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Part.12 side-Y

 10月1日(火)



 岩崎さんを加えたあたしたちは、初めての練習に繰り出していた。五人体制になって、少し難易度は上がったし、練習も一からスタートになってしまったけど、それでも充実していた。


「いいねぇ。やっぱりバンドは五人体制が一番だよ。岩崎さんの腕も申し分ないし」

「場所の問題も、今のところ何とかなりそうだし。そろそろ一曲通して練習してみる?」


 一度は折れかけた文化祭への思いも、復活している。あたしもやる気が出てきている。調子もいい。


「あの、私の演奏おかしくないですか?私合唱の演奏くらいしか経験がなくて、複数の人と演奏したことないので、まだ具合がよく解らないのですが。指揮者もいないですし」


 あたしのテンションが高い理由として、一番は岩崎さんが一緒にいることだ。今までこんなに長い時間一緒にいたことないし、これを機にもっと仲良くなれたら最高だな。


「全然問題ないよ。周りの音も聞けているし、初めてとは思えないくらいだよ。加えて、この気遣い。言葉遣いのきれいさ、見た目のかわいらしさ。噂以上だな」

「え?噂?えーっと、問題ないならよかったです。何か悪いところがありましたら、遠慮なく言って下さい。頑張りますので」

「健気だなぁ。あたし、健気な女の子ってすごく好きなんだよねぇ」


 さすがというべきか。昨日初めて話したらしいんだけど、それでも湊も真綾も岩崎さんのとりこになってしまっている。対人関係では、この人最強だよな。見た目、愛想、口調、性格、何をとってもマイナスになる要素がない。さらに真面目で努力家だし、気遣いの達人ときている。あたしはこの人のどこを嫌いになれるだろうか。いや、なれない。


 ま、あたしの場合は、第一印象あまりよくなかったけど。人の物を、遠慮なく投擲していたし。


 とにかくあたしたちのモチベーションはうなぎのぼりだった。ただ、問題はある。


「演奏に関しては、全く問題ないでしょ。当初の計画以上の人数と演奏レベルを確保できたし、モチベーションも上がってきた。あとは、場所の問題と、」

「七海だねぇ……」


 そう。七海だ。この集まりの中心的存在であり、ベースを務める七海が問題だ。


 例の一件以来、目に見えて元気がない。いつも必要以上に元気でうるさい彼女が沈んでいると、周りに与える影響が計り知れない。これはもう彼女だけの問題ではない。全体の成功を考えてもそうだし、それ以前にあんな七海を見ていたくない。


「七海」

「ん?何、ゆかりっち」


 部屋の隅で、水を飲んでいた七海が振り返る。その顔は間違いなく笑顔だったが、どう見ても楽しそうには見えない。空回りなのが目に見える。そういう姿は、周りから見るとかなり心が痛む。


「大丈夫?やっぱり少し休んだほうがいいんじゃないの?」

「大丈夫、大丈夫。岩崎さんが来て、テンション上がっているんだし。もっと頑張らないと!」


 無理をすればするほど、あたしは嬉しくないんだけど。ま、現状では七海自身がどうにかするしかないのだ。こういうとき周りが介入すると、最悪の場合悪化してしまうかもしれない。何とか吹っ切ってもらおう。


 そのためにも周りのあたしたちが暗くなっていてはいけない。無理矢理にでも盛り上げるとしよう。


「じゃあ最後に一曲通してやって、今日は終わりにしよう。で、夕飯食べに行こう」


 初めての通しだったが、ほぼ完璧に演奏することが出来た。あたしはここで再確認した。今回の文化祭で、何としても演奏したい、と。




「それで、新設ステージの選考はどんな具合でやるの?」


 あたしたちは、あたしの家の近所のレストランに来ていた。


「正直詳しいことは知りません。乗っ取られてしまったので。ですがおそらく最初は書類選考である程度数を絞ったら、そのあとに話し合いになると思います」


 乗っ取られたところを強調する岩崎さん。まだ怒っているのだろうか。


「話し合いって、あたしたちも参加できるの?」

「たぶんできると思いますよ。仕切っているのは成瀬さんだと思うので、そうなると思います」


 事実として知っているわけではないようだが、岩崎さんは断定した。さすが、成瀬のことよく解っているね。ま、本当にそうなるか解らないけど。


「もし話し合いに参加することになったら、作戦が必要だねぇ」

「そうだね。要するにプレゼンするってことでしょ?」


 しかも相手はあの成瀬だ。下手なことはできないな。どんなことをプレゼンに盛り込んでいけばいいんだろうか。ここはやはり岩崎さんにご意見を乞うのが一番だろう。


「どんなプレゼンにしたらいいと思う?」

「え?やる気が伝われば、何でもいいと思いますけど」


 え?それだけ?それって最低限でしょ。当たり前のことだと思うけど。ま、当たり前のことをやるのは重要だ。土台がなければどんなに立派な建物も、すぐに崩れてしまうのだから。


