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Part.33 side-Y

 あたしはTCCの部室を駆け足で出ると、その足で自分のクラスへと向かった。走りながら、電話を掛ける。頼む、まだ校内にいてくれよ。


「もしもし!」


 呼び出し音が切れると同時に、あたしは受話器に向かって半ば叫ぶように呼びかけた。すると、


「おっす、ゆかりっち。どしたの、そんなに慌てて」

「今どこにいる?」

「あたしたちはまだ教室にいるよ。ゆかりっち、ホームルーム終わった途端にどこか行っちゃうから、途方に暮れていたんだよ」


 よかった。どうやらまだ校内にいてくれたようだ。あたしが連絡を取った相手は、小山内七海だ。彼女を含め、バンドメンバーまだ教室にいるらしい。


「ダッシュで向かうから、ちょっと待ってて」

「はいよ。そんな急がなくていいよ」


 あんたたちは急ぐ必要性を感じないかもしれないけど、あたしには急ぐ理由があるのだ。あたしは通話を切ると、そのままディスプレイを眺める。ディスプレイに映る電子時計は、午後3時55分を示していた。まだ一応時間はある。あたしたちがそこに向わなければ、何も解決することはできない。あのやろう、本当ギリギリにこんなこと言いやがって。だけど、礼を言わざるを得ないだろう。本当にしょうがないやつだ。




 あたしは走ってきた勢いそのまま、ドアを開けた。


「おかえり」

「お、早かったね」

「いったいどこに行っていたんだい?」


 焦るあたしとは正反対に、のんびりとした反応で迎えてくれた。そこにいたのは、あたしのバンドメンバーだけだった。


 息を整える前に、あたしは口を開いた。


「今日は校内で練習するよ」


 あたしのセリフに、四人は少なからず驚いたようだった。


「校内でやるって、いったいどこでやるのさ」

「場所なら確保してあるよ」

「さすがゆかりちゃんだね。それで、どこ?」


 それはみんながよく知っている、あの場所だ。


「第三音楽室」




 第三音楽室に到着すると、あたしは先陣切ってドアを開けた。後ろにいる軽音部の三人は必要以上に恐縮しちゃっているし、みゆきも三人同様この異様な雰囲気に飲まれてしまって、いつも以上に委縮してしまっている。あたしが堂々としなければ、戦う前から負け戦になってしまう。


 第三音楽室は、赤に染まっていた。西日が窓から溢れんばかりに入り込んでいる。あと二時間もしたら、ここは完全に宵闇に支配されてしまうに違いない。ろうそくが消える瞬間、大きく輝くような、一日のうちのほんの一瞬の時間だ。さて、ろうそくの炎が消えてしまう前に、ことを終わらせてしまおう。今日はまだやることがあるのだ。


「みんな、お待たせ。じゃあ始めようか!軽音部だけの前夜祭を!」


 あたしの号令で、第三音楽室に歓声が響き渡る。どうやら前以て話が通っていたらしい。さすがに根回しがいいな。いい仕事であると言えるが、どうせ成瀬の仕事ではあるまい。それに、あたしより先に彼らに話が通っているという事実が少し納得いかない。


 あたしの号令に、全く反応していない人物が、あたしの後ろに四人、そして、目の前に一人。どうやら事件の当事者たちには何も知らされていなかったようだ。このあたりも、なかなか面白い演出だと言える。


「さあ、最初は誰から行く?一発目の人は盛り上げてよね!」


 あたしの掛け声によって、第三音楽室は一気にヒートアップした。そこはもう音楽室ではなかった。クラブハウスだ。激しい西日もミラーボールのよう。まるで本番さながら、盛り上がりを見せた。みんないい顔をしていた。あたしはこうやって大勢の人とわいわい騒ぐのはあまり好きではなかった。でも、今日は楽しむことができた。このあたしがそうだったのだ、みんな楽しかったに違いない。



