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Part.5 side-N

 9月25日(水)


 さて。岩崎の行った暴挙の事後処理をすることになった俺たちだったのだが、やはりというか何というか、簡単には行かなかった。


「悪いけど、もう準備も進んでいるし、宣伝用のポスターも刷ってしまった。もう作ってしまうしかないんだ。長い歴史の中で、校庭にステージを作るのは今年が初めて。先生方も乗り気だし、OBにもいい宣伝になる。だから僕は岩崎さんの話に乗ったんだ。もうやめることはできない。悪いがね」


 俺はその日の放課後、生徒会室に来ていた。それは生徒会長横山大貴に会うためだ。ま、ここまでは順調だったのだが、そこはやはり厳しい現実である。そんなに悪い悪いと謝られたところで、ちっとも気休めにならないぞ。岩崎ほどではないが、俺も横山と面識があったためここまでうまくいったのだが、どうやらうまくいくのもここまでらしい。


「一体何があったんだ?みんな乗り気だと、岩崎さんは言っていたぞ」

「それが嘘なんだよ。あんた、俺が演劇に乗り気だと、本気で思ったのか?」

「だから、意外だな、と思っていた」


 意外というか、ありえない。悪いが、演じる側になって楽しいと思ったことはない。


「まあ事情は解った。ステージの設置に人を回そう。最初から君たちだけに任せるつもりはなかったんだ。あとは任せてくれて構わないよ」


 なるほど、これで俺たちは無関係になるのだから、肉体労働にいそしむ必要はないというのか。話の解るやつで助かるな。しかし、


「……いや、それは俺たちに任せてくれないか?」

「それは構わないが、いいのか?」


 さすがにこれまで俺が勝手に決めるわけにはいかないだろう。出店をやるという方向で決まりかけていたのだが、岩崎の暴挙によって結局話はまとまらなかった。なので、このままだと俺たちTCCは、文化祭で何もしないことになってしまう。来年は客としてしか参加できないわけだし、クラス以外でも何か文化祭に関わったほうがいい気がする。俺は構わないが、岩崎はどうだ?自分で作った団体だし、誰よりもTCCを大切に考えているのは岩崎だ。今回の暴挙は見逃すわけにいかないのだが、それも文化祭に向けた情熱が空回りしてしまったと考えれば、まあ悪気があったわけではないのだし、気持ちが解らないわけでもない。今回の件について責任を取らせる意味でも、こいつは岩崎にやらせるべきだろう。


「ああ。うちの部長がやったことだ。俺たちが責任を取るべきだろう。やるべきことはやるつもりだ」

「解った。君のことだ、心配はしていない。君がそういうなら、任せることにしよう」


 何を以って信頼してくれているんだろうな。確かに去年、こいつとはいろいろあったが、そこまで信頼されるようなことではなかったような気がするんだけどな。


 まあ今回に関してはいい方向に働いたと言ってもいいだろう。横山にも生徒会長としての責任やら義務やらがあるんだ。無理言っているのも、無茶を言っているのも俺たちだ。ここまでは想定の範囲内だ。問題はこれからだ。


「じゃあ、そういうことでよろしく」


 言って帰ろうとしてから、思い出した。こいつにはいろいろ言いたいことがあった。


「そういえば、」

「何だ?」

「俺たちのことを、あることないこと言って宣伝するのは止めてくれないか?夏休みにもいろいろ大変だったんだぞ」

「僕は神じゃないんだ」


 何を言い出すのかと思ったら。どういうことだ?


「全ての人に幸福をプレゼントすることはできない。君には悪いが、犠牲になってもらった」

「つまり、俺だけが不幸になる選択をし続けているってことか?」

「そうなるかな。それに、君だって本当に不幸なわけではないだろう」


 さすがは人気者といったことか。口が達者だな。なぜ俺が犠牲になってしまったのか、さっぱり解らないのだが。


「たまには俺を労ってくれてもいいんじゃないか?」

「いつも感謝している」


 このやろう。策士だな。これ以上話していても、俺に利益はなさそうだ。むしろ、騙されてしまいそうな嫌な感じがする。


「とにかく必要以上にこっちに回すな。話はそれだけだ」

「善処しよう。それで、君たちは場所を他のグループに譲ろうと思っているのだろう。一応こちらから書類を発行しよう。その書類にグループの名前と代表者と発表内容と君のサインを記入して、僕に提出してくれ。それで、場所の譲渡を認めよう。場所は有限なんだし、場所がほしいと考えている人は多い。制限なく無許可で譲渡されては、こちらも文化祭委員も混乱してしまうからな。くれぐれもなくさないでくれ。これがないと、我々は正式なルートでの譲渡と認めないことにするつもりだ」


 これは用意周到だな。責任重大だ。言われたとおり、くれぐれも失くさないようにしなければいけないな。万が一盗まれてしまっては、困ることが起きてしまいそうだ。ま、こいつとは知り合いなのだ。俺の発言で、正式かどうか解るだろうと思うのだが。


 と思っていたら、心でも呼んだのかと思うほどのタイミングで、


「僕は君を信じているが、生徒会と文化祭実行委員会は、他にも多くいる。君の事を知らない人もいるだろう。信じられるのは、君よりその書類ということになる」


 なるほど。トップである横山が贔屓をしていたら、生徒会や文化祭実行委員会の面目が立たない。


「理解した。くれぐれもなくさないようにしよう。それと、頼みがある」

「何だ?」

「うちの部長が何を言ってきても、耳を貸さないでくれ。今回の件は、全権俺が握っている」

「何だ、痴話ゲンカでもしているのか?」

「いや、いつもどおり、無茶苦茶言っているだけだ」


 と、そつなく返事をしておいて、ふと思った。痴話ゲンカとはどういう意味だ?ちゃんと意味を理解しているのか?


