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Part.34 side-N

 俺はすっかりやる気をなくしていた。現在午後五時を回ったところ。だんだんあたりも暗くなり、校内から人の気配が消え失せ始めているというのに、ステージ作成はまだまだ終わりそうにない。進まない作業ほど、退屈なものはないな。どうしてこうも進捗が上がらないのか不思議でしょうがないが、この人数でやれというほうが無理というものだ。


 現在ステージ作成に携わっているのは、俺、岩崎、真嶋。以上三名。何を間違えれば、こんな人事になってしまうのか。


 しかし、こんなにもやる気をなくしているのは俺だけだったようで、


「ちょっと成瀬さん、あからさまにやる気をなくさないでください。私たちにも伝染してしまいます」

「ちょっと休憩したら、あとはあたしたちがやっておくから」


 なぜこの二人はこれほどまでに元気でやる気なのだろうか。すでに一時間ほど、力仕事に勤しんでいるのに。しかもなぜか若干楽しそうでもあるのがむかつく。


「女子二人が働いているのに、俺だけ休むわけにはいかないだろう」

「あら、成瀬さんにも男の矜持があったんですね。意外です」

「ケンカ売っているのか?」

「冗談言わないでください。ケンカはもうこりごりです」


 冗談言っているのはあんたのほうだろう。この前のケンカとやらは、すでに冗談に使われるほど安っぽいものだったのか?涙を流すんじゃないかってほど、真剣に悩んでいたくせに。相変わらず思考回路が解らんやつだ。そして、もっと解らないのがこいつ。


「成瀬、こっちの階段、結構ぐらつくんだけど、もっとしっかり固定したほうがいいかな」


 こいつはTCCじゃない。なぜここにいるのか、というと、まあボランティア精神の一環だと思うが、それにしても楽しそうで、やる気に満ち溢れている。


「その判断は任せるが、あんたは工作が好きなのか?」

「え?別にそれほど好きでも得意でもないけど。何で?」

「いや、やけに楽しそうだから」

「え?」


 どうやら自覚がなかったらしい。


「あたし、そんなに楽しそうだった?」

「ああ。傍から見て解るくらいには」

「そっかな?それはたぶん……」


 自覚はしてなかったのに、理由には心当たりがあるのか。複雑な精神構造だな。俺としては、結構気になったのだが、


「成瀬さん!口より手を動かしてください。時間がないんですから、もっと頑張ってください!」


 邪魔が入った。全く、ついこの間まで一切TCCに関わらなかったくせに、どの口がそんなことをほざきやがる。


「今日はずいぶんご機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」


 俺としては皮肉だったのだが、


「ええ。昨晩真嶋さんと日向さんの家に泊まりまして。とても有意義な時間を過ごさせていただきました」


 普通に肯定されてしまった。これだから皮肉の通じないやつは困る。暖簾に腕押しとは、まさにこのことだろうと思う。


「日向の家に泊まることに対して異論はないが、日向と真嶋って仲いいのか?それ以前に知り合いだったのか?」


 以前日向に聞いたときは、確か全く面識ないという話だったが。


「うん。知り合ったのは最近だけどね。日向さんって、スポーツも勉強もできるし、習い事もたくさんやっていて、その割には全然鼻にかけないし。だから本気で尊敬しているの」


 そりゃよかったね。鼻にかけない、ね。俺から見れば、しょっちゅう鼻にかけているような気がするね。自分のことをスーパー美少女お嬢様と呼ぶやつは、この世に二人といないだろう。それでも、


「すごいやつだということは認める」


 何が、と言われると困るが、すごいことをやっているのに、すごく見えないところが、やはりすごいと思うね。一流のスポーツ選手は、スーパープレイを難なくやってのける。あまりに簡単そうにやるから、スーパープレイに見えない、なんてことが、ままある。日向のすごさは、そんなところだろうか。


「やっぱり成瀬さんって、」

「やっぱり」


 二人して顔を見合わせて何を言っているんだ?