 そして、時間はあっという間に過ぎた。


「さて、残るは二組だね。さあ、どっちがステージに上がる?」


 二組というのは、あたしたちのグループ。そして、長谷川がボーカルを務めるグループ。ここでいまいち盛り上がることができていないグループだ。ま、理由は解っている。


「じゃああたしたちが行こうか。ね、七海」

「え……」


 相変わらず乗り気ではない様子。


「じゃあ長谷川、あんたが行く?」

「え?俺?」


 こちらも乗り気じゃないらしい。


「しょうがない。じゃあ先に今回のいさかいを解決する?」

「え?」


 今度は二人同時に声を発した。七海はともかく、長谷川は知っていたはずだ。今日、あたしがここにいる理由を。驚かれるほど、あたしは無能だと思われていたのか。心外極まりないな。


「文化祭を前にして、軽音部に亀裂が入った。その中心は七海と長谷川。その理由は、ま、音楽性の対立と言っていいね」


 ここまではいい。人が集まれば集まるほど、意見はばらけてしまう。全く同じことを考えている人間なんて、この世に二人いるはずがないんだ。音楽性の対立。音楽によらず、よくある話だ。しかし、意見を異にするたびに、亀裂が走っていたんじゃ、集団なんてものは生まれない。意見が対立した。だったら、話し合って、それぞれの意見を近づけてやればいい。今回の二人は、一方的に自分の意見を押し通そうとして、すれ違ってしまった。ある意味当然の結果だ。


「七海の主張は『楽器をやらせてくれ』。で、長谷川の主張は『ボーカルをやってくれ』。いわば、二人とも全く逆の主張をしてしまったのだ」


 意地を張ったのは、どちらだろう。いったいどちらが悪かったのだろう。おそらく、どちらも悪かったのだ。


「七海、今も気持ちは変わらない?」


 突然声をかけられて、一瞬たじろいだ七海だったけど、すぐさま決意を固めたようで、


「うん。あたしは楽器がやりたい。その気持ちは変わらない。だから、ゆかりたちと一緒にバンド組んで、後悔していない」


 その言葉に、長谷川の表情が歪む。


「その決意は素晴らしいけど、少しは後悔しなさい。で、長谷川。あんたは?」

「お、俺だって、あの時の気持ちに変わりはない。小山内にはボーカルをやってもらいたい」


 お互い譲らず。当時もこんな状況だったのだろう。ま、今回はここで終わらせるつもりはない。


「七海の発言に付け足すわ」


 ここで声をかけてきたのは、真綾だ。おそらく七海の一番近くにいて、何か感じていたのだろう。


「七海は言いたがらないと思うけど、」

「いいよ。気にしないで言っちゃって」


 あたしが許可するよ。ここまで来て、隠し事はよくないって。もう言いたいこと全部言っちゃおう。


「ちょ、ちょっと真綾?」

「長谷川。七海はね、あんたのボーカルに惚れ込んでいるのよ。だからあんたを差し置いて、自分が歌いたくなかった。七海は楽器がやりたいんじゃなくて、あんたのボーカルを聴きながら演奏したかったのよ」

「ちょ、ちょっと待て!何言ってんのよ!」


 なるほどね。こりゃ面白い展開だ。さて、色男のほうはどう出る?


「長谷川は何が気に入らなかったの?楽器のやっていいから、ボーカルもやってくれ、って頼んだら、もう少し穏便に事が運べたんじゃない?そうしなかった理由は何?」

「いや、だって歌があれだけうまければ、楽器やる必要ないじゃん!そ、それに女子が楽器なんて……」

「なるほどね」


 成瀬が言っていたことは、これか。あの男、くだらないたとえ話の中で、繰り返し男女を分けて話していた。あれだけ男女差別とも取れるたとえを繰り返していたのは、こういうわけがあったのか。そして、成瀬は言っていた。あたしに必要なのは、質問のほうではなく、回答のほうだと。つまり、こういうことだろう。


