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破滅の果てに

あの日から永い時が過ぎ去った。


かつて輝かしい文明が栄え、草木が揺れ、海がきらめくこの大地は、今や灰色の荒野と化していた。静寂は重く、ただ風が瓦礫を擦り、かすかな音を立てるのみ。空を覆う暗い雲は途切れることなく、日差しすら遮られ、昼夜の区別もつかない。かつての豊かな大地は、崩れた瓦礫と焦げた跡ばかりが広がっている。生命の営みが満ち溢れていた世界は、今や瓦礫と灰の海へと変わり果てていた。


その中心に、一頭の竜が佇んでいた。


**シェラザール**。かつては白き聖竜と称えられ、人々と共に繁栄を守った存在。しかし、裏切られたあの日。人間たちの裏切りによって、彼の心は怒りと絶望に飲まれた。守るべきはずだった存在に攻撃され、傷つき、やがて邪竜へと変わり果てた。その後の彼は、復讐と破壊だけを求め、次々に大地を焼き尽くし、何もかもを飲み込んでいった。そんな中でかつての友、イージスだけは、最後まで彼を止めようとしていた。今、その巨体は漆黒に染まり、瞳には冷たい光が宿る。彼の名は今や「破滅の邪竜」として、恐怖と絶望の象徴として語り継がれている。


「……これで、終わった」


シェラザールの深い、低く重い声が静寂を破った。しかしその声には、勝利の歓喜など一片もなかった。かつて聖竜としてイージスと共に守ったものも、滅ぼした後の空虚さが全てを覆い尽くしていた。


彼の足元には、ただ瓦礫が広がるのみ。建造物の残骸が無数に積み重なり、かつての栄華の痕跡はどこにも見当たらない。焼き焦げた大地、そして彼自身がかつて守っていた世界。全てが灰燼に帰し、静寂だけが彼の耳に響く。シェラザールの目には、もう何も映らない。すべてが、彼の手によって破壊されたのだ。


目の前には、かつての友、イージスの残骸が横たわっている。かつての白き聖竜は、傷だらけになり、その輝きを失い、黒き鱗を纏うシェラザールに討たれたのだった。イージスは、最後までシェラザールを止めようとした。何度も、何度も叫び、翼を広げ、彼の邪悪な力を封じようと戦った。しかし、全ては無駄だった。彼の力は強大すぎた。竜言語での言葉も、咆哮も、全てはシェラザールの怒りにかき消され、力尽きた。


イージスの最期の声は、かすかに耳に残っている。


「シェラザール……目を覚ませ……お前は……守るべき存在……だった……」


その声が消えた時、シェラザールは彼の命を断ち切った。そして、世界から残るものは何も無かった。


かつて彼が感じていた怒りや憎しみは、もはや彼の心を埋め尽くすことはなかった。イージスもいない。彼の友であり、かつての約束を共に守り抜こうとした存在。それすらも、もう既に彼の手によって消えてしまった。


ーーもう、何も残っていない。


彼が求めた破壊は完了した。かつての友、**イージス**も消え去り、最後の砦でさえ崩れ落ちた。シェラザールはすべてを失い、すべてを壊し尽くした。しかし、胸に渦巻く虚無感は、どうしようもなく深かった。


ふと、彼は瓦礫の中に目を止めた。何かが光を反射している。大きな爪でそれを拾い上げると、それはぼろぼろの革表紙に覆われた**日記**だった。自分が書いたものであることを思い出すまでに、少し時間がかかった。日記は、かつての自分がまだ聖竜だった頃に書き記したもので、ページは焼け焦げていたが、幾つかの記録はまだ読める状態だった。そこには彼の記憶を呼び覚ますものがあった。


――これは、私の日記だ。


彼は日記を開き、かつての自分が記した言葉を目にした。そこには、聖竜としての誓い、希望の光を守り続けるという約束が綴られていた。

かつて彼が聖竜として、人間と共にあった頃の記録。自分が守り、愛したものたちの名前が記されている。それと共に、裏切りの日もまた記されていた。手記の一部は燃え尽き、文字はところどころ薄れていたが、最後の一行は鮮明だった。


「**イージスとの約束を、私は決して忘れない**」


その文字が、彼の心に鈍く響いた。


シェラザールは日記を見つめたまま、動けなかった。頭の中に、幾千年も前の記憶が蘇る。守ってきた物と人々、かつての仲間との日々、彼がイージスと共に笑い合った瞬間、共に戦った瞬間、そして――

 

ーー共に誓ったあの日。ーー


「私たちは、決して世界を裏切らない。もし人間がどれだけ堕ちようとも、私たちが守り続ける。そうだろう、シェラザール?」


「……ああ。お前となら、どこまでも行ける気がする、イージス。」


「忘れるなよ、この誓いを。」




「忘れるな……か。」


シェラザールは呟いた。その時、心の奥底に封じ込められていた感情が、不意に溢れ出してきた。


――そうだ。かつて、イージスと誓い合ったのだ。


その約束は、彼の中で崩れ去ってしまった。裏切り、怒り、復讐、破壊。それが彼を邪竜へと変貌させた。しかし、その深層には、消え去ることのなかったものがあった。そして、彼の爪がイージスを貫き、最後の光を奪った時、何も感じなかった。それがどれほど愚かなことだったか、今になってようやく理解する。イージスは最後まで彼を止めようとした。あの時、竜同士の会話で何度も彼を説得しようとし、言葉を尽くしてシェラザールに語りかけた。しかし、その声は届かなかった。怒りに燃えるシェラザールは、ただ破壊を求めていた。


