光り輝く呪いの話
「ルネリタ、すまないが婚約を破棄、いや解消してもらえないだろうか」
婚約者であったアルヴァンに言われ、ルネリタはその大きな目を見開いて、三度素早く瞬きをした。
ちょっと何を言われたのか理解できなかったのだ。
だが、それでも少し遅れて理解が追い付いてくる。
「……破棄ではなく解消、ですか。理由をお伺いしても?」
「その、先日の凱旋パレードが行われた日の事は知っているだろうか?」
「えぇと、王城で行われたパーティーでの出来事、ですか?」
「そうだ。あまり大っぴらに言えたものではないあの醜聞とも言える出来事だ」
アルヴァンの言葉に、ルネリタは数日前に行われた凱旋パレードを思い出す。
王都の近くに珍しく大型の魔獣が現れて、騎士団が討伐に赴いたのだ。王都周辺は平和といってもいいものだ。魔獣が出てもそこまで大型でもなく、魔物だってそこまで強いのは出てこない。仮に遭遇しても余程足が遅いとかでなければ逃げようと思えば逃げ切れるものが多い。
だからこそ、凶暴で大型の魔獣というものは脅威だった。
騎士団が討伐に向かい、無事に退治し王都ではその勝利を祝うという名目と、あとは市井の者たちに大々的にこれでもう大丈夫だというアピールを兼ねたパレードが行われた。
そして、騎士団の健闘を称えるパーティーが城で行われた。
騎士の中には平民も交じってはいるが、貴族も多い。だが忙しさのせいで中々出会いがないのもあって独身の多い騎士たちにせめて出会いの場を、という王の気遣いも含まれていたのだろう。
平民であっても武勇を示せば爵位を与えられる事もあるし、低位貴族の令嬢たちも場合によっては中々婚約者が決まらない事もある。大っぴらに出会い系というわけではないが、平たく言ってしまえば上品な合コンみたいなものだ。
ところがそのパーティーの中、第二王子が婚約者でもある侯爵家の令嬢に婚約破棄を突き付けるというとんでもない事態が起きた。
今回の功労者たちを労わるための場を王があえて、という中で、よりにもよってその息子が台無しにしかけたのだ。ちょっとした反抗期でした、では済まない展開である。
令嬢には一切非がないと言える言いがかりにも近い婚約破棄理由。更には真実の愛を見つけたなんてのたまって、第二王子は平民の娘と結婚するなどと言いだした。更には彼女を妃にするとまで。
失笑が密かに起きた事は当然である。
そもそも次の王は第一王子だ。既に決められたそれを覆せるだけの何かが第二王子にあったわけじゃない。それなのに次の王は自分なのだと何故か思い込んでいる。滑稽以外の何物でもなかった。
王命で断るのも難しい婚約を引き受けるしかなかった侯爵家の令嬢も、流石にこれにはどうしようもないと思ったらしく、早々にその婚約破棄承りましたと宣言した。
大勢の目撃者、更にその中には王もいた。
これだけの事をしでかした以上、やっぱ無かったことに! なんてやらかせば立場が危ういのは一に第二王子、二に王家だ。
あまりにもあまりな婚約破棄理由に、勿論第二王子有責で婚約破棄にはなったし、慰謝料を侯爵家に支払う形となった。廃嫡しようにも、例えばこれが次期国王であったならそうした上で次の候補をとなっただろう。けれども次期国王は第一王子でありこの馬鹿ではない。
第二王子は身分剥奪された上で、逃げ出すのも難しいような鉱山で強制労働が決定された。
その、婚約破棄される事となった侯爵令嬢は、アルヴァンの昔からの憧れの君なのだという。
恋心を自覚した時には既に彼女は王命で婚約が結ばれていた。余程の事がない限り、それが覆される事はないとアルヴァンはその恋を諦めて前を向く決心をし――ルネリタと婚約をしたわけなのだが。
その憧れの君は婚約破棄され今はフリー。諦めていたはずの想いが再燃してしまったのである。
今なら自分にもチャンスがあるのではないか? そう思ってしまえば諦めようにも諦めきれない。
だからこそアルヴァンはこのチャンスを掴むべく、ルネリタとの婚約解消を申し出たのだ。
事情を聞いてルネリタも納得はした。
貴族の結婚なんて八割政略だ。お互いに恋をして愛し合ってという流れからの結婚というのは極わずか。大抵は家のためにとよりよい相手との縁談を、となる。とはいえ、それでもあまりにも年が離れすぎているだとかという相手は選ばれない事もあるが。そういう相手と婚約を結ぶのは、余程後がないか親が子を完全に道具としてしか見ていないかだ。まぁ、その中でも更に少数ではあるが、年上趣味という相手もいるので全部が全部不幸な結婚になるというわけでもない。
「お話はわかりました。ですがその……事前に結んだ契約によって、そちらが解消、破棄を申し出た場合の事はご存じですか?」
「あぁ、こちらの一方的な我儘のようなものだ。違約金、いや慰謝料か? ともあれそれは支払おう」
その言葉にルネリタはホッと息を吐いた。良かった。それなら問題なさそうね。
「あの、もし一括が無理でしたら、分割も受け入れますからね。決して踏み倒したりはしないで下さいませね?」
「流石にそんな事はしないさ」
アルヴァンはそれをルネリタなりのジョークだと思って軽く笑った。そもそもこれからかの憧れの君を口説き落とそうというのに、そんな男としても格好悪い事できるはずもない。仮にそんな事をして、それが彼女の耳に届けばそれだけで心証は悪くなるだろう。そんな真似、するはずがない。
「ルネリタ、我儘を聞いてもらってすまなかった。きみの幸せを祈っているよ」
「えぇ、はい。では、後の事はお父様に話を通しておきますので」
「わかった。では失礼するよ」
そう言うとアルヴァンはすっと立ち上がり去っていく。
ルネリタの暮らす館――ヴァンデリッサ家の庭での出来事だった。
「――というわけですの、お父様、あとはお願いしてもよろしくて?」
アルヴァンが館を出ていってから、ルネリタはその足で館の中へ戻り執務室で仕事をしていた父へ話を通した。
「いや構わんが……え、本当にアルヴァンから婚約解消を言い出したのか?」
「えぇ。確かにわたくし、元々婚約に乗り気ではありませんでしたけど、わたくしから唆したりはしていませんよ。あちらの意思です」
きっぱりとそう伝えれば、ルネリタの父――ニコラはペンを置いて両手で目のあたりをしょもしょもと揉み解した。それから机の中に入れてあった契約書を引っ張り出す。
それはルネリタとアルヴァンが婚約した時の契約書であった。
昨今頭の悪い理由で婚約破棄を突き付ける馬鹿が後を絶たないので、こういった契約書が作られるようになってしまったのだ。政略結婚もある種のビジネスみたいなものなので、そこまで大きな反発はなかった。だが――
