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Part.8 side-Y

またに水曜日も上げます。

 9月27日(金)


 今あたしは練習帰りで駅前のファーストフードに来ていた。お茶とお菓子くらいならうちで出す、って言ったんだけど、これ以上迷惑かけられないと断られた。だから迷惑じゃないと言っているのに。


「いや、さすがだね。ゆかりちゃん飲み込み早いねぇ」

「言われ慣れていると思うけど、言わせてくれ。あんたは天才だ!」

「いっそ、四人でバンド組んじゃおうよ。それでメジャーデビューしよう」


 がはは、と豪快に笑う三人の女子高生。女三人で姦しい、だから五人だとどうなるんだろうな。


「うらやましいの一言だねぇ。容姿端麗、才色兼備、文武両道。ゆかりちゃんを表す四字熟語は数え切れないなぁ」

「加えて社長令嬢ときたもんだ。これで世の男子が放っておくはずがない!」

「あたしが男だったら絶対口説くよ。ま、女でも口説いちゃうけどね。今晩どう?」


 面白い人たちだけど、悪いがついていけないね。みゆきが一緒にいてくれてよかった。楽しそうで大変結構なのだが、もう少しペースを落としてほしい。テンションが高いのは七海と湊の二人。あたしから見て、真綾はクールな少女なんだけど、よく仲良くなったな。語尾を伸ばすところが、何とも幼い感じでかわいらしい。


「しかし!」


 と力を入れて叫んだのは七海だ。叫ぶなっての。公の場だぞ。


「同じクラスになって半年が経つけど、ゆかりっちが言い寄られる姿を目撃したことがない!」

「な、何だってー!」


 この人たちはあたしが知らない間に打ち合わせでもしていたのか。傍から見ている分には、コントを見ているようで楽しいのだが、おかげで全然会話に加われないし、内容がいたたまれない。


「おそらく彼女の美貌と知性に気後れしちゃっているんだろうな。ま、気持ちは解るけどね」


 気持ち解っちゃうんだ。


「情けないな。力づくでも手に入れてやろう、っていう意気込みを見せる男はいないの?最近の男は情けないなぁ。ま、気持ちは解るけどねぇ」

「ゆかりん、後光さしているもんね」


 さしてませんて。言葉おかしくなっているよ。


「ゆかりちゃんはアイドルっぽい感じかなぁ。あたしもピアノ弾いている姿を見て、惚れそうになっちゃったもん。正直音聞いてなかったよ」


 できればでいいんで、聞いてもらってもいいですかね。あー、突っ込みどころが多すぎて疲れるね。声出していないとはいえ。


 すっかりイジラレキャラっぽくなってしまったあたしだったけど、まあ嫌じゃなかったよ。あたしが迷惑を被る内容ではなかったしね。今までこんな扱いを受けたことなかったから、あたしとしては新鮮で面白かった。正直他人事のように感じていた。


 次の一言までは……。


「ゆかりっちにふさわしい相手といえば、成瀬くらいかな」

「なっ!」


 何だってー!ちょっと待て!そいつはまずいってば!


「あー、成瀬君って五組の?」

「うん、そう」


 お?意外に有名人なのか、あいつ。いや、普通同学年の名字くらい知っているか。いや、じゃなくて、


「ちょっと待ってよ。何で成瀬の名前が出てくるの?」

「だって他にいないでしょ?」

「いるでしょ!そもそもあたし、あいつとそこまで仲良くないし」


 あたしだって男子としゃべるし、話しかけられる事もある。逆に成瀬とはほとんどしゃべらない。クラスが違うこともあるけど、あたしは実は成瀬を避けていたりするのだ。あまり仲良くすると、またしても迷惑かけちゃいそうだし。何より一番の理由があるのだ。


