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098 第15章 トドマの港町 15ー5 トドマの山の鉱山案内2

 寄宿舎の部屋の中で、手っ取り早く自分の荷物を整理して、いよいよ現場見学。

 魚醤工房へ行き、中を見学させてもらうマリーネこと大谷。


 98話 第15章 トドマの港町 

 

 15ー5 トドマの山の鉱山案内2

 

 私に割り当ててくれた部屋は、娼館の横にある女性陣の集合住宅の部屋のほぼ中央の一つである。

 中の物は彼女たちの体のサイズに合わせられていて、私には大きすぎるが。

 

 荷物を下ろして少し休憩。

 

 トドマのギルドが受け持つ仕事は多岐に渡っていた。

 私は、そうはいっても山の鉱山の周辺の警邏だと思ってたが、鉱山の出入り口で警護するのは、王国の警備隊もいるのである。そして冒険者ギルドからは専任がそこに来ている。

 

 真司さんも言っていたが、警備隊がいるから、やるのは魚醤工房の警護任務だと思っていたのだが。

 

 つまり、専任じゃない私がやるべき仕事は、とんでもなくめんどくさい。

 あっちこっちにある工房の警邏かと思えば、それも魚醤の工房以外は、王国の警備隊がいるので、実際は樵ギルドの伐採現場や、陶器の粘土採集現場、あとは植林や下生えの伐採などの作業を行う人の警護と周辺の警邏である。

 

 警備のシステムが出来上がっているので、私がやる事はそうそう多くはなかった。多くはないが、あちこちの採集現場の警邏に、魚醤工房の付近に出る魔獣の駆逐だ。それも、どうやら固定ではなく、輪番なのか。

 

 しかし、魚醤工房はまだギルドがないとヨニアクルスは言っていた。漁業ギルドか商業ギルドのどっちかに入れようとしてるようだが、上手く行っていないらしい。

 これはたしか、ギルドの概要本にも、それっぽい事が書いてあったような。

 確か、食品加工に関してはギルドが無いと。

 

 どうして決めていないのかは不明だが、おそらく、細かく決めたらきっと面倒になるだろう。

 しかし、大雑把過ぎても、たぶん色んな食品加工者がギルドの中に存在して、それを取りまとめできない。

 ならば、食品加工に関しては王国は感知せずという事にしたのだろう。

 この王国のアグ・シメノス人にとって、魚醤は必要としていないばかりか、あれはただの破壊的な悪臭としか思ってないのかもしれない。その可能性はあるな。

 

 

 鉱山の寄宿舎で、一休みして荷物を部屋に置いた私は、まずリュックを開けて中のリュックを取り出した。

 このリュックの中に多数いれた物をほぼ取り出して、ナイフとタオル三枚とロープだけにした。

 鉄剣と剣帯は、その横に置いた。ミドルソードも横に置く。

 ブロードソードと、何時ものダガー、そして久しぶりに魔石入りのポーチを袈裟懸けする。これがあれば、たぶん鉄剣は要らないだろう。

 リュックを背負って、出かける準備は出来た。

 

 暫くすると、ヨニアクルスがやってきた。

 リュックを背負って出ると、私に鍵を渡して寄越した。

 簡単な造りだが、有ると無いとでは違うのだろう。

 取り敢えず、鍵を掛ける。鍵はポーチにしまった。

 

 この鉱山村の様な敷地を抜けて、ゆっくり歩く。東に向かう道を歩いていくと、周りはすぐに森である。

 ヨニアクルスは私を連れて、奥にある魚醤工房へと向かう。

 

 森の道はそれなりに広かった。

 鬱蒼とした森の中にきちんと舗装された道が出来ていて明らかに荷車ぐらいは通れるようになっている。

 森林の中は上には高木が枝を広げている事もあって薄暗い。

 

 不意にヨニアクルスが口を開いた。

 「ヴィンセント君、先に言っておこう。この先は強烈に臭う」

 「もしあるのなら、布などで鼻を塞いでおくといいよ」

 そう言って彼は何枚かの布を重ねた物に紐を縫い付けた物をポケットから取り出して、顔に装着した、

 「分かりました。ちょっと布を取り出しますね」

 そう言って、リュックを下ろしてタオルを二枚取り出して目の下を覆う。二枚とも頭の後ろで縛った。

 再び、出発。

 「一応、四か所あるので、一番奥から行こう」

 そう言って、林の奥に向かった。

 既に魚醤工房から臭ってくる凄い(くさ)さ。

 なるほど。これは、きつい。まだ、発酵場についてすらいないのに。

 どうやら建物が見える。

 

