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Part.27 side-N


 十月十五日(火)


 さて。昨日で盗難事件の全貌が明らかとなり、ステージの使用権についての争いが終わりを告げたわけなのだが、これで一応は一息つけるね。いや、面倒な作業だった。いろいろ批判は受けると思っていたが、身内から受けることになるのは本当に面倒だった。俺としてもいろいろ考えがあって行動しているのに、誰も理解してくれない。こんなことは当たり前のことで、こんなことを言っているやつは犯罪者一歩手前だ。とは言え、曲がりなりにも身体を張って悪役を演じたにもかかわらず、批判ばかり受けるのはあまり好ましい状況ではなかった。


 ま、ただの愚痴だ。聞き流してくれ。とりあえずそちらの件はもう解決したんだ。あとは文化祭の準備を終わらせるだけだ。こちらももう時間はないし、やる事もあまりない。それほど忙しくはならないだろうが、今日も今日とて班で集まり、作業をしているのだった。


「だいたい作業は終わったね。これでもういつ文化祭が始まっても大丈夫」


 今日はやる事もあまりないので、五人全員で集まっている。やることがない、のではなく、やることがあまりない、と言ったのには理由がある。それは、


「あとは長谷川君の担当分だけだよ」


 ということだ。結局こいつは作業の遅れを取り戻すことが出来ず、こうしてみんなに迷惑をかけているのだった。呆れるほど情けないやつだ。


「みんな悪いな、手伝ってもらっちゃって」

「反省の色が全く見えない口調と表情で言われても、許してあげないわよ」

「ま、まあまあ。真嶋さんも落ち着いて。そのために五人で班を作ったんだから。誰かの遅れはみんなで補わないと」


 さすがはバドミントン部部長と言ったところか。三原はまとめ役としての才能を持っていると思うね。ま、正直今の状況を甘んじて受け入れろ、と言われても納得いかないが。こいつの場合、自業自得だ。徹夜でも何でもして、こいつ一人にやらせるべきだと俺は思うがね。


「ま、いいわ。とりあえず作業を終わらせましょう。終わらせられなかったら、あたしたち全員の責任になるもんね。こいつの罰則は後で考えよう」

「げ、俺は罰則を受けなきゃいけないのかよ」


 こうして、改めて作業分担をした俺たち五人は、とりあえず黙々と作業を開始した。






 作業を始めてから、二時間が経過した。時刻は午後五時半。もう下校時刻だった。


「今日はこんなところでいいでしょ」


 三原の号令で俺たちは解散することになった。今日は十分やっただろう。ただでさえ自分のノルマは終わっているんだ。その上、今日は二時間も作業をこなしていたのだから、誰からも文句は言われまい。あとは明日以降長谷川が一人で頑張ればいいのではないだろうか。


「じゃあ、私たちは部活によってから帰るから、先行くね」

「お、お疲れ様です」


 と言って、三原と戸塚は先に準備を終えると、教室から去っていった。まだこれから何かやるのか。それとも単に顔を出すだけなのか。どちらにしても律儀だと思う。


「さて。俺も一回部活に顔出すよ。お先!」


 二人と同様、長谷川も教室から退室していった。長谷川の場合、部活のために学校に来ているようなやつだから、律儀とは言わないだろう。そっちに顔を出すのがメインなのだから。


 こうして、教室に残っているのは、俺と真嶋だけになってしまったのだが。


「………………」


 こうなると、突然様子がおかしくなるのが真嶋である。


「………………」


 とりあえずそわそわする。落ち着きをなくす。目が泳ぐ。何か話しかけようとして、止める。辺りを見回す。こんな感じだ。何がしたいのか、さっぱり解らない俺はとりあえずこう話しかける。


「俺たちはどうする?」


 聞くと、


「え?ええぇ!ど、どうって、言われても……」


 となる。訳解らないのはいつものことか。


「何かしたいことでもあるのかと思って聞いてみたんだけど」

「え?」


 どうなのか。微妙な反応過ぎて、よく解らない。とりあえず返事を待とう。


「えっと、あの、成瀬……?」

「何だ?」


 俺は半疑問の呼びかけに答える。何か妙なオーラを感じる。これを聞くのは少し怖いが、聞かなければ先に進むことはできまい。俺は心を決める。そして、


「あの!星を見に行かない?」

「…………あぁ」


 一瞬何を言っているのか理解できなかった。星ね。そういえば、そんな約束をしていたな。すっかり忘れていたが、今思い出した。俺は窓の外を見る。すっかり闇に包まれていて、今なら星も見えるだろう。