「確かにあまりしゃべっているの見たことないけど、」

「でしょ?」


 と言った直後、『でも』と逆説を入れてから、


「何となくいい雰囲気なんだよね」

「は?」


 そんな抽象的なこと言われると反論できないし、反応に困るんだけど。


「それ解るかも」


 ぼそっと呟いたのは、あたしの隣で完全に聞き役に徹していたみゆきだった。


「だよね?いい雰囲気だよね」

「解るって、どういうこと?」

「ど、どうって……」


 おっとみゆきがおびえてしまっている。あたしは別に怒っているわけじゃないぞ。


「教えて」

「う、うん」


 おずおずと頷くみゆき。


「日向さんて存在感あるし、やっぱりきれいだから、男子は下から見上げているように見えるの。だけど成瀬君は違って、いい意味で対等に接している感じ。日向さんも成瀬君としゃべっているときはリラックスしている雰囲気だし。私なんて挨拶するだけですごく緊張するのに……」


 それはみゆきが成瀬のことを異常にリスペクトしているからでしょ。みゆきが恐縮しすぎなんだって。


 そんな風に見えているのはみゆきだけだと思っていたんだけど、


「あ、それ解る」


 と七海。もう勘弁してくれ。


「ゆかりっちは自分で思っているより、ずっと近寄りがたい存在なんだって。ゆかりっちは見下しているつもりはないのかもしれないけど、周りが見上げているからどうしても対等には見えないんだよ。でも成瀬は違う。本当にいい雰囲気だよ」

「でも話すのは二、三言だよ」

「それでも、なの」


 全く納得いかない。あたしが憮然としていると、黙っていた湊と真綾が口を出す。


「二、三言しか話していないのに、雰囲気出すって、逆にすごいよねぇ」


 そういう見方もあるのか。


「ただでさえ目立つ二人が仲良さそうにしゃべっていたら、本当に目立つだろうね。雰囲気出していたら、なおさら」


 おや?これは予想外だ。


「成瀬って、目立っているの?」


 あたしが目立っているのは知っている。ま、どうせ悪目立ちだと思うけど。でも成瀬が目立っているとは思えない。


「目立っていると言うか、カリスマ?」

「確かに、変なやつだとは思うけど」


 カリスマと言う部分には触れないでおく。ないとは言わないけど、言葉に出すと結構バカバカしい。加えてこの場であたしが口にしてしまうと、噂に拍車がかかってしまいそうだから。


「やっぱり変な人なの?確かに仲いい人とかほとんど聞かないしね。ゆかりっちしか」

「だから待て!」


 確かにあたしは成瀬としゃべるの好きだし楽しいけど、そんなに仲良くはないぞ。それにもっと仲良い人がいるだろう!


「成瀬には岩崎さんがいるでしょ!」


 つい言ってしまった。これは言ってよかったのか解らないけど、緊急避難だと思ってくれ。急迫不正の侵害から身を守るためには仕方なかったんだ。


「あー、岩崎さんというと同じく五組の」

「そうそう」

「何とかっていう悩み相談やっている部の」

「そうそう」


 部活名ほとんど言えているぞ。部だが、名前は部じゃなくて委員会ってのがポイントだ。


「確かにいつも一緒にいるイメージがあるねぇ。実際に何度か見かけたことがあるなぁ」


 言うのは七組の二人だ。クラスが隣の隣だからな、見かけたことあるはずだ。


「でしょ!少なくともあたしより仲良さそうでしょ」


 何だよ、知っていたのか。もしかしてあたしをからかっていたのか?みんないたずらっ子だな。今日のところはお咎めなしで勘弁してあげるから、もうこの話はやめてくれ。あたしの精神力がもたない。


「甘いよ、ゆかりっち」


 言ったのは七海だが、みゆきを除く残りの二人はみんな同じような顔になっている。三人とも、気味の悪い笑みを浮かべている。何だよ。


「そうか。ゆかりんはこの手の話題には疎いのか」

「どういうこと?」

「岩崎さんはかなりの人気者ってことだよ」


 知っているよ。知っているけど、それが何か?