「あんたは、女子に楽器は無理だ、と言いたいわけね。ボーカルは女子、楽器は男子。そう言いたいわけね」

「俺だって、女子を差別しているわけじゃない。でも、楽器ができる女子なんてあまりいないし、女子のほうが音域が広くていろんな種類の歌が歌えるし……」

「じゃあ話は簡単だ。これから、その女子が、楽器を演奏しよう。それが、あんたの心の琴線に届けば、女子にも楽器ができることを認めるわけね?」

「え?」

「それに、男子にだってボーカルできるよ。あんたの歌、結構評判いいらしいじゃない。成瀬が絶賛してたよ。たまげるって、一度聞いてみろ、って」


 今の時代、女子があれ、男子がこれ、みたいな性別で職業を分けることはほとんどない。そりゃ全部が全部、分け隔てなく平等に分けられているかと言えば、そんなことはないが、それでも女子しかできない仕事、男子しかできない仕事、というのはかなり数が減ってきている。今は実力がものをいう。たとえ男女比がどちらかに傾いていたとしても、それは性別で判断しているのではなく、実力を見て判断している結果だと思う。


「とにかくそこで聞いていなさい。あたしたちの演奏を聴いて、それでも女子の演奏だと見下すならそれでもいいわ。ただ、あんたが本当に音楽に対して真面目なら、下手なプライドだけで、愚昧な判断を下すはずがない。そうでしょ?」


 長谷川がうなずく前に、あたしたちはステージに上がった。準備をしている段階で、ベースを抱える七海があたしに声をかけてきた。


「ゆかり、ありがとう」

「お礼を言うのはまだ早いでしょ。あいつを黙らせてから、もう一度聞きたいね」

「確かにまだ早いかもしれないけど、でも今言いたかったの」


 あたしたちは準備に取り掛かる。ここで演奏するということは、もはや周知の事実だったわけだ。しかし、


「ところでゆかりちゃん、どうやって演奏するの?岩崎さんいないから、キーボードが足りないんじゃないかなぁ」


 異変に気付いたのは、真綾さんだった。


「あー、そうだね。ゆかりっちどうする?キーボードなしで行くしかないかな?」


 思い出したように湊も声を上げる。まああたしは気づいていたよ。先ほど岩崎さんがこちらに来ないということは本人から確認済みだ。


 さて、ここで考えることは一つだ。これから演奏するうえで、いきなりフォーメーションを変えるのは厳しいこと間違いないね。はっきり言って、博打である。しかし、まあどんな展開になろうと、現状すでに博打になってしまっている。賽は投げられた、って感じだね。となると、キーボードなしとか守りに行ってはダメだ。ギャンブルの鉄則、それはいつ何時も強気に攻めること。ここで強気って言ったら、更なる大穴を狙うことかな。 この勝負の勝ち負けは、長谷川に女子の力を理解させること。そして、長谷川のボーカル力を自覚させること。どっちか成功すれば、とりあえず目標達成だけど、このあたしがどちらかで満足するはずない。満足するつもりもない。両方とってこそ、強者でしょ。完全勝利こそ、勝利でしょう。ということで、


「あたしがキーボードやるよ」

「じゃあギターなし?それ、バランス悪くない?」

「で、湊がギター」

「は?ゆかりっち、何言ってんの?それじゃ、ボーカルいなくなっちゃうじゃん」


 もともと人数一人少ないんだから、どこかのポジションがかけちゃうのは仕方ないよね。で、助っ人を呼ぶことにしよう。もちろん、みゆきじゃないぞ。


「あんた、ボーカルやってくれない?」

「……え?」


 この場にいた全員があたしの行動に驚いたようだ。あたしが指名した人物は、話の流れから解るかな、当然長谷川徹だ。


「お、俺?」

「そ。あんた」

「いや、しかし、」

「あんたも知っている歌だから。なんなら、歌詞見ながら歌ってもいいよ」

「そういう問題じゃなくて!」


 ここで簡単に断らせるあたしじゃないぞ。あたしは、一度やると決めたらやる女だ。


「ゆかり!どういうこと?長谷川ボーカルをやらせるなんて!」


 先ほどから力なく、うなだれていた七海が怒鳴る。機嫌はよくないみたいだけど、一応元気は出たみたいだね。解っていると思うけど、理由を説明しよう。


「楽器担当全員女子。で、ボーカルは男子。これは長谷川が考える最低のフォーメーションってことになるよね」

「…………」

「あんたの先入観たっぷりの下らない考え、全部否定してあげるから、ステージに立ちなさい。もちろんそのあとは、あんたのグループが演奏するの。さて、どちらが優れた演奏ができるかな?」


