Part.9 side-N
9月30日(月)
土日が明けて月曜日。朝の時点で昇降口前ステージと体育館舞台の選考結果が発表されたため、昼休みには俺たちのステージのほうに応募が急増していた。
「それじゃあやっぱり書類選考が必要ね」
「それも俺たちがやるのか?」
放課後集まった俺たちだったが、場所は部室ではなく二年の教室前だった。それぞれ文化祭の準備があると思うし、部室に集まったところでやる作業などないからな。今日は部室に行く必要ないだろう。俺は個人的に行こうと思っているが。
「それはまだ決まっていないが、文化祭委員がやってくれるらしい。もちろん俺たちがやってもいいみたいだが」
「面倒だわ。お願いすることにしましょう」
「そうだな。賛成」
俺ももちろん賛成なのだが、何となくこいつら投げやりになっていないか?麻生は以前からそうだったし元々気分屋だからいつものことなのだが、現在は姫のほうが投げやりになっている気がする。理由を聞いてみると、
「占いやることになったのよ。クラスの子が有志でやるらしいんだけど、場所取れたからって誘ってくれたの」
「なるほど」
そういえば占い少女だったな。すっかり忘れてしまっていた。今では姫と言うより、女王様だしな。
麻生も委員会、クラス、有志と忙しいみたいだし、第一次選考は専門家に任せよう。
麻生と姫と別れたあと、俺は一度教室に戻り荷物をまとめると、すぐさま部室に向かった。今日もおそらく誰も来ないので、帰ってしまってもよかったのだが、こうして何となく部室に行こうと考えてしまうのは、あそこがそれなりに居心地の良い場所になってしまっているからだろう。いかんな。とても良くない気がするぞ。
よくないことは、直後に起こった。
「あ、もう帰るの?」
部室に向かう道中、真嶋と出会った。
「いや、部室に行こうと思って」
ここまで言って気がついた。真嶋は本を三つほど抱えていた。どうやら図書室からの帰り道らしい。
「それは星座の本か?」
「あ、うん。少し調べようかと思って」
「今日は作業する日じゃないよな?」
真嶋以外は全員(一応俺も)部活に入っているため、週二日に定められていた。今日はその日じゃない。なかったはずなのだが、
「うん。でも何かリーダーになっちゃったし、みんなの期待に応えたいから、ね」
これは厄介だな。こいつは真面目すぎる。もしかしたら体よく押し付けられただけなのかもしれないのに、すっかりやる気になってしまって。現代の社会はお人好しが苦労する仕組みになっているのに、解っていないなこいつは。真性の阿呆なのかもしれない。
ま、解っていてお人好しな俺は、さらに上を行く阿呆なのだが。
「どこでやるつもりなんだ?」
「え?教室でやろうと思っていたんだけど」
「解った」
言って、俺はきびすを返し、今歩いてきた方向に足を向ける。
「あ、あの、成瀬?」
本当に損な性格だと自覚している。聞けば、軽音部は休養日らしい。つまり長谷川はとっくに帰宅しているのだ。俺とてこいつとここで会わなければ手伝う気なんてなかった。やることを知っていたとしても、たぶん手伝わなかっただろう。しかし会ってしまった。もう知らん顔することはできまい。
「俺も手伝う」
「え?でも、部活は?」
「今日は休みだ。それに、ご存知のとおりあってないようなものだ。気にするな」
部室に行くつもりだったが、特別何かをやろうと思っていたわけではないし、手伝いもさして面倒ではない。
「で、でも、今日は休みの日だし、他のみんなは帰っているのに」
知っている。でもお前はやろうとしているじゃないか。
「俺が手伝うと言っているんだ。何も問題はないだろう」
この時間は無駄だと思わないか?それとも嫌なのか?嫌なら嫌とはっきり言ってもらいたいね。それこそ時間の無駄になってしまう。しかし真嶋は、
「え、でも……」
と未だ逡巡している。何だか俺のイメージと違うな。こいつに遠慮なんて言葉があると思わなかった。いつもはうるさいだの、バカだの好き勝手言いやがるくせに。