「何だよ」

「やっぱり成瀬さんは、日向さんのことが好きなんですね?」


 またしてもその話か。あんたら、その話好きだね。どこかで盛大なため息が聞こえた。と思ったら、俺の口から出たものだった。


「何回も言わせるな。別に好きじゃない。前から思っていたが、なぜ日向なんだよ。俺が日向のことを好きだと、何か問題でもあるのか?」


 二人に向って問いかけると、


「問題だらけです!」

「うん」


 予想外の返答が、しかも即答で来た。


「何でだよ?」


 確かに釣り合わないとは思うが、ここまで即座に問題があると言い切られると、さすがに気分が悪いぞ。俺を納得させるだけの理由を出してもらいたいね。


「そ、それは、」

「それは?」


 なぜだか急に口ごもった岩崎。隣にいる真嶋も、何となく居心地が悪そうである。


「理由なんてない、っていうのはなしだぞ」

「理由はあります。ですが、ここでは言い難いと言いますか」


 ここ?ますます解らん。ここには俺と真嶋と岩崎しかいない。誰かに盗み聞きされる可能性はあるが、どう考えても言いやすい環境だと思うが。教室や電車の中にいるわけじゃないんだぞ。


「意味が解らない」


 俺が素直にそう言うと、


「と、とにかく今は言えないんです!察してください!」


 さらに訳の解らないことを言い始めた。もうダメだな。夏の猛暑の影響が今頃来たのだろう、と適当に理由をつけて、岩崎の暴走という結末で終わらせようとしたのだが、直後、岩崎の言っていることが理解できた。


「おーい、助っ人に来たぞ」


 恩着せがましいセリフとともにやってきたのは、噂の人物、日向ゆかりだった。なるほど、本人登場を予測していたのか。それとも日向がこちらの向かっていることを知っていたのか。どちらにしても、納得できた。


「噂をすれば影、ね」

「何?あたしの噂をしてたの?どうせあまりいい噂じゃないんでしょう」


 鋭すぎる発言に、俺は答える言葉を持ち合わせていなかったので、


「一応聞くけど、助っ人というのは、ステージ作成の助っ人と受け取っていいのか?」

「別に何の助っ人でもいいけど、とにかくあんたたちを手伝いに来たの。一人生贄を用意してきたわ」


 とんでもない表現とともに紹介されたのは、


「お、お疲れ様です!」


 とんちんかんな挨拶をかましてきた阪中みゆきだ。


「そいつは助かる。どうにもやる気がでなくてな。ちっともはかどらなかったんだ」


 さっそく作業を始めてほしかったのだが、どうやら日向も特別やる気があったわけではなかったようだ。


「軽音部の件だけど、」


 と、いきなり世間話を始めた。ま、一応興味のある話題だし、俺としては聞いておく義務があるだろう。


「ああ、どうだった?」

「完璧に解決してきたよ」

「そりゃよかった。さすがだな」


 やはり俺の目に狂いはなかった。人間関係の複雑な悩みは、俺では到底解決できないだろう。しかし、日向には容易だったようで、わざわざ『完璧に』という言葉をつけたしていた。もともと自信過剰なやつだが、くだらない嘘はつかないやつだ。完璧、という表現にも嘘偽りないのだろう。しかし、ここから先の言葉はよく解らなかった。


「あんた、もったいないことしたね」

「は?」


 脈絡がなさ過ぎて、さっぱり理解できなかった。行間の読める人間になりたいとは、常々思っていたが、さすがにこれは無茶だと言える。頼むから、もう少し情報をくれ。


「あたし、軽音部のヒーロー的存在になっちゃったよ。かわいい子もたくさんいたから、あんたが解決してやったら、ハーレム作れたのに」


 なるほどね。理解できましたよ。要するに、


「あんた、肝心なところで自信ないんだな」


 自分がやったことのすごさを実感していないのだろう。


「は?どういう意味よ」

「誰がどう見ても、解決したのはあんただろう。誰でも解決できるような事件じゃないはずだぞ」

「でも、あんたは事件の真相を知っていた。ってことは、あたしより先に解決できたってことでしょ」

「じゃあ何か?俺があんたに手柄を譲ったって?ばかばかしい」


 俺がそんなことをして、いったい何の意味があるというのだ。俺は他人に手柄を譲るほど、いい人じゃないぞ。ま、今回の場合、俺にとって全く手柄じゃなかったけど。


「じゃあ何であたしに任せたのよ」

「さっきも言っただろう。あんたなら最高の形で解決できると思ったからだ。聞くが、友達が圧倒的に少ないこの俺が、人間関係修復の相談を解決できると思うか?」


 できるわけがない。岩崎と仲直りするだけで、いったいどれだけの時間を要したことか。しかも、仲直りの方法が解らなかったんだぞ。他人にアドバイスなどできるはずがない。


「俺は舞台を用意しただけだ。それも具体的な策があったわけではなく、とりあえずこんな舞台があれば、うまくいくんじゃないだろうか、という抽象的な考えに基づいて、前夜祭を企画しただけだ。事実、俺はあんたがどんな方法で完璧に解決したのか、見当もつかない」