 両方に参加する長谷川は、どちらか手を抜けば簡単に勝敗をいじることができるだろう。しかし、そんなことをするはずがない。とあたしは踏んでいる。仮にも、七海が好きになったやつだ。さすがにそこまで落ちぶれていないだろう。それに、ここで明らかに手を抜いて歌ったら、こいつが仕切る軽音部は腐った団体だと切って捨てるだけ。


 ま、長谷川がどっちのグループでも同じように全力を尽くしたところで、あたしたちのほうが圧倒的に不利なのは変わりない。向こうは明日の本番に向けて、万全の状態を作っているはず。一方あたしたちはぶっつけ本番。差が出て当然というレベルだ。


 勝利の確率は、まああたしがいることも考慮して、7対3でチーム長谷川ってところかな。しかし、ギャンブルなんてものは、たいてい不利な状況から始めるものだし、結局のところ勝つか負けるか。勝負は50-50だ。もちろんあたしは負けるつもりなんて、米粒ほども持ち合わせていない。


 全員がステージに上がり、持ち場につく。さて、始めるとしますかね。


 真綾の合図によって、演奏が開始される。


 真綾はいつも通り、完璧と言える。七海もあまり集中できてはいないようだけど、まあミスはしていない。湊は、さすがと言える。今日初めて楽器担当になったというのに、そつのない演奏。才能の勝利か、はたまた普段からの不断の努力の成果か。あたしはもちろん完璧な演奏しかしないよ。ギターからキーボードになろうと、あたしの輝きは衰えたりしない。そしてこの男。


「…………」


 バンドの中心で、一番目立つポジションで、一番かっこいい場所にいるこいつ。先ほどまで、どうしようもないバカ野郎だったのに、マイク前に立った途端にこのありさま。心地いい低音が、心ふるわせる高音が、まるで体全体から発せられているかのごとく、存在感を放っている。どう見ても、他にとりえなんてないと思う。しかし、この才能があれば、他の才能など、不要と言える。それほどマイクを握った長谷川は常軌を逸していた。この場だけで言えば、このあたしより存在感が際立っている。これは成瀬が褒めちぎるわけだわ。出会いがこの場だったら、あたしの見る目が変わっていたかもしれないな。ま、あとでがっかりすること請け合いだけど。それでも、あたしは七海の気持ちが少しだけ解った。



 あたしが最後のキーをたたき終えると、その場の空気が一瞬止まった。第三音楽室を支配していた音楽が、時間さえも止めた。そんな感じがしていた。正直、自画自賛してしまうほどの最高の出来だったと思う。どこへ出しても恥ずかしくない。明日の本番が楽しみになってしまう。しかし、それはあたしたちだけの力ではないだろう。長谷川徹という、あたしから見ても、天才的な実力を持ったこの男が歌っていたからこその満足感だった、ような気がした。


 観客になっていた軽音部の部員たちはこの場の空気に飲まれ、固まっていたので、代わりにあたしが拍手をした。あたしの拍手につられ、ようやく時間が動き始める。それはたちまち大きくなり、瞬く間に大喝采へと変わっていった。


