表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/306

095 第15章 トドマの港町 15ー2 トドマの冒険者ギルド2

 支部長は、まずマリーネこと大谷にトドマ支部の任務を説明していた。

 しかし、支部長はマリーネの腕が気になってしょうがない。

 

 95話 第15章トドマの港町

 

 15ー2 トドマの冒険者ギルド2

 

 「このトドマ支部が、どういう任務を背負っているのかは、知ってるのかな」

 「はい。一応は」

 「おー。それは助かるね。説明が捗るというものだ」

 「一応は説明しておこう。まず、ここの支部の重要な任務は鉱山の護衛だ。君も知ってると思う。これ以外に、各種ギルドの工房がある。この工房の護衛には警備隊が出ているんだ。出てないのは魚醤工房だけだ。理由は判ると思うが」

 そう言ってヨニアクルス支部長は左手を耳たぶに当てて、左目を瞑って見せた。

 

 「あー。……匂いですね」

 「さすが、優秀。察しがいいね」

 支部長はおどけて見せた。

 どこまでがこの人の地なのだろう。演技だろうな、これは。私を観察しているのか。

 

 確か真司さんが、魚醤工房には警備隊が来ないから、そのあたりの警邏だと言ってたはずだ。

 それと、ここ、トドマは重要地点だというのは聞いている。

 だとすれば、この支部の重要性から考えても、優秀な支部長が着任しているのは間違いない。


 つまり、このラギッド・ヨニアクルス支部長は、相当な『癖者(くせもの)』だ。

 油断は禁物。

 

 「まあ、真面目な話をしよう。魚醤工房はまだギルドになっていない。王国の方に申請してはいるらしいが、王国の上の方はあの恐ろしく臭い工房を独立したギルドにしたくないらしい」

 「それで今は漁業ギルドの傘下に位置づけるように、勧めているらしいが、折り合いがついていない。商業ギルドの方は、あれを傘下にするべきか、揉めているね」

 ヨニアクルス支部長はそこで一旦、話を区切って私の方を見た。


 「ま、そういう訳で、彼らは漁業ギルドから直接買い付けて、出来た物を商業ギルドと取引して卸しているし、税金も納めてはいるものの、ギルドの傘下にいない独立した工房という事になる」

 

 「なので、王国の庇護が受けられない。それで警備兵が巡回にすらこないんだ。彼らが警護費用を我々に支払って、この支部では彼らの工房を守る契約だ」

 支部長は面白がったような顔をしていた。

 

 

 「さて、そうなると、君にやってもらいたいのは、全般的に警邏(けいら)という事になるね」

 ヨニアクルス支部長は視線を落として、再び私のほうを見た。

 

 「まず、粘土の採掘現場の警護、あとは、木材の切り出し現場や運搬時の警護、それ以外にもある。伐採後の植樹作業の警護とか、魚醤工房の近辺に出る魔獣の駆逐、あとは魚の水揚げ時、付近の警戒と言ったところか」

 

 見回り任務か。

 

 「随分、ありますね」

 「もちろん、これ全部を君一人という訳じゃない。あの白金の二人ですら、これ全部は無理だろうさ」

 「離れている、という、事ですね」

 私がそう言うと、支部長は頷いて微笑した。

 

 「まあ、そういう訳で暫くはこっちに詰めて貰う事になる」

 「常駐、という、事ですか?」

 率直に訊く事にした。

 「取り敢えずは、全体を見て貰う事になるが。君の宿については、鉱山ギルドの方で面倒を見るとさ」

 「分かりました。支部長様」

 

 「さて私としては、君の腕前を見たいんだ。ギングリッチも太鼓判だったが、彼があれほど絶賛するのでね、裏で君の腕を見せて貰いたいのだが」

 「支部長様の、御命令と、あらば」

 私は立ち上がって、お辞儀した。

 「いやいや。そんな畏まらなくていい。これは私の個人的な興味だ。いいかな」

 「承りまして御座います。支部長様」

 右手を胸に当てて会釈すると、支部長が笑っている。

 

 私は、裏にある練習場に向かった。後ろから支部長もついてくる。

 「素振りの、型を、お見せします」

 そう言って、一礼。

 ブロードソードに手を掛けた。

 

 抜刀!

