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Part.7 side-N

 9月26日(木)


 放課後になった今も、俺は部室に行かずに教室にいた。なぜかというと、もちろん文化祭の話だ。


「それで、今日は一体どういう集まりかというと、」


 文化祭の準備のため、いくつかのグループに分かれて活動をする。俺たちはプラネタリウムなのだが、同時に調べ物の発表も行う。会場を作るグループがクラスの半分であり、残りの半分で星座についての調べ物をする。会場班が二十名。情報展示グループは四つに分かれて、それぞれの季節を担当する。俺は冬の担当になった。で、俺以外のメンバーだが、まず真嶋綾香。そして、バドミントン部の二人組三原と戸塚。最後にこいつ、


「いやー、きれいどころばかりで、いい班に入ったな。成瀬、お前もそう思うだろ?」


 長谷川徹。軽音部でギターを担当しているらしいこの男だ。


「あー、そうだな」

「気のない返事だな。まあ仲良くやろうぜ」


 頭と態度が軽い男だな。ま、普通の高校生だ。麻生と似たタイプかもしれない。大して話した事もないのだが、なぜこんなに馴れ馴れしいんだ。絡まれている俺としては嫌だが、こういう性格はうらやましくもある。ま、こいつみたいになりたいか、と言われれば否定するのだが。


「あの、話に入っていいかな?」 仕切り始めたのは三原だ。こいつは部活でも部長をやっているらしいし、こういうやつがいてくれると、こっちは楽でいい。


「さっさとやりましょう!」


 うるさい野郎だ。少しは声のボリュームを落としてもらいたい。


「それで、最初に発表の方向性を決めたいんだけど、何か意見はあるかな?」


 三原の質問は間違いなく正しい。しかし、プラネタリウムというところが一体何を展示してあるのか知らない俺は、意見を出しようがなかった。星座についての何を調べればいいんだ?見つけ方とか、由来とかか?星座のほかには、同じ太陽系の惑星の見える時間とかでもいいのだろうか。そもそも、


「プラネタリウムには、どんな星座が映るんだ?太陽系の惑星は映るのか?」


 そこから始めないと、スタートが切れない。もちろんプラネタリウムに映し出されない星や星座について調べてもいいが、映る星座を中心に調べるべきだと思う。なので、その情報から教えてほしかったのだが、言ってみて思った。


「真嶋さん、解る?」


 持ち主である真嶋がいるのだ。真嶋に聞くべきだった。いや、持ち主だからと言って、全てを把握しているとは言い切れないぞ。


「あ、えーっと。太陽系の惑星も見えるよ。もちろん地球から見えないものはないけど。あと、十二星座は全部見えるし、季節によって切り替える事も出来るよ。あたしが小さいころに買ってもらった古い機械だけど、結構性能はいいんだ」

「へえ。じゃあ一般的に知られている星座はたいてい映る?」

「うん。でもやっぱり高いものじゃないから、照明が弱いんだ。だから結構しっかり暗室を作らないといけないの。だから、四等星くらいになるとかなり見にくいかも。星座知らない人にはあまりいい機械じゃないかも……って何よその目!」


 俺のほうを見て、やおら叫ぶ真嶋。いや、何と言われても困る。こっちは単純に驚いているだけなんだが。俺は至って普通だぞ。俺は自身の名誉のために口を開くことにする。


「あんた、星座好きなんだな」

「え?」


 と言って固まる真嶋。だってそうだろう。自身の持ち物だからと言って、好きでもない物の内容を語ることが出来るだろうか。俺は出来ないね。全く面白いと思えず、一度読んだきり押入れの奥底に仕舞ってしまった小説の内容なんて、全く語れないね。プラネタリウムが好きという可能性もあるが、星座もしくは星空が好き、という考えのほうが一般的だろう。


「この分だと、星座について結構詳しそうだな」


 俺が言うと、直後見る見る顔を赤くして、叫んだ。


「べ、別に詳しくないわよ。普通よ普通!」


 照れ隠しなのか知らないが、いちいち叫ばないでもらいたいね。


「機械について、それだけ答えられる時点で結構なものだ」


 俺は本音で言ったのだが、真嶋は、


「う、うるさい!」


 と言って、両手を頬に当てるとそっぽを向いてしまう。そういえば、こいつに対する賞賛は全て無下にされているような気がするな。無闇にほめられることが嫌いなのかと思ったが、