「ああ。いいぞ。見に行こう」


 俺が了承すると、


「ほ、本当!」


 花が開くように、とても嬉しそうな笑顔を見せる真嶋。何がそんなに嬉しいのか解らないが、答えた俺としては嬉しい限りだね。どうやら正しい選択をしたようだ。真嶋の反応を見ると、何だか俺はとてもいいことをしたように錯覚してしまうが、まだ何もしていない。とりあえず二人で屋上に向かった。






 まだ若干明るさの残る空だったが、瞬く間に漆黒の闇へと姿を変えた。学校で星空を見上げたことは、おそらく数回程度あると思うが、そのときの星空のことなどほとんど記憶に残っていない。果たして星が見える場所なのか。最近では街の明かりで星が見にくくなっているという事もある。まだ街も賑わっているし、街灯も店の明かりも高校の明かりもついているのだ。見にくいかもしれないな。


 期待などほとんどしていなかった。しかし、屋上のドアを開けたとき、迎えてくれたのはきれいな星空だった。


「おー」


 満天とは言いがたい。星も出始めたばかりなので、少ない。しかし、それでも星は瞬いていた。輝いていた。俺たちが作ったプラネタリウムのように。


「あ、まだよく見えないね……」

「結構よく見えるものだな。見くびっていたかも」


 俺たちの反応は正反対のものだった。それもそうだろう。俺は普段星空なんて、全くと言っていいほど見ない。対して、真嶋は簡易プラネタリウムを所持しているほどの、星空好きだ。きっともっと星がよく見える絶景ポイントを知っていて、何度も見に行っているのだろう。


 残念そうな真嶋を横目で見て、俺は見つからないように微笑んだ。こいつはクールに見えるが、結構いろいろな顔を見せてくれる。岩崎とは違った意味で、ころころと表情が変わるやつだ。眺めていて、飽きない。


「俺はこれで十分だぞ」


 言って、俺は屋上のフェンスに寄りかかり、空を見上げた。今日は月が出ていない。そのおかげか、星たちが活発に見える。


「本当はもっときれいな星空もあるんだよ。成瀬に見せてあげたかったなぁ」


 俺より残念そうだ。本当に不思議なやつだ。そんなに俺にきれいな星空を見せたかったのだろうか。理由が知りたいね。


 とても不満そうな表情で俺の隣にやってきた真嶋は、ため息交じりでフェンスに寄りかかると、俺と同じように星空を見上げた。


 さて、俺の知っている星座はあるかな。俺たちは冬の星座を調べていた。そして今は十月。時間によって空は動くから一概には言えないけど、俺が知っている星座があってもおかしくはない。何となく空を眺めていると、隣から指すような視線を感じた。そちらに目を向けると、真嶋と目が合った。


「何だ?」


 どうやら真嶋は空ではなく、俺を見ていたようだった。星の代わりに俺を眺めるほど、今日の星空はつまらないのだろうか。それではさすがに星たちに失礼だぞ。


「な、何でもない!」


 と言って、すばやい動きで顔を逸らす真嶋。困ったような表情をして、顔を俯かせる。おいおい、今は顔を俯かせる状況じゃないぞ。


「何でこの状況で地面を見ているんだ。俺に星座の探し方を教えてくれるんじゃなかったのか?」

「あ、そぅだね!ごめんなさい」


 謝られるようなことじゃないが、どうにも様子がおかしいな。ま、気にしないでおこう。


「退屈なら先に帰っても構わないぞ」


 とりあえず俺はしばらくここにいることにする。せっかく屋上まで来ているのだ。気持ち的にも星空を見上げたくなっている。眺めるだけでも天体観測と言えるだろう。ま、正座も星の名前もほとんど知らないので、本当に眺めているだけなのだが。


 特に気を使った発言だったわけではないのだが、真嶋は、


「ううん。あたしもいるよ。言い出したのはあたしのほうだしね」


 と言った。真嶋にとってはよほど退屈な星空らしいが、とりあえず今日は付き合ってくれるらしい。どうやら気を使わせてしまったらしい。俺としてはそれほど真剣に星空を見るつもりはないので、何となく恐縮してしまう。


「悪いな」

「別に。あたし、星見るの好きだし」

「そうだったな」


 そうして俺たちは再び揃って星を見上げた。


 地球は自転していて、さらに公転している。季節の移り変わりとともに見える天体は変化し、また時刻によっても星空は変化する。今は十月半ばだが、夏の星座が見えたりするのだ。今正にそうだ。