「大丈夫かこれ。アドモーラ家没落しないか……?」
その契約書を見てニコラは心底不安です、といった声を出した。
ちなみにアドモーラ家はアルヴァンの家だ。侯爵家ではあるけれど、金を持っているかと言われると微妙。ヴァンデリッサ家は伯爵ではあるもののうちより資産が少ないと言ってもいい。
「それだけの覚悟を持っているのでしょう。では、後は野となれ山となれ、ですわ」
などと言っているがルネリタは多分どっちもダメだろうなぁと思っている。
そもそもこの婚約はアドモーラ家からの申し出だった。
別にルネリタはアルヴァンの事を好きだとか思った事もない。見た目はいいし話もそこそこ合うけれど、精々がいいお友達、くらいの間柄だ。嫌いではないので別に結婚してもいいかな、くらいに認識はしているが、自分から進んで彼と結婚したいと言うかとなれば答はいいえ。
身分はあれどお金がなくなりつつある侯爵家と、金だけはある伯爵家。婚約したから一応今までアドモーラ家に金銭面で支援もしていたけれど、婚約がなくなった時点でそれらは借金へと変わる。
そこに更に向こうから言いだしたのもあって慰謝料を支払うわけだ。
恐らく侯爵家、潰れる。
アドモーラ家が所有している土地を売りに出せば……とは思うがそれでも微妙に足りないだろう。
すっかり金のなくなった、名前だけ侯爵になる予定のアルヴァンが、果たしてかのご令嬢を射止められるだろうか……とも思う。
婚約破棄を突き付けられたとはいえ、彼女には何の非もない。そこに新たな婚約者として金のない男がやってきたとして、ご令嬢がもしアルヴァンの事を昔から実は好きだったの、とかいうならまだしも、そうでなければ彼女も、彼女の両親もあっさり追い払うのではないだろうか。
だってその構図はどう見ても、婚約破棄されて瑕疵ある女なら俺でもいけるだろう、みたいに思われかねない。身分的には同じ侯爵であっても、実際の力関係で見ればご令嬢の家の方が圧倒的に力がある。
昔からずっと好きだった相手に思いを伝えに行きたい、というその思いはルネリタにも理解はできる。こっちと婚約した状態で向こうにも、みたいな不誠実な事をしないだけマシに思える。
けれど、金がなくてこのままだとうち潰れそうだから、とかいう理由でこっちとの縁談を結んでくれと懇願してきたのは向こうの家だ。こっちは別にどうでもよかった。選べるだけの余裕がないならともかく、ヴァンデリッサ家はそれなりに選べる立場にあるのだから。
正直な話、アルヴァンの顔と声がそこそこ良くて一緒にいても別段不快ではないからこそその婚約を引き受けたに過ぎない。とはいえ、金だけ吸いだしたら後はポイ、なんて事になればどれだけ我が家を侮辱するのかという話だし、向こうの都合でもってきた婚約を向こうが破棄するなどまさかすまいと思っていたからこそ、向こうから破棄した場合の罰則はやや厳しい物にしたのだが。
それでもなお、婚約を解消したいと言い出したのだから、あとはまぁ、頑張れとしか言いようがない。
――数十年前まではあまり普及されていなかったが、今や契約魔術は一般的な物となった。
信用できるものであれば口約束であっても構わない、という者もいるが、やはり最終的にはきっちりと契約をしておかなければならない場合がある。商人などはいち早くその契約魔術を盛り込んだ契約書を扱うようになったくらいだ。
そして、商人たちに少しばかり後れを取ったが貴族たちもまた、契約魔術を用いるようになった。
例えば王命で結ばれた婚約を何故か突然破棄する気でも狂ったか? と言いたくなるような王子が本当にどうしてだか時々生まれる事もあって、王命は勿論の事そういった事態に備えて契約魔術であらかじめ契約するようになった。
これにより、何故か悪役令嬢扱いされる婚約者の立場は守られるようになった。
その逆に、令嬢が実際本当に悪役令嬢としか思えない事をした場合についても契約には盛り込まれていたりもする。
なのでお互い普通に、王族・貴族として常に相応しい振舞いをしていれば何も問題はない。
これに伴い、王命関係なしに貴族間の政略結婚の場合も契約魔術で事前に色々な条件を取り決めるようになった。
婚約しているのだからそちらの家の商売で便宜をはかってくれ、なんていう話を持ち掛けられるような家もそれなりの数あったのだ。実際にそれをやってある程度懐が潤ったあたりで、やっぱ婚約無しにするわ、なんていうケースも存在した。将来的に相手の家の伝手も使えるだろうと思った側からすれば大損だし、一時期そういったやや上の身分の家による搾取案件が横行した事も契約魔術を取り入れる原因になったのは間違いない。
身分こそ上であっても、必ずしも金を持っているとは限らないのだ。
下手をすれば貴族ですらない商人たちの方が余程金を持っている事だってある。
契約魔術に関しては、使うだけならそれほど難しいものでもない。
魔力の込められた契約書、魔力の込められたインクといった物が必要とされるが、あとはそれぞれ取り決めた内容をその紙に記すだけだ。
そうしてお互いにその契約書を見て問題がなければ、最後に両者が契約をお互いに同意する宣誓のための呪文を唱える。
これで契約は完成する。
そしてそれらが守られているうちは問題ない。万一事情があって契約を破棄する場合であっても、そうなった場合の事も契約に盛り込むようになっているので理不尽な搾取というものは大分減った。
ルネリタの場合は向こうから婚約を頼んできたので、こちらから破棄・解消するならともかく向こうの都合で破棄・解消を申し出た場合は今までの援助金額を返す事を当然盛り込んだ。基本は一括で。しかしアルヴァンにも言ったように分割でも構わない――が、万一踏み倒そうとするならば……
ルネリタは恐らくこの先あまり明るくないだろう未来のアルヴァンに思いを馳せた。そのまま視線を少し上に向ければ――ルネリタの父でもあるニコラの、それはもう素晴らしいレインボーアフロが目に入ってきたのである。
契約魔術も魔術の一種なので、当然と言えばそれまでだが扱う事に得手不得手がある。
契約を違えた場合のペナルティを設定していたとして、契約魔術が得意な者が扱えば消費魔力は少なく済むが、苦手な者が行えばとんでもない量の魔力を消耗する。最悪昏倒する場合もあるので注意が必要だ。
契約の際のペナルティなどが大きく、そして強い程魔力消費も多くなる。だからこそ苦手な者が行使する際はそのあたりを上手く見極めなければならない。
契約をする際気を付けなければならないのは、苦手な者が思った以上に魔力を消耗する事ではない。得意な者との契約を違える事こそを気を付けなければならないのだ。
