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タイトルとかとか、いただいて書きました。

今日も私はおしゃべり殿下のお口をふさぐ。

 



「煩いです。ぺちゃくちゃ喋ってないで働いてくださいませ、殿下」

「くっ……」


 執務机に置いた書類の端を指先でクリクリと丸めながら、王太子殿下が口を尖らせています。


 それ、重要書類なんですけど。また宰相閣下から怒られてしまいますよ? もう二八歳ですよね? そのクリクリする癖、そろそろ直したらどうなんでしょうか。

 

「ルイーズはなんでそうも辛辣なんだ」

「煩いです」


 執務の時間なんだから、執務をちゃんとしてください!と注意しても、グタグタと喋り続ける殿下。

 怒るとちょっとは黙るものの、書類に目を通す振りばかり。金の前髪の隙間から、アンバーの瞳でチラチラとこちらを盗み見ています。

 視線が煩いのですぐわかります。


「黙って働かないなら、辞めますよ?」

「ぬあっ、それは狡いだろ!」




 ◆◆◆◆◆




 十数年前までこの国の娘たちは、仕事をしたり勉学を極めたりすることは是とされていませんでした。特に貴族の娘は。

 いいところの貴族と縁続きになるための教養は学ばさせられるのに。おかしな話です。

 ただ現在は、国王陛下たちの政策のおかげで性別や家格など関係なくどこででも働くことが出来るようになりました。

 私のような伯爵家の中層から下層の令嬢たちは行儀見習いとして、高位の貴族の屋敷や王城の下級侍女やメイドとしてしか働き口がありませんでした。


「王太子殿下の執務の補助ですか?」


 本好きが高じて司書希望だった私。

 貴族の大学院卒業間近になった頃、王城が文官大量採用のお触れを出しました。これはチャンスだと応募しましたら、みごと王城図書館の司書見習いとして採用。

 毎日楽しく司書の仕事に打ち込んでいました。

 図書館内にある書籍を大体覚え、文官たちの求める情報に沿った資料の提案が得意になって来た頃、王太子殿下の第一補佐官から打診を受けました。


「君の提案する資料のおかげで、いつも助かっている」

「それは大変嬉しいお言葉ですが、なぜ私が……」

「君のメモを読んだ殿下が、君が欲しいとのことでね」

「え……メモって、あのメモですか? ……えっ?」


 王太子殿下の執務室で働いているという文官が、ちょいちょいメモを渡してきては、「後で取りに来るから、見繕っといて!」と言ってはすごい速さで走り去っていました。

 メモの字はいつも汚いうえに説明不足。

 赤字での訂正と情報の追加、そしてちょっと強めの苦情も書いていました。


「けっこう頭の弱い……文官、でね。メモを書いた本人に渡したんだよ」


 ――――文官なのに、頭が弱いの?


「え……書いた本人…………って、まさか」

「うん。王太子殿下だ」

「っ――――!?」




 ◇◇◇◇◇




 衝撃の事実と、勤務先を変更するしかない状況になって早一年。

 現在は、王太子殿下の補佐官の一人として真面目に働いています。私は。


「いやほんと、あのメモは痺れた」

「煩いです。働いてください」


 メモ……色々と書いたので忘れていることも多いですが、いくつかはしっかりと覚えています。


『走り書きにしても、字が汚い』

『書き間違いが酷い』

『無駄な説明が多い。簡潔に書いてください』

『メモに誰宛てかわからない私信を書かないで。キモい』


 これらを見てなぜ採用しようと思ったのか、謎です。

 特に謎だったのは『執務室に来てくれ』とか『君に逢いたい』とかのメモ。

 誰宛だったの、あれ。


「…………なぁ」

「なんでしょうか?」

「辞めるなよ?」

「殿下が真面目に働いてくださるのなら、辞めませんよ」

「ん!」


 ――――はぁ、やっと黙った。


 働き始めた頃に驚いたのですが、執務室の勤務は一介の司書よりも貴重な書籍を扱う事がかなり多かったのです。本好きが高じての司書希望だったので、殿下の執務室勤務は願ったり叶ったりの状況ではありました。

