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Part.19 side-Y

 10月8日(火)


 昨日は正直TCCの連中にしてやられてしまった。ある程度は情報収集できたけど、あまり進んでいないのが現状かな。成瀬がキーパーソンであることは間違いない。というか、あいつが実行犯だろう。それ以外考えられない。でも、勘だけでは何も解決できないし、犯人が本当に成瀬だったとして、その動機が知りたい。そうしなければ、あたし自身が信じられない。


 成瀬の真意が知りたい。でも現状ではあまり芳しい結果を得られていない。ということで、少しアプローチを変えてみようと思う。


 昼休み、あたしが来たのは一年の教室の前。ここは泉紗織の教室だ。


「悪いけど、泉紗織呼んでくれないかな?」


 あたしは教室の入り口付近にいた男子生徒に話しかける。するとそいつは面白いくらい慌てふためいて、教室内に向かって叫んだ。当然教室内はざわめく。あたしは騒がせる気はなかったんだけどね。あたしはそんなに要注意人物なのだろうか。スーパー美少女お嬢様であることは自覚しているけど、やっぱり有名人なのだろうか。


「何ですか?」


 少年の命により、泉が参上仕った。


「悪いね。騒がせて」

「それは、先輩のせいじゃありませんけど」


 明らかに不機嫌そうだ。仏頂面を隠そうとせず、不機嫌オーラを撒き散らすこの少女は、あたしを前にしても特別どうも思わないらしい。こいつ、やはり成瀬と似ているな。「ちょっと話がしたいんだけど、お昼一緒しない?」


 不機嫌そうな顔が、一層不機嫌そうになった。


「最初に言っておきますが、私は首謀者じゃありませんよ」


 早速過ぎるな。それほどあたしと一緒に昼食をとりたくないのか。


「解っているよ。どうせ巻き込まれたんでしょ。それも込みで、話がしたいんだ。あたしは解決したいだけだから」


「解りました」 


 しぶしぶといった感じで頷くと、一度教室に戻り、かばんを取ってきた。


「ここでは話せないことだと思うので、場所を変えましょう」

「うん」




 向かった先は中庭だった。ここならあたりが見渡せるし、多少音量に気を遣えば、ある程度普通に会話しても盗み聞きされる心配はない。


「話って何ですか?」


 ベンチに腰掛け、膝の上でお弁当の包みを開きながら、不機嫌そうな声で泉が言った。こいつは全く遠慮がないな。成瀬と違って、一応先輩と呼んでくれているし、形だけとはいえ、敬語であるということはそれなりに年上として扱ってくれているらしい。


