Part.30 side-N
大変遅くなりました。
およそ半年ぶりの更新。
これからは最終話まで、定期的に更新したいと思います。
さて。今日は金曜日。そして明日が土曜日で、文化祭当日だ。となると、今日やることは一つ。授業など全て取っ払って、文化祭の準備だ。文化祭の中心は二年だけだが、二年だけでは準備など到底出来ないので、一年も駆り出される。一応、一年は参加できるからな。そして、どんな形でも主催者になれない三年は、今日は自由登校日になっている。つまり、いつもどおり登校して後輩たちの手伝いをしてもいいし、これ幸いと学校に来なくてもいい、というわけだ。
とにかく今日は文化祭の準備に一日使われる。なので俺も朝から教室の改造に手を染めていた。俺たちのやることは展示だ。資料の展示はうちのクラスで行う。各グループごとに星座や星に関して調べたことをまとめて、適当に展示するのだ。こっちに関して、準備することはほとんどない。自分たちが作ったものを、それぞれ飾り付ければいいだけのこと。現場を取り仕切るやつの指示に従って、並べたり、貼り付けたりすればいいのだ。そして問題は、視聴覚室のほう。こいつが大変だ。
会場準備班が、何を血迷ったのか、ドーム型の天井を作り始めているのだ。そんなもん、別になくたっていいだろうよ。確かに、四角い室内じゃ、星たちはきれいに見えない箇所が多くなってしまうこと請け合いだが、どう考えてもドーム型の天井なんて、今から作るのでは遅すぎる。今日は徹夜でもするつもりなのだろうか。
というわけで、資料作成班も現場に駆り出されることになった。やれやれだ。
「おい成瀬」
ドーム型の天井は、ダンボールで作られるらしい。そして、テントの要領で、ドーム型を保つんだとか。
「何だ?」
声をかけてきたのは、同じく資料班で、同じグループだった長谷川だ。こいつも駆り出されて、真面目に作業をこなしているのかと思えば、
「あのさ、昨日言ってた手伝い、ってやつのことなんだけど」
お前は自分のことしか考えていないな。
「それがどうした」
「あれ、ちょっと勘弁してもらえないか?やっぱ残って練習したいんだ。今年で最後の文化祭だし、悔いを残したくないんだ」
立派な覚悟だが、それは許可できないな。悔いを残したくないなら、なおさらだ。
「悪いが、はいそうですか、と許可は出せないな。一度下した決断だ。男に二言はないだろう」
俺自身が拒絶したセリフを口にすると、長谷川は黙りこんだ。案外、男に生まれたことに対して、プライドを持っているのかもしれない。女子のバンドメンバーを、ある意味差別にも近い視線で見ているのも、それが原因なのかもしれないな。
「それに、すでに悔いなら残しているだろう」
「!」
俺の言葉を聞いた長谷川の表情が変わった。
「てめえ……」
どうやら長谷川は俺の言葉を挑発と受け取ったらしい。知るものか。
「お前の悩みは解決してやると言った。悔いを残したくないなら、俺の言うことを聞け。どの道、お前一人じゃ解決できないだろう」
長谷川はさらに表情を変えた。しかし、
「どうすればいいんだよ」
プライドを押さえつけた。背に腹は変えられないということらしい。そうでなければ、俺のほうも予定が狂っていたところだ。
「今日の放課後。午後四時に第三音楽室に来い」
「第三音楽室に?」
俺の言葉を繰り返した長谷川の頭上には、巨大な疑問符が浮かんでいた。第三音楽室は軽音部の活動拠点である。しかも、今日は休養日ということで、誰もいないはずなのだ。
「そこで何をすればいいんだ?」
「行けば解る」
というか、俺にも何が行われるか解らない。しかしさすがにこれでは納得してくれないだろう。なのでもう一言付け加えさせてもらう。
「そこに日向がいる。日向の言うことを訊け。そうすれば、お前の悩みは解決するだろう」
全ては、お前たち次第だ。
ここで俺は長谷川と別れた。
さて。文化祭の準備日だったとしても、当然昼休みというものがあり、昼食を食べなければならない。とは言え、教室は物が溢れているので、何かを食べる気にはならない。こうなった場合、普通ならば食堂を選ぶだろうか。しかし、俺は別の道を行く。部室だ。