 殿下が妙に煩い以外は。


 初めは真面目に対応していたのですが、おしゃべり殿下が止まらず、全く仕事になりませんでした。

 第一補佐官いわく、「殿下は緊張するとよく話すんだ」とのことでした。

 絶対に違いますよね? ただのおしゃべりとサボりたいだけの人ですよね? と問い詰めると、苦笑いして視線を逸らされてしまいました。

 それから、殿下の対応は現在の形に落ち着いています。




「ふぅ、終わった。確認を頼む」


 殿下から書類の束を受け取り、目を通します。


「はい。完璧ですよ。集中すればちゃんと出来るんですから、黙ってちゃきちゃきやってくださいね」

「ルイーズは本当に辛辣だなぁ」


 殿下が口を尖らせてプチプチと文句を言っていますが、無視でいいです。受け取った書類を分類し、それぞれファイルに入れます。宰相閣下や各部署へと運んでもらいます。騎士様に。

 第一補佐官が言っていた『頭の弱い文官』は、まさかの殿下の護衛である騎士様でした。

 理由はわかりませんが、騎士服でなく文官の制服を着ているので、てっきり文官だとばかり思っていました。


「こちら、お願いいたしますね」

「おう!」


 ソファでゴロゴロとしていた騎士様にファイルを差し出すと、笑顔で起き上がられました。

 騎士様が書類の入ったファイルを抱えて、バビュンと走っていきます。

 殿下が彼を文官として使う理由が、まさかの足が速いから。ちょっと意味が分かりません。


「さて、茶でも飲むか。ルイーズはいるか?」

「はい。いただきます」


 休憩時のお茶はなぜか殿下自らが淹れてくださいます。

 毒見とか諸々の理由からかもしれないので、いつもお言葉に甘えて淹れてもらってしまいます。

 あと、自分で淹れるより格段に美味しいので、つい。

 

「ほら、これも食べろ」


 殿下用のお菓子がお皿にぽいぽいと置かれていきます。


「そんなに食べたら太ります」

「ぷにぷにしたルイーズもきっと可愛い。大丈夫だ」

「……はぁ」


 たまに、こういった謎の褒め言葉らしきものも言われます。

 貴族の矜持として、同じ空間にいる異性は褒め称える、というものがありますので、そうしているだけなのでしょうが、殿下は何となくズレた褒め方をしてきます。


「無理に褒めなくて大丈夫ですよ?」

「くっ。伝わってない!」

「一応褒めているんだろうなぁ、と伝わっていますけど?」

「……うん」


 殿下はしょんぼりとして静かにお茶を飲まれていました。

 耳の下で切り揃えた、ちょっと長めの金色の髪をサラリと揺らし、静かにティーカップを傾けている姿は流石王族といった雰囲気です。


「黙っていれば、格好良いんですけどね」

「っ――――!」


 ポソリとつぶやくと、殿下が顔を真赤にして口を噤みました。


「あら? この方向性だと、簡単にお口をふさぎますのね?」

「ルイーズが小悪魔すぎる…………」


 耳まで真赤にした殿下は、ちょっと可愛らしかったです。




「煩いですよ。ちゃきちゃき働いてください」

「くっ……今日も辛辣だ…………」

 

 執務机にバタリと倒れ込んだ殿下が、ピクリとも動きません。今日は特に書類が多く、後が詰まっています。

 殿下は、結局バタバタとやって時間通りには終わらせるものの、そうなるまでが長い長い。


「殿下、働いてください」

「……やだ」


 ――――やだ!?


「褒美をくれ! なんか、頑張れそうなやつ!」


 物凄く雑なワガママを言い出しました。なんか頑張れそうなやつと言われても、パッとは思い浮かびません。

 殿下がアンバー色の瞳をキラキラと輝かせてこちらを見てきます。


「ご褒美?」

「ん!」


 ふと、幼い頃に両親が玄関で頬にキスし合っていた風景を思い出しました。

 たしか父が仕事に出かける際や帰ってきた際の挨拶のようなものだったはずですが、父が「元気が出るおまじないなんだよ」「これがあるから、仕事を頑張れるんだよ」と微笑んでいたのをよく覚えています。


「頬に、キスとかですかね?」

「………………すぐ終わらせるっ!」


 殿下が、驚くほどの速さで仕事を終わらせました。

 しかも黙って。

 え、ちょっと待って、それだけ仕事できるんなら普段からやってくださいよ! とは言いたいものの、ジッとこちらを見てキス待ちの顔。


「え? えっ?」

「ルイーズ、約束は守れ」


 真顔でそう言われると、せざるを得なくて。


「え、あ、はい――――」


 ちゆ。

 殿下の頬にそっと唇を寄せました。


「っ、くっ…………鍛錬場に行ってくるっ」


 耳まで真赤になった殿下が、執務室を飛び出して行かれました。


「あっ、ちょぉ、殿下ぁ! 待ってくださいよ!」

「ふふふっ。殿下もまだまだお若いですな」


 ソファでゴロゴロしていた騎士様が、慌てて殿下を追いかけて執務室を出ていきました。

 第一補佐官は資料に目を通しながらもニコニコ笑顔です。


 私、人前で何をやっているんでしょうか?




