Part.11 side-N
10月1日(火)
今日は文化祭準備の作業日だ。放課後またもや図書館から資料を借りてきた俺は、教室に戻ってきた。今日の相手は、
「あー、面倒だな。勉強やっているみたいで、すげえやる気出ない」
最初から作業を放棄しているこの男、軽音部の長谷川徹だった。まあこんなことだろうと思っていた。だが、そんなやつの相手をしてやるほど、俺は善人じゃない。悪いがシカトさせてもらう。
「何やる気出しているんだよ。女子のいないところで真面目ぶるなよ」
お前と一緒にするな。
「正直、俺こんなことしている場合じゃないんだよね。帰っていいかな?」
どうぞ、お好きにすればいい。
「俺さ、今悩んでいるんだよ。だから文化祭に気持ちが入らないっていうかさ」
何勝手に身の上話を始めようとしているんだよ。これだけ解りやすく無視しているのに、気にせず話しかけてくるな。しかも厄介なことに、全く興味ない。さて、この状況どうしてくれようかな。誰か来てくれないだろうか。
「いいよな、お前は。悩みなさそうで。頭いいし、それなりに友達もいるけど、いい具合に距離置いて」
いい加減いらいらしてきたな。バカにしているのか?悩みがないと決め付けるな。お前に俺の何が解る。見た目だけなら、お前のほうがよっぽど悩みなさそうだし、人生楽しんでいると思うぞ。
「女って面倒だよな。意味解らないし」
「おい」
限界だ。
「何?」
「お前、帰っていいぞ。というか、帰ってくれ」
うるさいし、うざったい。何があったか知らないが、相談も愚痴も別のやつにしてくれ。悪いが、全く興味ないし、相談に乗ってやるつもりもないぞ。
俺としては、ばっさり切り捨ててやったつもりだったのだが、この男それなりにつわものだったようで、
「まあそう言うなよ。そういやお前、何とかっていう悩み相談している部に入っていたよな?」
部の名前、ほとんど言えているぞ。部活だが、名前は委員会というところがポイントだ。
「断る。今俺は忙しい。別のやつに頼め」
「少しくらいいいだろ。まだ文化祭まで時間あるんだし、少しは俺に付き合えよ」
自分勝手にもほどがあるな。こいつ、俺の話を聞いているのだろうか。俺自身が自分勝手だから、こういう自分勝手なやつは嫌いな分類に入る。
ま、勝手にしろ。俺も勝手にさせてもらう。
「俺軽音部なんだけど、今、部内にちょっとした亀裂が入ってて」
話し出したこいつは、結構真剣な様子だった。だからと言って、俺は相変わらず興味ないし、どうでもいい。そもそもほとんど話したことないやつに、真剣な相談するなよ。クラスメートとは言え、お前のことなんてほとんど知らないぞ。
「でさ、そいつら今部活に来ていないんだよ。理由が解らなくて、困っているんだ」
「そうか。そいつは大変だな」
「そう。大変なんだ」
要するに人間関係の問題か。俺の苦手な分野だな。
「俺の知っている限り、別にケンカしたわけでもないし、嫌いなやつがいたとも思えないんだ」
「音楽に対する意見の相違じゃないのか?」
明らかに適当な発言だ。だいたいお前の事もよく知らないのに、俺が解るはずないだろう。
「そうなのかな。俺はそんなこと感じなかったけど」
こいつ、鈍感なのか阿呆なのか、それとも解っているのに無視しているのか。俺の適当な発言に対して、何の文句もないらしい。
「うちの部活は、結構真面目にやっている部活なんだ。プロ目指しているやつもいるし、本気でメジャーデビューしようとしているやつもいる。気まずくなったやつらも、真面目にやっているように見えたんだけど、もしかして遊びだったのかな?」
だとしたら、お互い気まずい関係になるのは頷けるな。遊びのつもりで参加したのに、思った以上に厳しかった。それは辞めるきっかけになると思う。しかし、
