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Part.31 side-Y

 夜通しデスマッチ、もとい、パジャマパーティーから一夜明けた金曜日。昨日は楽しかったね。女子ってやつは、ああやって恋愛を楽しむんだな。あたしもある程度は恋愛を楽しんでいるけど、ま、争奪っていうのは苦手だね。あたしはつくづく男に生まれるべきだったと思うよ。でも楽しかったのは間違いない。二人ともいい顔をしていたよ。やはり何か重荷だったのだろう。黙っているのは、それだけでストレスになるからね。


 真嶋さんとのいがみ合いは、一応昨日で片が付いた。あたしのことを目の敵にしていないみたいだし、今は普通に声をかけることができる。ただし、戦いは終わっていないけどね。戦争から冷戦になった感じ。一応片付いたけど、炎は鎮火するどころか燃え上がった感じだよ。


 真嶋さんのことは置いといて、あとは軽音部の問題だね。こっちのほうが急を要する。実は何も解決していない。成瀬が意味深な発言をしているだけで、あたしの手元に資料はそろっていない。解決しようがない。


 あー、むしゃくしゃするな。あれもこれもどれも成瀬のせいだ。成瀬に会ってから、巻き込まれ型の人間になってしまった気がするよ。嫌だね、受け身は。あたしはどちらかというと事件を起こしたいほうなのに。


 軽音部の事件は今日中に何とかしないと、意味がない。なぜなら明日は文化祭本番だからだ。奇跡的に時間がない。とはいえ、あたしは一応学生だし、クラスの準備もある。今日は終日準備に充てられているとはいっても、自由に動ける時間は限られている。ただでさえあたしは目立つ人間だからね。暗躍とか隠密とか、そんな言葉があたしほど似合わない人間も少ないと思う。参謀ができるくらいの知恵は持ち合わせているけど、あたしからあふれ出すカリスマが参謀という職業を許してくれないんだよね。困った困った。


 さて。精神的武装はこれくらいにして、やれることをやろう。情報収集の基本は、足と人数を使った人海戦術だ。しかし、人数もいないし、時間もない。取れる行動は限られてくる。となると、まずこいつのもとに行かねば、始まるまい。


 昼休みにあたしが向かった先は、二年五組、成瀬のいるクラスだ。こいつは全て解ったような顔をしているのできっと知っているのだろう。根拠のない自信を極端に持たないやつだ。謙虚、なんて言葉では生ぬるい。自分ってやつをこれでもか、っていうくらいけなして生きているやつだ。そんなあいつが、自信満々に言っているのだ。おそらく確証できる何かを握っているに違いない。


 さっそく目的地に到着したあたしは、教室の入り口から中を覗く。さすがのあたしも他クラスに堂々と入るほど、傍若無人ではない。


 覗いたところから、成瀬を発見することはできなかった。これだけ物が多いと、人を探すのも一苦労だな。さて、誰に声をかけよう。昼休みだというのに、みんな忙しそうにしている。仕事熱心だな。


「ひ、日向……さん」


 あたしがキョロキョロしていると、死角から声をかけられた。ひどく遠慮がちで、呼び捨てにしようと思って、思いとどまったような感じだった。あたしが無言で振り向くと、


「あ、えっと。どうも」


 そいつは見知った顔。軽音部の騒動の渦中の人物、名前は確か長谷川徹といったか。まあ、誰でもいい。聞いてみよう。


「あんた、成瀬がどこにいるか知らない?」

「え、成瀬?さあ、昼休みになった途端、カバンを持ってどこかに行ったみたいだけど」


 というと、昼食か。昼食となると、向かう場所にいくつか候補があるな。中庭、学食……。この二つも捨てがたいが、成瀬となると、部室が一番可能性高いだろう。


「そっか。ありがと」


 大した情報をくれなかったそいつに向かって、律儀に礼を言うと、あたしは踵を返し、次なる目的地に向かって足を出した。すると、


「あ、あのさ、放課後何やるの?」

「は?」


 あたしが放課後何をやろうと、あんたには関係ないでしょ。そもそもあんたにそんなことを尋ねられる筋合いなんだけど。このときあたしの顔は苦虫を噛みつぶしたような顔になっていたに違いない。あたしの表情を見て、長谷川が弁明を開始した。


「いや、成瀬から何も聞いてない?成瀬から放課後第三音楽室に来い、って言われているんだけど。何をするんだ?って聞いたら、日向さんの言うとおりにしろ、って……」

「なんだと!」


 あたしは思わず長谷川に掴み掛りそうになった。


「お、俺だってよく解らないんだよ!何も知らないんだって!」


 あたしの迫力に怯えた長谷川は全力で自分に非がないことを説明した。落ち着け、あたし。こいつが嘘をついている可能性はあるが、成瀬のことだ。こういう曖昧な指示をしてもおかしくない。長谷川が突然あたしに話しかけてきた、ということも踏まえてみても、こいつが言っていることは正しいに違いない。どちらかというと、こいつは被害者ということになる。


