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Part.20 side-N

 10月9日(水)


 翌日の放課後。俺はいつものように自分の机の片づけをしていた。今日は文化祭の準備はない。俺の作業は多少遅れているが、まだ慌てるような時間じゃないし、何なら部室で作業をやってもいい。とりあえず今日は部室に向かうことにしよう。一番作業が進んでいない長谷川がなぜか今日学校を休んでいるんだ。あいつが、半ば作業を投げ出しているような中、俺が頑張らなければいけないのは、何となく癪に触る。俺だって今日は休養に当てたい。


 俺はちらりと岩崎の席のほうを見た。すると席の主と目が合う。岩崎は舌を出して、俺に向かってあかんベーとすると、早々に教室から出て行った。やれやれ。一体俺が何をしたというのか。俺から言わせてもらうと、当たり前のことしかやっていないのだが。考えてみると、今回の不機嫌は長いな。もうずいぶんあいつと話していない気がする。いつになったらあいつの居場所に帰ってくることやら。

少し考えて、止めた。考えたところでどうにもならないのはいつものことだ。今は放っておこう。俺は席を立った。




 部室に到着する。まだ誰も来ていない。今日は誰も来ないのか。それともまだ来ていないだけか。どっちにしろ、最近は集まりが悪い。ま、部屋の主がいないんだ。集まりがいないのは当たり前かもしれない。


 ただ来ていないのは、TCCのメンバーだけだ。最近よく来る客が部室の前で待ちぼうけを食らっていた。


「遅いわよ」


 どう見ても不機嫌そうだった。だが、俺のせいではない。


「またあんたか」


 そこにいたのは、日向だった。しつこいやつだな。そこまで熱心に調べまわるとは思わなかった。俺の目の届かないところで何をしていても気にしないのだが、俺の周りでうろつかれるのは勘弁願いたい。


「またとはご挨拶ね。あたしは客よ。その客をこれだけ待たせておいて、ずいぶんな口を利くのね」


 誰が客だって?招かれざる客とは、こういうやつのことを言うのではないか。


「すいませんね」


 俺は適当に謝ると、最近はずっと預かっている部室の鍵を取り出し、開錠した。ドアを開けて、自称客人を中へ通すと、俺も続いた。


「あんたもいい仲間に恵まれているわね」


 イスにつくなり、日向はこんなことを言い出した。どう考えても嫌味だろうが、日向の言い方には本当に褒めているような雰囲気も合った。


「あんたが口を割らないから、昨日あんたのお仲間のところに行って来たのよ」


 どうやら日向は、昨日も事件解決のために動いていたようだ。俺の知らないところでも活動しているとは恐れ入った。俺ほどでもないようだが、こいつは面倒臭がりだと思っていた。しかし、現実は違ったようだ。


「それはご苦労だったな。で、収穫はあったのか?」

「本当に苦労したよ。二人ともいい性格しているわ。見事に回りくどいヒントをたくさんくれたわ」


 ヒントをくれたならいいじゃないか。それにしても、しゃべりすぎてないだろうな。あいつら、結構おしゃべりだからな。面倒なことになったらあいつらのせいだ。


「クレームなら本人たちに直接言ってくれ。俺に言っても何も変わらないぞ」

「クレームじゃなくて愚痴だから。それに、あんたよりはましな性格しているよ」


 他人のクレームかと思ったら結局俺に対するクレームかよ。こいつ嫌味を言いに来たのか?嫌味じゃないにしても、愚痴りに来ただけなら帰っていただきたいね。


「捜査が進んでいるようで大変結構だが、バンドのほうはどうなんだ?練習しなくていいのか?」

「あたしを誰だと思っているのよ。バンドのほうは完璧よ。それに、場所がなきゃ練習する意味もないでしょ。心配なら、さっさと白状してくれない?そうすれば、あたしもこんな面倒なことやらなくてすむんだけど」