「私が応えられることは多くありません」

「少なくていいよ。そんなに気を張らないで、気軽に答えてよ。成瀬に義理立てする気はないんでしょ?」

「皆無です」


 あたしは苦笑。


「じゃあ教えてよ。成瀬は何を企んでいるの?」

「例の事件の真相ではなく、あいつが何を考えているか、が質問なんですか?」


 なかなか質問に答えてくれないな。質問に質問で返すなよ。


「どっちでもいいよ。あたしとしては、どっちも重要な質問だと思うから。で、どっちの質問に答えてくれるわけ?」

「悪いですけど、どちらの質問にも答えられないです」


 これは驚きだ。義理立てする気は皆無だと言い切ったくせに、これは言えないらしい。


「何で?成瀬を庇っているわけじゃないんでしょ?」

「それこそまさかだわ」

「だったら何で?君は成瀬のこと嫌いなんでしょ?別に成瀬に協力する理由がなくない?」


 と、あたしは思ったのだが、


「ありますよ。確かにあいつのことは嫌いだけど、あいつの考えには賛成しているからです」


 あいつの考え。つまり動機か。


「どんな風に?」

「現状では最高の手段だと思っています。確かに素直な手段ではないけど、あいつの覚悟を利用させてもらうということで、問題はないし」

「今、あいつが噂ですごく悪く言われているの、知っている?」

「知っています。でも自業自得ですよ」


 冷たいな。


「成瀬一味と思われているけど」

「それは心外極まりないですね。私はあいつを庇うつもりはないわ。積極的にけなしているし」


 言うと、泉はいくつか箸を口に運び、


「実際私は何も協力していませんよ。だから仲間でも共犯でもないの。事実として」

「事実を知っているだけでも共犯だと思うけど」


 あたしが言うと、彼女はむっとした表情になり、


「じゃあ事実も知らないわ」


 うーん、どうしても教えてくれないか。年下と思って甘く見ていたわけじゃないけど、なかなか手ごわいな。


「あたしはこの事件を解決したいだけなんだ。少しでもいいから協力してくれないかな」


 あたしが態度を変え、下手に出ると、彼女は表情を変えた。今度は拗ねたような困ったような表情。この子も困っている人を放っておけないタイプらしい。


「これは事件なんかじゃないわ」


 しばらく逡巡してから、ぼそっと呟いた。


「え?」


 あたしが聞き返すと、


「日向先輩は成瀬のことよく知っているんでしょ?」

「うん、まあ」


 よく、というほど知っている自信はないけど、ここは頷いておくべきなのだろう。


「先輩から見て、あいつはどんなやつ?」


 どんなやつ、と聞かれると、答えづらいな。しかし、彼女が協力的になってくれている。ここは真面目に答えるのが吉だろう。


「無愛想で人嫌いだけど、困っている人を見ると放っておけないお人好しかな」


 あたしの見ている成瀬はこんな感じおそらく彼女とは百八十度違うと思ったのだが、


「それで合っているわ。その印象を変えずに、成瀬の行動から、動機を考えてみて」


 合っているとは驚きだ。彼女も同じように成瀬を見ていたのか。いや、今はそれより考えることがある。印象を変えずに、か。つまり、何か他人のために仮面をかぶっているということか。


「ありがとう。参考にするよ」


 もうすぐ予鈴がなるので、ここは退散しよう。そう思ったのだが、こういうと、


「あいつは思っている以上にいろいろ考えているわ。岩崎先輩の事も、権利書が見つからなかったときの事も。もしかしたら他の事も」


 今度は一転して、あたしが聞いていないことまで教えてくれた。失礼だとは思ったが、あたしは笑ってしまった。


「……なんですか?」

「あ、ごめん。何でもない」


 明らかに誤魔化せていない雰囲気だった。泉はこちらをじっと見つめたまま微動だにしない。というか、睨みつけていると言っても過言ではない。疑っているというより、確信している感じだ。あたしはお手上げして、白状することにした。


