶店で――。



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