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Part.13 side-N

 10月4日(金)



 俺はうんざりしていた。今は放課後。場所は部室。今日はクラスの準備作業の日だったのだが、病むに病まれぬ事情のため勘弁してもらった。その事情についてだが、それは最初の言葉が直接関わっている。


 もう一度言うが、ここは部室である。最近はようやく居心地のいい空間になってきたのだが、今日に限っては、真逆の空間になっている。


「…………」


 目の前には十余人の男女。しかもすでに口論が始まりつつあった。まだ開始の宣言はしていないし、最終決定を下すのは俺なのだ。だから俺抜きでやっても、何の効力もないのだが、連中は理解しているのだろうか。 


 現在午後三時半。放課後になって間もないこの時刻になぜこれほどの人がいるのかと言うと、例の新設ステージの件について、今日選考が行われるからだ。


「どいつもこいつも興奮しすぎだろう。こんな状態でまともに話し合いなんかできるのかよ」

「まあそれだけやる気があると言うことだと思うのだけど、これじゃまともな話し合いは期待できないでしょうね」


 麻生と姫も、心なしかうんざりしている様子。かく言う俺はすでに軽い鬱状態に入っている。


「文化祭まであと二週間だ。みんなここまで努力してきたんだと思うと、誰かを落とすなんてしたくないよな」

「でもこの様子じゃ、全員当選させるとかえって悪化させるような気もするわね」


 二人の言い分はもっともだ。ここで誰かを落とすと、これまでそいつらがしてきた努力が無駄になる。しかし、現状を見る限り、みんな仲良く、なんてことは無理だと思う。口論のような討論の内容に耳を傾けると、それは他の団体に対する批判の言葉だ。それも根拠のない悪口のような批判ばかり。


『お遊戯会みたいなことをやっている人たちに舞台を与える必要はない』

『どうせその場のノリだけでやろうと決めたんでしょ』

『あんな下手くそな連中を舞台に上げるから、文化祭の質が下がるんだ』


 すでにこんな状態だ。さっさと始めて、ささっと終わらせたいのだが、まだ全組揃っていないので、始めることはできない。時間が来ているなら、揃っていなくとも始めることが出来るのだが、まだ時間が来ていないのだ。時計の針の進行がやたら遅く感じるね。時間の相対性について、まざまざと感じさせられていた。


 誰が悪いのかと考えてみると、やはり目の前で臨戦体勢に入っているこいつら全員だろう。ただでさえ手狭になっているんだ。少し静かにしてもらいたいね。


「成瀬、あたしやっぱ帰ったほうがいいのかな」


 話しかけてきたのは、俺の隣で小さくなっている真嶋だ。何でも、岩崎に用があるらしく、放課後になった瞬間教室から消えた岩崎を待っているのだ。


「あたし、時間あるし、探してみるよ」

「放課後ここに来ると言っていた。わざわざ手間をかけることはないだろう」

「でもあたし無関係だし、何か邪魔っぽいし……」


 ほら見ろ。連中がやたらやかましいせいで、真嶋が妙に気を遣ってしまっているじゃないか。用があってここにいるんだし、遠慮なんてする必要ないのに、連中がやかましくしているから居場所をなくしてしまっている。


「いいからここにいろ。あんたも立派にここの客人なんだ。俺の隣で堂々としていればいい」


 だいたい、もともとこんな催し物はなかったんだ。連中は選考される側だ。俺たちが面接なり何なりで、勝手に選考すればOKだったはず。強制的に会議なんて取り付けやがって、一層面倒になったじゃないか。横山のやろう、相変わらず俺に迷惑をかけやがる。何で新設ステージだけ会議で選考しなきゃいけないんだよ。理由を教えてもらいたいね。


 俺はもう何度目か解らないため息をついた。


「うん、解った。ありがと……」


 安心した声を上げる真嶋。感謝されることなど何一つしていないのだが、それほど居心地の悪さを感じていたのかもしれない。


「それにしても、本当にすごい熱気だね。みんなのやる気が伝わってくるよ」


 確かにやる気は伝わってくる。しかし、そのやる気の方向が間違っている。


「それで、成瀬。どうやって選考するんだ?」

「さあな」


 選考方法どころか、まだ何組合格にするかも決めていない。このステージが使われるのが、二日間行われる文化祭の一日目だけ。午前中二時間、午後三時間の計五時間だ。選考に進んでいるのは、全部で十二組。全組通したとして、持ち時間は一組二十五分か。交代や準備の時間も考慮すると、だいたい二十分くらいか。俺には多いのか少ないのか解らないな。


