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Part.23 side-Y



 10月10日(木)



 今日は決戦の日だった。あたしは放課後になった瞬間、教室を飛び出した。向かった先は二年五組。成瀬は約束すると言っていた。念も押した。約束を破るようなやつだと思ってはいないが、万が一にも逃がすわけには行かない。万全を期すために、直接呼び出すことにした。


「こんにちは」


 教室の外にいたあたしに、声をかけてきたのは岩崎さんだった。


「成瀬さんを待っているんですか?」

「うん」


 昨日の話を少しだけ思い出したけど、表情を変えずに応じた。


「今日は成瀬を徹底的に追い詰めるつもりだから。何か聞きたいことある?あたしがついでに聴いておくけど」


 何かあるだろうと思ったのだが、岩崎さんは、


「特にありません。聞きたいことは自分で聞きますし、私は信じていますから」


 何を?とは聞かないでおく。


「愛?」


 あたしがそう言うと、恥ずかしそうにはにかみながら、


「事後報告はして下さいね」


 と言って、放課後になったばかりの、生徒でごった返した廊下に消えていった。なんていうか、開き直ったのかな。全く関係ないことだけど、今不意に思った。岩崎さんには本当に幸せになってもらいたい。


「何ニヤついているんだ?」


 いきなり失礼なやつだ。あたしは岩崎さんが消えていった方向から視線を移動させた。


「何よ。今から真面目な顔していたほうがいいの?そっちのほうがやりやすいから、あたしはそれでもいいけど」

「俺だって真面目なほうが性にあっているから、何ら文句はないな」


 お互い嫌味みたいな会話から入った。もしかしたら、対決はこの時点で始まっていたのかもしれない。そこにいたのは成瀬だった。


 あんたの場合、真面目そうに見えて腹の中で何を考えているか解らないから、あたしが苦労しているんだろうが。


「だったら今日一日は真面目にやってよ。あたしは真剣なんだから」


 とりあえず話を区切って、移動を開始した。成瀬が先に動き出し、あたしはその後に続く。あたしが教室のドアの前を通過するとき、室内の人物と目が合った。真嶋さんだ。


「…………」


 黙ったままあたしを見る彼女は、いつぞやと違って、視線をはずしたりしなかった。挑戦的だな。成瀬争奪戦に参戦するつもりはないけど、売られたケンカはいつでも買うよ。あたしは常勝無敗のスーパーで美少女なお嬢様だからね。


 あたしは思いっきり笑顔を作って、真嶋さんに向かって手を振る。傍から見たら微笑ましい情景だろうか。しかし、当の真嶋さんから見たら、挑発以外の何者にも見えまい。いや、あたしは挑発するつもりはないけどね。




 部室に向かうまでの道中、暇を持て余したあたしは、適当に話題を選んで早速質問を開始していた。


「あんた、何で七海のことあたしに聞いたの?」


 あたしの隣を歩く成瀬は、ノータイムで返答をよこしてきた。


「聞く必要があったんだ。俺の個人的な事情でな」


 成瀬の声からは何の動揺も見られない。こちらを見向きもしなかったが、それは大した問題じゃあるまい。あたしたちは今歩いているんだ。普通は前を見ている。それに、こいつは元々愛想のあるやつじゃない。目を見ていないからと言って、何かを隠しているとは思いがたい。少しは動揺させてやりたい。


「あたしが当ててあげようか。その、個人的な事情ってやつをさ」

「好きにしろ。ただし、正解かどうか、答えるつもりはないぞ」


 そっちこそお好きにどうぞ。後々話したくなったら言ってくれ。


「あんたのクラスに長谷川徹ってやつがいるでしょ?そいつに、相談された」


 宣言どおり、成瀬は何のリアクションも見せない。あたし気にせず続ける。


「相談された際、依頼された内容は、ずばり小山内七海が軽音部から離れた理由を探ってくれ、でしょ?」


 これは完璧に岩崎さんの受け売りだ。そのまま、しかも自分の考えのように使うのは少々気が引けるが、今は戦いだ。使えるものは何でも使いたいし、話し合いは少しでも有利に進めたい。


