Part.24 side-N
10月11日(金)
文化祭が残り十日に迫っていた。会場準備のほうも着々と進み、他のグループによる星座の資料作成も順調に進んでいた。俺たちもそれなりに進んでいる。足りない部分もいくつかあるし、十分かと言われれば即座にイエスとは答えにくいレベルではあるが、まあこれは宿題じゃない。ぶっちゃけて言ってしまえば、現時点で終了宣言をしてしまっても誰も困らないし、誰にも叱られることはない。しかし、時間はまだある。コンをつめる必要はないが、時間があるなら使うべきだろう。
今日は金曜日。集まって資料を作成しようといった日だ。俺はすでにある程度資料作成を終えているのだが、真嶋が手伝えと言うので、放課後も教室にいた。そして、教室にはもう一人いる。俺の目の前で、いつになく真剣に準備を進めている。しかし、
「あー、ダメだ。集中力切れた。文章が頭に入ってこないわぁ」
開始して、たった三十分で根を上げた。
今日一緒に作業をしているのは、長谷川だ。こいつ一人だけ、格段に準備が進んでいない。見かねた真嶋が監視役を買って出て、強制的に居残りを命じたのだ。
「しっかりやってよ。みんなちゃんとやっているんだからね」
真面目な真嶋から見たら、この男は天敵みたいなもんだ。苦手と言っていた意味がようやく解った気がする。俺から見てもこいつはしょうもない。麻生と若干似ているところがあるが、違うのはやることをやらないところだ。麻生は何だかんだ、最後にはきちんと仕事をするのだ。その点長谷川は、俺たちが言わなければ何もしないだろう。
「真嶋さん、厳しいって。もう少し力抜こうよ。まだ十日あるんだし、今日はこの辺でいいんじゃない?」
「ダメ」
ばっさり切り捨てる真嶋は、普段お目にかかれない感じのキャラだった。こいつ、俺以外のクラスメートにはこういう感じで接しているのだろうか。
「それで、何で成瀬がいるの?お前も進捗悪いの?」
「お前と一緒にするな」
俺が何でここにいるのか、だって?そんなこと、俺自身が一番知りたい。
「成瀬のことは気にしないでいいから、早く作業を進めて」
「へいへい」
それから定期的に手を抜こうとする長谷川を真嶋がけん制しながら作業が続いた。真嶋のおかげで、それなりに作業は効率よく進んだ。俺は何をしていたかというと、真嶋の隣で本を読んでいただけだ。最初はこの漫才みたいなやり取りを見ていたのだが、そんなにずっと見ていられるものでもなく、途中から『もういいだろう』という気持ちになり、若手お笑い芸人のしつこすぎるギャグを見ている気分になってきて、無視することにした。
そして、放課後が近づいてきた午後五時半ごろ。真嶋の精神力もだんだんそこを尽きてきたようで、このころには長谷川に屈し始めていた。
「もういいわ。今日はこの辺にしましょう。あたしも疲れちゃった」
そりゃそうだろう。真面目の塊としては、こんな適当なやつに付き合って漫才みたいなやり取りをするのは苦痛以外の何者でもなかったに違いない。
「うえー。俺も疲れたー。こんなに机に座っていたのは久しぶりかもしれん」
お前は授業中何をしているんだ、と問い質したい。とにかく今日はこれで終わりだ。俺も本を閉じた。早速帰る支度をしている長谷川。ここでふと思い出す。言う必要などないのかもしれないが、一応言っておくか。
「長谷川」
「ん?何?」
「この前、お前から相談された件だが、」
もちろん小山内ほか二名の話だ。しかし、
「何だっけ?相談……」
「…………」
こいつ、殴ってやろうか。やっぱり覚えていなかったか。何で俺はこいつのためにこんなにも苦労してしまっているのだろうか。もう止めようかな。
「何でもない」
と言おうと思ったのだが、
「部活で悩み事があったんでしょ!それを成瀬に相談していたでしょ!」
先んじて真嶋が叫んでしまった。まあどうでもいいんだが、
「成瀬が協力してくれるって。よかったね!」
気になるのは、なぜ真嶋がこんなにも嬉々としているのか、というところだ。よかったね、と真嶋に向かって言ってあげたくなるような笑顔を見せている。それに、強力はしてやるが、最終的に解決に導いてくれるのは日向だからな。
「あー……、本当か?」
今思い出したんだろう。無理矢理驚くなよ。
「まあ本当だ」
「で、どうなんだ?あいつらが出て行った理由解ったのか?」
「そいつはお前の返答次第だな」
向こうの気持ちはだいたい把握したつもりだ。後はお前次第だ。俺の予想では、こいつが無意識のうちに相手を傷つけるようなことをしたのだと思う。最初に言ったとおり、音楽に関する考え方の相違だろう。
「聞きたいんだが、お前のパートは何だ?」
「あぁ?言ってなかったか?俺はギターだよ。今回はボーカルがいないから仕方なくボーカルやるけど、専門はギター」
前情報のとおりだな。そして、やはりすれ違いがおきている。