「……私が、間違えたのか......?私は……何をしてしまったんだ……」


シェラザールの胸中に、かつての後悔が膨れ上がる。彼はイージスに牙を向け、友を喪い、今や誰もいない世界で一人取り残された。己の選択が、全てを失わせたのだ。彼はその時、初めて本当に孤独を感じた。無限に近い寿命を持つ彼にとって、時間は無意味だった。だが、今はその永遠がただの苦痛でしかなかった。


彼はそのまま、日記を優しく閉じると一つの破れたページが出てきた、その破れたページの一つに、彼とイージスの笑顔が描かれていたことを、彼は最後に気づいた。それを見るたびに、イージスた共に笑い、イージスと共に歩んだ日々が鮮明に蘇り、シェラザールの心が強く締め付けられる。彼は静かに瓦礫の中に置いた。


「もし、もう一度……やり直せるなら……私は...もう一度……もう一度だけ、お前と話したい……」


彼は呟いた。過去の自分が選んだ道を悔やみ、もう一度やり直したいという強い願望が心の奥底から溢れ出した。彼は、過去の自分に戻りたかった。怒りと憎しみに支配される前の、イージスと共に戦っていた頃の自分に、破壊の道ではなく、守るという誓いを守りたかった。彼は後悔していた。あまりにも大きな後悔が、彼の心を蝕んでいた。


「……私は……」


しかし、その言葉は、風に消えていった。ふと耳を澄ます。すると、どこからか懐かしい声が聞こえてきたような気がした。それは、確かにイージスの声だった。


(シェラザール、後悔することはない。君は、君の道を歩んだだけだ)


「イージス……?」


彼は驚いて辺りを見渡した、そこには誰もいない瓦礫と灰だけが広がるだけだが、その声は確かに彼の耳に届いた、幻聴か、それとも亡き友が最後に残したメッセージなのか。わからなかった。ただ分かることは、かつてイージスが自身に語りかけていた言葉だった。だが、その声は彼の胸を更に締め付けた。


「……イージス……すまない...... 許してくれ……」


友の名前を呼んだが、彼の声に応える者はもういない。かつて彼を止めようとしたイージスも、今やその姿はどこにもない。彼が破壊したのだ――全てを。  

彼は涙を流すことができなかったが、心は泣いていた。イージスは、最後の瞬間まで彼を信じていた。それが分かるからこそ、シェラザールの心は砕けそうだった。


「……戻りたい……」


かすかな声で、シェラザールは呟いた。



もし、あの瞬間に戻れるなら。


もし、あの時、イージスの言葉を聞いていれば、今とは違う未来があったのかもしれない。


もし、あの約束を守り続けていれば世界が壊れずに済んだのかもしれない。


もし、破壊ではなく、守ることを選んでいれば、彼の手が友を殺すことはなかったのかもしれない。


そして、イージスと共に未来を築くことができたかもしれない。


だが、その「もし」は、今となっては無意味だった。シェラザールが過去に戻る術はない。彼が自らの手で破壊した世界は、二度と元には戻らない。ただひたすらに自らの過ちを悔い続けることしかできなかった。やり直しはきかない――そして、それこそが彼に与えられた最後の罰だった。


彼はそれを痛いほど理解していた。それでも、彼の胸中にはかすかな希望が残されていた。もしかしたら、どこかでこの破壊を止める手段があるのではないかと。しかし、その希望すらも消えかけている。


瓦礫の中、シェラザールはただじっと立ち尽くしていた。全てを失い、全てを壊した者に残されたのは、ただその記憶と後悔だけだった。


そして、シェラザールは最後に願った。


「もし、もう一度だけ……この世界に希望があるのなら……」


彼の声は震え、力なく地に沈んでいった。シェラザールはその場に座り込み、瓦礫と灰の中で、自分の巨大な翼をたたみ、頭を垂れた。全てが無になった世界で、ただ一頭の竜が、破壊した全てを背負いながら、虚無に呑まれていった。


そして、彼は目を閉じた。その最後の願いと共に、シェラザールは長い眠りについた。すべてが滅び去った世界の中で、かつての聖竜は、後悔と共に自らの終わりを迎える。


そして、彼の眠りの中で、再び静かに囁かれた声が聞こえた。


「いつか……また、出会えるだろうか……」


全てを失った世界の果てで、シェラザールは願う。もし奇跡が起こり、もう一度あの頃に戻れるのなら、今度こそ守ると。自分が壊してしまった全てを、再び守り抜くと。

———彼がもたらした破滅の果てに待っていたのは、ただの空虚だった。

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