097 第15章 トドマの港町 15ー4 トドマの鉱山案内
鉱山の村に向かう途中で、マリーネがどうやら暦を知らない事に気が付いた支部長は王国の暦をきちんと説明してくれた。
鉱山村の文化を聞きながら、村に向かう。
97話 第15章 トドマの港町
15ー4 トドマの鉱山案内
翌朝。
日が昇る前に起きる。大きなベッドは寝心地も良かった。
外は時々水鳥らしき鳴き声がしただけで、静かな宿だ。
朝、起きたらやるのはストレッチ。
部屋の中でまずは柔軟体操。そして空手と護身術。
剣は止めておこう。それでダガーを振るうだけにした。
日が昇って暫くすると、ヨニアクルスが迎えに来た。
部屋の外で宿屋の主人の奥さんが呼んでいる。
大きな荷物を背負って下に行く。
ヨニアクルスが昨日と同じく、大きなトークンをだして、署名していた。
それが終わると宿の二人が外まで出て来て、お辞儀してくれる。
支部長が一緒に行くという、鉱山まで、どれくらい歩くのやら。
荷物を背負って、まず向かうのは、鉱山ギルドの作っている鉱山の宿営地である。
トドマの街は朝から人がいる。みんな汚れたような作業着姿。
彼らは一斉に港に向かった。
「支部長様、あの方たちは?」
横を歩くヨニアクルスに訊いてみる。
「ああ、彼らは漁師と、あとは向こう岸のカサマに行く荷運び人だよ」
「分かりました」
なるほど。淡水魚をこれから取る人たちもいるんだな。
「漁師も色々でね。彼らはあの大滝のほうに行くんだ」
「なにか、違いが、あるのですか?」
「時間によって、水面近くに来る魚が違うんだとさ。私は良くは知らないがね」
そう言って、彼は左目を瞑った。
「ここは、深い、のでしたね」
「ああ、相当深いらしいが、だれもその深さを確かめた者はいないね。浅い所でも四フェルスから五フェルス、深い場所はもっとあるらしい」
一六〇メートルから二一〇メートルといったところか。かなり深いな。
「それは、たとえ、水が、澄んで、いても、光も、届かない、相当な、深さ、ですね」
そう言うと、ヨニアクルスは、はっとした顔をして、私を覗き込んだ。
「どうしてそれを」
しまった。つい元の世界の知識を出してしまった。
「いえ、それだけ、深いなら、水が、透明でも、光も、通らないのだ、と思っただけです」
「君は海を見た事があるのか」
「いえ、まだ、見ていません」
そう言うと、ヨニアクルスは、ずっと私を見つめていた。
ここは海じゃない。有光層(※末尾に雑学有り)はもっとずっと薄いのだろう。
つまり見える深さは、大した深さではないという事だな。
「君は面白いな。この国の事も殆ど知らないのに、そういう事を知っている」
ヨニアクルスは歩きながら、私の方を覗き込むとそう言った。私はどう答えて良いか分からず、ただ黙って俯いた。
ヨニアクルスとこの港町の北に抜ける石畳の道を歩く。
途中に、雑貨屋と乾物屋、木工の家具屋、服屋等は何軒か見かけたが、鍛冶屋が無い。
あとは、鞣した革を売る店や、ロープだけの専門店、蝋燭専門店、食べ物や食材を売る店と食堂。
そしてとうとう、港町の北門に辿り着いた。
門番二名に挨拶して、北に向かう。
暫く歩いていくと、次第に周りには木々が増えていき林の中の街道という趣となった。しかし街道はきちんと舗装されている。石畳で道が出来ているのだ。
木々の合間に木漏れ日があり、所々で小鳥が囀る。
のんびりした田舎道であった。
そんな時にヨニアクルスが不意にしゃべった。
「それにしても、君だけでも来てくれて助かったよ。こっちは人数がぎりぎりなんだ。あんな風に事後報告的に主力の二人を持って行かれるのは、いささか納得も行かない」
そう言うヨニアクルスの表情は読めなかった。
他の街の監査官に勝手にやられた、とでも言いたげな感じで、憤懣やるかたないといった所だろう。
あそこにトウレーバウフ監査官が居なかったら、どうぶちまけていたかは、定かではない。
「規則だからしかたないが、あの二人には優先任務先の指示を待たずに別の街の任務に就いた事で罰金を課さざるを得ない。本当はこんな事はしたくはないのだが、規律は守られなければならない。あの二人は特別なのだと言って、罰しないと他の者たちが不満に思うだろう」
ヨニアクルスは無表情のままだ。
「判ります。仰る通りです。支部長様」
これは尤もな話だ。これをお咎めなしなら露骨な贔屓になる。そういうルール違反が見過ごされたら、組織の結束にヒビが入る。
