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Part.4 side-N

 9月24日(火)


 甘かったね。考え足らずだった。というより、想定の範囲外だ。予想外だ。認知できるレベルを超えている。


 俺が何を嘆いているのかというと、この前の文化祭の出し物の話である。岩崎が黙り込んだ様子を見て、さすがにもう何も出来ないだろうと思っていた。麻生も姫も反対していたし、反論できないような正論が飛び出ていた。一方岩崎は精神論丸出しで、頑張れば何でもできる、みたいな根拠ない言葉。これでは、どう考えても覆らないと思っていた。どうにもならないと思っていた。


 しかし、岩崎がとんでもない暴挙に出た。


「は?舞台を取った?」


 文化祭において、舞台やステージは全部の団体が使えるわけではない。こういう出し物がやりたいという企画案を出し、それが通って初めて抽選に参加できる。よって、舞台を取ったというのは、舞台の抽選に参加し、見事当選したという意味である。


 これを聞いたときは、やりやがったな、と思ったが、同時に、辞退すればいいだろう、と思っていた。どのみち、それほど処理に困ることでないと思っていたし、これくらいはやってもおかしくはないと思っていた。


 しかし、これでは前言に反する。俺はつい今しがた、何と言った?想定の範囲外、予想外と言った。では、どちらが本音なのかと言われると、どちらも本音だ。この程度なら、岩崎が暴走すればやってもおかしくはないと思っていた。にもかかわらず現在俺は予想外の展開を目の当たりにしている。


 つまりどういうことかというと、


「舞台を取った?いいえ、違いますよ」


 舞台を取る以上の暴挙に出たということだ。


「私は、新たに舞台を作る約束を取り付けてきたのです!」

「は?」


 岩崎の言葉を聞いて、俺は間抜けな声を出してしまったのだが、この反応はとがめられるものではないはずだ。誰でもこんな反応になってしまうと思う。


「よく理解できなかった。説明してくれ」

「えー。成瀬さんもうっかり屋さんですね。うふふ。いいですか?一度しか言いませんよ」


 うっかり屋さんでも、ちゃっかり屋さんでもない。いいから早く言え。


「体育館の舞台や、昇降口前の特設ステージはすでにたくさんのグループが応募していますし、完全抽選なので細工しようがありません」


 細工するつもりだったのか。この女の手に負えないところは、本気で細工しようと思ったら出来てしまうところだ。生徒会長とのコネはあるし、詳しくは知らないが、文化祭実行委員長ともコネがありそうだ。この女、とことん救えないな。末恐ろしいとはこのことだ。


「考えてみれば、一グループの持ち時間、たったの十分間なんですよね。そんな短時間でしたら、抽選に参加してまでやる気になりません。ではどうするのかというと、」


 ここからが本番だ。みんな、よく聞くように。


「だったら全く別に新たな特設ステージを設けて、我々が好き勝手運営したほうが健全ですよね。ということで、校庭に特設ステージを設ける話をつけてきたってわけです」


 これがとんでもないことの全貌である。これは誰にも予想できない展開だろう。考え方が予想の斜め上を行っているやつにしか思いつかん。


「あのな、俺たちは誰も賛成していなかったぞ。誰がやるんだ?」

「だから、私一人で準備すると言ったでしょう」


 それも聞いたが、あんた一人ではどうにも出来ない部分があるという話もしたはずだ。


「準備って、ステージの設置も私たちがやるの?」

「そうです。ま、私たち、ではなく、私がやるんですが」


 これ以上話を進めてしまっても意味ないだろう。悪いが、ここまで暴挙に出られると、俺たちとしても議論以外の手段に出なければならないな。


「もし本当にやるなら、先輩一人に任せるわけにはいかないわ。でも、舞台作って何をやるの?演劇なら却下よ」

「大丈夫ですよ。脚本も演出も、監督もプロデューサーも、まとめて全部私がやりますから」

「そんなこと心配しているんじゃないんだけど」


 話を聞かないな。今回ばかりはずるずる引きずられるわけにはいかない。


「いい加減にしろ。文化祭は誰にとっても一大イベントだ。あんた一人のわがままに付き合うことは出来ない。さっさと辞退して来い」

「迷惑かけないと言っているじゃないですか!それに、成瀬さんの言うことを聞く理由はありません。何と言われようと、私は辞退しませんよ」


 俺は深いため息を吐いた。なぜここまで意固地になっているんだ?