いつもと違う真嶋の様子に、思わず笑ってしまった。突然笑い出した俺に、
「?」
となりながらも、焦りまくっている真嶋。俺は誤魔化しつつ、
「あんたの手伝いがしたいんだ。ダメか?」
言うと、真嶋は上目遣いで首を横に振り、
「いいよ」
と言ってくれた。やれやれだぜ。手伝うことに了承をもらうだけで、結構な手間がかかった。こいつとは大分打ち解けたつもりでいたのだが、それは俺の一方的な思い込みだったようだ。
何となく無理矢理言わせたような雰囲気があるが、まあ平気だろう。手伝って悪いことがあるか。きっと何も問題はない。ほとんど自分に言い聞かせるようにして、俺は無理矢理納得した。
教室に着くと、もうほとんどの人がいなくなっていた。まばらの人々の中、再び教室に帰ってきた俺たちは若干浮いている。ま、気にしないことにするが、そこまであからさまにちらちら見るな。
「で、具体的に何をやるんだ?」
「え?えーっと、その……」
どうやら真嶋も周りの視線に気付いていたようだ。確かに好奇の目でちらちら見られると、結構気持ちの悪いものだ。一体何を考えているんだろうな。ま、どうせろくでもないことなのだろう。こちら側の正しい対処は無視することだ。だからそんなにどぎまぎするな。余計変な目で見られるぞ。
「まだ何も考えていないんだけど」
とりあえず調べ物をしようと思っただけか。俺は自分の席に荷物を掛けて着席する。真嶋も隣の席に着く。
「じゃあ今後の方針でも考えるか。資料でも眺めながら」
声を出さずにコクンと頷く真嶋。何なんだ、この空気。これではまるで俺が主体で動いているみたいじゃないか。俺は真嶋を見返す。うつむき加減であまり元気じゃない。
「おい」
「え、な、何?」
俺はうつむき加減の真嶋の顔を覗きこんだ。
「な、何よ!」
そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか。
「元気なさそうだが、調子悪いのか?顔赤いぞ」
「そ、そんなことないよ。すっごく元気!」
「そうか?」
「うん!」
どうにもちぐはぐな感じだな。いつもこんな感じだっけ?俺のイメージではもう少し打ち解けていたような気がしたのだが、勘違いか。
まあいいか。とりあえず自分で言ったように資料でも眺めながら方向性を考えることにした。
さっそく資料を眺め始めたのだが、せっかく二人で調べ物をしていて、なおかつ内容は今後の方向性を考えることなのに、何の意見交換もせず二人とも黙々と本を読んでいるのはおかしくないか?これなら個人的にやっても同じことだろう。
と考えたのは資料を眺め始めた、比較的最初のほうだけだった。星座ってやつは奥が深い。少し考えれば解ることだが、結構のめりこんでしまった。普通に読み物として、資料を読み始めてしまった。二人で黙々と資料を眺める姿は、傍から見ていたらものすごくシュールな光景だったと思う。
俺が意識を取り戻したのは、
「あ、あのさ、成瀬」
真嶋に声を掛けられたときだった。このとき俺は今自分がなぜここにいるのか、忘れてしまっていた。
「ん?何だ?」
呼びかけに応じて顔を上げる。あれから四十分が経過していた。教室には俺と真嶋しかおらず、辺り
はだんだんと赤く染まり始めていた。あー、集中したな。
「何か思いついたのか?」
と聞くと、
「あ、まだなんだけど」
と気まずそうに呟いて、
「でもせっかく二人でやっているんだし、ほら」
あー、それは先ほど俺も考えていた。俺は開いていた本をパタンと閉じると、真嶋に向き直った。
「じゃあどんな話する?」
「どどどんなって言われても困るんだけど……」
ここに来てようやく気付いた。そういえば真嶋と二人で話すことなんて、今までほとんどなかったな。いつも四、五人で話していた。その会話の中で、俺と真嶋は普通に会話を重ねていたから、打ち解けていたと勘違いしていたのかもな。たぶん真嶋は気付いていたのだろう。だから今二人になって、こんな挙動不審になっているのだ。