 一気に右上。そこから右下へ剣を打ち込んで、地面ぎりぎりで止めてそこから左手を添えて、一気に左上に斬り上げる。手を返してそこから右中段に斬りこむ。

 剣が風を斬って、音を立てている。

 そこから右に引き寄せた剣をまっすぐ前に倒して右足を半歩踏み込んで三回連続で突いた。脚を元に戻す。右八相に構えて、右足を半歩踏み込みつつ剣は中央に一気に振り下ろした。

 

 上段に構え直して、上段から左下段まで一気に振り下ろす。脚を元に戻して剣を仕舞って、礼。

 

 支部長が拍手していた。

 

 「抜刀時の手の動きが私にも全く見えないとはね。あの白金の山下殿も速過ぎて見えないが、ヴィンセント君、君の速さも相当なものだ。なるほどな。これはギングリッチが絶賛するのも頷ける。よく判った。ありがとう」

 私は、支部長に深いお辞儀。

 

 「いやいや、個人的に頼んだ事だし、畏まらなくていいよ」

 支部長は笑っていた。

 「今日は近くで宿を取ってくれ。明日の朝、現場へ一緒に行こう。色々と見て現場を覚えて貰いたい。今日はもうゆっくりしていいよ」

 支部長がそんな風に言う。

 

 スッファ街のテオ・ゼイとは全く違うな。

 私は、支部長を見上げた。

 

 「どうしたんだ、ヴィンセント君」

 「その、スッファ街の、支部長、テオ・ゼイ様と、余りに、違うので、戸惑いました」

 素直にそう言うと、支部長が顔をしかめた。

 

 「あれは、うん。器じゃないんだが、何故に彼が支部長なのか、甚だ疑問だね」

 そう言った時のヨニアクルス支部長の目は笑っていなかった。

 初めて、彼の本当の表情が現れた気がした。

 

 「あの方は、白金の、二人、以外には、労いの、言葉を、掛けません、でしたし、必要以上の、事は、話さない、人、でした」

 (うつむ)いてそう言うと、意外な言葉が。

 

 「そして、相変わらず怒ってばかりか?」

 支部長は、左の耳たぶを左手で引っ張っていた。

 「御存じ、なのですか」

 思わず、見上げてしまった。

 「まあ、知らない事も無い。色々あってね」

 そう言って彼は左目を瞑って見せた。

 

 過去にどうやら(いさか)いでもあったらしい。

 まあ、突っ込んで訊くのは失礼だ。言葉をわざわざ濁したのだ。言いたくもないという事だ。それなら彼が話すとも思えない。

 

 「支部長様。私は、トドマに、来たのは、これで、三回目ですが、全く、知らないので、街を、歩く、時間に、充てて、よろしいでしょうか?」

 

 「そうか、案内人を出そうか? 私が案内してもいいのだが、周りから暇していると捉えられるのも心外だ」

 支部長はまたしても、面白がるような表情になった。

 「取り敢えず、事務所に戻ろう」

 そう言って、支部長はどんどん歩いていってしまう。

 

 ……

 

 事務所に戻ると、支部長の部屋にはトウレーバウフ監査官が来ていた。

 「スッファの方から連絡がありました。それでお邪魔しています。ヨニアクルス支部長殿」

 「これはこれは、トウレーバウフ商業ギルド監査官様。御足労を戴き恐悦至極に存じます」

 支部長が右手を胸に当てて深いお辞儀をした。

 ヨニアクルス支部長の言葉に、監査官が笑った。

 

 「よせよせ、お前がそれを言っても、すぐに崩れるぞ」

 いきなり、トウレーバウフ監査官の口調が変わった。

 ヨニアクルス支部長の顔が笑っている。

 

 この二人は、結構長い付き合いなのか。監査官とこんなに近しい間柄の様な会話をするのは、見た事が無い。それにトウレーバウフ監査官はもっと取り付く島もない、事務的な人物に見えたのだが。

 

 「さて、ヴィンセント殿」

 トウレーバウフ監査官が右腰に手を当てて私を見下ろしている。

 いきなり私か。

 

 「街道の討伐の件、此方に連絡が来ています。大変ご苦労でした」

 「恐らく、向こうでは何の(ねぎら)いも無かった事でしょう。あの白金の二人と一緒とは言え、ステンベレ八頭はお見事でした」

 「あの」

 「どうしたのです、ヴィンセント殿」

 トウレーバウフ監査官が私を覗き込んだ。

 「山下様が、居なければ、あんなに、簡単には、行かなかった、と思います」

 