あの状況では白金の二人には選択の余地はなかったといってよい。真司さんが二つ返事で引き受けたのは、あの状況を見れば仕方がない事だ。
しかし、ルールはルール。トドマの事務方の了解を得ていない。という事は確かであり、それが監査官の要請と言えど、例外とはならない。という事だろう。
この場合、優先任務先の指示に対して更に優先する、言わば上書きできる監査官の命令であれば、問題なかったのだろうが、ルクノータ監査官は『お願い』をしただけだ。
現場の判断も難しい物だな。なぜ、監査官の命令にしなかったのか。何かあるのだろうな。
「階級によって罰金は異なるのだが、あの二人は何しろ、白金だ。最高級なので、罰金も高額になる。恐らくは一リングレットは行くだろう」
ヨニアクルスは、やや渋い顔でそう言った。
「なるほど」
一リングレットは、私の感覚なら五〇〇万だ。まあ、あの二人にはビクともしない金額だろう。これから始まる街道の大掃除で、どのみち魔獣狩りになる。
ちょっと頑張って魔獣を狩れば、すぐに取り戻せる。
もっとも、それはあの二人が能力的に飛びぬけているからに過ぎない。
普通の冒険者たちには、大変だ。
「そうだ、到着する前に、細かい事を説明しておこう」
「冒険者ギルドでの警邏は、基本的に五日働いて、一日休みなんだ。一週間の中で一日休み」
「……」
六日が一週だというのを初めて知った。
前の世界に近い気がしたが、しかしそんな単純なものではなかった。
私は、ヨニアクルスの顔を見上げていた。
「どうしたんだ。もしかしてヴィンセント君はこの国の暦は知らないのか?」
ヨニアクルスは少し面白がるような顔だった。
「はい」
「では、簡単に説明しておこう」
「一年が一五五〇日なのは知っていると思う。でこの国では一の節から九の節まである」
後で知ったが実際には一五五〇・一一二四らしいが、そんな細かい所までどうやって求めたのか。謎である。つまり九年で一日閏年があるのだろう。
元の世界でも小数点以下四桁は原子時計でもないと難しい筈だし、その原子時計でも小数点以下四桁にはプラスマイナス五の誤差があるという。
そしてこの世界の途方もない時間を知った。
一年が一五五〇日という事は元の世界の四年を越えている。
村にいた時、この世界について少し考察したが、それはあながち間違ってはいなかった事になる。
となると、ここの王国の人が寿命二〇〇年とか、概要に書いてあった気がするのだが。そうなると三一万日という、とんでもない日数を生きる事になる。
一瞬、眩暈がした。
……
元の世界なら、男は八〇年まで生きるかどうか位が平均だ。二万九〇〇〇日位だろう。長く生きる人なら三万一〇〇〇日は越えるか。
つまり彼女らは元の世界の一〇倍の寿命になる。それは、まるで長い年月生きる樹木のようだ。
しかも、だ。この世界の一日はたぶん二四時間より長い。もう間違いない。
明らかに長い。恐らく二六時間前後ある。
元の世界の時間感覚を捨てないと、この異世界で生きて行くのは難しいらしい。
ヨニアクルスの説明は続いていた。
「一六八日が一節気。で九の節気まである。これだと一五一二日」
「最後の九の節だけ三八日多くなるので、これは他の節気に割り振られている」
節気というのが、元の世界の一ヵ月、二ヵ月に相当するだろうか。
少し違うのか。大きい区分という事か。
三六を九で割って四日なので九の節だけ四日ではなく六日としたら、計算が合う。
ヨニアクルスはさらに細かい説明を続けた。
「一つの節は四つの区分に分けられる。上前節の月、上後節の月、下前節の月、下後節の月。これらは上前とか上後とか呼ばれている」
「一つの節の月は四二日。ここに一日足されて四三日」
「この大きな月の満ち欠けは七つの週に分解される。そして一週で六日。つまり一つの節の月は七つの週で出来ていて、一週は六日、最後の週のみ七日。この増えた一日は休みに当てられる。ここまでいいかな」
「はい」
「大きい月は元々四二・一四二日で、この世界の周りを一周する」
相変わらず細かいが、それをどうやって求めたのだろう。どこかにかなりの高度な天文学があるのは間違いない。
「最初は四二日が一週で四週で一つの節気だったらしい。しかし色々ずれていくために、暦は現在の形に徐々になっていったのだそうだ。まあ、大昔の話だろう。その昔の暦と区別する為に、今の暦を新王国歴という」