 あたしは成瀬の表情を横から探る、その顔は相変わらず無表情だったが、あたしの言葉の直後、滞りなく動いていた足が止まった。これはもしかして、動揺を誘えたのか?と思ったが、そこはすでに部室の前だった。


「あんたの考えはありがたく聞かせてもらった。だが、前言どおり解答は発表しない」

「何か、よくあるクイズ番組みたいね。もったいぶらないで教えなさいよ」

「答えは次回に持ち越しだ」


 成瀬はらしくない冗談を言うと、鍵を開錠し、部室内に入っていった。釈然としない。表情や声色からは何も得られなかったし、これではあたしの考えを一方的に話しただけだ。損した気分になった。いや、こんなところで不機嫌になってどうする。まだ戦いは始まったばかりだ、むしろ始まっていない。あたしは気合を入れなおすと、成瀬を追って、部室の中に進入した。


「あんたの言うとおり、もったいぶっても仕方がない。早速本題に入ろう」


 言うと、成瀬はいきなりぶっちゃけた。


「あんたの考えで正解だ。俺は長谷川に相談を受けて、小山内七海が軽音部を離れた理由を探りたい。手っ取り早く教えてくれ」

「正解は来週発表じゃなかったの?」


 嫌味を言うのもバカらしいが、言わなきゃあたしの気持ちが収まらなかった。


「実は再放送で、連続放送なんだ。だから気にするな」


 気にしたかった。何か無性に腹が立ったからな。こいつ、あたしをからかっているじゃなかろうか。バカにしているのだろうか。正直問いただしたかったが、時間がない。隠すことじゃないし、答えてやろう。しかし、あんたの言いなりになると思うなよ。


「タダで?」

「は?」

「無料で、って聞いているの!」


 この情報化社会で、情報は売り物になるんだぞ。


「大富豪のくせに金を取るのか?」


 こんな商売チャンスを逃すほど、鈍感じゃない。世間の人は勘違いしがちだけど、金持ちは金にがめついから金持ちになったのだ。時として、金に糸目をつけないのは、物の価値を理解してるからだ。今回もそういうことだ。


「お金とは言ってないでしょ。等価交換。質問に答えてあげるから、あたしの質問にも答えて」


 成瀬は黙り込んだ。こいつのことだ、あたしがこれから何に対する質問をするか気付いているに違いない。場合によっては、著しく自分の立場を危ぶむことになる。成瀬が強烈に保守的な人間だったら、乗ってこないかもしれない。加えて、成瀬が七海の情報を欲しているのは、自分のためではない。他人のためなのだ。自分の危険を顧みず、他人が欲している情報を選ぶ可能性はいかほどのものか。考える要素はいくらでもある。しかし結局のところ、自分の中での優先順位が決める。はたして、天秤はどちらに傾くか。


 しばらくの沈黙の後、成瀬が口を開いた。


「いいだろう。それでいいから、教えてくれ」


 これで、一歩前進だ。一安心。でも、ここからが本番だ。まだ一つ目の橋を渡っただけだぞ。気を抜くな、あたし。


「じゃああたしから答えるよ。質問内容は?」

「さっき言ったやつでいい。なぜ小山内七海は軽音楽部から離れたのか」

「七海はどうしても女子だけでバンドを組みたかったんだって。いわゆるガールズバンドってやつ」


 あたしが答えてやると、成瀬は眉をしかめた。


「それだけか?」

「真実かどうかは知らないよ。でもあたしはそれしか聞いてない」

「……何だかニセモノ売りつけられた気分だ」


 失礼なやつだ。あたしは本当のことを言ったまでだ。ま、店主がすでに騙されているって可能性もあるけどね。その場合、店主は善意の第三者ってことになるかもね。


 すでになにやら考え始めている成瀬だったが、今度はあたしの番だ。悪いけど、シンキングタイムは後にしてくれ。


「次はあたしの番。質問だけど、何であんた、あんな態度でみんなと接していたの?」


 直接的過ぎただろうか。しかし、これは心理戦でもある。答え以上に成瀬の心理を読み取る必要がある。あたしのぶつけた質問に対して、成瀬はどんな表情をしたか。答えは正確だったか。嘘はついていないか。あたしは質問直後に、成瀬に対して鋭く視線を向けた。目は口ほどにものを言う、とも言うしね。