「あー、あれは北斗七星か?」


 七つの星が、ひしゃくの形に連なる、比較的ポピュラーな天体。昔はひしゃく星と呼ばれていたらしいが、まさしくそのままだ。形が解りやすいため、とても見つけやすい。しかし、北斗七星が含まれる星座、おおぐま座のほうはさっぱりだ。ま、星の形を覚えていないので、しょうがないか。


「うん。そうだね。よく解ったね」


 まあ、偶然と言っても過言ではあるまい。熱心に探していたわけでもないのに、見つけることが出来たのは、それほど探しやすい星座だったということかもしれない。


「北斗七星から北極星が見つけられるんだよな?」


 北極星とは、北の目印。北極と南極を結ぶ自転軸の延長線上にある星。こぐま座の尻尾の部分に当たる星だ。北斗七星の近く(星を平面で捉えた場合)にあり、簡単な見つけ方があるんだ。


「うん。あのひしゃくの先端部分の二つの星の延長線上にあるの。二つの星の五倍くらいの距離って言われているね」


 言われとおり、先端の二つの星の延長線上を探してみる。


「えーっと、ああ、あれか」


 確か北極星は二等星。この時間だと若干見えにくいが、探せない事もなかった。


「見つけられた?」


 俺の独り言に反応した真嶋は、隣で満面の笑みを見せる。何がそんなに嬉しいのか。天体観測をするといったときといい、今といい、なぜだか今日はやたら楽しそうだ。


「肉眼でも案外見つけることが出来るんだな。てっきりそれなりの準備が必要なのかと思っていたが」


「そうでもないよ。探すのは肉眼でも簡単。でもやっぱり明るいところだとちょっと難しいね。場所も教えにくいし」


 普段は真っ暗な場所で見るらしい。そして、星座や星を見つけて周りの人間にその場所を教えるとき、特殊な懐中電灯を使用するのだ。もちろん今そんな装備はない。なので、


「成瀬!あれ、夏の大三角形」


 と言われても、


「あ?どこ?」


 となってしまい、


「だから、ほら!あれだよ、あれ」

「どれ?あれか?」

「え?あれってどれ?」


 こういう結果を招いてしまうのだ。


 その後も真嶋は幾度となく星を見つけて教えてくれたのだが、俺がどうしても発見できず、人生初の天体観測は散々なものとなった。場所も準備もあったもんじゃなかったからな。ま、最初はこんなものだろう。


 楽しそうに夜空を見上げて、あっちこっち指をさしながら俺に説明してくれていた真嶋だったが、いつしか無言になり、最終的には若干俯いていた。どうして言いの川からなかった俺は、特に何もできず、真嶋同様無言になってしまった。


 二人が黙って屋上にいる状況。どう考えても楽しくない。なので、俺はそろそろ帰宅を促そうと、口を開こうとしたのだが、


「ねえ、成瀬……」


 先んじて真嶋が口を開いた。


「何だ?」


 そのトーンがあまりにも寂しそうだったので、俺はたじろいだ。どうにか声色だけははっきりさせることに成功したのだが、あまり聞きたくない雰囲気だった。


「特設ステージのこと、ちゃんと決まってよかったね」


 何だ、そんなことか。よかったね、というわりには、暗い雰囲気をかもし出すな。


「まあ結果論だけどな。その行程はあまり芳しいとは言えなかった」


 主に迷惑を被ったのは俺だけだが。まあ迷惑をかけたという意味ではいろいろな人に迷惑をかけた。TCCの連中、日向、ステージの抽選に参加していた人たち。そして、真嶋。今回は俺が独自に考え、独断で決行してしまった。はっきり言ってうまく行くかどうか解らなかったし、うまく行ったとして、正しい選択だったと言い切る自信もなかった。結果として、全員が喜んでくれたのは、他の連中の頑張りのおかげと言えるだろう。


「迷惑かけたな。形だけとは言え、利用してしまったし、犯人に仕立て上げてしまった。事後承諾になってしまったし、悪かったな」


 どう考えても真嶋が一番の被害者だった。真嶋はステージの件に無関係の人間だ。ステージの使用者はある意味、権利を勝ち取れたので文句はないと思うが、真嶋は事件に関わって、何にも得をしていない。言葉通り被害しか被っていないのだ。悪かった、と言う言葉だけでは片付けられないだろう。しかし、真嶋は、


