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Part.18 side-N

 10月8日(火)


 火曜日。今日は文化祭の準備の日なので、一度図書室に行って資料を借りて教室に戻ってきた。今日の相方は確か、戸塚だったな。あいつとは会話が成り立たないため、あまりしゃべりたくないのだが、まあ仕方あるまい。消極的な気持ちを抱いていたのだが、予想はいいほうに裏切られた。


 教室には戸塚がいた。それともう一人、戸塚のスポークスマン三原がいた。三原は長谷川と作業の予定だったと思うのだが。俺は二人の要るところに近づいた。すると、なぜか立ち上がる戸塚。


「お、お疲れ様です!」


 意味が解らない。俺はあんたの上司でも何でもないぞ。イスから立ち上がらなくても、別に怒ったりしないし、それ以前に挨拶もいらない。こいつは俺のことをどう思っているんだろうか。


 隣にいる三原を見ると苦笑している。こいつは何となく理解しているみたいだ。さすが通訳。


「今日長谷川君は用事があるらしくて、先に帰っちゃったの。だからご一緒させてもらってもいいかな?」


 あいつはサボりか。ま、俺も金曜抜けさせてもらった身だから何も言えないし、これはこれで願ったり叶ったりな状況だ。


「どうぞ」


 むしろ助かる、と付け足したかったが、さすがに悪いので自重しておいた。


 それから作業を始めたわけなのだが、先週は長谷川と作業したときとは打って変わって、ずいぶんはかどった。別に無言で作業に没頭していたわけではない。いくつか言葉を交わしていたのだが、それでも十分ノルマをこなすことが出来た。


「もうこんな時間。そろそろ帰りますか?」



 三原の提案に、俺と戸塚は即座に頷きを返し、そのまま三人で下校することになった。


「そういえば、長谷川は何で帰ったんだ?理由は?」

「あー、何か部活で重要な話し合いがあるとか、言っていたかな」


 部活関係か。俺と作業したときの様子から、単なるサボりかと思ったが、真実はどうなんだろうな。


「何か部活で問題があるんだって。部員同士で仲たがいがあったみたい」


 その話か。あいつ、誰にでも話すんだな。ますます理解できない。


「文化祭関係で、考え方が食い違っている連中がいるとか、言っていたな」

「そう。その人たちが場所だけ貸してほしい、って言ってきて、そのことについて話し合うみたい」


 邪険に扱ったと言っていたが、それでももう一度話し合いを開催するのか。その部員とやらがずいぶん大切みたいだな。


「何だ、成瀬君も相談受けていたの?」

「あいつが勝手に話してきただけだ。俺は右耳から左耳だったんだがな」

「でもしっかり聞いているじゃん。じゃあ私たちの出番はないかな」


 は?何でそうなるんだよ。


「俺は真面目に考えてやるつもりないぞ」

「まあまあ、そう言わないで。長谷川君結構深刻そうだったし、このままだとこっちの作業全く手につかないかもよ」


 だからなんだ。あいつの相談に乗って俺が走り回るくらいなら、俺は星座の本とにらめっこしているほうがずっとましだ。


「もしかしたら、長谷川君。その中の誰かが好きなのかもしれないでしょ。三人全員が女子らしいよ、その人たち」


 俺がもっとも興味のないことだな。長谷川が誰を好きだろうと、誰に振られようと、一切関係ない。しかし、


「全員女子か」


 心当たりがない事もないな。場所を探して軽音部に戻ってきた。しかし、長谷川に追い返され、あっさり退いた。でもってまだバンドを諦めていないとしたら、新たな場所を見つけた可能性が高い。となると、俺の予想が確実なものになっていく。


「そうだよ、全員女の子。もしかして、興味出てきたの?」

「邪推するな。聞くが、そいつら三人だけでバンド組むのか?」

「ううん。外部でメンバー募集して、有志で参加しようとしているみたい」


 ますます確実になってきたな。日向と岩崎が、誰かに誘われて有志でバンドをやると言っていた。例の会議のとき、やたら噛み付いてきた女子がいたな。あいつは確か日向と同じグループだったと思う。名前は何と言っていたかな。


「その中に、なつみ、って名前のやついる?」

「うん、いるよ。おさないなつみさん。小さい山の内で小山内。七つの海で七海」


 すごい名前だな。小さい山の中なのに、七つの海か。どういう意味だろう。


 とにかく繋がったな。そういえば、長谷川がメンバーの一人にものすごい勢いで怒鳴られたとか言っていたが、察するに日向か。知り合いになりたくない、と思っていたが、すでに知り合いだったか。それにしてもすごい偶然だな。しかも珍しいことに、俺にとって悪くない偶然だ。


「長谷川の悩みの件だが、」

「うん。やる気出てきた?」

「ま、おぼろげにな」


 適当にやれば十分だな。情報が集まって、ある程度手段が決まれば、あとは全部日向にぶん投げてしまえばいいのだ。暇つぶし程度に頑張ればいい。ま、あまり暇じゃないんだが。