「あんな態度、ねえ……」

「とぼけるのはなしにしてよね。時間の無駄だから」

「とぼけるつもりはない。だが、質問が悪いな」


 この期に及んで、まだ逃げるつもりか。質問が悪い?あたしのせいかよ。


「どういう意味よ」

「あんたの質問は、答えに直結する。これじゃ等価交換にならないだろう。情報の価値が違いすぎる」


 細かいところを指摘してくるな。情報の価値だと?一問一答っていう形が等価交換を表しているんだ。その情報の価値とやらを、一体誰が見定めるんだよ。


「それに、」


 あたしが反論しようと口を開いたとき、成瀬は言葉をかぶせてきた。


「あんたも解っているだろう。俺がここで答えを教えたら、ただの出来レースになってしまう。最初からグルだったと思われても仕方がない状況になってしまうぞ」

「…………」


 あんたもそれを言うのかよ。解っているよ、麻生にも同じことを言われたからな。皮肉にも、前のセリフから全部一緒だよ。仲いいな、本当。


「解ったわよ。質問を変えるわ」


 だらだら言葉を重ねても、結果は一緒だろう。時間の無駄だし、お互いのためにならない。加えて、先ほどのセリフ。やはり事件に関わっているのだろう。一枚かんでいることを認める発言だと断言しても差し支えないだろう。一応情報を得ることはできた。気を取り直して、別の質問をしよう。


「権利書が盗まれたこと、学校側に言ったの?」

「言っていない。あれはただの紙だ。権利所と言っても、文化祭のステージが使えるというだけのもの。学校側に言ったところで、特に取り合ってもらえないだろう。同じ理由で、生徒会にも文化祭実行委員会にも言っていない」


 成瀬の言うことは解るが、生徒会や委員会には言ったほうがいいんじゃないか?いや、すでにあたしたちが動き出してから一週間近く経過している。彼らの耳に届いていてもおかしくない。しかし、特に生徒会等が動いているという噂を聞いていない。つまり、放置しているのだろう。成瀬は全権自分が握っていると言っていた。横山はこの件を全て成瀬に任せているということかもしれないな。


「今度は俺の番だ」


 あたしはひとまず思考を頭の隅に片付けた。


「あんたが所属しているバンドの担当を全員教えてくれ」


 質問の意図がさっぱり解らないな。岩崎さんの予想では、成瀬は長谷川から相談を受けている可能性が高いらしい。すると、あたしたちのバンド関係の質問は、長谷川の相談に直結しているのだろう。しかし、今のところ意味が解らない。


「あたしがギター。岩崎さんがキーボード。七海がベース。湊がボーカル。真綾がドラム」


 とりあえず答えた。長谷川の相談内容も気になるけど、事件に関する情報のほうが大事だ。質問の意味は後で考えよう。


「後半三人が軽音部だな?」


 あたしは思わず頷きそうになったが、すんでのところで動きを止めることに成功した。危ない危ない。


「今度はあたしの番だよ。あんた、このまま権利書が見つからなかったらどうするつもりなの?」

「どうするも何も、せっかく作った舞台に穴を空けるわけにいかないから、俺たちでどうにかするしかないだろう」


 もともとTCCに与えられた舞台だ。TCCが使う分には権利書は必要ない。しかし、岩崎さんを含めてもたった四人のTCCで半日もステージを持たせることは容易ではないだろう。


「何をやるのよ、たった四人で」


 これでは失敗が目に見えているだろう。もし、成瀬が一連の黒幕だったとしても、これでは思い道理の結果が得られるとは思えない。不都合が生じてしまうはずだ。噂のように、舞台を壊すことが目的ならば、権利書がなくたった時点で成瀬の勝ちは決まっている。見つけたやつが権利を得るという状況に持っていく必要がない。成瀬の考えが全く読めないのだが。