 長谷川は、あれで結構な頑固者だった。自分の思い込みだけで、他人の考えを完全にシャットアウトしていた。それで他の部員が口出しできていなかったのだから、周知の事実であるくらいに頑固者だったはずだ。小山内七海に関しては、あまりよく知らないが、それでも長谷川に一歩も引かなかったやつだ。そこそこ頑固者だったと言える。頑固者の説得、考えるだけで頭が痛いね。


「ま、いいでしょ。今回はそういうことにしといてあげる」


 なぜか納得いっていない様子だった。


「とりあえずこれで貸し借りなしだから。これ以上厄介ごとをあたしに押し付けないでね。今回のことで、結構懲りたから」


 後悔しているようには見えないが、それでも大変だったのだろう。ま、俺としては痛いほど理解できるね。自分のことで精いっぱいなのに、他人のことに首を突っ込んでいられるか。ただでさえ他人の悩みってやつは、厄介なんだ。特に人間関係に関しては、な。


 しかし、これで無事解決。俺の仕事も終わったというわけだ。


「今回は世話になったな。助かったよ」


 関係者だったとはいえ、あまり事情を知らない日向に丸投げしたのは、さすがにやりすぎだった。ほとんど無関係だった俺だが、さすがに礼を言っておく必要があるだろう。


「へえ。今日はやけに素直だね」


 ま、自覚はしている。俺は滅多に頭を下げない男だ。ただ、下げるべきところは理解しているつもりだ。


「感謝はもう軽音部のみんなから受け取っているよ。それに、成瀬に感謝されるようなことはしてないよ。だって、あんた得してないでしょ」


 何でもない事のように、日向は笑いながら答えた。お人好しの経営者っていうのは、どうなんだろうな。いい人であるというのは、人間として美徳ではあるが、従業員の生活を預かる経営者としては、時に非情になって利益を追求できなければいけないのではないだろうか。ま、そいつに関して俺が心配する必要はないな。一応、礼を言ったんだ。できれば素直に受け取ってもらいたいね。


 日向はこれで貸し借りなし、と言っていたが、実際俺のほうが借りが多い。夏休みの事件では名前を借りたし、これからもおそらくたびたび協力を仰ぐ機会がある気がする。そりゃしょっちゅう協力をお願いするつもりはない。しかし、どこの世界でも切り札ってやつは必要だ。相手にプレッシャーをかけることができるし、自分も精神的に強気になれる。その場にいてもいなくても、日向ゆかりという存在は強力なんだ。決していい関係ではないが、それでも、


「日向ゆかりと知り合えてよかったよ」


 大企業の娘、というだけで知り合う価値はある。どう控えめに表現しても、純粋な動機とは言えないので、これ以上の言葉は口に出せないのだが、ま、日向なら解っている可能性は高い。一応周りの目もあるからな。これ以上情のない奴だと思われると、俺の高校生活が危ぶまれるので、割愛させてもらうことにしよう。


 そんな腹黒い部分も含めて、日向に笑いかけると、


「…………」


 珍しいものを見た。日向が目を見開いて固まっている。口も若干開いているので、正直間抜けな顔に見える。


「どうかしたのか?」


 俺が問いかけると、


「このバカヤロー!」


 なぜか叱られた。失礼なことを言った覚えはないのだが。


「あんた、そういうセリフはもっと考えて、いや、場所をわきまえて……」


 と、言いかけたところで、日向は何かに気づいたように、そーっと後ろを振り返った。俺もつられて、視線を動かす。すると、


「……………………」


 その場にいた全員が作業を中止して、俺たちのほうを注視していた。


「なんだ?どうかしたのか?」


 俺は全員の視線を追い、振り返る。がしかし、そこには何もない。いったい何を見ているのだろうか。


「いや……。まあ、なんだ」

「あ?お前いつからいたんだ?」


 答えてくれたのは、いつからいたのか、麻生だった。答えてくれたのはありがたいが、どうにも話しづらそうだった。あからさまに視線をそらして、苦笑、いや失笑といった感じで笑った。何やらあきれている様子。ますます理解できない。