「ううん。いいの。役に立てたなら、よかったよ」


 とかなり良心的な発言をした。俺としてはありがたかったが、何ともしっくり来ない。


「とりあえず一つの懸案事項は片付けたからな。ま、これで一応一息つける」


 真嶋がどんな思いでこの話を振ってきたのか、俺にはよく解らなかったが、黙っていても仕方あるまい。形だけかもしれないが、労ってくれたんだ。俺も相応の返事をするべきだと思った。しかし、真嶋は、


「一つの、ってことはまだ何かあるの?あ、長谷川のこと?」


 なぜか俺の些細な一言に食いつき、若干前のめりになった。本当によく解らないやつだな。


「ああ、まあそうだ。だが、こっちのほうはそう難しいことじゃない。ある程度背景も理解できたし、俺がやることはそう多くない」

「俺が、ってどういうこと?」


 フェンスに預けていた身体を、俺のほうに向け、本格的に話に集中する構えを見せる真嶋。もう何が何やら。


「ああ、あとは……」


 と言いかけて、


「日向さんに、お願いするのね」


 俺の言葉を最後まで聞かずに、言葉をかぶせてきた。若干声も上ずり、静まり返った校内に響いたような気がした。


「どうした?何がそんなに気になるんだ?」

「いいから。で、どうなの?日向さんにお願いするんでしょ?」

「まあそのつもりだが……」


 一体何がそんなに気になるんだ?あるいは、気に入らないんだ?先ほどまでの寂しそうな気配は一転、怒りの雰囲気に姿を変えた。訳が解らん。


「成瀬って、日向さんのこと信頼しているんだね」


 どうやら真嶋の興味は事件のことや長谷川のことではなく、日向に向いているらしい。


「信頼、と言われると、違うような気もするが。まああいつはとんでもなく優秀なやつだからな」


 嫌な言い方をしてしまえば、使わない手はない、と言ったところか。今回は日向も無関係ではないからな。あまり貸し借りのことは気にせず、巻き込むことが出来る。一応長谷川とは言え、正式な依頼だからな。無下にするわけにはいかないだろう。すでにいろいろ知ってしまっているし、大したすれ違いでもないのに、これから仲違いが進行してしまっては、他人ながらかわいそうだと感じなくもない。俺が多大な迷惑を被るなら、すまんと切って捨てるが、大した努力もせずに解決できる問題なら手を貸してやらない事もない。俺はある程度、仕事をした。あとは日向に任せれば、事件解決だ。


「俺がやるより、うまくやってくれるだろう。それほど有り余る才能を持っているやつだ。何気に情に厚いやつだからな」


 この件、女子のほうが頑なな態度を取っている。ならば、女子を説得すればたやすく解決できる。俺はその女子と知り合いではない。だが、日向は知り合いだ。任せられるなら、当然任せる。俺としては当然の判断だったのだが、


「そんなことないよ。成瀬がやったって十分解決できるって!」


 何が言いたいのか、真嶋は俺を説得にしようとしているらしい。


「出来るかもしれないが、日向がやったほうがより確実で質のいい結果を生むことが出来るだろう。俺は人間関係の問題は、得意じゃない」

「やってみなきゃ解らないじゃない!成瀬だって、その気になれば出来るって!」

「その気になりたくないね」


 熱弁しているところ悪いんだが、日向云々は正直言い訳だ。俺はこれ以上面倒ごとに関わりたくないんだ。だから、俺を過大評価してくれるな。俺は自分本位な人間だ。これ以上他人のために、自分の時間を割きたくはない。


 これで解ってくれただろう。俺は再度夜空を見上げようとした。しかし、


「だったら、岩崎さんに頼めばいいじゃない」


 まだこの話から離れさせてくれないようだ。何やら日向が気に入らないらしい。先ほどまでの熱弁とは打って変わって、不機嫌そうな声を出す。よく解らないので、気にしないで答えることにする。


「確かに、あいつならきっといい結果に導いてくれるだろう。だが、あいつは他で手いっぱいだ」

「それでも岩崎さんならやってくれると思うけど」

「それが問題だ。あいつは責任感が強いからな。きっと、頼まれたことはたとえぶっ倒れたとしてもやり遂げるだろう。だが、文化祭が終われば、本当にぶっ倒れる」


 そんな未来がありありと見える。そんなやつに頼めるかよ。責任感が強すぎるのも考えものだ。今のあいつは、すでに限界が近い気がする。なので、これ以上の負担はデッドゾーンに突入する。巻き込むのは得策じゃない。