「何も出来ないだろうな」


 そらみろ。あたしの思ったとおりじゃないか。


「いいの、それで」

「よくない。だから、あんたには期待している」


 だから、期待されても困るって言っているでしょ。そんなに期待してくれているなら、もっと解りやすいヒントをくれよ。


 あたしはため息をついた。はあ。今のところ、有益な情報を手に入れられていないな。


「じゃあ今度はあんたの番だよ。今度は七海について、何を答えればいいの?」

「長谷川徹の担当はなんだか知っているか?」


 また理解できない質問だ。今度は長谷川についてかよ。そいつに関しては、あんたのほうが詳しいんじゃないのか?その前に、あたしが長谷川のことを知っているのか、聞かないのかよ。まあいい。あたしは知っていることを答えるだけだ。


「知っているよ。ボーカルでしょ」

「誰から聞いたんだ?」

「答える必要ある?」


 質問は一つずつでしょ。あたしは言外にそういう意味をこめて言ったのだが、成瀬は、


「長谷川は、ギターだぞ。少なくとも、本人はそう言っていた」


 さらに意味の解らないことを口にした。あんた、知っていたのか。それならなぜ、今の質問をしたんだ?あたしは自分で言ったように、答える必要はなかった。しかし、思わず、


「どういうこと?七海はボーカルだって言っていたけど」


 このとき、一問一答だって言うことを忘れていた。


「意見の食い違いだろう。少なくとも、本人はギターだと思っているらしいが、周りはそう思っていないのかもしれない」


「周りはそう思っていない?担当って、自己申告じゃないの?それほどギターが下手くそなの?」


 あたしはそれくらいしか思い浮かばなかった。しかし、これは何かあるのかもしれない。七海と長谷川はそれなりに長い付き合いらしい。つまり意見の食い違いなど、あまりないような間柄である可能性は高い。しかも担当なんて、かなり単純な話だ。そうそう食い違いなど起きはしないだろう。しかし、実際に起きている。何かあるな、これは。


「次はあたしの番ね」


 あたしは思考をまとめながら口を開いた。今日は考えることが多すぎるな。成瀬と会話を交わすごとに、考えることが増えていく気がする。


「この前の会議を見て、あんたは何を考えたの?」

「ずいぶん抽象的な質問だな。もう少し解りやすく言ってくれ」

「ああやって、あたしたちの目の前で白熱した会議を披露してくれた彼らを見て、あんたはどう思った?」


 あたしは直前まで成瀬と話していた。しかし、成瀬があんなことを言い出すとは思いもよらなかった。あんなことを言うために、わざわざ会議を開いたわけではあるまい。そして、挑発的な態度を取って全員を一旦部室の外に追い出した後、事件は起きた。この流れ、偶然ではあるまい。おそらく成瀬は、あの会議を見て、あんな行動を取ったのだろう。あたしはそう考えた。


「そうだな、細かいところは違うかもしれないが、ほぼあんたと一緒だ」

「あたしと一緒?」

「本来なら敵対する関係じゃなかったはずだ。なのに、勝手にいがみ合って、勝手にけなしあって、自ら敵対していた。舞台を勝ち取りたい、という強い気持ちから来る行動だということは理解できるが、自分本位過ぎる行動だったと言える」


 これは、あまり成瀬らしからぬ言動だった。言葉が正しいかどうか解らないが、似合わないセリフだったね。


「意外だな。あんたは熱意とかやる気とか、そういう言葉を真っ向から否定するタイプだと思っていたよ」

「やる気の重要性くらい理解している。それに、俺だってやる気のかけらくらいは持ち合わせているぞ」


 それに関しては、さらに首を傾げざるを得ないな。かけらとは言え、やる気を持っているだと?いささか信じがたいな。今目の前にいる成瀬に、やる気があるとは思えない。それにしても、つまり成瀬は連中の行き過ぎた行動に関して否定的であるだけで、やる気や熱意みたいなものに対しては肯定的だったということだ。この言葉が本当ならば、文化祭を破壊しようとか、失敗に導こうとか、そういう類の噂は全て否定されるな。