 南の方は全て樹木が切り倒されて、綺麗に伐根までされている。湖まで遮蔽物が無い。

 そして西側はかなり高い塀が付いている。所々に扉が付いていた。

 塀の南の方には大きな扉がある。搬出の出入口だろうか。

 

 扉の上にかなり大きく名前が書いてある看板が掲げられていた。

 『ケンデン・魚醤工場』

 

 「ケンデン。邪魔するよ」

 そう言いながら、ヨニアクルスは一番北側にある扉を開けた。

 中からは強烈な魚の腐敗臭がする。これだけでもう慣れてない人なら吐いてしまうんじゃないだろうか。

 

 「おや、支部長自ら、どうしました」

 顔は眼の所しか出ていない頭巾ですっぽりと覆われた長身の男が出てきた。長い袖。袖口は紐で縛っている。

 足元の靴もなにか、見た事の無い代物だ。脛のあたりまで覆う革製。真っ茶色の革だが、下のほうは黒ずんでいた。

 

 「ああ、ケンデン、紹介するよ。今度、此方の方の魔獣駆逐を担当してもらう、マリーネ・ヴィンセント殿だ」

 私のほうに握った左手を向けて人差し指で私を示す。

 「支部長殿、お言葉ですが、こんな小さな少女がやるんですかい」

 

 まあ、そうだろうな、それが普通の反応だろう。

 そう思っていると、ヨニアクルスは階級の事を口にした。

 

 「まあ、ケンデン、そう言うなって。私が保証するんだ。彼女の首にある階級章を見てから、言ってくれ。銀三階級だ。魔物退治の実績も十分ある」

 

 「こ、こいつぁ。失礼したようですな。お嬢さん」

 私は深くお辞儀した。

 

 「とりあえず、あちこち見せて回ってからになるが、ここ数日で魔物が出たとか、そういうのは、誰も言ってないか?」

 「今のところは森の方はおとなしいもんでさ。ただ、夜中の当直担当が時々、変な掠れた様なうなり声がするとは、言ってたようで」

 「わかった、その件は、警邏のほうに伝えてないのなら、私から言っておこう」

 「ヴィンセント君、中は見るかね、私は遠慮するが」

 そう言ってヨニアクルスは苦笑した。

 

 この匂いは強烈だが、見学できるなら見ておこう。

 「後学のために、お願いします」

 「はは、真面目だな。君は。私は何があっても入らないよ。行ってきてくれ。ケンデン、案内してやってくれ」

 

 

 まず、屋外の大きな庇の下、日陰になった場所に井戸からの水を汲んだ大きな容れ物が多数。

 そこに魚が泳いでいる。泥とか食べた物を吐かせるのだろう。ここでおよそ六日くらいは、放置されるそうである。その間に何度も水を変えるのだそうだ。

 

 魚は、まるで色や形が『黒鯛』にしか見えない魚が多数泳いでいる。

 これは元の世界なら『ティラピア』か。顔が大分違うようだが、和名なら『いずみ鯛』という。アフリカのほうが原産の魚だ。

 

 この異世界にも淡水の鯛がいるのだな……。

 

 確か、淡水から汽水域にまで広く生息する。実は塩分濃度が高くても直ぐには死なない。水温が一五度C以上ならどこにでも生息し、二三度C以上なら繁殖。食べ物は雑食性、とても貪欲、苔から動植物や腐肉をも食べるが、小骨が多いものの、肉は淡白で皮も本来は臭みが無い。養殖にも向いた優れた魚である。

 

 外観が『黒鯛』によく似ていてる。味はやや淡白ではあるが脂もある。食感はやや柔らかく、非常に料理に向いた魚だが、元の世界では日本においては、『真鯛』の大量養殖に成功した為に『ティラピア』は需要がない。大量の『真鯛』の供給は人工種苗(しゅびょう)生産技術の確立によるものだ。そのために『ティラピア』は専門業者以外ではほぼ流通していない。それどころか野生化した『ティラピア』は最早厄介な外来魚扱いである……。

 

 しかし、陸上で淡水で育てられる優れた魚なのは間違いない。世界各地で盛んに養殖されている。綺麗な水で育てると、臭みはない。

 しかし、日本は海洋国家の上に、海の魚介養殖も盛ん故に、こういう淡水魚は(かえり)みられる事がほぼ無かった。『ハクレン』とか『草魚』とか、あの辺もそうだったはずだ。食用で輸入したが、根付かなかったのだ。

 

 