例えば契約を守れなかった場合、最悪相手が死ぬような事を盛り込んだとしよう。その場合は得意な者であったとしてもかなりの魔力を持っていかれる。苦手な者がやればその時点で自分が死にかねない。というか、そもそもそこまでの契約をお互いが納得してやる事は滅多にないが、そこまでのペナルティをつけるとなるとどちらにしても危険を伴うのは事実だ。
ルネリタは普通の魔術はあまり得意ではなかったが物心ついた時には契約魔術に関してはとんでもない才能を開花させてしまった。
勿論本人はその時点でそれを自覚などしてはいなかった。
ルネリタがまだ幼かったころ、父ニコラは仕事に追われ同じ館にいるにも関わらず顔を合わせる事がほとんどなかった。貴族の自覚などまだなかったルネリタはどうしても父に構ってもらいたくて色々とやらかしたものだ。父の仕事の邪魔をしたことでルネリタは叱られもしたが、それでもルネリタは諦めなかった。
そうして根負けしたニコラは、仕事が一段落しそうな日にルネリタと遊ぶ約束をした。
ルネリタにとっては喜ばしい展開。そしてちょっとだけ背伸びしたいお年頃というか、大人の真似をしてみたかったルネリタは――その日に必ずルネリタと遊ぶ事! という契約をニコラに持ち掛けた。
大人の真似をしてみたかったのか、と少しばかり微笑ましく思っていたニコラはその契約を気軽に結んでしまった。
もしその日にルネリタとの約束を破った場合、お父様の髪がぼわってなります。
あの日の契約書には確かにルネリタの字でそう記されていた。
対するニコラの契約は、その日必ずルネリタの相手をするというものだ。万が一破る事になってしまったら、というのは考えていなかった。
商売相手であればまだしも、相手はまだ幼い娘だ。彼女がその日、やっぱ気分じゃないから遊ばないの! なんて言えばルネリタが契約違反のペナルティを受けてしまう事から、ニコラはもしその日ルネリタが遊ぶ約束を取りやめた場合に関してのペナルティは何も書かなかった。
お互いが合意であれば契約魔術は問題なく発動する。だからこそ別に片方だけがペナルティを記すというのも何も問題はない。
ところが。
その日、どうしても外せない急な仕事が入ってしまい、ニコラは急遽家を出る事になりルネリタとの約束を守れなかった。
その結果――ニコラの金色でサラサラだった髪はルネリタの契約魔術によってぼわっと急速に膨れ上がった結果見事なアフロとなってしまったのだ。
困り果てたニコラはどうにか戻そうと試みたものの、契約を違えた事によるペナルティとなるとそう簡単にいかない。
例えば借金返済などに関する契約であれば、数日遅れたとしても払えばペナルティも解除可能ではあるのだ。もっとも内容次第ではあるが。
だがルネリタとの契約は、日付が記されてしまっていた。その日でなければならない、としかと記されていたのだ。そしてその日はとっくに過ぎ去っている。もっと言うのなら、王国歴まで書いてしまったので来年の同じ日に遊べば契約が達成される、という事にもならなかった。
流石にアフロは社交界に行くにしても悪目立ちしすぎる。ニコラはなんとかして元に戻そうと試みた。けれど、ルネリタは契約を持ち掛ける以前にも父に構ってもらおうと色々な手段を講じていた。その時にも遊ぶという口約束をして、結局反故にしてしまった事もあってルネリタは最終手段とばかりに契約を持ち掛けたのだ。
しかし結果はご覧の通りだ。
だからこそ、新たに契約を結んでニコラがルネリタと遊ぶという約束をしてどうにか髪を戻そうと思ったのだが。
この時点でルネリタは父に対してそこまでの期待をしなくなってしまっていた。
また約束してもどうせまた守れないんじゃないの? と既に何度も約束を破られていたルネリタは、父に期待するのを諦めてしまった。
それでもどうにか、何なら今すぐ遊ぼうか? とニコラが言ってもルネリタは首を横に振った。もうそんな気分でもなくなってしまったのだ。期待した分、落とされたと感じた気持ちは失望へ変化し、今まであれほど父に構ってほしいと思っていた気持ちもびっくりするくらい綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
それでもと食い下がったニコラに、ルネリタはじゃあもう一度契約する? と聞いた。
次に約束破られたら、今度はお父様の頭カラフルになるけど、と言ったルネリタにニコラは救いを得たとばかりに飛びついた。
今日はもう気分じゃないから来週ね、とルネリタが言い再び契約魔術を発動させる。ニコラもまたその日は絶対にルネリタと遊ぶからな! と力強く宣言した。
結果はお察しだろう。
今現在ニコラの頭は輝かしいまでのレインボーアフロだ。
勿論ニコラは約束を破るつもりなんてなかった。既にアフロになり果ててしまっているのだ。幼い娘の契約だからとて甘くみるはずもない。
だがその日、よりにもよって国王からの招集がかかってしまったのだ。流石に娘と遊ぶので欠席します、は通用しない。たとえニコラの頭髪の今後を決める事態だとしても。
既にその時点でニコラのアフロヘアーに関しては社交界に広まりきってしまっていたのだが、まさか国王に招集された先で契約を違えた結果によるレインボーへの輝きが追加されるとは思ってもいなかった。
招集された先は一時とはいえ笑ってはいけない議題会議が開催される事となってしまったし、最終的には耐え切れず爆笑の渦が発生した。
ただでさえアフロが既に面白いのに、突然それが虹色に輝いてみろ。普段感情をあからさまに表に出さないようにと振舞っている王や貴族たちであったが、誰一人として予想していなかったアフロ☆レインボーチェンジ♪ という展開には流石の表情筋も耐え切れなかったというわけである。
ニコラ……お前がナンバーワンだ……などとのたまって沈んだ貴族もいた。
確かに全員の腹筋かっさらってったのでニコラが優勝と言ってもいい。いやそういう勝負してないけれども。
どうにか家に戻ってきたニコラはルネリタに縋りついた――のだが、もう何度も遊ぶ遊ぶ詐欺にあってしまったルネリタはことその件に関してニコラの事は一切信用しなくなってしまっていた。完全に信用していないわけではないが、遊ぶという事柄に関しては一切の信用に値しない。
勿論ルネリタとて仕事、それも緊急性のある――というのはわかってはいた。わかってはいたけれど、それでも楽しみにしていたのだ。それを何度もドタキャンされてしまった。
頭ではわかっていても心が納得しないのだ。そもそもまだ幼い娘、それでもそれを理解して気持ちを抑えろというのは無理な話だろう。