「さっきから事件というより、俺に関する質問が多いな。あんたは何が知りたいんだ?」


 この質問は、今取引っぽく行われている一問一答ではなく、雑談だと判断して、あたしは口を開いた。


「事件に関して、解らないところは動機だけなんだ。だから、動機を探るために質問しているの?」

「ほう。今の言い分からすると、俺が首謀者だと考えているのか?」

「否定するわけ?」


 あたしからしてみれば、この答えは結構な博打だった。これはあたしの手の内をバラしたも同然だ。成瀬が簡単に動揺するとは思えない。しかし、あたしの考えをばらすことで、成瀬もアプローチを変えてくるだろうと考えたのだ。これで、成瀬がどんなリアクションを見せるか。あたしは返事に注目した。対する成瀬は、


「まああんたの考えだ。好きにすればいい。俺は肯定も否定もしない」


 返事はいつもどおり、そっけないものだった。しかし、表情のほうは違った。成瀬はあたしの挑戦的なセリフを聞いて、薄く笑ったのだ。しかも、陰の笑みではなく、どちらかと言えば、陽の微笑だった。あたしは動揺した。


「さて、ようやく面白くなってきたところだが、時間も押し迫ってきた。そろそろ、最後の質問にしようか」


 そんなあたしを無視して、成瀬は話を進める。何?最後にしようだと?まだ三つしか質問していないぞ。それ以前に、あたしはまだ動揺していた。なぜ笑ったんだ?あの微笑みは一体何を意味していたんだ。そんなことが頭の中をぐるぐる回っていて、うまく頭が働かない。


「まずは俺からだ。あんたは、今の軽音部を見てどう思う?」

「え?えーっと……」


 いきなりだな。成瀬はよほど軽音部が気になるらしい。


「軽音部自体には特に思い入れはないけど、七海たちが村八分になるようだと、かわいそうだな、って思う」

「なるほど。それなら仲直りさせてやればいいじゃないか」

「できることなら協力してあげたいけど、仲違いしている理由が解らなくて……」

「じゃあ、もう大丈夫だな」


 は?大丈夫って何が?


「今度はそっちの番だぜ」


 話を流された気がするが、まあいいか。一体何が大丈夫なのだろうか。それで、えーっと、あたしの番か。


「えーっと、そうだなあ」


 これで最後でしょ?うーん、何か効果的な質問はないだろうか。実際のところ、もう時間がない。おそらくこんな機会は最後だろう。つまりラストチャンスになってしまうということだ。あー、悩むね。


 あたしが頭を抱えて悩んでいると、成瀬が話しかけてくる。


「あんた、解らないところは犯人の動機だけ、と言っていたな」

「え?ああうん。解っているつもりだよ」


 この期に及んで、まだ犯人と呼ぶつもりか。だから、あんたが首謀者でしょ、って言っているでしょうよ。


 あたしの憤慨をよそに、成瀬は意外な言葉を続けた。


「なら、俺に犯人を言えばいいじゃないか。あんたの言う、犯人が本当に黒だったら、あんたたちに権利をくれてやるぞ」

「そりゃ、あたしだってそう出来るならとっくにしているって」


 こいつ、あたしの苦悩の中心にいるくせに、いけしゃあしゃあと。あたしは密かにボルテージを上げていたのだが、そんなことお構いなしに、


「じゃあ何でそうしない?そうすれば舞台を使えるのはあんたたちだけだぞ」


 そんなことしているわけないだろう。それに、何も舞台を独占したいわけじゃない。出来ることなら、全員で一緒に使いたい。少なくともあたしはそう思っている。いや……。待てよ……。