「そういえば、成瀬君のほうは大丈夫なの?」

「は?」


 俺のほう?大丈夫とは何だ。ずいぶん漠然とした話だな。しかも話題の転換が急すぎて、全くついていけない。


「大丈夫って、何が?」

「私も噂で聞いただけなんだけど、」


 また噂か。みんな噂に振り回されすぎだろう。俺は確かでない情報に一喜一憂する連中の心理が全く理解できないのだが。


「どんな噂だ?」

「えーっと、あまりよくない噂かな」


 すると、あれか。昨日日向が言っていたやつで間違いないだろう。そんなにひどい噂が流れているのか。当人の俺は全く意識する機会がないのだが。ま、自業自得だな。噂を否定してくれる知り合いがいないから、きっとどんどん拡大解釈されていって、ひどい噂になってしまったのだ。


「どんな噂か知らないが、たぶん本当のことだと思うぞ」

「そ、そうなの?」

「全部?」


 いきなり激しいリアクションを取る三原と、いきなり食いついてくる戸塚。そんなにひどい噂なのか。少し興味があるな。


「全部ではないと思うが、例えばどんな噂が流れているんだ?」

「文化祭を壊そうとしているとか」


 そりゃどういう噂だ?ステージのことか。あー、俺がわざと権利書をなくしたと思われているのか。みんな発想力が豊かだな。


「岩崎さんを追い出して、TCCを乗っ取ったとか」


 何だそりゃ。何で俺がTCCを乗っ取らなきゃいけないんだ。どこからそんな噂が発生するんだ。TCCなんか乗っ取ってどうするんだ。噂を流したやつの頭の中を見てみたいね。


「それが原因で岩崎さんと破局したとか」

「誰が言っているんだ、そんなこと」


 これに関しては思わず突っ込んでしまった。


「あ、これは違うんだ」


 違うといえば、全部違うんだが。他の噂に関しては好きにしてくれていいが、こいつに関しては一言言っておかないと気がすまない。というか、あとで大変なことになる気がする。


「まず前提から間違っている。そもそもあいつとは付き合っていない。別れる以前の問題だ」

「つ、付き合ってなかったの?」

「つ、付き合ってなかったんですか?」


 そこが一番驚くことなのか?そこに驚きだよ。クラスメートからそんな風に見られていたのか。恐ろしい世の中だな。


「とりあえず文化祭を真面目にやっている連中からしたら、恨まれても仕方ないことをやっているのは確かだな。事実だし自覚している」

「自覚しているのに、止めようとは思わないの?」


 いい質問だな。すべてが終わっていない今、あまり言いたくないことだが、こいつらは無関係だし、口止めすれば言いだけの話だ。ま、言っていい範囲まで教えてやろうか。


「必要なことだから」


 言うつもりだったが、言ったのは俺ではなかった。今のセリフを言ったのは、意外なことに戸塚だった。


「そうなの?」


 戸塚の発言に対して、三原が俺に問い質す。


「あぁ、まあ少なくとも俺にとってはな」


 しかし、戸塚に言われるとは思っても見なかったね。


「よく解っているね。さすがだよ」


 若干からかうような口調の三原に対して、戸塚はあくまで真面目に、


「だって、成瀬君が理由もなしにひどいことするはずないもん」


 小さい声だったが、はっきり言い切った。


「そうだね」


 優しく微笑み、三原も同調した。俺は唖然。こいつら、何を思ってこんなこと真面目に言っているのだろうか。


「何を勘違いしているのか解らないが、俺はそんなに優しい人間じゃないぞ。俺は結構あくどいことをやった。これは間違いないんだ」

「でも必要なことだったんでしょ」

「もっと誰にも不快な思いをさせないような方法もあった。だが、俺はそっちを選ばなかったんだ。この時点であんたらの言うようないいやつじゃない」

「そんなことない」


 またしても言い切った戸塚。さっきから根拠がないぞ。と思ったら、


「うん。そうだよ。だって、成瀬君が本当に悪い人なら、誰も好きにならないでしょ」


 戸塚に変わって、三原が根拠らしいことを言った。根拠になっているかどうかは別だが。


「俺が誰に好かれているって?」


 俺の質問に対して、三原は微笑んで戸塚を見た。俺は釣られて、戸塚を見る。その戸塚はというと、


「え?え?」


 俺と三原、二人に見つめられて挙動をおかしくしただけで、何も口にしなかった。何なんだ、一体。俺が困惑して眉をしかめていると、三原はおかしそうに笑い、


「成瀬君が本当に悪い人なら、成瀬君の周りに誰も集まらないよ。集まったとしても、悪い人ばかり。今、成瀬君の周りにいるのは、いい人?それとも悪い人?」


 言われて考えた。いいやつ、と言い切ることはできないが、悪いやつは誰もいないな。


「そういうことだよ」


 どういうことだよ。というか、俺の心を勝手に読むな。


 俺一人が理解できないまま、話題は文化祭の話へとシフトチェンジしてしまい、結局そのままそれぞれの帰路に着くことになった。


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