「そうか。どうやら君たちの問題らしいな。少なくとも、僕が口出しするような話ではないようだ。解った。今回は君が部長だと言うことだな」


 俺が言い返そうとしている間に、話はまとまってしまったようだ。しかし、俺がTCCの部長になるのか。あまり嬉しくないな。とは言え、本当に話が早くて助かる。


「頼む」

 



 横山との会談を終えると、俺はまっすぐ部室に向かった。中に入ると、すでに麻生と姫が到着していた。


「麻生はクラスでやることはないのか?」

「あー、うちのクラスはアメリカンドッグでお茶を濁すことになっているから、当日以外は特に重要じゃないんだ。文化祭前に集まりがあるとしても、当日の日程決めと調理のレクチャーくらいだな。どっちも時間はかからないと思う」


 どこのクラスも似たような状況だな。ちなみにうちのクラスはプラネタリウムということになっていて、自分のクラスと隣の視聴覚室を使って展示を行う。視聴覚室を夜空にして、うちのクラスは星や星座についてまとめた情報を展示する。さも張り切っていそうな展示だが、調べ物は情報化社会の現代において、さほど難しいものでもないし、プラネタリウムのほうも、視聴覚室という暗室にしやすい教室を使うことによってほとんど手がかからない。装置のほうも、真嶋が簡易の物を持っているようで、気前よく貸してくれるらしい。あとは、まあそれぞれのやる気次第で好きなように仕上げれば完成する。大して難しくも大変でもない展示である。


「ちょっと。あんたたちもっと張り切りなさいよ。来年クラスの発表がなくなったらどうしてくれるの?」

「まさか。来年から突然なくなるなんて、そんなことないだろ。それに、悪いけど俺は有志のほうが大変なんだ。今年は図書委員もいろいろ頑張るらしいし、正直クラスも部活も手が回らないんだ。大丈夫だよ。ほら、今も昔も有志や部活、委員会が中心の文化祭だし、今に始まった話じゃないから」

「なおさら来年怪しくなってくるじゃない」

「クラスのほうは、手の空いているやつが頑張ればいいんだよ。成瀬とか?」

「この男が、そんな面倒なこと率先して引き受けるわけないでしょ」


 クラスの出し物についての議論はとりあえず置いといてくれないか?何で突然俺が矢面に立たされているのかさっぱり解らないが、今はそれも置いておこう。


「今、生徒会室に行ってきたんだが、」

「何だ?やる気がなさ過ぎて、生徒会に呼び出しでも食らったのか?」


 それは個性だし、単純にやる気がないように見えるだけだ。実際には人並みには持ち合わせている。どっちにしろ、呼び出されるほどのものでもない。それに、もう忘れたのか?お前も知っている話題だぞ。関係者と言っても過言ではない。思い出せ。


「うちの阿呆が起こした暴挙の件だ。横山に確認してきたが、やはりもうキャンセルはできないらしい。もうやるしかないんだと」

「あー、校庭にステージを新設するって話か?」

「じゃあ場所の使用について、募集するしかないわね」


 そのとおりだ。


「そっちの宣伝は生徒会のほうでプリントを刷ってくれるらしい。早いほうがいいだろうから、今日中に刷って、明日一、二年に配布するって。選考は俺たちに任せてくれるらしい」


 内容について、だいたいの基準はレクチャーされたが、あとは完全に任せてくれるらしい。何より選考方法を任せてくれるのはありがたい。数が増えたらとてつもなく面倒だからな。


「俺たちが審査するわけね。何か面白そうだな。できるだけたくさん来てほしいね」


 俺と真逆なことを考えているな、こいつ。麻生は好奇心の塊だからな。物事を楽しむ天才でもある。全部こいつに放り投げてもいいが、審査ってやつは一定の基準を設けなければいけないし、こいつに全部放り投げると、全部合格にしかねない。本当に大量の応募があった場合、ある程度書類で切り捨てないと間に合わないだろう。そういえば麻生のやろう、


「クラスや部活のほうに顔出せないくらい忙しいんじゃなかったのか?」

「え?いやー、それは時と場合によるんだよ。時間は捻出するもんだぜ」


 全く、これだからその場のノリと勢いだけで生きているやつは信用できない。


「じゃあ捻出して、こっちもちゃんと手伝えよ。ただでさえ一人使い物にならなくなってしまっているんだ、俺たちはすでに猫の手も借りたい状況なんだよ」

「それは、解らないぜ」


 さすがにいらっと来るぜ。


「放っときなさいよ。いつものことでしょ。麻生の意見なんて聞かずに、強制すればいいだけのこと。それより話を進めましょう」


 麻生がぼそりと、ひでえ、と呟いたが、姫の言うとおり放っておくことにする。


「募集期間はいつまでで、選考はいつなの?」

「期間は明日から一週間だ。ちなみに、体育館の舞台と昇降口前のステージの抽選発表が来週の頭に行われる。だから、応募が殺到するのは来週からだろう」


 ちなみに明日は木曜日。つまり、来週の木曜日に募集を締め切り、金曜日に選考を開始するという手順になる。


「じゃあ今週にやる必要はないわね。来週から、応募内容を見て動き出しましょう」


 こいつ、一番年下のくせに、妙に仕切り屋だな。ま、特別俺がやりたいわけでもないし、姫の方針でおおむね問題ない。


 こうして、岩崎の後処理を始めるため、俺たちは動き出したわけだが、この日岩崎は部室にやって来なかった。放課後になった瞬間一人で教室から出て行った直後、欠席するとの連絡があった。内容はそれだけで、このとき、岩崎がどこで何をしていたのか、俺はさっぱり知らなかった。


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