「そいつら、最近入部したのか?」
「いや。入学当初からいる」
「もしそうなのだとしたら、今更だな」
厳しい厳しくないっていうのは、入った直後に解る。学年は聞いていないが、仮に一年だとしても、もう半年経過しているし、決断するのが遅すぎると思う。その線はないんじゃないか。
「俺も考えたよ。でも、部から離れる理由が思いつかないんだ。今まで仲良くやっていたつもりだったからな」
その気持ちは俺にも解る。話から察するに、その部から離れている連中というのは、女子らしい。俺の周りにも、機嫌が安定しない女子が何人かいるからな。今まで機嫌よかったと思っていたのに、いきなり悪くなり、またすぐご機嫌になったりする。理解できないし、考えても解らない。直接聞いても教えてくれない。俺にはお手上げだ。
「女子に相談してみたらどうだ?女ってやつは、男には理解できない思考回路をしているからな、女子のことは女子に聞くのが一番だぞ」
「聞いてみたけど、思い当たらないって」
それじゃ本格的にお手上げだな。本人に直接聞いてみたらどうだ?たぶん教えてくれないと思うけどな。
「しかもさぁ、昨日俺やっちまったんだよ」
まだ続くのか、この話。
「昨日部室に来たんだよ。でさ、戻りたいって言ってくるのかと思ったんだ。勝手に出て行ってごめん、って言うのかと思うじゃん。普通さ」
「そうかもな」
俺はもう本から顔を上げなかった。面倒臭い。事情もよく解らないし、本気で解決したいなら、自分で動け。特に他人に相談なんかしないで、部活の連中と話し合え。俺からしたらそれが普通だ。しかし、
「こっちは悪くないと思ったから、俺は強気に出たんだよ」
こいつの独白はまだ続く。いい加減にしてもらえないかな。
「そしたら、文化祭のとき、演奏する場所を貸してくれないか、だってさ。どうやらあいつら、部室外の人とバンド組んで文化祭で演奏する予定だったらしいんだけど、抽選に落ちちゃって、演奏する場所がなくなっちゃったんだって。俺、頭に来ちゃって、意地の悪い言いかたしちゃったんだよね」
話が進んでいる。どうやら俺に話を持ってきた段階で、結構深いところまで話は進んでいるらしい。
「そしたらバンドメンバーらしき女子が、ものすごい剣幕で怒鳴ってきてさ。迫力に圧倒されて、そのまま逃げられちゃったんだ。あぁー、すげえ後悔するよ。あのとき、普通に了承して要ればよかったのかな。でも、それじゃ周りの部員に悪いし、好き勝手やらせておいて、何の処罰もないと、後輩がマネしそうだし。そう考えると、俺今すげえ憂鬱なんだよね」
こいつの悩みは解るが、どうしても親身になって相談に乗ってやろうと思えないのはなぜだろう。こいつの人柄か、あるいは話し方か。しかし、女に怒鳴られると、男子は黙り込むしかないっていうのは、どこへ言っても同じなのか。怖い女だな。ものすごい剣幕で、か。そいつには絶対会いたくないな。ましてや知り合いになんて、死んでもなりたくない。
「あいつ、部活辞めちゃうのかなぁ……」
こう呟いた長谷川は、窓の外を見つめていた。窓の外に何があったのか知らないが、どうやらこいつは、一人の人物に対して思いを馳せているらしい。それからは今までのおしゃべり具合が嘘のように、長谷川は黙って窓の外を見つめていた。こいつが黙り込んだおかげで、俺の作業はかなりはかどったのだが、長谷川の作業は停滞していた。こいつの悩みなどどうでもいいが、こいつの作業が俺の作業に影響を与えてくるのではないかと思い、俺は頭を悩ませていた。
このままだとこいつは全く作業に手をつけないのではないか。それこそ、その悩みが解決しなければ。この思考が、今後のネタ振りにならなければいいのだが。