一体どうしていきなりニコラの頭がそんな愉快な事になってしまったのか、と気になった友人が後日改めて問いかけた事で、その原因がルネリタであると知られるようになった。ここで、彼女が契約魔術に関してとんでもない才能を秘めていると知られるようになったのだ。
そもそもまだ幼い娘がこうもえげつないペナルティを……とも思われたために、実は他の誰かと契約をしてそれを違反してしまったのではないか? という話も出たし、まさか幼い子供が……と言われていたが、逆に子供だからこそ無邪気に残酷な仕打ちができたのでは? となり一時期事態は混迷を極めた。
それだけニコラのレインボーアフロは衝撃的だったのだ。
そしてそれ以来、ニコラは社交界では決して目を合わせてはいけない存在として知られるようになってしまった。いや、別に目を合わせたからといって襲い掛かってくるとかではないんだけど、顔を見ると必然的にレインボーアフロに目がいくので……ダンスを踊っている時にうっかり目に入ろうものならステップを勢い余って間違えてしまいそうになるのだ。上流階級の由緒ある催しであるはずのそれが、一転コント会場に早変わりしかねない。ただ一人、レインボーアフロがいなければ普通の社交界なのだが、一人目立つのがいるだけで異様な雰囲気すら漂っている。
かといって、ニコラを追放するわけにもいかない。彼はレインボーアフロ以外は至ってマトモで優秀な貴族であるのだから。なので今でも笑ってはいけない社交界だとか夜会だとかが開催される。いい加減慣れるかと思ったが、レインボーアフロの衝撃は中々薄れてはくれなかった。
しかもそうなった原因を聞けば、娘が構ってほしさにやらかした挙句、それを反故にしたという話ではないか。仕事にかまけて家族との会話をあまりしていないという貴族たちからすれば、ニコラを非難できなかった。
あぁ、うちも昔は娘・息子が構ってと騒がしかった時期があったなぁ、なんて者たちからすれば、流石に他人事ではない。もしうっかり間違っていたら、あのレインボーアフロは自分になっていた可能性もあったのだから。
ともあれ、ここでルネリタの思わぬ才能を知られる形となったのだ。
その後ルネリタは幼いながらもとある仕事に就く事になった。
契約魔術を結びたいけれど、お互いに契約魔術が苦手で……といった者たちの代わりに契約魔術を発動させる謂わば仲介人のようなものだ。
契約魔術でそれぞれ契約を果たせなかった時のペナルティを示して、それをルネリタが契約魔術として発動させる。契約の同意を結ぶのはそれぞれの契約者たちなので、万一契約を果たせなかった場合は文言にもある通りのペナルティが発動されるという仕組みだ。
流石に命を奪うだとか、身体の一部を失うだとかのペナルティに関してルネリタは関わらなかったが、そのかわりに彼女が持ち出したペナルティ案は彼女の手を借りて契約魔術を扱うようになった者たちからはいっそ素直に死んだ方がマシかもしれない……というものもあった。
とある男性はまだ幼いルネリタがかわりに契約魔術を行うと知って、最初は侮ってすらいた。ニコラの存在を知っていればそれが甘い考えだとわかりそうなものなのに、彼はそれでも侮ったのだ。
結果、契約を一方的に破棄したとしても大したペナルティにはならないだろうと、とても気安く契約を結んでしまった。
結果彼は、大いなる恵みを失う事となった。
財産はある。仕事を失ったわけじゃない。けれど、彼の頭頂部は光り輝く大地へと姿を変質させてしまったのだ。
まぁ要するに禿げた。
ツルッピカである。
契約を一方的に破棄する前はふさふさで、女性たちからもその外見に関してはきゃあきゃあ言われるような風貌をしていたが、ハゲた途端周囲からは波が引くように女性が消えた。
ハゲでもかっこいい男性はいるが、この男性は頭の形がちょっと歪なのもあってか、ハゲた事でイケメン度合が大きく下がったというのも原因だっただろう。
日中外を歩けば悪気無しに目を細められたりする始末。
太陽の光が反射してお前の頭神々しすぎるんだけど、とか友人に揶揄われる事幾度。
今までちょっとイケメンなのを鼻にかけて調子に乗ってた感すらあった彼は、自尊心だとかを木端微塵に砕かれてしまった。
別の契約を結んでそれを達成できれば元の頭に戻らないだろうか、と勿論考えたりもした。
だが、契約を結ぶにしても内容とそのペナルティがある程度釣り合いが取れていないと契約魔術は発動しにくい。
例えば商談で屋敷を一つ購入するのに支払うものはそこで拾ったどんぐり一つ、とかだとどう考えてもそんな商談成立するはずもない。たとえば絶滅寸前の品種でもある木から採れたどんぐり、だとかのちょっとプレミア感ついたとしてもまだ微妙だ。
彼の髪を復活させるために結ぶ契約は、つまりそれだけ難易度が上がると言ってもいい。
となると、彼はその契約を果たせなくなる可能性の方が高くなってしまう。
それこそ、次は絶対遊ぶから、と約束して反故にした結果レインボーなアフロへと変貌を遂げてしまったニコラのような事になる可能性が高いのだ。
一時期家から引きこもって出てこなくなった男性ではあるが、この一件を大いに反省して彼は頭に巻くバンダナを様々な種類作り、一躍流行を作ったので決して不幸のどん底に落ちただけではないとだけ述べておこう。
だが他にもいたのだ。
ルネリタの契約魔術の恐ろしさを侮り軽んじた者は。
とある女性は婚約する男性と契約魔術を結ぶ事となった。
女性の家の方が位が高く、男性を見下している節さえあった。
普通に、それこそ契約魔術を使わずに結婚していたら、今頃はきっと女性によって男性の家の財産は食いつぶされていただろう。それを懸念した男性は契約内容に、妻となった時点で貞淑である事、を求めた。
女性は何だそんな事、と内心鼻で嗤った。
あからさまな男遊びをするつもりはなかった。
せいぜい夜会などでちょっと贅沢する程度だ。ドレスや装飾品を数多く必要とする事はあるけれど、別段浮気なんてするつもりはなかったのだ。
だが、次第に調子に乗ってこれくらいなら大丈夫だろう、というハードルは徐々に下がっていき、ついに女は一線を越えそうになる。
夫と参加した夜会、ダンスを踊った後疲れたから少し風にあたってくるわ、なんて言って中庭へ移動したそこで、度々親しく話していた別の男性とちょっとだけいい雰囲気になってしまった。
これが昼間で、周囲に人の目があったならそんな事にはならなかっただろう。
けれどもその場の雰囲気だとか、今までのあれこれでちょっと気分が盛り上がって女はその男と熱烈とまではいかないが口付けを交わしてしまった。
それと同時に。