 頬にキスをしたあの日から、毎日のように頬にキスを強請られるようになりました。

 おしゃべり殿下が口を噤み、驚くほどのスピードで働いてくださるので、渋々了承しています。


「ルイーズ」

「はいはい」


 ちゆ。

 もう何回目でしょうか。

 最近は、かなりやっつけ感が出ているのですが、殿下は相変わらず嬉しそうです。

 

 そんな謎のマンネリを感じていたある日、殿下の頬にキスをしようとした瞬間に執務室の扉がノックされました。


「あ――――」

「え――――」


 それは一瞬の出来事で。

 柔らかに触れ合う唇同士。

 殿下から香る甘くてスパイシーな匂いで、頭がくらりとしました。


「失礼いたしま――――どうかされましたか?」

「なんでもない。用件を言え」

「はあ……」


 入ってきたのは宰相閣下。

 不機嫌全開のお顔の殿下と、顔を真赤にした私を見比べて不思議そうにされていました。


「……」

「…………」


 この日、おしゃべり殿下は一切口を開きませんでした。

 



 次の日。

 王太子殿下の執務室に向かう足が妙に重く感じるものの、欠勤だけはしたくないので歩き続けます。


「おはようございます」


 執務室に入り挨拶をすると、殿下が書類からガバリと顔を上げました。

 ほっとしたような、泣きそうなお顔をされています。


「っ、二人とも、席を外せ」


 殿下が第一補佐官と騎士様を執務室から追い出してしまいました。

 妙な沈黙が部屋を包みます。


「……………………来ないかと、思った」


 沈黙を破ったのは、殿下の弱々しい声でした。


「えっと? 仕事ですから、来ますよ?」

「……」


 泣きそうなお顔の殿下が、私の前に移動して来られました。

 両頬が殿下の手で包まれました。そして、ゆっくりと近づいてくるアンバーの瞳。


 ちゆ。


 重なった唇は、少し震えていました。


「こうされても、ルイーズにとっては仕事なのか?」


 あまりにも真剣な表情で聞かれてしまい、心臓がどきりと跳ねます。

 殿下からの好意は何となく感じてはいたものの、『王太子』と『伯爵家令嬢』の間にある地位の高い壁のおかげで、愛や恋なんてありはしないと思い込んでいました。

 あったとしても、実を結ぶようなものではないと。


「っ……」

「頼む、答えが欲しい。ルイーズを愛しても、いいのだろうか?」


 心臓が締め付けられるように痛みます。

 鼻の奥にヅンとした痛みも感じます。


 殿下と一緒に働くようになり、毎日が楽しくて。

 文句を言いつつも、殿下とのやり取りは、私にとってかけがえのないもので。

 仕事以上の思い入れがそこにはありました。

 そうでなければ、両親のやり取りなんて思い出さなかったし、頬にキスなんてしようとも思わなかった。


「はい」

「っ、良かった。ルイーズ、愛してる」


 再び重なる唇は、甘くて熱くて、蕩けるようでした。




 ◇◆◇◆◇




「最近、書類多すぎないか?」

「煩いですよ。黙って働いてください」


 王太子殿下が、執務机に山積みにされた書類を見て、何やらプチプチと文句を言っています。

 殿下は相変わらず、おしゃべり殿下です。


「褒美が欲し――――」


 ちゆ。


「――――黙って働きなさい!」

「っ!」


 今日も私はおしゃべり殿下のお口をふさぎます。自身の唇で。

 もちろん、そこには確かな愛があるからこそ、ですよ?

 



 ―― fin ――





閲覧ありがとうございます!

こちらのタイトルは、なろうで活動されている『ちむちー(https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/1198921/)』さんにいただきました!

素敵なタイトル&機会をありがとうございました(*´艸`*)


ブクマや評価などしていただけますと、笛路が小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ♪わはーい!

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