「一応聞いておくけど、」


 拍手が鳴りやむまで、そこそこの時間を要した。みんなが落ち着きを取り戻したころ、ようやくあたしは口を開くことができた。


「どうだった?女子の演奏は。言っとくけど、本音で答えないと、容赦しないから」


 長谷川の答えは決まっていた。


「すごくよかったよ。歌ってて、気持ちがよかった」


 釈然としない様子だったのが、ちょっと納得いかなかったけど、ま、ひとまず一つ目は達成した。さて次に、


「みんな、どうだった?あたしたちの演奏は」


 あたしは観客に問いかけた。もちろん観客たちの答えも決まっていた。


「最高だった!」

「うん。評価とか忘れて、楽しんじゃった!」

「今年一のできだったと思います!」

「即興で組んだバンドとは思えないほどの出来栄えだったよ!」


 口々に発せられる言葉は全て賞賛の言葉だった。甘やかしすぎじゃないか、と思う反面、当然だよ、と思う。最後に、


「長谷川のボーカル、どうだった?」


 これを聞かなきゃ、完全勝利はない。ま、これに関しても正直決まり切っている。演奏が始まった瞬間から、あたしの勝利は決まっていた。出来レースみたいなものだった。


「相変わらず、とんでもない歌声だった」

「すでに歌手になれるレベル」


 本当にべた褒めだな。それ以外に言いようがないのも事実。じゃあそろそろエピローグに行こうかな。


「これで、解ってもらえたよね。あたしたちの実力も。あんたの実力も。あと、七海の思いも」


 きっかけは、意固地になった七海だったはず。七海の思いを伝えて、長谷川の思いを聞いて。二人の思いをすり合わせて。あとは、二人次第かな。


「うん。悪かった。俺の勝手な思い違いだったよ」

「あたしに言ってどうするのよ。謝る人が違うでしょ」

「あ」

「七海も、言いたいことと、言わなきゃいけないことがあるんじゃないの」

「え、あ、うん……」


 なぜあたしがここまでしなきゃいけないのだろうか。高校生の仲直りって、普通こんなに面倒なことだっけ?そういや、成瀬と岩崎さんの仲直りも促したし、あたしこんなことばっかりやっているな。やっぱ成瀬が移って、お人好しになってしまったのだろうか。嫌じゃないけど、将来的にあまりいい傾向ではない気がする。


「あのさ、悪かったよ。軽音部に戻ってきてくれるよな。もちろん、楽器で構わないからさ」

「うん。あたしも勝手なことやって、ごめん。でも、ボーカルも嫌いじゃないよ。あたしもボーカルやるから、あんたにもボーカルやってほしい。あたし、あんたが歌っている姿、す、嫌いじゃないから!」


 なーんだ、このバカップルは。どう見ても付き合っているだろう、この二人。ここに来て、理解した。この二人、両思いだわ。どうやらそれは周知の事実だったようで、すっかり周りは傍観モード。と言っても、にやにや、気味の悪い笑みを浮かべているので、楽しんではいるようだけどね。


「お前ら、何見てんだよ!」

「いや、別に」


 そんなにやにや顔で言っても、説得力ないぞ。ま、楽しそうで何よりだね。やっぱり仲良くならなきゃ。同じ部活でに集まった、同じ音楽好きなんだからね。


「顔が赤いぞ、長谷川」

「う、うるさいよ!ほ、ほら!前夜祭の続きやろうぜ!最後は俺たちのグループの演奏だろ!」


 さて。これでいよいよ終わりだね。あたしはお役御免ってわけだ。


「ゆかりちゃん、一応言っておくけど、本番は明日だからねえ」


 あたしがよほどすっきりした顔をしていたのだろう。真綾に指摘されてしまった。


「おうよ。解っているよ。明日も任せておいてよ!」

「いや、嘘だね。これで、あたしの仕事は終わり!とか思っていたでしょ」


 今度は湊だ。なぜそこまでばれている?あたしの魅力は、何を考えているか解らないところだったはずなのに。ま、冗談はさておき、


「とりあえず一段落ってことで勘弁してよ。ずっと気になってたんだからさ」


 言って、あたしはステージを見た。つられたように、湊と真綾もステージを見る。そこには男子に囲まれて、テレまくっている長谷川と、女子に祝福や歓迎を受けている七海がいた。さっさと歌の準備をしろよ。あたしはこの後も予定が詰まっているんだぞ。いや、さすがにそんなことは思わない。成瀬に言われて、気が乗らなかったけど、二人が仲直りして、本当に良かったと思う。