「俺はあんたに強制した覚えはないぞ。他人に任せたらどうだ?」

「任せたら場所取れないじゃない。言ったのはあんたでしょ?あたしを追い出したい気持ちはよく解るけど、結局のところ全ての責任はあんたに帰結するのよ」


 俺とてよく理解しているつもりだが、愚痴くらいこぼしたくなる。こんな面倒なことになるとは思っていなかったのだ。誰だって未来のことは解らない。想像通りの展開になっていたら、俺だってこんなことを嘆いたりしていない。


「そもそもあんたは何を頑なになっているわけ?あんたが守っているものは何?話してくれたら、あたしだって協力するよ。だからとりあえず知っていることを話してよ」


 これ以上この話を続けるのはよくない気がする。舌戦になったら俺が圧倒的に不利だ。どうやらこいつは頭の回転も速いが、それ以上に口が回るらしい。しかも柔軟に。姫と麻生。それぞれほとんど交流はなかったと思うが、回りくどいとは言え、全くタイプの違う二人からヒントを勝ち取っている。相手に合わせた説得が出来るやつらしい。頭のほうも柔軟に動いてくれれば、この事件だって簡単にゴールにたどり着くと思うのだが。


「あんたに聞きたいことがあるんだが」


 俺は話を逸らすことにした。少々強引だが、このままでは俺も懐柔されてしまうかも知れない。早々に相手のフィールドから立ち去る必要がある。


「何?何でも言って」


 食い気味に話に乗ってくる日向。残念だが、あんたの想像するような内容じゃない。


「あんたのバンドに、小山内七海、ってやつがいるよな?」

「いるけど、それが?」


 身を乗り出してくる日向だったが、若干肩透かしを食らったような表情になった。


「軽音部に所属している」

「そうだけど、七海がどうかしたの?」


 話の全貌がつかめていない日向は、若干いらだったような声を出した。


「ただの確認だ。何でもない」


 言うと、日向は一瞬呆けたような顔になり、さらに次の瞬間、はっきりとした苛立ちを見せた。


「はっきり言いなさいよ。七海がどうしたの?事件に関係あるわけ?」

「いや、全くの無関係だな。こっちの話には」

「はっきり言いなさいと言ったでしょ!じゃあ何で今話題にしたわけ?意図を教えなさい!」


 結局話を逸らせていないな。かえって火をつけてしまったようだ。どうしようかな。このままだと平和的な会話が出来そうにない。逃げられそうにない。誰か助けてくれないだろうか。


 俺が窓から逃げ出そうかと画策を始め、ここが二階だということを思い出したとき、部室のドアが叩かれた。


 俺は日向をなだめながら返事をする。これは渡りに船だ。誰であろうと、話の腰を折ることくらいはできるだろう。


 俺は、初めてノックに感謝して、日向から離れるとドアを開けた。するとそこに立っていたのは、


「あ、成瀬。よかった……」


 若干安堵の表情を浮かべた真嶋。


「どうした?何か用か?」


 明らかに何か用がありそうだった。


「あ、あのさ、」


 と言いかけて、この場に俺以外の人間がいることに気付き、言葉をとめた。あ、と言って、日向に目を向ける真嶋。日向も真嶋のほうを見ていた。


「どーも、真嶋さん」

「……どうも」


 日向は俺と話していたせいで不機嫌だ。真嶋は突然不機嫌になった。じっと見つめてくる日向に対して、その威圧に耐えられなくなったのか、真嶋は目を逸らした。何だ、この状況は。俺はこの空気感に耐えられなくなり、自ら口を開く。


「で、何しに来たんだ?」

「あ、うん。成瀬、今時間ある?ちょっと手伝ってほしいんだけど」


 手伝ってほしいとは、おそらく文化祭のことだろう。暇か、と問われれば、暇である。が、本来ならば簡単に抜け出せるような状況ではない。先客がいることだしな。ただ、望んだ先客でないし、逃げ出せるなら逃げ出したい。ここは喜んでお手伝いさせてもらおう。


