Part.15 side-Y
岩崎さんの行動に心を和ませて、三十分後あたしたちは部室に戻ったのだが、事態は主にマイナス方向にしか進展していなかった。
「権利書が消えた?」
そういうことらしい。
「どういうこと?」
「そのままだ。先ほど全員に見せたアレがなくなってしまったんだ」
成瀬の説明によると、部室の中央に位置している長机の上に、無造作に置いといたのだが、そこに書類の姿はなくなっていたらしい。三人で部室中を探したのだが、結局見つからなかったようだ。
「それって、もしかして盗難ってこと?」
「おそらくそうだろうな」 おそらくそうだろうな、じゃないよ!
「アレがないと新設ステージを使用する権利がもらえないんでしょ?どうすんのよ!」
あたしは怒鳴ったのだが、成瀬はいつもどおり冷静な反応を見せる。
「どうするもこうするも、探すしかないだろう」
どこまでも冷静なやつ。冷静すぎると、ただの無関心に見えるぞ。
当然のごとく、TCC以外のみんなは先ほど以上に混乱してしまっている。
「みんな落ち着いて。細かいことは後にして、今はみんなで探そう」
あたしが呼びかけると、内心の動揺は置いといて、とりあえずみんな頷いて動き始めた。こういうことをやるのは初めてだが、誰かが先導しないと機能しない。今は敵対している場合じゃないんだ。みんなで力を合わせないと、烏合の衆になってしまう。
みんな一心不乱に探し始め、TCCも一緒に動いているのだが、成瀬にはどうにもやる気が感じられない。
「これで見つからなかった場合、どうなるの?」
隣で作業していた七海がぼそりと呟いた。
「そりゃ、権利の移動が認められないから、TCCのままなんじゃないの?」
「え?それじゃああたしたちは?」
それが問題だから、あたしたちはこうして部室荒らしみたいなマネをしているんじゃない。解っていないようだから、一応言っておくけど、状況は最悪だね。
探すこと三十分。結局見つけることはできなかった。
「気は済んだか?」
一体いつからそうしていたのか、成瀬はイスに腰掛けていた。おいおい、空気読めないにもほどがあるだろう。言葉も態度もおかしいことに気付け。
「あんたねえ!少しは責任とか感じないわけ?」
声を荒らげる七海。他の代表者たちも爆発寸前だった。
「聞くが、あんたたちは物が盗まれたとき、責任感じるのか?」
「そういう問題じゃないでしょ!その態度が気に入らないって言っているの!あんたもみんなと一緒に探しなさいよ」
「何度も言わせるな。この部室にはない。あんたたちより前に探しているんだ」
これでは収拾がつかないな。このまま成瀬にしゃべらせてはいけない。いろいろなことが問題になってしまうだろう。あたしは大分危機感を覚えていたのだが、成瀬は全く気にしていないようで、
「そういうあんたたちはどうなんだ?」
七海の激しい詰問にも動じず、言葉を続ける。
「それって、どういうこと?」
「実はあんたたちの誰かが持っているんじゃないか、と聞いているんだ?」
「はぁ?あたしたちが盗んだって言うの?」
「その可能性がある、と言っているんだ。何せ、あんたたちには立派な動機があるからな」
成瀬の言葉に、全員が一気にヒートアップした。そして、一番近くでその言葉を聞いた七海が一番最初に動いた。
パァン!