四季は九節気×四節月で三六節月が一年とすると、これは九節月で徐々に季節が変わる。しかしこれは温帯地域だけだろう。
三七八日から三八〇日で一季節となる。つまり元の世界の約一年が一つの季節か。
まあ亜熱帯にぎりぎりかかるこの地域でそれを実感する事は殆どないだろう。
雨季っぽい物はあるかもしれないが。
「他の国では一二節に区切って一つの節が一二九日という国だってある。一週間は同じ六日でも一つの節に二一週もあるから、これはあくまでもこの王国の暦だ。だから他の国との間では、通常は年の初めからの通算日でやり取りされる。まあ、それが必要になるのは旅人や商人だけだな」
「国によって暦の数え方は違うと思っておけば間違いない」
「なるほど。分かりました」
暦は分かったが、この長い長い暦に対して彼らの労働勤務は短い周期である。
極端な程であった。
さらにヨニアクルスの説明は続いていた。
「鉱山の労働者は、二日働いていれば一日休み、ここで交代任務だ」
「昼勤務と夜勤務の交代勤務になる」
「分かりました」
「まあ、冒険者ギルドのほうは、鉱山以外も警邏があるから、こんな頻繁に休んでいたら交代の人数が足りない」
そう言ってヨニアクルスは笑った。
鉱山は三日に一回は休みなのだが、この六日に一度だけは麦酒ただの日という事だな。
これが、ギルド概要にあった週一回の麦酒の提供か。
他の日は麦酒は有料らしい。
ヨニアクルスは、少し面白がるような顔をした。
「鉱山ギルドの男どもは希望すれば、この一日のうちいっときだけ遊女と遊べる日だ。だから、男どもは必ずこの六日に一度来る麦酒と風呂が『ただになる日』は休む。そして朝から風呂だ。この日だけはいつ入ろうが、何回入ろうがお風呂は無料なんだ」
「分かります。大丈夫です」
そう言うと、ヨニアクルスは笑いながら続けた。
「これは遊女と遊ぶなら、必ず先にお風呂に入るという取り決めがあるのだよ」
「まあ、他の日は全て有料ながら、極めて格安となっているらしい。私はここの風呂に入った事が無いんだ」
これは、暗にヨニアクルスは、ここのそうした文化とは距離を置いていると言いたいのだろう。
「きっと、匂い、ですね」
と言って支部長に笑顔を向けた。
「彼女たち、遊女は一日に一〇人まで客を取るとなっているが、これは朝からだ。だから実際は八人だろうな。遊女の人数は一二人。遊女は基本的にこの決められた日だけ客を取る」
「しかし、他のギルドも若い世代の男どもが遊びに来るため、休みが無くなる。そこで一二人が交代で入れ替わる。二日やったら、二日休む。という交代制だ。つまり二四人がいる事になるな」
私は笑顔で答えた。
「大変、よく、分かりました。重要、ですね。こういう、肉体労働、の、殿方に、必要な、遊び、施設、なのですね」
これは、つまり独身男どもが、暴れ出さないように王国が決めた事なのだろう。
まあ、性に対して奔放な古代のローマでもそうした事は普通だった。
軍団兵のために彼方此方に公衆浴場と娼館があったのだ。公衆浴場は無料で、身分の差や貧富の差が関係なく誰でも入れるために、ローマ市民の事実上の社交場となっていた。
そしてその風呂場の近くにはあらゆる施設があったという。無料談話室、娯楽室、パーラーやレストラン、サウナ施設、マッサージサロン、更に床屋の様な店がくっ付いた複合商業施設と娼館があったという。
娼館の利益はその街の権力者や富裕実力者の財源にもなっていた。
ちなみに風呂は、男女混浴はなく、時間によって男女総入れ替えという制度だったそうである。
まあ、この王国ではどうしてるのか分からないが。
この利益はこの王国の事だ。ここの施設を運営する費用に当てているのだろう。
この国には、この国の事情があるだろう。ここ専用の娼館みたいな物があるのだ。
全く持って、この国どころか、この異世界のお邪魔虫な私がどうこう言える話でもない。これがこの国の治め方であり、常識なのだと受け取っておこう。
「この、王国の、国民に、殿方は、いないと、聞いて、います。それでも、こういう、事を、している、という、事が、この、王国の、働く、人への、配慮と、知りました」
私は素直にそう言った。
「君は面白いな。その姿からは想像も出来ない程、大人びた反応だ」
そう言ってヨニアクルスは左手を左の耳たぶに当てて、引っ張って片目を瞑った。
どうやら、開けた場所に出た。沢山の建物があって人が多い。周辺は木造ながら塀がしてある。