「構わないぞ。何をすればいいんだ?」

「ほ、本当?」


 再び安堵の表情を浮かべる真嶋。しかし、思い出したように、


「でも、いいの?」


 と言い、ちらりと日向のほうを見た。明らかに不機嫌そうだったが、ここは一つダメ元で言ってみることにしよう。


「何か急用らしいんだ。続きはまた今度にして、今日はこれで解散にしないか?」

「そうね、そうしましょう。なんて言うと思ったの?」


 やはり逃がしてはくれないようだ。


「そんな嘘で逃げられるわけないでしょ。また今度、なんて言葉は、そんな機会作る気がないやつが逃げるために使う常套句よ」


 日向は立ち上がり、俺と真嶋のほうに近寄ってきた。


「さっきの話、じっくり聞かせてもらうわよ。いいから席に戻りなさい」


 女王様然とした態度と表情で迫ってくる日向。さすがだな。その細身の体型からは信じられないほどの威圧を放ってくる。育ちと自らに対する自信からなるものなのか。どちらにしても俺が持ち合わせていないものだった。


 俺が黙ってその場を動かずにいると、日向は焦れたようで、俺の腕を取り強引に引っ張った。


「おい、引っ張るなって!」

「あんたが動かないからでしょ。早くこっちに来なさい」


 不意打ちを食らった俺は、その場にとどまる事も叶わず、成すがままに体を傾かせてしまった。思わず転びそうになったが、まるで誰かに支えられたように不自然な形で踏みとどまり、体勢を立て直すことに成功した。


 俺は、違和感の元を目視するため、日向が抱えている右腕から反対の左腕に視線を移動させた。すると、


「あ、」


 自分の行動に対して、自分自身も驚いていると言った感じで声を漏らした真嶋がいた。その行動に関して、俺も驚いた。なんと真嶋が俺の腕を取り、日向に対抗するように俺の左腕を引いていたのだ。


「おい」


 何と言おうと思ったのか解らない。何となく口を開いて、その後の言葉をつなげないまま真嶋の顔を見た。日向も若干驚いたような顔をして、真嶋を見た。


「あ、あの……」


 真嶋は一瞬ひるんだような表情を作ったが、何かを決意したように一気にまくし立てた。


「な、成瀬!早く来てよ!時間ないんだから!」


 先ほどまでそれほど焦っていなかったと思うのだが、突如慌てだした真嶋は、急激に俺の左腕を引いた。関節技でも極めるつもりなのか、と聞きたくなるほど、思い切り羽交い絞めにして、思い切り引っ張っているため、今度は真嶋のほうに体が傾いた。


「解ったから、手を離せ!」

「早くって言っているでしょ!」

「逃がさないわよ!あんたはこっちに来るの!」


 何がなんだか解らないうちに、俺は綱引きの綱になってしまった。不幸中の幸いと言うべきか、双方女性で、しかも一人だったため、本物の綱引きよりは若干ましな綱引き状態だった。それでも、日向は怒り、真嶋は混乱という腕力以外の力を行使しているため、早くも俺の身体は悲鳴を上げ始めた。


「成瀬!さっさと観念してこっちに来い!」

「成瀬!早くこっちに来て!」


 なぜかお互いの矛先を俺ばかりに向け、直接の相手は無視していた。俺の意志どうこうより、敵対している相手を懐柔させたほうが時間もかからないだろうと思うのだが、そんなことを考える余裕もなくなっているのか?