 「すみません、場長(じょうちょう)様、この、魚は、何と、いう、のでしょう?」

 場長で良いのかどうかはわからないが、取り敢えずそう呼ぶ事にした。

 「スカール・イーシャーと言いましてな。”貪欲な黒魚”という意味です。そのまま焼いても煮ても美味しい魚ですよ。お嬢さん。魚醤にすると、匂いのほぼしない最高の物が作れます」

 ケンデンが朗らかに私に説明してくれる。

 「解りました。ありがとうございます」

 

 オセダールの宿で出された、あの透明の臭みもない魚醤はこれだったのだ。

 なるほど。

 

 場長は眼以外を覆った頭巾で表情は見えないが、この人物は案外気さくなのかもしれない。

 

 彼は、簡単に各工程を私に説明した。

 魚醤の作成行程は、まず、材料の厳選から始まる。

 泥を吐かせ、臭みを抜いた魚は丁寧に捌いて、身を切り出し、それを発酵させる。

 当然だが、醗酵過程はとても臭い。

 

 タンパク質の分解されていく過程で発生する臭気は、強烈な物がある。

 肉が腐って行くのと、全く同じだから匂いは区別なんかつかない。

 菌がやっているのが醗酵か、腐敗かの違いしかないのだ。

 人にとってその微生物作用が有用な場合を醗酵、有害な場合が腐敗というだけに過ぎない。

 場合によっては同じ乳酸菌でも、作用する物によって醗酵だったり腐敗だったりする。

 

 更に言えば、好きな人にとってはそれが発酵食品で、受け付けられない嫌いな人にとっては腐敗した食品という事である。

 元の世界で言えば、納豆。蒸した大豆に枯草菌をくっ付けて増やすと納豆が出来る。そのねばねばや臭いで、西欧人にしてみればただの豆の腐敗である。

 これを大豆を煮て放置して枯草菌がくっ付くと粘り(ネトと呼ばれる)と共にアンモニア臭が出たりする。これは腐敗だ。勿論食べられない。

 

 つまり醗酵も腐敗も微生物の働きそのものは同じなのだ。表裏一体、紙一重、結果としての生成物を見て人が判断しているだけに過ぎない。

 

 ……

 

 作業場を見ていると多くの川魚をきちんと種類ごとに分けている。

 内臓は見ていると、血だらけのままに、細かく叩いて、そこから細切りにしている。この血だらけの内臓は先に長い首を持つ(かめ)に少し濃い目の塩水を入れ、その中に入れるようだ。

 

 身は綺麗に洗ってから、かなり濃い塩水に長時間浸してから、細切り。

 皮と骨もかなり細かく砕いて使っているようだが、全部ではない。

 これらを先に内蔵を入れた甕に投入して、水分量を調整し、甕は外に出される。

 天日に晒すのだ。

 

 かなり広い甕置き場があって、一列ごとに人が通れるように隙間が空いている。

 時々、中を専用の棒で攪拌するのだという。この時が尤も臭いとの事。

 

 朝になると、天日に晒し、夕方は庇の下に入れ、蓋をする。この移動を毎日やるのか。大変な重労働だろう。

 

 雨などが降る場合は、一度全て蓋をしてから軒下に全てを移動しなければならない。ずっと蓋をする訳にも行かない。移動させたら蓋を取る。

 これも相当重労働そうだ。

 

 どうやら、こういう季節の変化で、味には季節毎のばらつきが出るらしい。

 

 頭とか、エラは使っていないようだった。

 まあ浮き袋とか、頭、エラ、ヒレ、皮と骨の一部が大量に余る。これらは土に混ぜている。頭と骨は煮だせば、良い出汁が出るのだが。

 

 これらを入れた土の方も発酵すれば肥料になり、樵ギルドのほうに売られる。

 これは苗木用に使われる。樵ギルドは土を持ってきて、買い取った肥料のところの穴に持ってきた土を入れて行く。

 

 魚醤作成に必要な陶器製の壺は、全て陶器を焼いているギルドからの調達である。

 

 全員が灰色のコートのような服を着込んで腕だけ出していて、顔は鼻と口を覆っている。頭も覆われていて目しか出ていない。

 匂いがついてしまうからだそうである。

 

 また強烈な匂いから鼻を守るために、鼻は特に厳重に覆われている。

 この作成途中の魚醤の液体は僅かでも目に入れば、失明する。

 目が危ないのだが、ここは職業リスクという事らしい。


 この工場では、常にみんながお風呂に入る為に、炭焼き工房から炭を買っている。

 伐採してしまうと、植林しなければならず、その苗木を調達しなければならない。

 其れ故に、炭を樵ギルド所属の炭焼工房から買ってお風呂を沸かしている。


 この暑さの中で、あのコートのような服を着て、顔も全部目以外は覆うのが大変で、汗だくのようだ。

 汗だくになるのと、やはり匂いが着くので、毎日作業後にお風呂が欠かせないらしい。それに服を洗うのも大変だろう。

 