「もしかして、聞こえてた?」


 俺を無視して、日向が全員に問いかける。


「ええ。ばっちり」

「うん……」

「……ご、ごめんなさい」

「あはは……。やっぱり?」


 若干怒気をはらんでいる岩崎。むしろ落ち込んでいる真嶋。なぜか謝る阪中。全く楽しくなさそうな空笑いで答える日向。


「いや、これは違うんだよ。成瀬はそんなに深い意味があったわけではなく……」


 なぜ俺の弁明を日向がするんだ。それに俺は何か言い訳をしなければならないことをした覚えはないぞ。


「解っていますよ、日向さん。成瀬さんは無自覚にそういう意味深なセリフを使う人なんです。乙女心を全く解っていない朴念仁野郎なんです。ええ、理解しています」

「あ、解っているよね。そっか、よかった」


 何気にひどいこと言っていないか?日向も軽く肯定しやがるし、この場にいる全員が俺のことをそういう風に思っていたのか。


「あたしは、『俺たち、もしかしたら相当相性いいのかもしれないな』って言われた」


 確かに言ったが、そこだけ切り取ると、凄まじく誤解を生みそうだな。


「私は『いつ何時もあんたのことが必要だ』って言われました」


 そんなこと言っていないぞ。似たようなことは言ったが、全くニュアンスが違う。それでは俺が岩崎に依存しまくっているヒモ野郎に聞こえてしまうじゃないか。


「…………」

「成瀬……」


 岩崎と真嶋が言わなくてもいいことを言ったせいで、この場の空気がさらにひどくなってしまった。この場合、悪いのは俺なんだろうか。


 このままでは俺がただのナンパ野郎になってしまうので、ここはひとこと言わせてもらおう。


「言っておくが、全部本心で嘘はついていないぞ」

「なおさら悪いです!」

「それ、フォローになってないから」

「成瀬のバカ!」


 空気が悪化してしまった。なんだか解らないが、全部俺が悪いらしい。まあそれはいいとして、作業が全く進まないではないか。全部俺のせいにしていいから、さっさとステージ作って帰ろうぜ。


 この空気を誰か変えてくれないか、と思っていたら、救世主が現れた。


「おーい、ステージ作り終わった?」


 あたりはすっかり暗くなっているので、顔は認識できないが、どうやらまたしても助っ人が来たようだ。


「やっぱりゆかりたち、ここにいたんだ」

「言ってくれればよかったのに。水臭いよ」

「それにしても、全く進んでないねぇ」


 やってきたのは、軽音部三人娘だった。そして、


「おう、成瀬。俺も手伝いに来てやったぜ」


 長谷川だ。これで九人になった。開始当初の三倍だ。今日中に終わる可能性が出てきたな。しかし、


「ところで、なんか空気悪くない?」


 助っ人が来たところで、気持ちの悪い雰囲気は打開できなかったようだ。


「もしかして修羅場?」

「三つ巴そろい踏みって感じだしねぇ」


 あとから来た三人娘が何やら訳知り顔。おまけに、


「あんた、頭が回るのはいいことだけど、もっと乙女心に敏感にならないと、将来いいことないよ」


 なぜか俺に説教までくれやがった。俺はあんたの名前すら知らないのに、なぜ将来について諭されなければいけないのか。


「何これ?なんでこんなに人がいるわけ?しかも、空気悪いし」


 混乱中のステージ作り班に、若干混乱気味で登場したのは、TCCの最後の一人。姫こと泉紗織だった。


「知らん。どうやら俺のせいらしい」

「あー、なるほど」


 この一言で納得するとは、俺はいったいどう思われているんだろうな。ま、これで十人になった。ようやく完成のめどが立つ。あと数十分真面目に作業すれば、確実にステージを完成させることができるだろう。これでようやくスタートラインなのだが、ひとまず一件落着。事件は収束したが、この混乱した状況が収束するまで、もう少し時間がかかりそうだ。やれやれ。


この物語はこれにて終了になります。

一応次話があるのですが、ただのあとがきになります。

今回の作品、今後の作品には一切影響がないので、

興味のない方は回れ右をしてください。

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