彼女の胸が光り輝いた。
夜でも淡く輝くその光はドレスの下から発光していた。
何事かわからないまま、女はうろたえ男もまた戸惑い、その場を後にする。
会場へ戻ってしまえば周囲の明るさで目立ちはしなかったが、それでも少し暗い場所へ移動すると胸のあたりがぼやっと淡い輝きを放っているのだ。
一体どうしたというのかしら……不思議に思ったが、流石にその場で確認するわけにもいかず、名残惜しかったが早々に夜会を後に女が家に帰りドレスを脱いで確認すると――
乳輪を囲むようにムダ毛が生えていた。
それだけなら別にそこまで気にするものではなかったかもしれない。抜けば済むだけの話だ。
しかしそのムダ毛、よりにもよって光り輝いていたのである。目が眩むほどの輝きではない。暗闇をほんのり照らす程度の淡い輝きだ。しかし、ドレスの上からでもその光はわかるものだし、場所によっては無駄に注目を集めてしまうだろう。
女は発狂しそうになりながらもそのムダ毛を抜いた。今まで一本のムダ毛もなかったわけではないが、それでもこんなぐるっと円を描くような生え方はしていなかったというのに!
毛抜きで引っこ抜いて、これで当面は大丈夫だろう、そう思ったのだが。
抜いた直後からまた生えてきた。
それも気のせいかもしれないが、先程よりも光が強くなっている気がする。
いいえ、いいえ気のせいよ、とばかりに再び抜けばまた出てくる光り輝くムダ毛。
片方の胸のムダ毛ばかりを集中して抜いていたが、そこで気のせいでは無かったと気付いてしまう。
明らかに、抜けば抜くだけ新たに生えてくるムダ毛は光を増していた。
暗い寝室のなかでもランプがいらないくらいに明るく輝く乳輪から生えてるムダ毛。
耐え切れない現実に、女は絶叫した。
そこで夫にも彼女が不貞まがいの行為をした事がバレてしまったのだ。
まだ口付けだけしかしていなかったが、もし、もし盛り上がってその後別の場所で最後までいたしていたら……果たしてどうなっていた事だろう。
いや、そもそもそうなったかは危うい。胸から光り輝くムダ毛が生えた女と何事もなく最後まで事に及べる男性がどれくらいいるだろうか……
ムダ毛がただのムダ毛であるなら然程気にしない、という男性もいるだろう。しかし光り輝いているのだ。暗い室内を照らせるだけ輝いているムダ毛。恥ずかしいから明かりを消して……なんて言われて室内を暗くしたところで女の胸から生えるムダ毛が彼女の周囲を照らしている――となれば明かり消さない方がいいんじゃないか? という気しかしない。
結果として女は屋敷に引きこもる事になった。離縁こそされなかったが、その件を理由に彼女の家の中での立場はがっつり落ち込んでしまったし、彼女の実家も大事な娘が蔑ろにされるような事はしないようにと睨みをきかせていたものの、この一件で庇うに庇えなくなってしまった。
そもそも離縁されて家に戻されても困るのだ。服を着てさえいれば胸のあたりがぼうっと光る程度で済むが、やれ着替えだ湯浴みだといった時、彼女の身の回りの世話をする侍女たちの立場を考えたら最悪一気に家から侍女が暇をいただく結果になりかねない。
なので離縁されなかった事に彼女の実家は安堵の息を漏らしたし、どうかそのまま一生添い遂げてくれとすら思っていた。光り輝く胸を持つ女になってしまった相手をそれでも平然と受け入れている男は実はとんでもなく大物だったのかもしれない。
さて、更に別のケースではあるが。
こちらもルネリタの契約魔術を侮っていた。事前情報を集めてある程度の事は知っていたけれど、それでも話を盛っているのではないか? と、要は高を括っていたのだ。既に被害に遭われた人たちと直接話した方が良かったのではないか? と思われるが、そもそもその被害者が素直に話をしてくれるかもわからない。
その男はとある暗殺組織に所属していた。
変装し、商人の振りをして他の商人との商談を纏める段階でルネリタによる契約魔術を、という事になったわけだが。それが男の人生を大きく変えてしまった。
元々の目的は、その商人との商談。向こうにも利があるがこちらにも大いに利があった。それに、ついでにその商人の弱みでも握る事ができれば、そのままこちら側との繋ぎにもなるだろうと。
実は裏稼業の人間であるなどと気付いていない商人を、そのままずるずるとこちら側におとしてしまおうという魂胆でもあったのだ。
契約内容自体は普通であったと思う。
商人は納得していたし、男もまた特におかしな点はないなと契約書を見てしっかり確認している。
こうしてしっかり契約を結んだ上でそれらが守られている、というのはある意味で信用するべきかどうかを考えるのに参考にしやすい。ペナルティが大量に発動したらしい人物であれば契約などするだけ無駄だしと門前払いを食らっただろう。
けれども男は裏では依頼のあった者を殺す仕事をしていながらも、表向きは人当たりの良い善良な商人の顔をしていた。だからこそ殊更契約には敏感であったし、ヘマはしないよう行動にも細心の注意を払っていた。
だがある日、契約を破棄するしかない事態が訪れてしまった。
そろそろあの商人をこちら側に引きずり込んでもいいのではないか、と思われたあたりで彼の組織から見てとても厄介な連中がその商人に接触し始めたのだ。下手をすればこちらにも累が及ぶかもしれない。それは困る、となってやむなくではあったのだ。
だがこの時点で男はまだルネリタの契約魔術におけるペナルティの恐ろしさを理解していなかった。
もし契約を破棄するような事になった場合、そちらは身体の一部が光り輝く事になりますからね、と言われて最初は何のこっちゃと思った。
何かの暗喩だろうかと考えて、以前得た情報から髪が抜け落ちてハゲるとかだろうと簡単に思い浮かんでしまった。
確かに惜しくないと言えばウソになるが、別段仕事に影響があるわけじゃない。髪がなくともそれならそれで別に構わん、くらいに思っていたからこそ、彼は契約をあっさり一方的に破棄してしまった。
結果、彼は暗殺組織から追い出される事となってしまった。
実際契約魔術のペナルティは発動した。
そして男の鼻毛は常に輝くようになってしまったのだ。
仮に全ての鼻毛を引っこ抜いたとしても、すぐさま生えてくる鼻毛。抜くたび光の強さが、なんて事はなかったけれど、それでも鼻の位置は目の下だ。ちょっと視線を下に移動させると大体ぼわ~っと光っているのだ。
明るい所ならこちらもそこまで目立つものではない。が、組織に所属する者からするとこんなのどう考えても目立つ首輪をつけられたに他ならない。
殺しの依頼をうけ実行するのは高確率で夜だ。