「聞き分けのないことを言うな。麻生は他で忙しいし、俺と姫はやりたくないと言っているだろう。やりたいと言っているのは、あんただけなんだ。こんな状況でいい舞台が作れるわけないだろう」

「解らないですよ。出来るかもしれないじゃないですか。やる前から諦めるのは、成瀬さんの悪い癖です。諦めていたら何も出来ないのは当然です。要は気持ちが重要なんです。諦めたらそこでファイブファールですよ」


 その気持ちがないと言っているんだよ。最後のセリフ、意味が解らん。退場ってことか?


「そもそも何で成瀬さんが仕切っているんですか?確かに成瀬さんは副部長ですが、部長は私ですよ。この部の実権は全て私が握っているんです。私に逆らったら、そこでレッドカードですよ」


 ルールが解らん。バスケなのかサッカーなのかはっきりさせてくれ。


「悪いが、今回は真っ向から対立させてもらうぞ。俺は演劇に参加しない」


 あからさまにむっとした表情を作った岩崎だったが、


「いいですよ、別に。成瀬さん一人いなくても。三人いれば十分です」


 とあからさまに強がったセリフを口にした。しかし、


「悪いけど、今回は先輩に賛同できないわ。私も役者はやりたくないの」

「え?そ、そうなんですか?」


 残りは一人となった。まあ結果は見えているが、岩崎は、先ほど自分で言った言葉を忘れていなかったようで、


「麻生さんは?麻生さんは参加してくださいますよね?」


 諦めずに言った言葉だったが、結果は変わらず、


「……悪いな」


 と見事に撃沈。これで三対一だ。劇なんて出来るわけないな。解ってくれるよな?


「わ、解りましたよ。皆さんがそういうつもりなら、私にも考えがあります!」


 いきなり立ち上がって、荷物をまとめ始めた。今度は一体何が始まるんだ?


 俺たちが黙ってみているのを尻目に、岩崎はさっさと荷物をまとめ終わり、ドアに向かって走り出した。そして、ドアを開け、出て行く寸前に、


「覚えていて下さいよ!後でほえ面かかないで下さいね!」


 丁寧な言葉で言われてもどうもピンと来なかったが、どうやら捨て台詞を吐いたようだった、はあ。これからどうなるんだ?ま、この件に関して、後始末をしなければいけないだろうな。


「俺が横山に掛け合ってみよう。キャンセルできるならキャンセルして、もし出来なかったら、」

「そしたら、抽選にあぶれたグループを呼んで、こっちで抽選しましょう」


 それがいいな。


「麻生もそれでいいよな?」

「ああ。今回ばかりは岩崎の肩を持てそうにないし。申し訳ないけど、そうするしかないよな」


 これで、俺たち三人の意見はまとまった。岩崎に関しては、まあ、何をしようとしているのかさっぱり解らないが、今回の全権は俺が握ることにさせてもらおう。強権で独裁的なトップはいずれ下々に駆逐されることを肌で理解してもらうしかない。


 とまあ、岩崎の暴挙を後処理することになった俺だが、これが原因でこれまた面倒なことが起きることになる。岩崎の暴挙が事の発端なのだから、これを処理しようとした俺たちが事件の中心になってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。ま、今回に限っては、一方的に被害者だということは出来ないのだが、現時点では全く予想できないことであった。事件はこれから始まるのだ。





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