到着したらしい。
「よし、私は少し事務所に行って話がある。ヴィンセント君は荷物をおいて少し休むといいだろう。君の部屋はもう、決まっているはずだ」
そこに一人の男がやってきた。
「やあ、ドレッド」
ヨニアクルスが挨拶した。
「冒険者ギルドの支部長様が、直々にお出ましとは何か御座いましたかな」
「ああ、紹介しておくよ。ヴィンセント君。この人が、ここの鉱山の監督だ」
赤茶色のぼさぼさの髪の毛、大きなおでこ。そしてもじゃもじゃの髭に、これまた赤茶色の瞳。大きな体。二メートル越えているのはもはや、当たり前なのか。
「私はエルドレッド・セルゲイと言う。ここの鉱山の責任者だ。お嬢さん」
私は何時もの短めのスカートの襟近くを両手で掴んで軽く会釈。
そして、右手を胸に当て、大柄な彼を見上げた。
「私は、マリーネ・ヴィンセントと言います。以後、よろしくお願いいたします」
そう言ってお辞儀した。
男は両手を腰に当てると朗らかに笑った。
「随分と、行儀のよいお嬢さんを連れてきましたな。ヨニアクルス殿」
「彼女の首元をよく見てくれよ。ギングリッチと同格だぞ。彼女には、警邏をやってもらうつもりさ、ドレッド」
ヨニアクルスは右手を握って人差し指を上に向けた。
赤茶色の髪の毛の大男は一瞬、右の眉を釣り上げたが、それからまた暫く笑った。
「判った。判った。話は通ってる。部屋の世話だろう。監査官様から、一番いい女性の部屋を借りてやれと、言われてるんだ」
セルゲイは腕を組んだ。
「一体どんな女性が来るのやらと思ったら、このお嬢さんだったか」
そう言って、セルゲイは右手を挙げた。
「おーい、ケリック。来てくれ」
セルゲイが振り返って大声を上げて部下を呼んだ。
暫くすると、男がやってくる。
「セルゲイ監督。どの様な用事でしょうか」
「ケリック、このお嬢さんを例の部屋に案内してやってくれ。監査官様から直々に頼まれている、あの部屋だ。失礼の無い様にな」
セルゲイは右腕を前に突き出し、人差し指を建物の方に向け指示を出した。
「判りました。どうぞ、私についてきてください」
「ヴィンセント君、あとで迎えに行くよ」
ヨニアクルスは気軽そうにそう言った。
「さて、ドレッド、ちょっと話があるんだ」
二人は話始め、事務所に歩いて行った。私は、とりあえずはケリックと呼ばれたその男に付いていかねばならない。
沢山の建物があった。
ここの集合住宅だけでも村より大きいのだが、他にもいくらか建物がある。
歩いていくと大きな建物があった。共同浴場である。
大きなお風呂も男女別に、二つの建物があった。お風呂は、使った後の掃除や水の入れなおしを考えれば当然の事だが、中には複数あって輪番制である。
この共同浴場の脇には、二棟の娯楽室らしき平屋の建物がある。
ここの警備隊は一二人。二名づつ四名で二か所を昼夜交代制。常に四名は一日休む輪番の交代制である。
食事を提供する共同食堂が四つあり、食事は三〇人ずつの入れ替え制。
四つの食堂の内、一つはアグ・シメノス人専用である。
食事はきちんとしたものが提供される。これは給食室は三つ。一つはアグ・シメノス人専用で、他の准国民と分けている。
食べているものに大差はないが、味付けや香りが根本的に異なるからだ。
私はそれを警備隊詰め所で、否応なく実感させられた。
平日は水やお茶以外の主として酒類等の飲み物は有料。食事は全て無料で、国庫から支払われている。
坑道内部の労働者は一二〇名、鉱山全体ではもう少し多い。
掘るものと運ぶ者で別れているが、この作業自体交代制である。
作業員は全員全寮制で、集合住宅に住んでいる。
三年経つと、一年間の残留契約か、フリーか西の鉱山に移動するか選べるとの事であった。たぶん人員は西の鉱山の方とで調整するのだろう。
フリーというのは、鉱山ギルド員を辞めて卒業という事だろうか。
治療師ギルドからの医療班六名、昼夜交代制、魔法師ギルドから風の精霊魔法を使える者が六名、これも昼夜交代制で風を送り換気する。
この治療師ギルドと魔法師ギルドからの派遣は、破格の給料が支払われるために人気があるが、九節月毎に交代で必ず入れ替えである。
これは、王国の管理指針によるのだそうだ。
ここにおけるベテランを育成するよりは、多くの者に公平であれ。という方針がその理由である。
遊女の手当や、風呂、麦酒など、これらの措置は全て鉱山のあらくれ男たちのガス抜きである。