暗い中を移動するのに鼻毛から出る明かりはランタンいらずではあるけれど、正直目立つ。
ターゲットの暮らす家にこっそり侵入したとしても、下手すると明かりで気付かれる可能性もある。
いや、この状態の恐ろしいところはそれだけではない。
目撃者を消す? そんな事をするにしたって、一人や二人で済まないだろうし下手に噂になればすぐさま自分がそうだという事実に辿り着かれてしまうだろう。鼻毛が光る人間なんて今の所この男しかいないのだから。
おちおち外を歩けなくなってしまった男は組織から追い出された。
こいつが下手に組織の情報を他に喋ったとしたら……と危惧した者も勿論いたようだが、まず男が他者との関わりを拒んでいたのでそう簡単に情報は他に流れる事もないだろうと考えられた結果、処分されずに追い出されるだけで済んだ。
とはいえ。
男は常時鼻毛が輝いているせいで昼の明るいうちはまだしも、夜がつらいと思うようになりつつあった。
目の下がぼんやり輝いてるようなものだ。ちょっと視線を下に移動させるとそれだけで光源がぼやっと主張されているので極力上を見るようになったが、常にそうするわけにもいかない。
それだけではない。夜、眠りにつこうとして目を閉じても瞼越しに何となく下の方がぼやっと光っているのだ。すごく……気になる……いやでもこれ鼻毛が光ってるだけだし……と思ってどうにか眠ろうとしても中途半端に神経が尖ってる感があって、それこそ外からの風の音だとか、その風で舞い上がった何かが建物にあたった音とかがやけにはっきりと聞こえてしまい、常に眠りが浅い状態になってしまっていた。
ちなみにこの男は最終的にノイローゼになり鼻のあたりを布で覆ってどうにか光を遮断しようとした結果、巻きすぎて窒息、自らの命を絶つ結果となってしまった。
死体が発見された時に、あっ、この人鼻毛が光ってた人だ、と言われた事で何となくこうなった状況を察する事になったのは言うまでもない。
この一件でルネリタの方にも悪評が流れるかと思いきや、そんな事はなかった。
そもそも契約破棄したら鼻毛が光ります、とかいうペナルティを作られて、それを承諾したのは男だ。イヤならそんな契約を結ぶなという話であるし、何なら契約をきちんと果たせば済むだけの話だったのだ。
言うなれば自業自得。
それに確かに鼻毛が光るとはいえ、常時視界を奪うような眩い光というわけでもなかった。確かに夜寝る時とかはちょっとこう……気になるかもしれないけれど、それだってアイマスクなどでどうとでもできた。
あくまでもペナルティは鼻毛が光るだけで、日常生活でそれ以外の何かがあったわけではない。人間としての尊厳だとかが失われかけてるだけで。
男が死んだという話を聞いた時、とある暗殺組織の人間は妙な感心をしてしまったほどだ。
こいつこの程度で死ぬような繊細なメンタルしてたくせに今までよく殺し屋できてたな……と。
とはいえ、その思いは多くの人間には伝わる事もなかったので、あくまでひっそり極一部だけで広まった感想である。
この一件でペナルティに関してもうちょっと見直した方がいいだろうか、という話も出たのだが、しかし結局の所変わる事はなかった。
今まで表沙汰になった件を考えれば、髪の毛がなくなるだとか、乳輪に生えたムダ毛が輝くだとか、鼻毛が光るとかなわけだが。
そもそも日常生活は通常通り行えるよな、となったのも特に変える必要がないとなった原因だ。
確かにハゲは男性からすれば恐れるべき事でもあるし、女性も自分の身に降りかかると考えれば流石に他人事ではない。けれど、カツラや帽子、更にはバンダナなどの布を巻くという手段で多少誤魔化す事は可能だし、ハゲたからといって死ぬわけではない。
ハゲだからといってご飯が食べられなくなるわけでもないし、睡眠がとれなくなるわけでもない。生活を普通に行うだけなら何も問題がないのだ。
光り輝くムダ毛とて、服を着てしまえば光ってるとはいえ周囲の視界を奪うほどの光が出るわけでもないので、何か胸のあたり光ってんな……と視線を向けられる事はあってもこちらもまた生活に支障はそこまで無い。朝起きて身支度して食事をして――からの夜寝るまでの間で胸のムダ毛が日常の行為を妨げる事はまずないのだ。
光る鼻毛もそうだった。それなりに対処法はあったのだから、うまくやれば光る鼻毛とも長く付き合っていけるはずだったのだ。
これが何の非もない人間に降りかかる出来事であればまだしも、いずれも契約を一方的に破棄した末路だ。
そもそもルネリタの契約魔術に関してはそれなりに知られていたはずなのに侮った結果でもあるわけだし、同情心が全くないわけではないけれど、でも結局は自業自得じゃん? という部分に辿り着く。
他にもいくつかルネリタが関わった案件はあるが、基本的には契約を遵守するようになったので、そこまで愉快な何かが起きたという話が爆発的に増えたわけではない。
精々やたら太い鼻毛が伸びて常に自己主張していたりだとか、びっくりするくらい伸びた下まつ毛が顔の半分を覆いつくすだとか、時々見た瞬間ギョッとする人がいたりはするけれどそれだけだ。
――さて、その後のルネリタではあるが。
ヴァンデリッサ家とは別でルネリタ個人で契約魔術関連で稼いでいたのもあり、彼女は少々金がないが昔から続く由緒と伝統のある家へ嫁ぐ事に決めたようだ。持参金は家からも出されるけれど、ルネリタ自身の資産もあるので生活に困る事もないだろう。
金が無いのはその家が魔術の研究を行っているからで、ルネリタはそれに興味を示したのもあって今回の婚約が結ばれあっさりと結婚したわけだ。
魔術研究のついでに契約魔術のペナルティで良さそうな案を出してもらえたりするかな、とかいうのも少々含まれてはいた。一見すると丸く収まってるように見えるけど、この二人、会わせない方が良かったのではないか……と思ったのは唯一、ルネリタの父であるニコラだけだ。
現状ルネリタの契約魔術におけるペナルティはムダ毛がやたら伸びるとか逆にハゲてツルッツルになるだとか、はたまた無駄に輝くだとかでしかないが、夫となった魔術師の案を取り入れた結果そのうちバリエーションが増えそう、とルネリタは確かな手ごたえを実感していたのだ。
そしてその手紙を読んだニコラが「この結婚やめとけばよかったのでは……?」と思ったわけだが。
まぁ、どのみち手遅れである。
ちなみに。
ルネリタと婚約を解消したアルヴァンだが。
彼の家は今ではすっかり没落寸前となってしまっていた。
元々領地経営の際、金がなさすぎて常にカツカツ火の車状態だったのを、ヴァンデリッサ家の支援でどうにか持ち直したところだったのだ。