 それでも、遊女の人たちは、臭うと言うのだとか。

 遊びたい盛りの連中は、香料の入った乳石を多量に買い込んで、匂いをできるだけ落とし、自分を洗って遊びに行くという。

 

 凡そ六節月つまり二五〇日前後で、魚醤は完成する。短い期間の物もあるが、ほぼこの期間のようだ。

 

 そして工場毎にかなり味の違う物が作られる。

 

 大量に必要になる塩は、全て王国の商業ギルドから仕入れているとの事だ。

 この塩は天然の海塩である。第二王都と国境近くのシェンディの間に海岸に大きい干潟地帯があり、ここで塩を作っているとの事である。

 塩は他にも南東の小都市、ルクルやタールナでも作られている。

 

 

 因みに、どうやって生きた魚を買い付けているのか不思議だったのだが、崖の下にはわざわざ小屋が作られていて、そのまま湖の上に建っている。

 船の上に小屋が有るような作り。船は岸にロープで止められている。

 港で見た、あの船の上の小屋がそれだったらしい。

 

 ここに漁業ギルドから直接買い付けた魚が水揚げされる。魚の種類選別も下で行っている。

 この選別した魚をロープが付いた桶に入れ、滑車で上に上げるというものだ。まるでエレベーターかロープウェイである。

 生きたままの魚が崖の上に届き、それを置いておく小屋が崖のぎりぎりの所にある。上がった魚を何軒かの工場が取分けていくという。

 

 どうやってそんな作業が可能になっているのかと見ていると、鐘と手旗信号である。この手旗信号は船乗りたちのものらしい。

 その小屋も見せて貰った。

 なるほど。

 

 南側には崖にほど近い場所まで塀の内側に、屋根のついた渡り廊下が続く通路の先に、二階建ての小屋があった。

 あれが寝泊まりする場所のようだ。工場の中とか、工場の二階ではないらしい。

 

 大体、全て見学した。全てがかなり高い壁に囲まれているが、あの西側だけがひときわ高い壁は何なのか、訊いてみると東からの風が吹いた時に、鉱山町に匂いが出来るだけ行かない様にしているのだという。

 

 なるほど。かなり臭い事は自覚しているので、配慮しているのだな。

 

 ヨニアクルスは、他の若手と話し込んでいた。

 私が戻った所で、次への訪問再開である。

 

 一番奥の工場を最初に見たので、後は西に戻りながら他の魚醤工場の位置を確認しながら、移動。

 

 一番奥からケンデン、スレイトン、クックデリ、ククルと言う名の責任者がそれぞれの魚醤工場を管理している責任者だった。

 どの魚醤工場も工夫して味を変えて、幾種類かを出荷しているらしい。まあ、味が同じじゃないほうが商会へ売りやすいだろう。

 

 ヨニアクルスによれば、一番腕がいいのがケンデンであるらしく、売り上げが一番多いという。彼の工場がそのまま工房なのかもしれないな。恐らくあの内臓や骨、皮の比率だとか、塩分濃度の濃さが秘伝なのだろう。

 

 ここから、更にやや北東に入っていく。割と太い道を通って、暫く歩く。

 上からは所々、日が差し込むものの薄暗い道を進んで行くと、急に開けた。

 あちこち、小さい木が植えてある。遠くから見えた、山が一部剥げているように見えた場所がここら辺一帯なのだな。

 

 少し奥に、木を切っている伐採現場がある。

 この現場は樵ギルドの、伐採場という事になる。

 何人か、剣を帯びた者たちがいた。あれが私も所属する、このトドマの冒険者ギルドの者たちだろう。

 

 ヨニアクルスの説明では炭焼きに六割、木を切る方に四割の人員が割かれているとの事だったが、ここの人数は五〇人を優に越えている。

 

 五人が一組で木を切る。運ぶのは別に八人がかりである。

 

 あちこちで、皿に置いた『何か』から、煙が上がっている。

 

 あれは。

 

 たしか村の老人が作っていた、コモスイだったか。いやあれが植物の名前だったのか、それともあの時に作っていた、虫よけの香の名前だったのかは、よく覚えていない。何か名前があったような気がするのだが。

 しかし、鉱山の連中相手に大量に作っていると言っていた。

 あれがそうなのだろう。

 

 ……

 