 「ルクノータ監査官から連絡が来ています。スッファの支部では、貴方にろくに褒賞も無かったらしいとの事。せめて勤務地のトドマの方で、褒美を出してやって欲しいと」

 そう言って、トウレーバウフ監査官は微笑した。

 

 「ほう、八頭も倒したのかね。まるで軍団の槍だね」

 支部長が言うと監査官が少し顔をしかめた。

 「スッファ支部は、此方に連絡を寄越さなかったのか」

 監査官が言うと支部長は左手で鼻をつまんだ。

 「ゼイ殿が、そんな真似をする訳がない」

 ヨニアクルス支部長は、ぼそりと吐き捨てた。

 

 「という事は、こちらの支部では、街道の惨劇について全く知らされていないと考えて良いのだろうか。ヨニアクルス支部長殿」

 「だいぶ酷い状態だったという程度しか、連絡は来てませんね。それもカフサの支部から……」

 監査官は支部長をまっすぐ見据えて言い放った。

 「スッファ支部の前衛はほぼ壊滅した」

 監査官がそう言うと、支部長が大きく鼻で息を吸い込む音がした。

 流石に支部長の顔が強張った。

 「犠牲は、どれくらい……」

 言葉が途中で飲み込まれてしまった。

 「五〇人ほど、前衛が犠牲になった。お願いしている他のギルドの後衛もけが人続出だ。暫くはスッファ街の冒険者ギルドは、魔獣に対抗する術がなくなった」

 さすがに、飄々(ひょうひょう)とした雰囲気だったヨニアクルス支部長から、その雰囲気が消えた。

 

 「ヴィンセント君。それで白金の二人が君と一緒ではないという事か」

 支部長の目が私に注がれた。

 「はい。仰言る通り、でございます。支部長様。他の、街から、応援が、来ると、仰有(おっしゃ)られて、いましたが、街道の、掃除が、最優先、とも、仰有られて、いました」

 「それは、監査官の判断か」

 「はい。支部長様。監査官様が、手配、しました。ベルベラディの、方から、最初は、一五名ほど、応援部隊が、来るそうです」

 私がそう言うと、支部長は力なく自分の椅子に座りこんだ。

 

 「みんな、座ってくれ」

 支部長は、目を閉じたまま少し考え込んでいたようだった。

 「何故、こんな重要な事が、こっちにこなかったんだ!」

 支部長が大声を張上げた。


 「ルクノータ監査官から、トドマの白金二人をかなり長く借りる事になるので、詫びておいて欲しいとも、連絡にはあった」

 トウレーバウフ監査官が静かに言った。

 

 「くそ。テオのやつ! 一体何をやったら、そんな酷い事になるんだ!」

 支部長が毒づいて、両手を机に叩きつけた。派手な音がした。

 

 

 ……。無理もない。トドマ支部は完全に蚊帳(かや)の外に置かれたのだ。

 

 「支部長様。私が、思いますに、最初の、遭遇は、ともかく、二度目の、出撃に、問題が、あったように、思います。ステンベレ、四頭に、対して、戦力を、全部、注ぎ込むか、または、ほかの、街に、救援を、頼むべき、でした」

 「細切れの、戦力、投入で、二度目の、討伐も、前衛が、全滅して、失敗し、三度目は、ステンベレが、八頭に、増えて、いました。そこで、投入した、戦力が、壊滅して、しまった、のです」

 私はスッファの支部に、真司さんが事態を纏めて報告していた内容をここで繰り返した。

 

 「何と言う……。何と言うバカげた指揮をしたんだ、テオは!」

 再び支部長は両手を机に叩きつけた。さらに派手な音がした。

 「これに何の罰則も無いと、冒険者ギルドの全員の士気にかかわる。それに管理部門の信用問題になるぞ!」

 そこにトウレーバウフ監査官が冷静な声音で口を挟んだ。

 「ルクノータ監査官が、スッファ支部に対して徹底的な監査を行うらしい。それについても触れていた」

 「テオをたっぷり()らしめてやって欲しいね。バカげた判断でそんなにも若者を死なせて、自分はのうのうとしてるなどと、信じられん。それに八頭倒した中にヴィンセント君。君もいたのだろう?」