あくまでも持ち直しただけで、軌道に乗ったわけではない。だというのに今まで援助した分の金を返さなければならなくなったし、更には婚約解消の際に支払わなければならなくなった慰謝料も含むとなれば、傾くのは当然の流れであった。
憧れの君へ想いを伝えに行くのだと言っていたアルヴァンではあったけれど、彼は結局それを実行に移せなかった。
何せペナルティが発動してしまったので。
元々金目当てで結んだ婚約であったけれど、それを頼んだこちらから無かったことに、なんて言った結果といえばそれまでではある。
アルヴァンが契約を破棄してしまったという話を聞いて彼の父は酷く怒ったし、大慌てで家中の金になりそうなものをかき集めたりもした。
雇っていた使用人には悪いが最低限まで人員を削り、どうにか捻出した金をヴァンデリッサ家へ送金したものの、それだけでは到底足りず領地のほとんどを手放さなくてはならなくなってしまった。
最終的に夜逃げ同然で出ていったらしいアドモーラ家ではあるが、未だに貴族としての爵位を返すという事はしていないようで、まだギリギリ貴族であるらしい。
とはいえ、恐らくそれもそう長くは続かないだろう。
絶対に婚約破棄なんかしないし君を幸せにするから! なんて言って向こうから結んできた婚約を、結局向こうの都合で無かった事に、となったのだ。
絶対にそんな事はしないから、どんなペナルティをつけても大丈夫!! なんて大口を叩かなければ良かったのに……と契約破棄に至った時点でルネリタは思っていたのだ。
だって、絶対に大丈夫とか言われたらルネリタだってそりゃあまぁ、じゃあもし破棄された場合のペナルティちょっと酷くなっても大丈夫よね、破ったりしないんだから、となっても仕方なかったのだ。
勿論向こうだってそのつもりではいたのだろう。アルヴァンの憧れの君とやらが婚約破棄されるような事にならなければ。
金目当てというのもあったが、いわば金づるをそう簡単に手放すつもりはなかったに違いない。
ちなみにアルヴァン憧れの君とその元婚約者であった第二王子の婚約の際も、実の所ルネリタの契約魔術が関わっているので、馬鹿な理由でやらかした第二王子の末路もルネリタは知っている。
彼は現時点で慰謝料の支払いをするべく鉱山での強制労働が決定されているが、それも契約魔術によって織り込み済みであった。下手に逃亡できないように、慰謝料の支払いが終わるまでは職場と住居以外の場所では常に腹を下すというペナルティが課せられている。
肉体的に過酷な労働から逃げようとしても、そうなればすぐさま腹が下って最悪人前で出してはいけないものが漏れる恐れがあるのでまだ人としてのプライドを持ってる第二王子は逃げるに逃げられず日々ひぃひぃ言いながら労働に励んでいるらしい。
住居は何と職場である鉱山の中の休憩部屋が割り当てられているので、家と職場の往復途中の道とかもない。生活に必要な物の大半は用意されているので、逃亡を目論まない限りは問題のないペナルティだ。
借金さえ返せばそのペナルティもなくなるので、彼には是非とも頑張ってほしい。
さて、アルヴァン達に話を戻そう。
アドモーラ家と結んだ契約はよくある政略結婚にありがちなものだ。だからこそ、特に問題はない。ルネリタとアルヴァンが結婚していればヴァンデリッサ家は爵位が上の貴族との繋がりを得る事ができたわけだし、アドモーラ家は金が入る。結婚してもお互いがお互いを無下に扱う事のないようにしていれば、ペナルティなんてものは全く無いに等しいものであった。
だがペナルティは発動してしまった。
領地を売り払い金を集めたところで到底足りるものではなかったため、分割で支払っていた金もすっかり支払いが滞っている。これだけでもうペナルティが発動したのは言うまでもない。
発動していないのであれば、それはアドモーラ家の人間が死んだ時だけだ。
どんなペナルティでも問題ないさ! とのたまっていたために、ルネリタはじゃあ折角だし……と己の限界に挑むとまではいかなかったが、それでも結構なペナルティを作ってしまった。
支払いが滞った時点でアドモーラ家の者たちの頭髪が落ち武者ヘアーになるという事。
落ち武者というのは遥か東方の国に昔存在したという侍が落ちぶれた姿らしいのだが、ルネリタはそこら辺詳しくは知らない。だが、書物に図解が載っていて、その頭はなんとも言えない奇抜な髪型にしか見えなかったのだ。
頭のてっぺんはツルピカなのに横は髪がざんばらに伸びていて、この国でそんな髪型をしている者がいたらさぞ悪目立ちするだろうなと思ったのだ。
髪が手入れされてるようならまだしも、その図解からはどう見てもそうは見えないし、そもそも頭頂部がハゲてるのでいくら横に髪があってもハゲはハゲだろ、と言われそうなものだ。
貴族でこんな髪型してたら外を歩く事はおろか、社交の場にも出られないのではないだろうか。父ニコラのレインボーアフロですら割とギリギリというか正直な話アウトに等しいというのに。
ニコラの場合は能力が優秀であったからこそかろうじて存在を許されていると言ってもいい。彼が無能な貴族であれば、レインボーアフロになった時点で家を追い出され別の者がヴァンデリッサ家当主になっていたに違いないのだから。
なのでルネリタは直接見てこそいないが、アドモーラ家の者たちが今は落ち武者ヘアーになっていると知っている。
唯一婚約者であったアルヴァンはあの家の中では次の当主になるはずだったし、そういう意味では稼ぎ頭になるだろうとわかっていたので落ち武者ヘアーではなく、バーコードハゲになるように契約に盛り込んでおいた。ルネリタなりの慈悲である。
バーコード、が何かよくわかっていないルネリタだが、何か遥か昔に滅んだ文明にあったものらしい。よくわかんないけどカッコイイ! という響きだけでバーコードハゲと盛り込んだのは若気の至りと言えるかもしれない。ハゲとついた時点でどうしようもないと思うのだが。
頭髪だけならまだしも、もう一つルネリタはペナルティを盛り込んでいた。
下半身のムダ毛の輝きである。
髪の毛以外の毛を輝かせてみても面白いかと思ったが、流石に全身ビカビカされるのも見ている側の目に痛い。なのであくまでも下半身のみにしておいた。慈悲である。
ルネリタはこれも直接見ていないけれど、きっと今頃大変な事になってるんだろうなぁ、と思っている。
すね毛はともかく下半身、それも陰部の毛まで剃るとなると中々に勇気がいる。
しかし剃らない場合用を足す時だとか無駄に輝く光があふれるし、下手をすれば服の上からでも輝いているのだ。
仮に恋仲になれた者がいたとして、その状態で先の展開に進めるだろうか……?