七海の平手打ちが成瀬の頬を捉え、実にいい音を響かせた。
「あんたのミスでしょ!実害被るのはあたしたちなのよ!謝罪もしないし、悪びれもしない。あげくあたしたちのせいにして、盗人呼ばわり?いい加減にしてよ!」
七海の迫力は尋常じゃなかった。近くにいたあたしが止めるべきだったのだが、さすがのあたしも軽々しく近づけるような状態じゃなかった。
「今謝罪してどんな意味がある。あんたたちの実害に変化はないだろう。俺の発言のほうがよっぽど有意義なものだと思うね」
この期に及んで、冷静どころかむしろ冷え切った反応を見せる成瀬。
「態度の問題よ!謝らなくていいから、もう一発殴らせろ!」
状況がどうだとか言っている場合じゃない。今度は止めないと。
「待って、七海」
あたしは間に入り、七海を落ち着ける。
「ゆかり。あいつの肩持つつもり?」
「そんなつもりはないけど、ここで暴れても無意味だよ。みんなも混乱しているし、これ以上やると事件が解決できなくなる。だから少し落ち着いて」
あたしは七海を連れて、岩崎さんの元に向かった。少し一緒にいてあげて。
あたしは再び成瀬に近づいて、話しかける。
「あんた今の状況解っているの?四面楚歌だよ」
あたしとしては忠告のつもりだった。しかし、成瀬には届かなかった。
「あんたこそ解っているのか?現状で、誰が一番怪しい?ここにいる全員だろ?」
そのとおりだ。あたしたち三人は部室棟の昇降口の前にいた。出入り口は一つ。今の三十分間で部室棟に出入りしたのは、ここにいる全員だけ。ここにいる人以外部室棟に出入りしていないのだ。つまり、
「怪しいのはあんたたちも、ってことだよね?」
というか、一番簡単に犯行を行えるのは、成瀬たちだ。何せ、みんなが出て行った三十分間、成瀬たちはずっと部室にいたのだ。隠そうと思えば、どこにでも隠せる。部室棟の中ならどこにでも。加えて、
「あんたが今も隠し持っているんじゃないの?」
あたしたちが探したのは部室の中だけだ。かばんや制服までは調べていない。もし、持っていたなら、確実に犯人だ。
「一体何のために、俺がそんなことをしなければならない」
「動機はあとで聞くよ。とりあえず、手荷物検査をしない?」
成瀬の表情に変化は見られない。ここで妙な拒絶を見せれば、解りやすいのだが、
「これで持っていなかったら、容疑者から外してくれるのか?」
さすがといったところか。一筋縄ではいかないな。
「今のところね」
ということで、男女に分かれて手荷物検査を実施した。男子全員もしくは女子全員がグルだった場合、どうにもならないのだが、まあ一応信じていいだろう。結局例の紙は出てこなかった。
「屈辱的だわ」
顔を赤くして、呟く姫こと泉沙織。それはみんな一緒だ。こんなことをしたのも、されたのも初めてだ。それで、これからどうすればいいのだろうか。
「あんた、実際どう考えているわけ?」
あたしは成瀬に問いかけた。こいつは中々鋭い洞察力を持っている。それに、あたしの知っている成瀬は、自分に無関係だからと言って、他人を簡単に見捨てたりはしない。今回の件だって、表面上は興味なさそうだが、実は真面目に考えているはず。そう思ったのだが、
「知らないな。興味もない。そもそも俺はこの企画に協力的じゃないんだ。どうなったとしても、構わない」
それが真意なのかと、眉をしかめざるを得なかった。さらに、
「この件の捜査は全てあんたたちがやってくれないか?俺は別件で忙しいし、正直これ以上付き合いたくないんだ」
「ちょっと!いい加減にしなさいよ!どれだけ無責任なことを言えば気が済むの?あの紙がなくなったのは、あんたの責任でしょ?あんたが自分で探しなさいよ」
正論はどこまでも七海のほう。成瀬の言い分は、まかり通るはずがない。しかし、
「じゃあ、それを条件にしよう」
成瀬には立場という絶対的な強さがあった。
「紙を見つけたり犯人を突き止めたりした団体に、新設ステージの使用を認める」
この男、本当に成瀬か?あたしはこんな男に何を期待していたんだ?そう考えても仕方がないだろう。自分にも過失があるだろうに、全てを放り出し、ステージを餌に、誰も逆らえないようにするなんて、最低の行動と言えるだろう。
その場は完全に静まり返り、異質な空気を保ったまま解散となった。
「あいつ、最低の人間だな。マジでムカつくー!」
帰り道、七海の荒れようは半端ではなかった。それも仕方ないと言えるかもしれない。さすがにあたしも頭に来た。あたしが知っている成瀬はあんな男ではなかった。印象を改めなければいけないかもしれない。
「ゆかり、絶対犯人見つけようね。あいつが犯人だと最高なんだけど」
その可能性は、今のところかなり低いだろうな。面倒臭がりのあいつが、こんな面倒なことをするとしたら、それなりの動機が必要だ。現状では、成瀬がこんなことをする理由がない。それにしても、
「………………」
釈然としない。あそこまでやる必要があったのか?全員を挑発し、自分の無責任さを散々アピールした。代表者たちは、確実に成瀬に対して敵意を持っただろう。ここにいる七海がいい例だ。あんなことを言えば、敵意を持たれることは解るはずだ。成瀬ほど頭の回るやつが、無難に乗り越えられないはずがない。すると、あえて挑発したということになる。しかし、一体何のために?
うーん、さっぱり解らないな。どっちにしろ動機が解らないと、考えようがないな。
「岩崎さんは、どう思う?」
成瀬のことなら、この人に聞くべきだろう。少なくとも聞いて損はない。それに、もしかしたら何か知っているかもしれない。
「え?わ、私は、まだ考え中です……」
…………。明らかに何か含んだ答えだった。その何か、が解らないのだが。
「そっか」
とりあえずこの事件の鍵を握っているのは、成瀬で間違いないだろう。おそらく麻生と泉紗織も知っていると考えていいはず。岩崎さんは微妙だが、とにかく捜査はTCCを中心に進めていこう。