 なすがままになっていた俺だったが、不意に嫌な音を聞いた。ビリ、だったかもしれないし、ピキ、だったかもしれない。とにかく不吉な音だ。俺の制服か、もしくは俺自身か。どちらにしてもそろそろ限界らしい。


「いい加減にしろ!」


 俺は結構力を入れて叫んだ。何となく力を入れて振りほどくのも気が引けたので、声のほうに力をいれた。それが奏功したようで、二人はひるんだようにビクッと身体を震わせると、思わず手を離した。その隙に手を振りほどき、身体と服の無事を確認した。どうやら見たところ、致命傷には至っていないようだった。これで一安心だ。


 次に、俺の左右にいる二人をそれぞれ見た。日向はいたずらが見つかった悪がきのごとく、面白くなさそうな拗ね顔をして視線を逸らしている。一方真嶋は、初めてテストで悪い点数を取ってしまって、それを親に見せている優等生の子供のように、申し訳なさそうに目を伏せて頭を垂れている。


 それぞれ違う様子ではあるが、叱られることを覚悟しているような様子だ。俺としては叱るつもりなどないが、現状をこのままにしておくわけにはいかない。なぜこんなことになってしまったのか、原因はよく思い出せないが、元凶は俺なのだろう。とにかくそれぞれの言い分をある程度考慮した結論を出さないと、この状況に収集つけることはできないだろう。俺はため息をついた。


「さっきの話だが、」


 俺はまず日向に話しかけた。


「何よ」

「明日話すことにしよう。真嶋のほうは急用みたいだが、あんたのほうはそう焦る話でもない。明日は絶対に時間を作るから、それでいいだろう」


 目を逸らしたままの日向だったが、ちらりと俺のほうを見て、


「絶対作りなさいよ」

「ああ。絶対だ」


 念押しをすると、潔く出て行った。ここでごねられたらどうなるかと思ったが、ある程度聞き分けのいいやつでよかった。


 次に真嶋のほうを見た。結果的に日向を押しのけてしまった真嶋は、一層申し訳なさそうな表情をしていた。


「ごめんなさい」


 何に対して謝ったのか。おそらく迷惑かけた、と言うことなのだと思うが、それだけにしてはやたら深刻そうだった。ま、確かに迷惑かけられたが、そこまで申し訳なさそうにしている女子に対して、頑なな態度を貫くのは心が狭すぎるのではないか。


「それより一体何があったんだ?やたら慌てていたみたいだが」


 そんなことすっかり忘れていた、と言う感じで、真嶋は、


「あ」


 と言うと、


「うん。長谷川が部活に来ているらしいの。だから原稿をもらいにいこうと思うんだけど、一緒に来てくれない?」

「何?」


 あいつ、今日は欠席だったはずだが、部活だけ来ているのか。何考えているんだか。ま、それは置いておこう。それに関しては本人に聞くしかない。真嶋には別のことを聞こう。


「それで、なぜ俺が行かなきゃいけないんだ?一人で行けばいいだろう。それに、あいつだって逃げ出しはしないだろう。何を焦っていたんだ?」


 作業を手伝う、と約束していたので、手伝うことにやぶさかではないが、大して面倒なことではないし、別段人手が必要な作業ではないだろう。加えて、やはり先ほどの半端じゃない焦り方が気になる。


「べ、別に深い理由はないわ!成瀬はあたしの言うことなんでも聞くって約束したでしょ!それに、あたしは長谷川が苦手なのよ!」


 相変わらず、文句ある?と言う感じで言葉をまくし立てる真嶋。そんなに深く追求するつもりはなく、日常会話のつもりで質問しただけなんだ。そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないか。


 俺が、やれやれ、と言った感じでため息をつくと、真嶋はすでに赤い顔をさらに赤くして、


「何、その態度は。何か文句あるの?」


 先ほどの日向は、なるほど女王様に見えたが、こいつはわがままな姫って感じだな。威圧は皆無に近く、子供らしいかわいらしさが垣間見える。俺は思わず苦笑しそうになったが、何とか抑えて、


「何でもない。とりあえず長谷川の元に向かおう」


 部室の外に出て、施錠を済ませると、部室棟をあとにした。


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