「解った解った。誤魔化さないでちゃんと言うから。そんなに睨まないで」

「別に睨んでないですよ」


 睨んでいるよ。無自覚か、それとも確信犯か。


「ちゃんと言うけど、怒らないで聞いてよ?」

「それは保障できないわ。とりあえず話して下さい」


 ま、そうなるよな。あたしは諦め半分で話すことにした。


「あんた、結構なお人よしだよね」


 直球で勝負してみた。すると、やはり泉は顔をしかめた。


「……どういうことですか?」

「だから、怒らないでって言ったでしょ」

「怒ってませんよ。いいから続けてください」


 口を挟んできたのはあんたでしょ。あたしはため息を一つついて、話し始める。


「さっき、成瀬は嫌いだけど、成瀬の案には賛成しているって言ったよね?それって、お人よしである成瀬と同じ考えってことでしょ?」

「…………」

「それに、あたしに対してもそうだった。他人に興味ない振りしているけど、あんたもかなりお人よしだよ。自覚ある?それとも隠しているつもり?」


 ちょっとばかしからかったような口調になってしまった。それに対して、泉は頬を膨らませて拗ね顔。大人っぽい立ち振る舞いをしているけど、まだまだ子供だな。


「別に誰かのために行動しているつもりはないわ。ただ私は自分のために行動しているの。例えそれが他人のための行動になっていたとしても、私の意志じゃないわ」


 あー、実に言い訳っぽいセリフだな。ま、そういうことにしておいてあげよう。それにしても、


「……なんですか、その顔は」


 あたしはまたしても笑ってしまった。


「何か言いたそうね。いいから言って」

「泉って、どことなく成瀬に似ているよね」

「っ!」


 あたしが言うと、泉は唐突に立ち上がって、荷物をまとめると、足早に立ち去ってしまった。最後に、思い切り睨まれてしまった。あたしはいつも一言多い気がするな。完全に怒らせてしまったようだ。本音は隠すもんだよね。


「まー、結構聞けたし、とりあえずいいか」


 フォローもしなくてはいけないけど、そんなに急ぐ必要ないだろう。目的は達成したし。


 さて、泉はなんと言っていたかな。成瀬への印象を変えずに、動機を考えてみろ、か。その後にも何か意味深なことを言っていたな。意味は後で考えよう。





 放課後になっても、あたしはバンドの練習に行かずにいた。泉からはなかなか有益な話を聞くことが出来たが、まだ足りない。成瀬対策としては、もう何手かほしい。というわけで、ある人物に話を聞くために、動き出していた。昼に続いて、どんな人間かあまり知らないけど、あまりじっとしているタイプではないと思う。早いとこ行かないと、どこか行ってしまう。気がする。急ぐとしよう。


「あの日向の社長令嬢に呼び出しを食らうとは、俺もなかなか出世したもんだな」


 呼び出した人物は、第一声でこんなことを言ってのけた。変なやつだとは思っていたが、未だにどんな人間なのか理解できない。


「あんたに聞きたいことがあるんだけど」

「いいよ。場所を変えさせてもらうぜ」


 昼休みに会った泉同様、あたしが言う前に場所を変えるよう進言してきた。ふざけてはいるが内心ではあたしが何について聞きたがっているか解っているようだ。


「それで聞きたいことって何?ちなみに彼女はいないけど」


 おそらくもうお解かりだろうけど、一応紹介しておこう。あたしが次のターゲットにしたのは、成瀬の腐れ縁、事実上一番長い付き合いという麻生だった。しかし、本当にふざけた野郎だな。正直成瀬とは対極にいるような人間だが、すでに十年来の関係らしい。二人の友情?は小学校に入学する前から続いているというのだ。人間関係ってやつは、本当に複雑だ。


「ふざけたこと言わないで、時間の無駄だから」

「そう?俺のほうは一向に構わないんだけど」


 こいつも厄介なやつだな。何が厄介って、意図的に軽いやつを演じているところだ。ただの間抜けとも、鈍感とも思えない。意図的に不真面目なやつを演じて、真剣な付き合いから距離を置いているんだ。ポーカーフェイスがポーカーに向いていることは周知の事実だが、実は意外にこういうやつもポーカーが強かったりする。


「あたしが聞きたいのは事件のこと」

「ですよねー」

「あんたも事実を知っているんでしょ?これ以上動き回るのも成瀬の相手をするのも面倒だから、あたしにさくっと教えてくれない?」


 麻生はいやな感じでにやっと笑い、


「そっちだって解ってるんでしょ?俺がここで事実を教えちゃったら、無意味になっちゃうことを。これじゃただの出来レース。八百長もいいところじゃない」


 麻生の言うことはもっともだ。ここで事実を話すのだったら、最初からTCCが事件を解決すれば済む話。わざわざ他人に手柄を譲る必要などないのだ。だからあたしは話しの矛先を変えることにする。


「あんたの言うことはもっともだけど、知っているでしょ?成瀬の噂。このままだと、成瀬は闇討ちの対象になっちゃうよ」

「かもな。成瀬も、そのくらいの想定はしていると思うぜ」

「いいの?それで」


 泉同様、こいつも成瀬のことなど、そこらへんの小石程度にしか考えていないのかと思ったが、


「そりゃ困る」


 さすがに十年来の友情は、そんな安いものではなかったようだ。なら、何故?