「しかし、さすがだね」


 ステージの二人を見ながら、湊が口を開く。あたしに向かって言った言葉だと思ったので、


「あ、まあね。あたし、苦手なものないし。なんなら、明日もキーボードでもいいよ」


 と返すと、


「いや、そうじゃなくて」


 と、即座に否定されてしまった。はて、ではいったい何をさすがと言ったんだろう。


「ゆかりちゃん、今日は、いや今回は本当にありがとう。あたしたちと一緒にバンド組んでくれて」


 口を開いたのは、真綾だった。


「突然何さ」

「ゆかりっちと同じで、あたしたちもずっと気になっていたんだよ」


 今度は湊。


「あたしたちも仲直りさせてあげたいな、とは思っていたんだけどねえ」

「いざ動こうとした場合、いったい何からすればいいのか解らなくて」

「で、最終的にはあたしたちも混乱しちゃって、二人は仲直りしないほうがいいのかな、とか思っちゃってさあ」


 なるほどね。ま、言っても他人だし。自分的には良かれと思ってした行動が、かえって迷惑になることは日常茶飯事だ。そんなことを一度考えてしまうと、他人である自分が、介入すべきことじゃないのかな、とか思ってしまってもおかしくない。


「ゆかりちゃんは、多少強引だったけど、強引じゃなきゃ解決できなかったかも」

「うん。ゆかりっちがいなかったら、あの二人仲直りできなかったんじゃないかな」


 二人が思い悩んでいたことも、あたしのしたことがいい結果を生んだことも理解できたけど、二人の感謝を百パーセント受け取るわけにはいかないな。


「それはあたし一人の力じゃないよ」


 そんなこと言わなくても、解っているかもしれないけど。


「湊と真綾もあたしについてきてくれたじゃない。軽音部のみんなも、今日ここに集まって盛り上げてくれたし、みゆきはいつでもあたしの味方だった。そして、何より、」


 ここにあたしを連れてきたのは、成瀬だ。あたし一人の力ではない。みんなが一つの方向に向かって、それぞれ努力していたんだ。社会の意思が、二人を仲直りさせた。ただ、それだけのことなのだ。


 昔のあたしだったら、こんなこと言わなかったかもしれない。日本の学校に入って、あたしは確実にいい成長をしていると思う。こんな経験、なかなか味わえないもんね。


「七海がバンドに誘ってくれなかったら、協力することもなかったと思う。だから二人の感謝をあたしだけが受け取るのは、やっぱお門違いだと思う」

「そうだね。でも、やっぱりお礼を言わせてほしいんだ。ゆかりちゃんと知り合えて、よかったよ」


 褒められるのは、すっかり慣れてしまったあたしだが、感謝されるのは慣れていなかったりする。いろいろ言ったけど、実はかなり照れくさい。面と向かって感謝されるなんて、滅多にないことだからね。


 その後、前夜祭ラストミュージックが始まった。もうイントロから大盛り上がり。大騒ぎ。前夜祭とはいえ、勝手にやっているだけだ。ここまで盛り上がれるのは、もはや才能と呼べるだろう。しかし、それはやはりみんなも気にかけていたということだろう。この二人、本当に愛されているな。普通はこうならないぞ。部外者であることを忘れて、楽しい気分を堪能させてもらったよ。


 さて、前夜祭もフィナーレを迎え、軽音部の面々がぞろぞろ片付け、もとい、明日の準備をしている。あたしとみゆきは部外者であるので、そろそろお暇させてもらおうと思っていたのだが、