 「はい。三頭は、斬って、倒して、います。山下様の、作った、報告書に、私も、署名、しました」

 「それでいて、君に労いも無かったとは、もはや信じられん話だ! あの無能は何を考えているんだ!」

 「まあまあ、それくらいで」

 トウレーバウフ監査官が支部長を(なだ)めた。

 

 まだ怒り心頭というヨニアクルス支部長を監査官が抑えた格好だ。

 

 「それで、ヴィンセント殿の階級なのですが、監査官側としては、この前の新人実習での戦果、並びに街道の討伐だけでも昇進させていいのではないかという話が出ています。ヨニアクルス支部長としてはどう思いますか」

 「異論は無いね。というか、試験した時点でギングリッチと同等以上なのだろう? ここは銀三階級でいいじゃないか」

 

 「あの、まだ、そんなに、実績を、お見せ、して、いません、けれども」

 私が言うと、トウレーバウフ監査官は笑っていた。

 「もう、十分すぎる程ですよ。ヴィンセント殿のお気持ちも十分理解はしています。目立ちたくないのでしょう。しかし、最初に貴方に説明した通り、冒険者ギルドは実力主義です。不当に低い評価にして置く事は、冒険者ギルドの為にもならない事をご理解ください」

 

 ……また、あの時の取り付く島もない監査官に戻ったようだ……。

 「分かりました」

 そう言って、私は小さく頷いた。

 

 「発行責任者はどうする?」

 「これは前回とは違います。ヨニアクルス支部長殿がやるべきでしょう」

 「判った」

 支部長は頷きながらそう言うと立ち上がって、部屋を出た。

 彼は事務所で声を張り上げた。

 

 「コリー係官。来たまえ」

 「それと記録監査官をすぐ呼んでくれ」

 

 事務所が(ざわ)めきだしていた。

 

 「ヴィンセント君の階級章に偽造防止をやった魔法師は誰だったのか? 判るかね」

 「記録はドロニア様です。支部長」

 コリー係官が書類を捲りながら答える。

 「よろしい。すぐにドロニア魔法師を呼んでくれ。ヨニアクルスが大至急で呼んでいると言ってくれないか」

 「分かりました。リッカ係官に迎えに行かせます」

 「頼むぞ」

 

 書類作成で一気に忙しくなったようである。

 

 ………

 

 トドマ支部で昇進。なんだかあっという間に銀○三つ。

 

 かなり待たされたが、私に○が二つ増えた銀の階級章が渡された。

 署名はしたものの、これは暫定らしい。討伐の個人記録がスッファから来ないと、正式な書類には出来ないと聞かされた。

 たぶん、それが届いたらまた署名して、正式な書類になるのだろう。

 

 そこまでは暫定なので、討伐の報酬は銀○二つ相当という仮状態らしい。

 本来は昇級には一〇日くらいは発行手続きに時間がかかるようだ。

 最初の時は実績なしだったから、特例ですぐ発行されただけという事だ。

 

 まあ、私は銀○一個でも、無印でも構わないのだ。

 

 そんなにガツガツ貯めようとか考えてすらいない。

 ま、もし仮に私が工房を開くとか、鍛治施設を買い取るとかで入り用になるなら、かなりの資金がいるのかも知れないが、今の所生産ギルドに入る方法すら判らない。

 独立資金がいるとなったら、それこそ魔獣刈りしたほうが早いだろうな。

 

 そんな事を考えた。

 

 褒美は何がいいか訊かれたのだが、褒美は保留しておこう。

 

 ヨニアクルス支部長とトウレーバウフ監査官は、何か話し合いをしていたが私にはよく聞こえなかった。

 

 「では、またお会いしましょう」

 そう言ってトウレーバウフ監査官は帰っていった。

 

 ……

 

 

 つづく

 

 腕前を見せていると監査官がやって来て、スッファの惨状が明らかになり、支部長は激怒する。しかし、マリーネの功績は評価されねばならないとして、銀〇3つの階級章が発行されたのであった。

 

 次回 トドマの冒険者ギルド3

 支部長は、マリーネこと大谷を連れて、食事に向かう。

 彼には何か、思惑が……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