「でしょ?あたしに協力してくれれば、最悪のケースは免れるよ」


 成瀬が何を考えているのか知らないけど、時間の経過とともにみんなのボルテージは確実に高まっていた。事件解決まで待ってくれるとは限らない、予断を許さない状況になりつつあるのだ。


「それはそうなんだが……。うーむ……」


 あたしの思いが伝わったのか、定かではないが、麻生は激しく悩み始めた。


「あんた、成瀬がひどい目にあってもいいの?何を悩んでいるの」


 あたしはここがポイントだと睨み、麻生に詰め寄った。すると、予想外の言葉が返ってきた。


「いや、ここで俺が事実を話しちゃうと、成瀬の信頼を裏切ることになるなー、って」


 成瀬の信頼だと?そんなことを気にしていたのか?こいつ、成瀬にそこまでお熱だったのか。何というか、意外だな。ま、麻生の心情は置いといて、成瀬のほうはこいつを信頼しているような雰囲気はなかったように思うが。しかし、ここでそんなことを言っては、せっかく後一押しというところまで来ているのだ。何とか懐柔しなくては。


「それならあたしに脅された、ってことにすればいいよ。それならあんたの評価も下がらないでしょ」

 自身を犠牲にして、いいやつを演じてみた、いい作戦だと思ったが、麻生から返ってきたのは、


「は?」


 という間抜けな声だった。は?何か間違ったか?いい作戦だと思ったのだが。あたしも間抜けな声を出しそうになったのだが、何かに気付いたらしい麻生が声を発した。


「あー、違う違う。俺が言ったのは、あんたに対する信頼だよ」

「あたしに対する信頼?」


 またしても予想外の言葉が返ってきて、あたしは思わず鸚鵡返しをしてしまった。どういう意味?


「成瀬は協力しないと言いつつ、それなりに情報をくれただろ?それはあんたなら一番良い方法で解決してくれると信じているからだよ」 麻生の言いたいことは解る。確かに、成瀬から多くの情報をもらっている。しかし、


「あたしは信頼されるようなことしてないけど」

「そんなことないぜ。あいつは全く心配してなかった」


 心配していない、ね。そんなことを言われると、逆にプレッシャーになるから、教えてもらいたくなかった。


「ねえ。何でもいいから、ヒントくれない?」


 急に下手になったあたしに、麻生はさぞ面白そうに笑顔を深めた。嫌な感じだ。言っておくが、あたしは成瀬の信頼に答えるためになりふり構わず動こうと思ったわけじゃないぞ。断固違うぞ。


「ヒント、ねえ。あえて言うなら、成瀬の言った言葉をよく思い出してみな。事件以外の話の中にも、いくつかヒントがあると思うぜ。言外にもな」


 難しいことを言うな。ヒントが曖昧すぎるんだよ。この麻生といい、泉といい。


「ありがと。参考にするよ」


 本当はもっと詳しく聞きたかったけど、これ以上こいつの前に入るのは気が引けた。あたしは顔を赤くしていないだろうか。麻生にからかわれるなんて、勘弁してもらいたい。


「あともう一つ」


 あたしがこの場を去ろうとしたとき、麻生が声をかけてきた。


「あの紙が部室にないのは間違いないよ。動機も重要だけど、紙がなくなったトリックに関しても考えておかないと、犯人を追い詰められないぞ」



 泉もそうだったけど、こっちが去ろうとすると引き止めてくる。事実は教えてくれないけど、事件の解決にはかなり協力的だ。成瀬もそうだが、この二人に関しても、一体何を考えているのか不明だな。


「大丈夫。それに関しては、もう目処が立っているから」


 あたしが振り返って言うと、麻生は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものにやけ面に戻り、


「さすがだな。成瀬が信頼しているだけのことはある」


 そう何度も言うな。重荷になるだろう。あたしはすぐさまきびすを返すと、足早にこの場から立ち去った。

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