「私たちの考えに反論した人たちみーんな退場してもらえばいいんじゃないかしら」


 姫が暴論を口にしたとき、部室のドアがノックされた。


「どーぞ」


 麻生の返事に対して、入ってきたのは、


「あれ?もう始まってんの?」


 ここの来るはずのない人物だった。


「まだ始まっていないぞ。前説もしていない」

「ふーん。それにしてはもうずいぶん温まっているみたいだけど」


 入ってきたのは、日向コンツェルングループのお嬢様、日向ゆかりだった。


「どうしてあんたがここにいるんだ?」


 俺の認識では、有志だろうと何だろうと、パフォーマンスに参加するような人間ではなかったのだが。


「あたし、バンド組んで参加するんだ」


 後ろからもう一人女子が入ってきていた。


「ゆかりっち。あたしも参戦してくるから!」

「頑張って。七海」


 代表らしいその女子は、戦火の中に飛び込んでいった。


「それにしても、あんたがバンドね」

「何よ、悪い?」


 言うと、日向は俺の隣、真嶋の逆側に座った。


「悪くはないが、かなり意外だな。あんたはそういうことに興味ないと思っていた」


 俺がそう言うと、日向は一瞬目を見開いてから、さも面白そうに微笑して見せた。


「ま、なかったけどね。熱心に勧誘されたんだ。割と楽しくやっているよ」


 そうなんだろうな。嫌なことを黙々とこなすほど、大人しい性格には思えないからな。俺がそんなことを考えていると、笑顔だった日向は、一瞬で不機嫌な表情になった。


「あんた、今失礼なこと考えたでしょ」

「…………」


 女ってやつは、どいつもこいつも読心術を使うらしい。


「別に。相変わらずだな、と思っただけだ」

「何よ、それ。ま、いいけど」


 釈然としない様子で、背もたれに寄りかかると優雅に足を組んだ。


「あー、そういえば、後で岩崎さんも来るよ」


 それは本人から聞いていたことだが、


「何であんたが知っているんだ?」


 聞くと、


「岩崎さんも一緒にバンドやっているから」


 とかなり意外な言葉が返ってきた。


「え?」

「へえ」


 聞いていたらしい姫と麻生がそれぞれ声を上げる。


「あれ?聞いていなかったの?」

「聞いていないな」


 というより、最近まともに口を利いていない。どうにも不機嫌みたいだからな、あまり触れないようにしていたんだ。しかし、今回は不機嫌な状態が長いな。いつもならそろそろ機嫌を直していてもいいのだが。


「あのやろう。まだ何か企んでいるのか?」

「成瀬が謝れば一件落着なんじゃないの?」

「何で俺が謝らなければならない」


 今回はあいつが悪いだろう。麻生も姫も反対しているんだ。なのに、勝手に動いて、ステージなんて

ものを作る約束を取り付けてきやがって。毎回後始末をしなければならない俺に身にもなってみろというんだ。


「俺が謝る理由がない」

「ま、確かにね」


 どうやらこいつは事情を知っているらしい。知っている上でこんなことを言っているのかといぶかしんでいると、


「でも岩崎さんからは、中々謝らないと思うよ」


 そんな理由かよ。


「だったらなおさら謝るわけにはいかないな。つまりあいつも自分が悪いと自覚していると言うことだろう」

「まあね」


 だと思った。全く、どこまで迷惑をかければ気が済むのだろうか。おそらく俺が何を言っても、状況は変わらないだろう。こういうときは第三者の介入が最良の手段なのだ。


「あんたからも、」


 と言いかけて、言葉が続かなかったのには理由がある。


「あんたからも、何よ」


 疑問符を点滅させる日向とは逆側に首を巡らせる。


「…………」


 そこには足元をにらめつけながら俺の右手の制服を握り締めている真嶋がいた。


「おい」


 俺が声をかけると、ちらっと俺の顔を見て、また自分の足元に視線を戻した。気のせいか、ほのかに頬が紅潮して見える。何なんだ、こいつは。ワケの解らないことばかりしやがって。解るように説明してもらいたいね。