「何でボーカルやらないの。この前初めて聞いたけど、あんたのボーカル本当によかったよ。見直しちゃったよ、少しだけ」
「ありがとう。でも少しだけって……」
真嶋のやつ、今日は辛口だな。それほどこいつのことが嫌いなのか。そう考えると、俺はそこまで嫌われていないのかもしれないな。
「お前、一年のとき、ボーカルで先輩のバンドに参加していたんだろ?何でそのままボーカルやろうと思わなかったんだ?」
仮にギターがやりたかったとしても、兼任にすればいい。専門はギターだと言い張るその根拠は一体何なのだろう。こいつはお調子者だ。どう考えても謙虚な男じゃない。おそらく幾度となくボーカル力について褒められているはずだ。こいつなら舞い上がっていてもおかしくない。むしろ、自分のボーカルに対して否定的になっていることのほうがおかしい。その根拠が知りたい。
「そりゃあ、俺以上のボーカルが他にいるからだろう」
ま、これはある程度予想がついた。しかし、
「それに、ボーカルは女子がやったほうが良いに決まっているじゃないか」
「…………」
なるほど、それが理由か。
「そんなことないよ。あんたのボーカル、すごくよかったよ。それに女子だからボーカルって考え方はおかしいって。あんたの考え方偏りすぎ」
「いやいや、そりゃ素人の考え方だって。プロになれるくらいなら男だってすごいボーカルたくさんいるけど、高校生くらいになると本当に一握りなんだよ。逆に女子で楽器がすごく出来る人も独り握りなの。だからさ、双方の実情を考えると、男子が楽器、女子がボーカル、のほうがうまくいくことのほうが多いの。統計学的にね」
何難しい言葉使っているんだよ。その統計はいつ誰が取ったんだ?こいつ、自分の考え方がどれほど偏っているか自分で理解できていないな。
「あんたこそプロ目線で語りすぎでしょ。みんな高校生なんだから、好きなことやらせてあげれば良いじゃん。楽器やりたいなら、女子だって楽器やらせてあげればいい」
「そりゃそうだけど、どの世界でもレギュラー争いっていうのはあるでしょ?フォワードやりたいけど、監督からディフェンダーになれ、って言われたら仕方ないじゃん。それと一緒だよ」
「あんたは監督なの?」
「違うけど、似たようなものだって言っているんだよ。要するに一番ボーカルうまいやつがボーカルをやる。一番ギターうまいやつがギターをやる。実力を考えると、女子がボーカル、男子が楽器、って感じになっちゃうんだって」
「まだ解んないの?あんたのその考え方が、今の結果を生んじゃったんだよ!」
「…………」
そのとおりなのだが、話はそんなに単純なものじゃないだろう。
「じゃあ自分のやりたい楽器をそれぞれやらせればいいのか?実力があろうとなかろうと。それじゃ、また別のやつが納得できなくなると思うけど」
「別に絶対にそうしろとは言っていないけど……」
これに関しては長谷川の意見が正しい。実際のところ、プロの世界を見ると楽器をやっている女子というのは珍しい。特に男性がボーカル、女子が楽器というのは本当に一握りなのだ。それは実力的に楽器は男子のほうが上ということなのではないだろうか。長谷川曰く、軽音部はかなり真面目にバンド活動に取り組んでいて、仲にはプロを目指しているやつも居るらしい。そうなると実力主義でも仕方がない気がする。実力があるやつがナンバーワンなのはどの世界でも一緒だ。特にシビアになればなるほど。
これで長谷川が考え方を変え、ある程度自由にやらせてしまっては、今度はシビアに練習しているやつらが反発する。これでは本末転倒だ。結局軽音部がばらばらになってしまう。
しばらく口論していた二人が黙り込んだ。二人とも現状を理解したらしい。どちらにしても袋小路だ。軽音部は道に迷ってしまったらしい。
「なあ、成瀬。どうしたらいいんだ?またみんな仲良くすることはできないのか?」
出来ないとは思わない。しかし、現実はいつも厳しいものだ。世界中の人誰もが幸せを願っているのに、全員が幸せになったことはおそらく一度もないだろう。しかし、
「お前が諦めなければ、まだ希望はある」
と俺は思っている。まだ完全に決別してしまったわけではない。諦める段階まで達していないはずだ。ならば、ここで諦めてしまうのはもったいないだろう。
「追い詰められていると思っているなら、全く以って勘違いだな。そんなに行き詰った展開にはなっていない」
「そ、そうだよ。まだできることはあるって。もっと考えようよ」
「うん。解った。ありがとう二人とも」
結局現状ではいい解決策は出てこなかったが、とりあえず俯いていた気持ちはなくなった。また他人の厄介ごとに首を突っ込んでしまい、背負わなくていい面倒ごとをしょってしまったような気がするが、正直俺には関係ないことだ。最終的にどうなっても知らん。適当にやろう。その後、適当に会話を紡ぎながら三人で帰宅した。