王国が鉱山を重視している事の現れであるのだろう。
アグ・シメノス人たちは、全てが国家からの資金で賄われているので、彼女らの飲食は全て無料である。そのために必要になるお金は全て国庫から支出される。
とにかく沢山の井戸があった。いくつかの井戸の横には屋根が付いた渡り廊下がある。あの村で見たのと同じだが、エイル村で真司さんたちの家でも、井戸へは屋根付きの渡り廊下だった。たぶん雨が集中的に降る期間があるのだろう。
集合住宅は女性陣と男衆とは分けられていて、柵で囲われている。
言ってみれば娼館のすぐ横に住む場所がある。
女性だけでも五〇人分の集合住宅である。
男性の集合住宅は一五〇人分と、かなり多い。
この村を管理する人々が住む集合住宅も別にある。
この規模は、もう鄙びた山村のレベルを越えていた。鉱山村というよりちょっとした町である。
私は、ケリックという青年に案内されて、女性専用の集合住宅のほぼ中央に位置する部屋に来た。
「では、鍵はあいていますので、私はこれで」
そう言うと青年は早足で戻っていった。
さて、部屋に入ってすこし休もう。
つづく
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大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ 有光層 ─
有光層とは、一般的に湖沼や海洋などにおいて太陽光の届く範囲の水の層を示す。
広義の定義と狭義の定義があるが、一般的には広義の定義の理解だけでよい。
広義の定義における有光層とは、生物が光を感じる限界までの層を指す。
有光層の厚さは濁度の季節変動に大きく依存する。
濁度とは流体における微粒子の混合度合いであり、小さな固体粒子がどれだけ含まれているかを示す尺度である。それによって流体が曇ってみえたり、濁って見えたりする。
温度変化によって層の厚さは大きく変化する。また水中での光の減衰次第で届く距離は大きく変わる。
この光の減衰は水中の微粒子や微生物などにより光が吸収・散乱されて生じ、多い場合には届く距離は飛躍的に短くなって行く。
光が直進するほど、つまり水深が深くなればなるほど光の強度は低下する。
光のスペクトラムは紫が一番波長が短い。三八〇から四三〇ナノメートル。
次に青が四三〇から四九〇ナノメートル、水色が四八五から五〇〇ナノメートル。
そして緑が四九〇から五五〇ナノメートルで、黄は五五〇から五九〇ナノメートル。 橙が五九〇から六四〇ナノメートルと来て、赤が六四〇から七七〇ナノメートルとなり、赤の波長が一番長い。
水の分子は、長い波長の赤をよく吸収する。むろん赤だけではなくそこに近い橙も吸収されて行く。
その一方、青や緑の光は散乱する。しかし散乱しつつも先に届く。従って、深い場所においては赤い色は水の分子に吸収されてしまい存在しない。
実際の有光層の厚さは、極めて濁度が高い、つまり不透明なほど富栄養化した湖沼においては、僅か数センチの事もあるが、極めて澄んだ海水で構成される外洋では二〇〇メートル近い事もある。以前は、これは一八五メートル程度の場所にその境界があると言われていた。
しかし近年は科学的な調査も機材の発達により十分に進んでいる。測定機器もかなり進化した。
そこで深海との境界は変更され二〇〇メートル程度と言われているが、これは厳密な定義ではない。他にも定義はいくつか存在する。
この二〇〇メートルは生物に基づいての判断であり、この深さになると可視光線がほぼ遮断され色がなくなる。つまり、灰色になる。そして四〇〇メートルに達すると人の視覚では知覚できない状態になるのである。つまり漆黒の闇である。
ただし厳密な測定ではより深くまで通る光は存在し、それは一〇〇〇メートルにも達する。
また深海魚たちは人には検知不可能な、この僅かに届く光を検知しているといわれている。
しかし、それは一般的な話ではない。
湯沢の友人の雑学より
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鉱山村の様相は大体わかった。そしてマリーネこと大谷の為に女性陣の寄宿舎の1部屋が確保されていた。そこに案内され、これからその部屋が拠点になる事が決まった。
次回 トドマの鉱山案内2
支部長は、約束通りマリーネが担当するであろう場所にすべて連れて行き、顔通しをしてくれたのであった。