「成瀬は、他に何か言っていなかった?」

「詳しいことは何も。でも、」

「でも?」

「軽音部がらみのことだと思う」


 軽音部がらみ、と言われて、思い当たる節は一つしかない。なぜ成瀬がそんなことを言い出したのか。答えは一つだろう。


「やっぱりあんた、七海たちのこと成瀬に相談したの?」

「え?うん、そうだけど、やっぱりって何?」


 あたしからしたらやっぱりなんだよ。ということは、なんだ?成瀬のやろう、自分が受けた相談を全面的にあたしに押し付けようとしているわけだな。相変わらずいけ好かない野郎だ。あいつには借りがあるとはいえ、こういう形で手伝わされるのは納得いかないな。あたしの名前を勝手に使うんじゃない。


「事情は解った」

「あ、やっぱりまだ何も聞いていなかったんだ……」


 長谷川にとっても、とても喜べるような状況ではないらしい。そりゃそうだ。長谷川からしたら、あたしは現在の状況を打開してくれる、ジャンヌダルク的存在なわけだからな。しかし、ふたを開いてみれば、頼むの綱であるジャンヌダルクは何も知らされていなかったのだ。そりゃがっかりもする。だが、あたしだって残念でしょうがないぞ。どうせ手を貸すことになるなら、万全な状態で貸してやりたかった。


 今更何を言っても仕方ない。言いたいこと全て飲み込み、代わりにため息を吐く。


「とりあえず詳しい状況を……、ってあんたも何も知らないんだっけ」

「はい。ごめんなさい」


 そんな恐縮するなよ。あんたは悪くないよ。この件に関しては、ね。一応これだけは聞いておくか。


「あんた、七海のこと嫌いじゃないんだよね?」

「ああ」

「じゃあ何で七海の考えを拒絶したの?七海が部活から離れた理由はなんだと思う?」


 これは成瀬に聞く必要はない。こいつが当事者だ。こいつに聞くのが一番である。一応七海の言い分は聞いた。詳しくは聞いてないけど、おおよそのことは解っている。で、こいつのことを聞けば、大体の流れは解るだろう。それでも情報が足りなければ、あとは成瀬を締め上げるだけだ。


「俺には解らないよ。でも、成瀬たちが言うには、楽器をやらせなかったから、だって」

「楽器をやらせなかった?」

「うん。あいつ、歌うまいから、俺はボーカルやってくれ、って頼んだんだ。そしたら断られて、次の日には有志でバンドやるって」


 おそらく原因はそれであっているだろう。楽器をやらせてあげれば、こんなことにはならなかった。成瀬たちの言い分は間違っていない。しかし、正しいとは思わない。これだけ聞くと、七海がわがままを言っているように聞こえる。


 やりたい?それならどうぞ、ご勝手に。これでも悪いとは思わない。しかし、厳しい部活になればなるほど、自分のやりたいことをやらせてもらえなくなる。高校の部活とはいえ、競争であることには変わりない。うまくない人は表には立てない。才能がないなら、別のポジションに回される。よくあることだ。


 今回の場合、七海は楽器よりボーカルに才能を見出された。別に問題があるとは思えないな。七海はまだましなほうだと言えよう。歌にも楽器にも才能がない人など、いくらでもいるだろう。ただ、七海は楽器が下手くそではない。今回の件はただの文化祭で演奏するというだけの話。大会でもコンクールでもない。別に評価されるわけじゃない。言ってしまえば、お遊びの延長だ。それほど結果にこだわる必要もないような気がするが……。


 はっきり言って、情報が足りないな。どちらが悪いとも言えない。解釈によって、どちらも悪くなるし、どちらも正しくなる。今回の場合、どちらも悪くないのかもしれないが、どちらかが折れなければ、解決には至らない気がする。しばらく距離を置いて、お互いの気が収まるのを待つ、という手段も使えない。二人だけで解決できないなら、誰かが介入するしかない。


 あたしはまたしてもため息をついた。結局は成瀬に話を聞かないといけないらしい。


「よく解らないけど、解ったよ。あとは、成瀬に聞く」

「そっか。ごめん」

「あんたに謝られる筋合いはないけど」


 と言ってから思った。十分あるかもな。ここまであたしが他人の事情に深入りしたことはほとんどない。ましてや自分から足を突っ込んだわけではなく、気が付いたら深いところまで入っていたのだから、結構たちが悪い。


 成瀬じゃないけど、他人の相談なんて乗るもんじゃないな。あたしはいずれ会社のトップに立つ人間だ。情に厚いと、何かと不利になるかもしれないし。人の振り見て我が振り直せってね。近くにあれだけお人好しで苦労している奴がいるんだし、わざわざ同じ道を歩く必要ないでしょうが。あたしもまだまだ人の上に立つ器じゃないってことか。




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