 木を切る所に最低でも四人は冒険者ギルドの護衛が着く。

 運ぶ人々の所には六人。左右で三人づつである。

 彼らは玉切りせずに運んでいる。

 それぞれ四組ある。それだけで樵の人数は五二人。

 という事は、炭焼きのほうに約八〇人か。

 全体で一三二人。しかもこの中に、管理の人とか、予備人員は入っていない。

 まあそうなると、一五〇人ほどの大所帯だ。

 

 ちなみに伐採の警備の方は四〇人は必要だ。

 

 樹木は数本切った後は抜根する。

 この抜根は、手掘りで掘り起こす場合と焼却して掘り起こす方法がある。かなり太い場合、根株の外周のやや内側を錐を使い、溝を掘る。

 そこに大工用のノミで内側を削って行き中が平らになったら、また錐を使って溝を掘りノミで削るのを繰り返す。そこに獣脂をいれて焼く。

 

 根株が斜めで抜根が極めて困難で普通に焼却も難しい場合にのみ、蟲を使い完全に枯らして行う方法がある。

 これは木の中を食べる蟲を根株に穴を開けて入れる。

 根株を革で覆い縛って置く。蟲が中で繁殖する時に蟲は中で卵を生んで動かなくる。

 これを見計らい、革の覆いの中にまず煙を入れる。燻製の様な事をするのだが、その後に革ごと焼却する。これは獣脂を使い燃やす。

 

 これには蟲が増えない様に見張る必要がある為、かなり慎重に行う必要があり、最終手段である。

 つまり、余程の理由が無い限りはそういう木を切らないのも現場の判断、なのだそうである。

 

 ……

 

 ヨニアクルスはここでは特に挨拶はしなかった。私に現場を見せただけなのか。

 それでも、支部長の姿に気が付いたギルドの男が挨拶に来た。

 「支部長殿、抜き打ち視察ですかい」

 笑い顔でやってきた男はかなり日焼けした大男で、小さな斧の様な武器を右腰に一つ、左腰に刃渡り八〇センチくらいの、彼の体格からすればやや短めの剣だった。この森の中では、長い剣は振り回しにくい。実戦的な武器だ。

 

 「お、やってるな、ズルシン。様子はどうだね?」

 「特に、魔物どもは出て来てません。ここの所は平穏でさ」

 ズルシンと呼ばれた男は笑顔でそう話した。

 「視察というわけじゃないんだ。今日はこのお嬢さんを案内中だ」

 私は、会釈してそれから右手を胸に当てて、彼を見上げて名乗った。

 「マリーネ・ヴィンセントと言います。今後ともよろしくお願いいたします」

 そしてお辞儀した。

 

 ヨニアクルスが笑い出した。

 「見ての通り、行儀のいいお嬢さんだ。だが、銀三階級だ。監査官様のお墨付きでね。今回昇級させた。こっちの警護の輪番にも入るから、ズルシン、この辺の様子を教えてやってくれ」

 

 男が、大きな目を見開きながら、私を見下ろしている。

 「こ、こいつぁ、支部長殿。この小さいお嬢さんが、例のギングリッチ教官の模造剣折っちまった本人ですかい」

 「そうさ、噂の張本人だ」

 そう言って笑った。

 

 「それで、一つあるんだ。白金の二人が暫くこっちに来れない。色々訳アリだ。それで、手に負えないやばい魔物は、この娘に任せろ。いいな」

 「本気ですかい」

 ズルシンが支部長に詰め寄った。

 「本気も何も、マルデポルフはばさばさ斬るわ、ステンベレ三頭を単独で切り捨てる腕前の持ち主なんか、そうそういない。そういう事なんだ」

 ズルシンがあっけにとられている。

 私はもう一度、深いお辞儀をした。

 

 「じゃあな、ズルシン、頼むぞ。彼女にはまだ他も見せるから、一通り顔見せしてからだ」

 

 そう言って、ヨニアクルスは私を連れて、次の場所に向かう。

 

 暫く林の中の道を歩いていくと、急に開けた場所に崖が見えた。明らかに人工的に削って出来た崖だ。

 

 粘土だな。たぶん。

 ここでも多数の男たちが、掘りだす作業をしており、その周りに四人ほどのギルドのメンバーがいた。腰に剣を付けているので、すぐに判った。

 

 

 つづく

 

 匂いに耐えて、工程を全て見学する。

 淡水の鯛がこの異世界にもいた。

 上質な魚醤は、この魚からだったのである。

 

 そして次は伐採現場で現場リーダーに挨拶。

 

 次回 トドマの鉱山案内3

 次は粘土の採集現場である。

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