かばんごと荷物を持つと俺は教室を後にした。誰か一緒に誘おうかと思ったが、岩崎は当然のごとく教室にいないし、おそらく麻生も同じだろうと思ったので、誰も誘うことはなかった。
鍵はまだ俺の手の中にある。自分で鍵を管理すると、こういう時に便利だな。
部室に行くと、俺は適当にかばんを置き、イスについた。教室よりここのほうが居心地よく感じてしまうのは、おそらく慣れというやつだろう。静かであるということも、一つの要因だろう。他に人がいなければな。
俺は早速弁当に取り掛かる。普通の学生は弁当を開けるのが楽しみなのだろうか。俺は自分で作っているから、もはや楽しみでも何でもない。俺が作った覚えのないものが入っていたら、それはそれで困るしな。
ふたを開け、箸を取り出し、手を合わせる。そして、おかずの一品に手を伸ばそうとしたとき、部室のドアが叩かれた。なぜこんなときに……。立つのも億劫なので、声を出してノックに答える。すると、
「成瀬?あたしだけど……」
返ってきた声で誰かは解った。何の用だ、と聞きたいところだが、まあクラスメートだ。部室の前で待たせる意味もない。理由は中で聞こう。
「鍵は開いている。入っていいぞ」
無言で入ってきたのは真嶋だった。
「教室埃っぽくてさ、あそこで物食べたくなかったんだよね」
何も訊いていないのに、言い訳がましいことを言ってきた。こういうとき、訊かれたくないことがある、と自分で言っているようなものだろう。しかし、俺は他人の嫌なところをいじくる趣味はないので、
「そうか。俺も同じ理由でここに来たんだ」
と言っておく。
「一人か?」
「う、うん。何で?」
同じ理由とは言え、俺と真嶋では立場が違いすぎる。俺は友人が圧倒的に少ないことを、真嶋は友人が圧倒的に多いことを、自他共に認めるレベルだ。俺が一人で食事することは、もはや必然だが、なぜ真嶋がこんな僻地で一人で食事するのか、謎である。
なかなか座ろうとしない真嶋にイスを勧め、真嶋が俺の正面に着席したところを見届けると、俺はようやく食事に取り掛かることができた。真嶋は、弁当を出したところまではいいが、そこから箸をつけずにじっと中身を見つめていた。そんなに興味を注げるものが合ったのか。あるいは自分が作った覚えのないおかずが入っていたのかもしれないな。
俺はさほど興味を持てないので、せっせと箸を動かす。俺の弁当は、ある程度見た目を考慮した内容になっているが、自分で作った弁当に見とれるほど、俺は自己陶酔していない。食べない弁当など、何の意味もないだろう。
「あの、成瀬」
箸をつけないと思ったら、話しかけてきた。
「何だ?」
「あ、えっと、岩崎さんは?」
「さあな」
俺があいつの居場所を常に把握していると思ったら大間違いだぞ。というか、もしかして岩崎を探してここに来たのか?それなら残念だったな。あいつは最近忙しいようで、なかなか部室に来ないんだ。
「あいつと昼食を食べたかったんなら、別を探したほうがいいぞ。おそらくここには来ない」
「え?」
「は?」
あいつを探してここに来たわけではないのか?真嶋の出した間抜けな声に、思わず俺も釣られて変な声を出してしまった。
「あー、別に岩崎さんを探していたわけじゃないの。何となく訊いてみただけ」
そうかい。
「あいつは最近部室に来ないから。それに今日は前日だ。きっと今頃あいつはてんてこ舞いだろうよ」
「あー、そうだろうね」
興味なさそうにつぶやくと、またしても弁当を覗き込んで、そのまま固まった。何を考えているのか解らないやつだが、いつも以上に解らないな。俺は首をかしげつつ、再び弁当に向かい合う。考え事をしながら食べると、味がわからなくて面白くないな。俺が卵焼きを一口サイズに切り分け、口に運ぶと、
「日向さんは?」
「ん?」
本来なら、『は?』と言いたいところだったが、口に物が入っていたので、うまく声を出すことができなかった。しかし、真嶋には一応通じたようで、
「日向さんだよ。今何してんの?どこにいるの?」
さっきからいろいろな人の動向を気にしているな。しかし、聞く人を間違えているぞ。
「俺に聞かれても困るな」