「あまりしゃべったことのないあたしでも知っている。彼女は超がつくほど人気者だよねぇ」

「日向君、君より遥かに人気者なのだよ。理由は解るかい?」

「ちなみに容姿は無関係だ。容姿だけなら、さすがに日向君が勝っている」


 またしても悪乗りする七海と湊。この二人、本当に面倒だな。ちなみに考えるのも面倒になってきたので、あたしは、


「で、答えは?」

「ずばり、人当たりの良さだ!」


 なるほどね。ま、解っていたよ。確かにあたしは愛想が良くない。自覚していたけど、こんな感じで他人から言われると、若干いらっとする。なんであたしはこんなに挑発されているんだろうか。知っていたら誰か教えてくれ。


「岩崎さんは、分け隔てなく誰にも優しい口調と表情で接する。そんな彼女に男子はみんな参っちゃうわけですよ」

「男子どころか女子も先生も参っちゃっているねぇ」


 それはいろいろと問題だと思うけど、それで、


「結局何が言いたいのよ」

「つまり、岩崎さんは倍率がものすごく高いの」

「それだけ選択肢が多いってこと。確かに成瀬君もその中の一人だけど、所詮多くの選択肢の一つでしかないんだよ」


 だから『成瀬には岩崎さん』が成立しないと言っているわけね。周りから見るとそういう風に見えているんだ。あたしから見ると、全く逆なんだけどな。ま、それほど岩崎さんの人気がすごいと言うことなのだろう。本人に教えてあげようかな。


 いつのころから、こんなガールズトークになってしまったが、それなりに時間は過ぎ、家に帰りたくなる秋の夕暮れが街を包み始めていた。


「じゃあそろそろ帰りますか」


 これが当然の流れだろう。しかし、あたしはそれを許さない。


「ちょっと待て!」


 席を立ち、帰りの準備をし始めた三人に対し、あたしは制止を呼びかけた。


「な、何?いきなり大きな声を出して……」


 そんなに大きな声だっただろうか。隣を見ると、みゆきが驚いたような顔をしている。実際に力が入ってしまったことは否定できない。


「逃がさないぞ。これだけいろいろ言われて、黙って帰らせるわけにはいかない」


 あたしは三人を強制的に座らせた。


「今度はあたしの番だから。覚悟しろ」

「ゆかりっち、ちょっと怖いかも……」


 ここでいきなりキャラを変えるあんたの性根のほうが何倍も怖いわ。


「まずは七海。あんたの好きな人を言いなさい」

「えー、今そんな雰囲気じゃないんだけど」


 切り替え早すぎるぞ。言っておくが、あたしだってそんな雰囲気微塵も出していなかったからな。あんたたちが勝手に盛り上がっていただけだ。


「ってこと一応いるんだな?誰だ。同じクラスか?軽音部か?」

「あー、軽音部だけど」

「ほー、何組の誰だ?」

「言わなきゃダメなの?」


 あれだけいろいろ言っておきながら、自分だけ逃げる気か?小さいころ、自分がやられて嫌なことを他人にやるな、と教わらなかったのか?撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだぞ。


「言わなくてもいいぞ。あたしは独自に調べるから。その代わり、手段は選ばないからな」

「解りましたよ。言います」


 最初からそう言えばいいんだ。あたしをからかった罪は重いぞ。


「で、誰?何組?」

「五組の、」


 おー、今日はよく五組が登場するな。


「長谷川徹」


 全く知らないな。けど、名前とクラスが解ったら問題ない。


「よし今度見に行こう。で、どんなやつなんだ?どこが好きなの?きっかけは?」

「もう勘弁してよ……」

「冗談。これからでしょ。このあと、湊と真綾にも聞くからね」

「え?本気?」

「あたし、ものすごく後悔してきた……」


 今更遅いのだよ。


「みゆきは時間大丈夫?」

「うん。私も少し興味あるから」


 そりゃ良かった。それから二時間は、完全にあたしが場を支配していた。









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