「本当にすごいよ!」


 と三原。


「こりゃ楽できそうだな。真嶋さんと同じ班になれてよかった」


 と長谷川。そして、


「え?そ、そうかな?」


 と真嶋。一体何だというのだ。俺のときとリアクションが違うではないか。誉められる事自体は嫌いじゃないということか。つまり俺個人が嫌われているわけか。


「星座好きなの?」

「うん。母の実家で教えてもらったんだ。幼い頃に見た夜空がすごくきれいで、覚えていて、興味持ったんだ」


 考えてみれば、まじまじ夜空を見上げることなんてないな。俺たちの担当は冬の空で得あり、今はまだ冬と呼ぶには時期が早すぎる気もするのだが、それでも少し見てみようかな、という気持ちになってきた。少し心が動かされた理由は真嶋の表情にある。こんなに楽しそうに何かを語る真嶋は初めて見た。今年の春からという短い交流だが、俺のイメージの中の真嶋は聞き役であり、自分から何かを語ることはほとんどなかった。つまり星空というものはそれほど魅力的なのだろう。ま、人それぞれ趣味はあるだろう。中でも星空観察なんてものは、ちょいとかじる分にはお手ごろだ。興味だけで挑戦できる。それほど努力も必要ないしな。


「あ、ごめん。関係ない話だったね」

「ううん。とてもためになったよ」


 俺が思考の旅に出かけている間に、話は進んでいたらしい。おそらく真嶋が星座について語っていたのだろう。真嶋を見る三原の目は、尊敬を含んでいた。


「ね、真嶋さん。この班のリーダーになってよ」

「え?リーダー?」

「うん。私思いついちゃったんだ」


 何やら思いついちゃったらしい三原が言う。


「私たちが調べるのは、星座自体の情報と星座を見るための道具や方法の情報。二手に分かれて調べるの。それで、真嶋さんは出来た物に加筆修正してもらうの」


 ははーん。解ったぞ。三原の言うリーダーというのは、編集長的ポジションのことだな。俺たちが調べた情報に間違いがないか、加える情報がないか、というところを、一番星座を知っているであろう真嶋が、最後にチェックするというわけか。


 確かに言われてみれば、この二つの情報は全く方向性が違うな。この案には賛成だ。だが、二手に分かれるって言うところがいただけない。俺は個人でやりたいね。


「え?でも、あたしのそんな大役務まるかな?」

「大丈夫だって。そもそもただの文化祭じゃん。そんなに肩に力入れる必要ないって」

「そうそう。私たちも協力するからさ」


 長谷川と三原に言われても、まだ自信なさそうな真嶋。こいつも責任感が強すぎるようだ。ま、根が真面目だからな。この自信のなさは、真面目の取り組もうとしている印である。だからと言って真嶋が断ってしまうと、俺に白羽の矢が立ってしまう可能性もあるので、横目でこちらをちらちらと窺っている真嶋に対して、


「適当にやれ。言ってくれれば、みんな協力してくれる」


 どこぞの部長さんみたいに力入れすぎて、空回りされるのが一番困るんだ。どうせ文化祭のリーダーなんて形だけだ。適当にやってもらいたいね。しかし、俺の気持ちは真嶋に届かなかったようで、やたら真剣な表情で考え込み、そのまま頷いた。


「解ったよ。みんなよろしく」

「はい。お願いします」


 この様子ではかなり無理しそうだな。俺にもその影響がありそうだ。これは嫌な予感ってやつだ。ま、今回もかなりの確率であたると思う。たまには外れてもらいたい。


 これで真嶋のポジションが決まったわけなのだが、それ以外は何も決まっていない。


「二つの班分けだけど、どうする?みんなはどっちやりたい?」


 俺は星座自体を調べるほうがいいな。文献をそのまま書き写せば言いだけだからな。しかし、それを楽だと感じているのは俺だけだったようで、残りの三人は星座を見るための情報を調べたがった。一対三。これでは不均衡だ。


「これじゃダメだね。解った。私が成瀬君のほうに行くよ」


 先ほどからリーダーシップを発揮している三原が不人気(この場合俺)のほうに自ら動くと言ってきた。俺としては一人で動けるので、今の状況は願ったり叶ったりなのだが。俺の思いはともかくとして、これで二対二。一件落着だと思ったのだが、


「じゃ、じゃあ私も、な、成瀬君のほうに!」


 と、今まで空気のようになっていた戸塚が不自然なくらい焦った様子で大きな声を出して、挙手した。すると、


「え?俺を一人にするつもり?だったら俺だって!」


 寂しくなったのか、長谷川も焦った様子で手を挙げた。おいおい。それじゃあ今度はそっちがゼロになってしまうだろう。コントをやっているんじゃないんだから、いい加減にしろよ。


「これじゃ埒が明かないよ。こうなったらリーダーが独断と偏見でバシッと決めちゃってよ」

「え?あ、あたしが?」


 突然すぎる長谷川の発言。これを無茶振りと言わずして、何と表現したらいいのだろうか。ま、学生生活において、まとめ役や仕切り役というのは、はっきり言って貧乏くじ以外の何者でもないのだから、この流れがある意味必然と言える。


「で、でもどうやって決めたらいいのか……」

「独断でいいって。それに従うからさ」


 どうしていいのか解らずに、とにかく周りの表情を窺っていた真嶋だったが、結局意を決して言ったのが、


「じゃあ、健全に男女別ってことで……」


 どこまでも固い答えだな。今時男女で分けたりしないよな。健全も何もないと思うし、何を考えて健全なんて言葉が出てきたのか。男女二人にしたからと言って、必ず間違いが起こるとは思えないな。ましてこのメンバーで。ま、俺としてはどうでも良かったのだが、