「あんた、今なんて言った?」


 今なんて言った?あたしの中で、何かが閃いた。


「それは質問か?」


 これは冗談だろうか。本来なら、こんなことに貴重なラストチャンスを使うはずがない。


「いや……」


 あたしは一度冷静になる。落ち着け。何度も言うように、これが最後の質問だ。慎重になるべきだろう。あたしはもう一度質問を考え直す。そして、


「あんた、真嶋さんのことどう思っているの?」

「は?」


 成瀬の間抜けな声に、あたしは思わず吹き出しそうになった。いや、これが当たり前の反応だろう。この場合、おかしいのはあたしだ。


「質問には答えてくれるんだよね?これがあたしの最後の質問だよ」

「事件とは無関係だろう」

「事件の質問しか、しちゃいけないとは聞いてないよ」


 実際のところかなり興味がある。しかし、事件への興味を失ったわけじゃないぞ。ではなぜ、ラストチャンスにもかかわらず、こんな質問をしているのかというと、答えは簡単。あたしは正解にたどり着いたのだ。これで間違いないだろう。成瀬の考えていることが解った。証拠はないが、今までの成瀬の言動行動、それに加えて、泉や麻生の言動。全てを総合的に判断して、さらに成瀬の性格も考慮に入れて、冷静に分析を加えて場合、この答えで間違いないと、あたしは確信している。ならば、最後の質問をわざわざ事件のことにする必要はない。それより、普段聞くことのできない、なおかつ答えてもらえそうもない質問をするほうがよほど有意義だろう。あたしはそう判断したのだ。


「最近よく一緒にいるよね。岩崎さんとすれ違っているとは言え、あんたがこれほど他人と一緒にいるの、珍しくない?」

「別にただのクラスメートだ。文化祭で同じ作業をしているから、たまたま一緒にいる時間が増えているだけだろう。特に意識しているわけじゃないぞ」


 あんたはそうかもしれないけど、向こうはどうだろうね。


「それで、答えは?真嶋さんのこと、どう思っているわけ?」

「どうって、特にどうも思っていない」

「本当に?」


 成瀬は突然困り始めた。どんな事件のときも冷静さを失わない成瀬だが、女性関係には弱いらしい。お姉さんにも若干手を焼いていたからな。


「本当だ。あんただってそうだろう。クラスメートの男子を捕まえて、こいつのことどう思うって、いきなり聞かれても返事に困るだろう」

「ふーん。真嶋さんはただのクラスメートなんだ」

「そうだ。何か文句でもあるのか?」

「文句なんてないけど」


 可愛そうに。こういうやつを好きになってしまうと、絶対に大変だ。


「じゃあ泉は?どう思う?」

「答える義務はない。もう質問は終わりだ。それより一つだけ言わせろ」


 うんざりした感じで、成瀬がため息をつく。一応ここで一問一答は終わりらしい。


「長谷川の話だが、あんたが言っていたとおり、ボーカルが担当だと思う」

「根拠は?」

「あいつ、かなり歌がうまいぞ。一度聞いてみるといい。たまげるから」


 こいつがここまで人をほめたことが、かつてあっただろうか。それほどまでに歌がうまいのか、長谷川徹という男は。少しだけ気になるな。しかし、何でこんな話を今ここでしたのだろうか。あたしは長谷川に興味はないんだけど。


「あたし、あいつのこと好きになれそうにないんだよね」

「何で?」

「何でだろう。よく解らないけど、嫌いなタイプかも」

「そりゃお互い様だと思うぞ。あんた、初対面で怒鳴り散らしたらしいな。長谷川が泣いていたぞ」


 怒鳴り散らしてなんていないぞ。泣いていたって言うのも嘘だろう。そんなことで泣くやつなら、なおのこと嫌いだ。


 その後も、他愛のない話が続いた。そして、下校時刻になったとき、そのまま成瀬と二人連れ立って帰宅した。今日はいろいろな話を聞いたな。帰って、一度整理をする必要があるだろう。今はまだ詳しく解らないけど、成瀬は意識的にあたしに情報を与えているように感じた。何か誘導しているような、嫌な感じがした。








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