「やる気もそうだけど、実力も重要でしょ!文化祭を盛り上げなきゃいけないんだし、お遊びみたいなやつを舞台に上げたらそれこそ自己満足で終わっちゃうじゃん!」

「確かに。ただでさえ高校の文化祭なんて低く見られがちなんだし、実力も重要かも」


 そのとおりだな。でも実力を見せる機会がないだろう。なかなかないだろう。話し合いってことは会議ってことでしょ。基本は口頭だよね。レジュメくらいは用意してもいいかもしれないけど。


 それからしばらく話し合ったが、重要度が極めて高いためすぐにはいい案が飛び出してこなかった。このままでは何も決まらずに解散になってしまう。何でもいいから、何か一つでも決定したい。そこであたしは、


「それで、誰が行く?」


 と話を振ってみた。黙り込んで考えていたみんなだったが、あたしの問いかけに顔を上げた。


「うーん、やっぱり人前でうまく話が出来る人がいいかなぁ」


 真綾の発言に賛成。どんなにやる気があっても、プレゼンの場にみゆきが行ったところで、そのやる気を伝えることが出来ないだろう。ということで、ひとまずみゆきは除外。ま、もともとバンドメンバーじゃないからその選択肢はなかったけど。


「イメージがいいという意味で、私はゆかりんと岩崎さんを推したいと思います!」


 湊の発言には反対。


「それじゃ意図丸見えでしょ。それに成瀬はそんなことに乗ってくるような男じゃないよ。知り合いとか全く関係ないと思う」

「でも成瀬が相手なら、君たち二人しかいないと思うんだけど」


 こら!何を言おうとしている!この人の前で変なこと言うなよ。ややこしいことになるからな。


「だから関係ないって。それより中心メンバーである、あんたたち三人の中から一人は出たほうがいいと思うよ。あたしたちは誘われたほうなんだから、やる気云々の話になったら、自信ないし」


 ここまで一気に言って、岩崎さんを盗み見る。すると、あたしに同調してくれたようで、首を縦に振っていた。よかった。何も感づいたりしていないようだ。


「推していただいて申し訳ないのですが、私も日向さんの考えに賛成です。成瀬さんには直球勝負のほうが好印象だと思います。中心であるお三方が参加するほうがいいと思いますよ。それに、私は他にもいくつか参加している団体があるので、あまりこちらばかりに依存することが出来ません。なので、自分勝手だと思いますが……」


 全く自分勝手じゃない。それを言うなら、無理矢理巻き込んだあたしのほうが自分勝手だ。というより、何というかものすごく丁寧な言葉をいただいて、恐縮してしまう。申し訳ない、岩崎さん。


 湊も岩崎さんの神々しさに圧倒されたようで、言葉をなくしていた。


「ほら、岩崎さんもこう言っているし、覚悟決めてあんたたちが出なさい!」


 あたしはその勢いを借りて、畳み掛けた。


「あたしは参加してあげるから、一人か二人、参加しなさい」


 一応三人に言っているのだが、あたしは湊一人に視線を固定している。あんたしかいないよ。七海はあんな状態だし、真綾は熱っぽく語れるとは思えない。やる気を見せるなら、あんたなんだよ。舞台がほしいなら、覚悟を決めろ!


 あたしの圧力の甲斐あって、湊が折れそうになった。勝った!と思ったが、


「あたしが行くよ」


 その声は、予想と違う方向から聞こえてきた。


「え?七海?」

「大丈夫なの?」


 今までずっと黙っていた。先ほどの悲しい笑顔が見たくなかったから、そっとしておいたのだが、今再び会話に参加してきた七海の顔は、生き生きしていた。


「あたしがゆかりとみゆきを誘ったんだよ。あたしが行くべきでしょ」

「岩崎さんを誘ったのはあたしだけど……」


 そんなことはどうでもいいんだよ。確かに、七海が出てくれれば最高だった。このメンバーの中心は誰?と聞かれれば、あたしは即座に七海を指差す。しかし、それは元気だったときの話だ。


「もう立ち直ったの?」

「うん。ていうか、そもそもそんなに落ち込んでないよ」


 嘘をつけ。めちゃくちゃ落ち込んでいたじゃないか。でも、確かに立ち直ったように見える。


「大丈夫だって。あたしに任せて。絶対勝ち取って見せるから」


 言う七海からは、闘志を感じた。これなら大丈夫だろう。何をどうプレゼンするかは全く決まっていないが、七海がこの調子なら、問題ないような気がしてきた。


「じゃあ応募書類はあたしと湊で書くよ。絶対書類選考突破できるような、とてつもないやつを書くから。任せといて」

「いや、普通に真面目なやつを書いてくれ」


 と言いつつ、あたしは心配していなかった。七海が立ち直って、三人がいつもの調子に戻ったように見える。これでこそ軽音部三人組だ。こうなれば、負ける気がしなかった。


「一応言っとくけど、あたしたち一回選考落ちているんだからね。その辺踏まえて、改良してくれよ」

「任せてくれよ、ゆかりん。あたしがばっちり仕上げるからさ」


 本当に頼むよ。あたしは三人が落ち込んだ姿、二度と見たくないからさ。



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