「えー!そりゃないぜ、リーダー。野郎と二人きりなんて勘弁してほしいぜ」


 さも当然のようにブーイングが飛び出した。気持ちは解らんでもないが、つい今しがた従うと言ったのはお前だろう。理不尽なのは長谷川のほうだったのだが、


「え?でも……」


 と動揺し始める真嶋。だんだん面倒になってきた俺は、重い口を開くことにした。


「別にメンバーを固定することないだろう。毎回ローテーションすればいいんじゃないか?そうすれば全員星座についての知識も深める事も出来るし、メンバー全員と交流することが出来る」


 別段交流がしたかったわけではないのだが、こうでも言わないと長谷川が納得いかないだろう。嫌いなやつとずっと一緒に作業しなくてすむ、というマイナス的な表現を使いそうになったが、これも言わないほうがいいだろうな。この場に俺の苦手なやつがいると、暗喩的に言ってしまうことになる。


「あ、それいいんじゃないかな。ね、みんなどう思う?」


 この三原の問いかけに、三人は、


「あー、うん。いいんじゃない」


 とあまり乗り気ではないことが駄々漏れな感じで頷いて、話し合いは終了。本格的な作業は明日以降から始めるということで、本日の会合は解散した。


 もう五時を回っていたため、すでに帰宅しているとは思うが、一応部室に向かっていると、後ろから真嶋がついてきた。


「言っておくが、たぶんあいつはいないぞ」


 あとで文句を言われそうだったため、先んじて言ってみた。すると、


「別に岩崎さんに会うためことが目的じゃないよ」


 と真嶋。あ、そ。ならいいんだけど、他に何の目的があるのだろうか。


「何で岩崎さんいないの?ケンカでもしたの?」


 俺としてはケンカしているという気はない。向こうが一方的に不機嫌になっているだけだ。ま、それは結構日常的なことだ。あいつのせいでやらなくていいことをやらされている俺も少なからず不機嫌なのだが、ケンカではない。


「ただ文化祭に対する意見の相違があるだけだ」

「それって、文化祭が原因でケンカしたってことじゃないの?」


 ケンカじゃない。俺にとってはな。向こうはどう思っているか知らないが。今考えてみると、夏休みの出来事もケンカとは呼べないのではないか。ケンカとは、何らかの現象により対立し、言葉や暴力で争うことを言う。俺たちは言い争いもしていないし、もちろん物理的な対立もしていない。どちらも俺が一方的にしただけだ。


「ふーん」


 また興味なさそうな返事だな。自分から話を振ったくせに、何でこんなに興味なさそうなんだ。


「ねえ」


 そのわりにどんどん話しかけてくるし。


「何だ?」

「夏休み、岩崎さんと何かあった?」


 何だってそんな質問がいきなり飛び出してくるんだ?


「何でそう思う?」

「うーん、何となく?」


 半分疑問形で返すな。しかし、何となくかよ。よくそんな根拠のないことをいきなり口に出来るよな。しかも内容はかなり図星をついている。真嶋の言う『何か』が何を指すのか解らないが、俺としては聞かれたくない内容だな。


「確かに何かあったな。いろいろあった」


 思い出すだけで頭を抱えたくなるほど、岩崎とはいろいろあった。何で解るんだろうな。俺と岩崎の間に、まだ微妙な距離感があるのだろうか。俺は感じていないんだが。


「いろいろって、例えば?」


 何でそんなに気になっているのか知らないが、ここから先は行き止まりだぜ。どうしてもこの先が気になるなら、


「あいつに直接聞いてくれ」


 迂回して、別の道を行くんだな。少なくとも俺の口からは言えないんだ。岩崎にもプライバシーってものがあるからな。それに、あまり他言できる内容ではないんだ。岩崎のことを好いているやつには特にな。


「そっか。いろいろあったんだ」


 なぜか声を落とす真嶋。


「岩崎さん、前より楽しそうだもんなぁ」

「楽しそう?」


 その意外な言葉に、俺は反応してしまった。俺にはそうは見えないんだが。俺が知っている限り、夏休みの件はとてもじゃないが楽しいことではなかった。そして、なぜ真嶋が納得しているんだろうか。理解できないな。


 しばらく質問攻めをしてきた真嶋だったが、このあとなぜだか黙り込んだ。そして、部室にたどり着く直前に、ため息のようにぼそりと呟いた、


「いいなぁ」


 という発言には、何の反応も出来なかった。何か悩みでもあるのだろうか。何だか解らなかったので、特に聞き返す事もせず、そのまま黙々と歩いた。案の定部室には誰もいなかったので、そのまま真嶋と一緒に帰宅することにした。



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