 俺が再び声をかけるべく、口を開こうとしたとき、


「ふーん……」


 となぜか日向が納得の声を上げた。


「は?」


 何でお前が納得しているんだよ、と聞こうとした直後、


「あたしにも構ってよ、か……」


 今度は声も出せなかった。俺が声を出す前に、真嶋がものすごい反応を見せたからだ。首が取れるのではないかと思うほど、すごい勢いで首をひねり、真嶋が日向のほうを見た。先ほどよりもはっきりと解るほど、顔を赤くしている。


「…………」

「…………」


 睨み付けるような表情になっている真嶋。やってしまった、といった感じで苦笑する日向。一体何なんだ?さっぱり解らない。解るのは、とにかく空気がよくないということだ。誰かこの状況をどうにかしてくれ。


 するとタイミングよく、ドアが開かれた。


「遅くなりました」


 入ってきたのは岩崎だった。


「来たぞ」


 俺は恐る恐るといった感じで真嶋に声をかける。


「わ、解っているわよ!」


 勢いよく立ち上がると、かばんから何らかのファイル(おそらく文化祭関係の資料)をひったくるように取り出すと、逃げるように岩崎の元に向かった。妙な空気から解放され、ほっと一息ついていると、


「あたし結構知らないところで敵を作っているかも……」


 隣で日向がひとりごちた。敵と呼ぶからにはそれなりに対立した過去があるのかと思い、


「真嶋と仲悪いのか?」


 と聞くと、


「いーや、今初めてしゃべった」

「本当か?」


 しゃべったと呼ぶに値するのか解らないが、初めてなのにあんな険悪なムードを作っていたのか?にわかに信じられない事実だな。といぶかしんでいると、鋭い視線をこちらに向けて、


「あんたのせいだよ」


 と理不尽な怒りをぶつけられた。納得いかない。


 日向はしばらく俺のことを睨みつけていたのだが、はぁと大きなため息をついて、


「それで、話し合いはまだ始まらないの?」


 全く参加意欲のなさそうな感じで呟いた。


「まだ一組来ていないんだ」


 時間が過ぎているなら放っておいても始めてしまってもいいのだが、まだ集合時間になっていない。さすがにそういうわけにはいかないだろう。しかし、本当にやかましい連中だな。こうして隣に座っているのに、少し声を張らないと会話できない。


「それにしても、」


 俺同様、喧々囂々の口論らしき討論をしている連中に目を向け、


「みんな仲良く出来ないのかね。頑張っているのはみんな同じなんだし、これだけアツくなれるってことは、それだけ思い入れが強いってことでしょ。選べと言われても無理じゃないかな」


 それを言わないでもらいたいね。その無理と思われる作業を、俺たちは今からやらなければいけないのだから。やれやれ。またしてもいらぬ恨みを買いそうだな。


 とは言え、考えることはみんな同じなんだな。姫も麻生も真嶋も、そして日向も。みんな、こいつらのやる気を感じている。しかし当事者は気付いていない。みんなで仲良く、ねえ。そんな夢物語が成立するとは思えないな。目の前の光景を見ていると、なおさらそう思えてくる。自分の考えを伝えようとすると、どうしても対立する考えを批判してしまうものだ。お互いにそんなことをしていたら仲良くなんて言葉は出てこない。世の中は弱肉強食であり、油断大敵なのだ。弱者を気遣う余裕を見せると、足元すくわれてしまう可能性が高まる。


「あんたが仲裁してくれないか?そうしてくれると、俺の苦労が半減するんだが」

「冗談。そんなことしたら、あたしに敵意が集中しちゃうじゃない」


 言い出したくせに汚れ役になるつもりはないようだ。ま、普通はそうだよな。自分から批判の矢面に立とうとするやつは、よほどの変わり者だろう。


「仕方ない。一応俺が仕切るとするか」

「当たり前でしょ。何責任逃れしようとしているのよ」


 そんなつもりはないのだが、やりたくないことを心ならずもやろうとしている俺を少しは労ってくれ。


 さて。どうやってこいつらを扱おうかと考えていると、ふと目が留まった。


 机の下に手帳が落ちていた。先ほど真嶋が座っていたところだから、おそらく真嶋のもので間違いないだろう。おそらく、かばんからファイルを取り出した時に、一緒に飛び出てしまったのだろう。


「あの手帳忘れそうだな」

「は?手帳?」


 返事をくれた日向に対して答えを返さなかった。その後岩崎との会談を終え、戻ってきた真嶋はかばんを持つと、日向をにらみつけただけで、案の定机の下に落ちていた手帳には気付かなかった。




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