「ゆかり」


 声をかけられて、その場に踏みとどまった。その相手は、


「ゆかり、今日はありがとう」

「日向さん、迷惑かけました」


 七海と長谷川だった。


「いーえ。あたしもずいぶん楽しませてもらったよ。いい演奏ができたし、いい演奏が聴けたし」


 あたしはもうおなか一杯なんだ。感謝でおなかを膨らませていたら、おいしいものが食べられないでしょ。だからこれ以上は勘弁。


「本当にゆかりと知り合えてよかったよ。これからも仲良くしたいね」

「そりゃどうも」

「明日、あたし軽音部でも演奏することになったんだ。だから見に来てね」

「はいよ」


 なーんか、すっかり女の子らしくなっちゃったな。キャラ変わったと思われても仕方ないくらい、大人しくなっちゃって。そして、こいつも。


「ぜひ演奏見に来てください」


 今七海に言われたばかりなんだけど。そして、何故敬語?よく解らないけど、これ以上関わるつもりはないので、適当に、


「うん。寄らせてもらうわ」


 と答えておいた。すると、長谷川は、


「あの、さっきの日向さん、すごくかっこよかったです……」


 さらによく解らないことを言い出した。なんだ、この空気。ずいぶん昔に、この空気を感じたことがある。しかも、結構な頻度で。確か……。


「あの、それで、日向さん……」


 ああ、思い出した……。


「俺、日向さんのこと、好きになっちゃいました!よければ、付き合ってください!」


 そうそう、これだよ。告白、ってやつ。よりによって、七海の目の前で告白するなよ。こいつ、本当にダメなやつだな。ダメな男に好かれるあたしも、もしかしてダメなやつなのか。


「ええっ!それどういうこと!」

「えええええ!」


 あーあ、七海がとても驚いているよ。そして、全く無関係なみゆきはさらに驚いている。何でこんなことになっちゃうのかね。あたしは、ため息をつく。


「あの、どうですかね……?」

「ダメに決まっているでしょ」


 告白ってやつは、結構勇気がいる。だから、答えるときは、できるだけ真摯にふるまってきた。しかし今日はこんな態度でいいんじゃないか。


「あたしは、人の気持ちに鈍感なやつは好きじゃないの。あと空気読めないやつ。あんたは両方に該当している」

「あ、そうですか……」

「なぜ、今、ここで!告白することができるんだ!このアホ!」


 しゅんとしてしまった長谷川を見て、あたしはまたしてもため息。先ほどステージ上でマイクを握っていたこいつは、いったいどこに行ってしまったのだろう。幻想でも見ていたのだろうか。少しでもかっこいいと思ったあたしがどうかしていた。


「七海、あんたも物好きだよね」

「うん、自覚している……」


 苦笑気味答えてくれた。こんなにかわいくていい子なのにな。


「最後に忠告。今すぐ考え直しな。いいことないと思うよ」

「そうしたいのはやまやまだけど、そう簡単にいかないから」


 あたしが言うのもなんだけど、今のセリフ結構ひどくないか。ま、いいか。人の恋愛に口出しするつもりはない。今のもただの忠告だ。あたしは本人の意思を尊重するよ。


「じゃああたしはこれでお暇するよ。また明日ね」

「うん、今日はありがとう」

「だから、もうおなか一杯だって」


 あたしとみゆきは第三音楽室を後にした。


「いい前夜祭だったね」

「うん!」


 みゆきは本当にただのお客さんだったので、退屈していたのではないかと思っていたけど、どうやら正しい観客になっていたようだ。


「私があそこにいてよかったのかな」

「よかったに決まっているでしょ。みゆきだって、あたしたちのバンドの一員なんだから」

「日向さん……」


 どうしてそこで感極まったような顔になるのかな。みゆきはいまだに勘違いしているような気がするね。あたしはみゆきの友達になってあげたんじゃないぞ。友達になりたくてなったんだ。


「日向さんありがとう。私はないもできないけど、明日頑張ってね」


 またかよ。もうありがとうはいらないって。その気持ちは嬉しいけど、照れくさいんだ。勘弁してくれ。


 そういえば、のんびり歩いている暇はなかったんだ。こっちの仕事は片付いたし、急がないと。と思って、名案を思い付いた。


「ね、みゆき。みゆきに手伝ってもらいたいことがあるんだけど」

「これから?何?」

「あたしは今から、ステージ作りを手伝いに、成瀬のところに行こうと思っているんだけど、一緒に行かない?」


 ま、簡単に言えば、労働力の確保だね。たぶん、三人でやっているので、まだまだ作業は終わらないだろう。今回はいろいろ世話になったし、明日あたしたちが演奏する部隊が完成してなかったら困るし。みゆきにメリットはあると思うし。


「もちろん、いいよ」

「さすがみゆき。本当にいい子だね」


 あたしたちは急いでグラウンドに向かった。




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