世間話のつもりだとしても、正直下手くそすぎる。俺に言われたくないかもしれないが、さすがに下手くそすぎる。
「そっか」
またしても興味なさそうに適当に返事をすると、うつむく真嶋。お決まりになってきたな。どうでもいいと思いつつ、さすがに鬱陶しくなってきた。俺は別に真嶋が嫌いじゃない。しかし、好きなところと嫌いなところがあるのは当然だ。こういう意味不明なところは、嫌いなところに含まれる。
「さっきから何なんだ?ほかに飯を食いたい人がいるなら、移動したらどうだ。何なら、ここに呼んでもいいぞ」
「あ、別にそういうわけじゃないんだけど」
慌てたように手を振る真嶋。意味が解らない。
こいつ、今日は輪をかけて面倒だな。これ以上鬱陶しいのは勘弁してもらいたいので、俺は何も気にしないことにした。俺がこういう決意をすると、
「成瀬は明日、予定とかあんの?」
話しかけてくるのが真嶋である。
「別に何もない。文化祭で予定と呼べるのは、ステージ運営くらいなものだ」
「あ、そうだね。確か一日目だけだったよね。一日中ステージにかかりきりなの?」
「そうだな。TCCで一日中暇なのは俺だけだからな。俺が一日中いないとダメだろうな」
「じゃあ、日曜日は?予定決まっているの?」
「決まっていない」
「あ、そっか」
俺に予定があるわけないだろう。ま、そんなことはどうでもいいとして、
「さっきから何なんだ?矢継ぎ早に質問ばかり」
というか、真嶋と二人きりになるといつもそうなのだが。
「悪いが、少し飯を食わせてくれ。あんただって全く進んでいないじゃないか」
昼休みが無限にあるなら別に構わないんだが、当然そんなこともない。それに、先ほどから続いている質問はさして重要なものではないのだからなおさらだ。
「そ、そうだね。ごめんなさい」
急激に落ち込んだ真嶋は、文字通りシュンとしてしまった。そして、今度は叱られてしまった影響で箸が進まない。もうどうすればいいのだ。こいつは本当に扱いに困る。
「あんたが会話を続けようと奮闘してくれるのはとてもありがたいが、昼飯を捨ててまで頑張ることじゃないぞ。もう少し片手間でやってくれ」
俺はいつも真嶋に対して、適当にやれ、と進言している気がするな。こんな説教何回も受ける奴はそうそういないだろう。それも、同級生に。
「うん。ごめん」
結局俺の言葉は何の効果もなかったようで、真嶋は落ち込んだまま。俺が話しかけると、真嶋が乗らず。真嶋が話しかけると、俺が乗らず。すれ違いという言葉を、そのまま取り出したような関係だな。これで、二人とも真面目に仲良くしようとしているのだから手に負えない。コントでもやっているような気分になるな。そう考えると、笑えてくる。
「え?」
全く面白いことなど起こっていないこのタイミングで笑い出した俺を不審に思ったのだろう。落ち込んで顔を伏せていた真嶋が、顔を上げる。一応確認を取ろう。
「あんた、俺のこと嫌いじゃないんだよな?」
「も、もちろん!嫌いじゃないよ!」
「俺と仲良くする気ある?」
「もちろん!大有りだよ!」
どちらも太鼓判をもらった。やはりそうか。ますます笑えてくる状況だ。
「なんで笑っているの?」
大真面目に答えてくれた真嶋には悪いが、俺にはおかしくてしょうがないね。どうやら俺と真嶋は相当相性が悪いらしい。いや、ここまで来ると、むしろ逆なのかもしれないな。
「俺たち、もしかしたら相当相性いいのかもしれないな」
「え?そ、そうかな?なんでそう思うの?」
俺のおかしい気持ちが真嶋にも伝染したのか、真嶋は嬉しそうに頬を緩ませた。何で、と問われても、一から説明するのは躊躇われるので、
「何となくそう思ったんだ」
と適当に答えておく。ま、根拠はない、というところは嘘じゃない。
「そ、そうかな?そうだと嬉しいな……」
俺の適当な答えにも、何ら疑問を感じなかったようで、真嶋は満面の照れ笑いを浮かべている。
真嶋が腹の中で何を思っているか知る由もないが、とりあえず変な空気は解消された。俺と真嶋の関係が変わったわけではないが、ま、それは追々ということで、とりあえず今は、
「昼飯食って、準備に戻ろう」
「うん。そうだね!」