ちなみに剃った場合、すぐさま生えてくる事はないがそれでも次が生えるまでの速度が速まるようにペナルティに盛り込んである。どう足掻いても下半身の自己主張が激しい。
まだ慰謝料だとかの支払いをしているうちであれば、アルヴァンも憧れの君に想いを伝えに行く事ができたかもしれない。けれど、ペナルティが発動してからはもう無理だろう。そもそも夜逃げ同然でどこかに行ってしまったので、想いを伝える事はこの先も無いはずだ。
とりあえず借金全額返済してくれればそのペナルティ、止まるよ。とは事前に伝えてあったけど、どうだろうなぁ……というところである。一応伝令出したけど、果たして本当に伝わったかどうかも疑わしい。
アドモーラ家の財産ほぼ全部処分してこちらの支払いにあてたとしても、まだあと半分ほど残ってる状態なので。
ちなみに憧れの君であった令嬢は、万一そうなった場合の事を想定されていて既に新たな婚約者がいる。これも、実は契約魔術を行う時に立ち会ったルネリタは知っていた。言わなかったのは単純に「そうまでして行く手を阻みたいのか」とか見当違いな事を言われたら面倒だと思ったからだ。
アドモーラ家に援助していた金が全額返ってこなくとも、慰謝料の支払いが滞ろうとも、ニコラは優秀であるからあの程度の損失はすぐに取り戻せるだろうし、またルネリタも契約魔術が絡めばそこそこ稼げるのもあって、正直どちらに転んだって良かったのだ。
アルヴァンとの結婚が果たされようとも、破棄されようとも。
そう考えるとアドモーラ家が落ちぶれたのは当然の結果なのかもしれないな、とルネリタは夫から借りた魔導書を読みふけりながらそんな事を考えていた。アドモーラ家に足りなかったのは情報収集能力と、あとはアルヴァンがもっとルネリタを惚れさせていれば、とかそういう部分だろうか。もしルネリタがもっとアルヴァンに惚れていたら、家からの援助とは別にせっせと貢いでいた可能性はあるのだから。
夫から借りた魔導書には、契約魔術の根源のようなものが解説されていた。
それによると、契約魔術は遥か昔、契約魔術という呼ばれ方をしていたわけではなかったらしい。
当時の名称は呪術。
呪うための術である、という表記に、ルネリタはなるほどなぁと声には出さずに納得したのだ。
ルネリタだって好き好んで父親の頭をレインボーアフロにしたわけではない。
あの時はひたすら構ってほしくて、父に自分という存在をもっと認識してほしくて必死だった。けれども仕事を優先されて、幼いながらにそれはきっと恨み辛みへと変化したのだろう。
もしあの時、お父様なんて死んじゃえばいいんだ! なんて思っていたらきっとそうなっていた可能性が高い。そうしてその結果に後悔し、次は自分を恨んで自滅していた事だろう。
ルネリタは自己主張が苦手というわけではないが、それでも思った事全部を口に出せるような性格でもない。父が忙しいのだって仕事なのだから仕方がない事なのだとわかってはいたのだ。それでも、だから何もかも許せるというわけでもなかった。
自分の中で我慢に我慢を重ねていくうちに抑圧されたものが、きっと契約魔術としての才能を花開かせたのだろう。そう考えるとルネリタは納得できるのだ。
それ以外の魔術の扱いがこれっぽっちも上達しないのも納得がいく。
あとなんていうか、契約魔術のペナルティがアレなのも何か納得がいった。
命を失うほどじゃないけど地味にイヤなものばかりなのが成功しやすいのは、そりゃ元を正せば呪いなのだからそうだよなぁ、となってしまう。
……ふむ、とルネリタはある程度読んだ時点で本を閉じた。
ペナルティとしてハゲるのはわかりやすい。
では、次は契約をきっちり完遂できた者に対して、髪の毛がふっさふさになるやつとか成功すれば顧客が殺到するのではないだろうか。
呪いとは何か違う気もするが、それでもムダ毛は延々生やせるのだから応用は可能なはずだ。
でも自分だけだと心許ないので専門家でもある夫にアドバイスもらってこよう。
そう決めて、ルネリタは夫の研究室へと早速向かうのであった。
――ちなみに。
これより数年後、ルネリタの元には契約をきっちり果たせば不毛の地となった頭でも髪を復活させることができる、というものと、失った視力を復活させその瞳に光を取り戻す事も可能であるという話が流れ、多くの者たちが彼女を崇める事になるのだが。
ニコラのレインボーアフロだけは何をどうしても元に戻らなかったのである。
そしてーかーがやーくウルトラ毛ッ!