「それに、あいつ最近機嫌悪いし。必要以上に俺に話しかけてこない。そんなやつに頼みごとが出来るかよ」


 すれ違いざまに、あかんべー、と毎回やられてみろ。結構堪えるぞ。精神的にきつい。なぜだか知らないが。それにしても、今回は長いな。一体いつまでTCCを放っておく気だ?誰が中心の団体だか解っているのだろうか。ちょいと前に、俺に部長職を譲る、とかほざいていたことがあったな。まさか、今回それを実行に移すつもりじゃないだろうな。勘弁してもらいたいぜ。そんなことをされた日には、俺の学生生活が今以上に面倒になること間違いない。面倒だが、そろそろこちらからアプローチをかける必要があるかもな。


 やれやれ。俺がマイナス思考の権化とも言える行動への決意を固めていると、しばらく黙って聞いていた真嶋が小さく声を発した。


「じゃああたしは?」

「は?」

「じゃああたしは?あたしが協力するよ。あたしだって、結構役に立つよ!」


 滅多に聞くことのない真嶋の自己主張。それは一体何を示しているのか。


「あんたにはもう十分助けてもらったよ」

「そんなことない!あたしはまだ何もしてない」


 コロコロ代わる真嶋の表情。それはお馴染みに光景だと思う。しかし、今日は少し違って見える。最初は嬉しそうに、次に苛立たしそうに。そして今は寂しそうに。何を求めて、そんな表情をしているのか。それは、泣くことで全てを表現する幼児の感情表現以上に難解だった。いつもと違う真嶋の様子に、俺は黙るしかできなかった。


「岩崎さんにもあまり頼らないのに、何でそんなに日向さんにばかり頼るの?何でそんなに信頼しているの?」

「いや、日向を頼ったのは今回が初めてだが……」


 もう何が何だか解らない。ここに来てから何度『解らない』と言ったか、それこそ解らないが、いつもの倍以上言っている気がする。しかしそれくらい解らない状況なのだ。本当に解らないのだから、解らないと表現するしかない。一体今何が起きている?真嶋は何が言いたい?俺はどうすればいい?


「ねえ、成瀬。成瀬って、日向さんのこと好きなの?」

「はぁ?」


 話が飛び飛びで、思考が追いつかないぞ。これは俺が無能だからなのか。いや、そんなことあるまい。真嶋の考えが飛躍しすぎるのだ。


「ちょっと待て。何でそんな話になるんだ」

「だっておかしいじゃない。日向さんだけ、そんなに信頼しているなんて。あたしや岩崎さんと態度が違うもん」

「相手によって態度を変えるのは当たり前のことだ。あんただってそうだろ?」

「そりゃ、そうだけど。でも日向さんには何となく優しいもん!」


 子供か、こいつは。先ほど幼児のようだ、と表現したが、本当に子供じみてきたな。


「次女が生まれた直後の長女みたいになっているぞ。構ってもらいたい気持ちは解るが、少し落ち着け」

「か、構ってほしいなんて、そんなんじゃないわよ!」


 解っているよ、それくらい。ただの冗談だ。本気に受け取るな。


「あんたにどう見えているか知らんが、別に日向を特別扱いしているつもりもないし、日向のことが好きなわけでもない。今回は日向に頼るのが一番だと思ったから、そうしただけだ。他意はない」

「う、嘘!」


 嘘だと思う根拠は何だ?こう聞いてもどうせ答えは返ってこないと思うが。


「あんたの気持ちは何となく解った。頼られたい気持ちは、とりあえず今回はしまっておいてくれ。また機会があれば、お願いする」


 解ったと言ったが、俺は真嶋の気持ちなど全く解っていなかった。しかし、何とかしてここを収集させなければ、今日帰ることができないということだけは理解した。なので、


 解ったと言ったが、俺は真嶋の気持ちなど全く解っていなかった。しかし、何とかしてここを収集させなければ、今日帰ることができないということだけは理解した。なので、


「ほ、本当ね?約束よ!」

「ああ。だから、とりあえず今は、」

「今は?」

「もう少し、星座を教えてくれ」


 とりあえず今は、別のことをお願いすることにする。これで、真嶋も引き下がってくれるだろう。さて、どんな返事が返ってくるのか。


 俺のセリフに、驚きを隠せない様子で、立ち尽くしていた真嶋だったが、やがて、


「う、うん!任せて!」


 と満面の笑みで答えてくれた。やれやれ。とりあえず一件落着かな。岩崎とはまた違った面倒臭さを発揮してくれたな。適当にあしらうことが出来ない分、岩崎より厄介かもな。これからもこんなことがあるのだろうか。


「あんた、さっきの約束忘れないでよ」

「…………」


 確信した。これからもきっとあるだろう。


「成瀬、あたし頑張るからね。絶対負けないから」



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