「あ、あのさ、成瀬は星座とか見るの?」
こうして全くこちらを見ないのもいつもどおりだ。しかし、話題は振ってくれている。気を遣わせてしまっているのかもしれない。
「あまり見ないな。帰りが遅くなった時に、少し見上げるくらいだ」
「そうだよね。普通はあまり見ないよね」
若干落ち込んだような雰囲気。自分の趣味を否定されたと感じているのかもしれない。だが、
「今は少し興味を持っているぞ。少し調べただけだが、あんたのおかげで少し積極的に見てみようかなと思っている」
「あ、あたしのおかげ?」
「ああ。この前星座の話をしてくれただろ?あのとき触発されたんだ。ま、まだ見ていないし、正直オリオン座くらいしか解らないから勉強しなきゃいけないんだが」
みんなここで挫折するのではないか。はっきり言って星座は形が覚えられない。覚えたとしても、肝心の星空で探せない。ま、星座を見ることだけが、星空を楽しむ術というわけではないが、知っていたほうが格段に楽しむことが出来るだろうと思う。
「何であの形が白鳥に見えるんだろうな」
不意にひとりごちてみた。と同時に思った。こういうことを調べればいいのか。俺と同様の疑問を抱いている人は少なからずいるだろう。探し方を伝授すれば、少しやってみようかなと思うかもしれない。現に俺がそう思っているからな。口に出しているうちに指針が見えてきていた俺だったが、
「あ、あのさ、成瀬」
一方の真嶋は、
「あたしが教えてあげようか?」
全く別のことを考えていた。
「あ、いや。何で?」
別に断ろうとしたわけではないのだが、自然に否定の言葉が出ていた。すると、
「あたし星座結構詳しいし、探し方も知っているから。成瀬は今星座に興味持っているんでしょ?だからあたしが教えてあげようかって言っているの!」
何でこんなに迫力を出しているんだろうか。今にも『文句ある?』と言い出しそうである。理由は解ったのだが、立ち上がって叫ぶよう内容ではないと思うのだが。
「じゃあ是非お願いしようか」
拒否する理由がないからお願いするが、なぜそんなに必死になっているのだろうか。それに今する話なのか?相変わらずよく解らないやつだな。俺が頭の上に疑問符を並べていると、
「解った」
と呟いて、ストンと席に座り直した。ずいぶん急激に温度が下がったな。こいつの沸点は一体どこにあるんだろうなと思っていると、今度は、
「いつ?」
と聞いてくる始末。
「は?」
「だから!今文化祭で忙しいし、文化祭終わってからすぐテストあるし。日付決めとかないといつまで経っても行けないし、かといってあまり先延ばしにしても面倒でしょ。だから今決めようって言っているの!文句ある?」
やっぱり出てしまった。『文句ある?』の言葉が。またしても急激に温度を上げる真嶋。こいつは岩
崎や姫とは違った意味で面倒だな。別に悪意があるわけでもないし、普段は常識人なので、逆に扱いが難しい。
「文句はないが、何でそんなに必死なんだ?」
「べ、別に必死じゃないわよ!で、いつがいいの?」
いつでもいいが、一つ気になることがある。
「もしかして、どこかに出かけるつもりなのか?俺はそこまでするつもりはないぞ」
「え?でも、」
どうやら図星だったようだ。危ないところだったな。
「俺としては、放課後学校の屋上からでも見られれば十分なんだ。だから、その時に教えてくれ」
「でも……」
真嶋はものすごく不満そうにしている。普段は落ち着いた様子から、実に大人びて見えるのだが、今俺の目の前にいるこいつは、口を尖らせた拗ね顔。どう見ても子供にしか見えなかった。
そんな様子を見て、さすがの俺も苦笑するしかなかった。
「文化祭の準備で遅くまで残ることがあるだろう。そのときはあんたにお願いしようと思う。機会は何度かあるだろう」
こう言っても、真嶋は不満そうだったが、
「うん。解った」
と頷いてくれた。やれやれ、何でこんなことになってしまったんだろうな。