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093 第14章 スッファの街 14ー22 スッファから村へ

 オセダールとの別れ。大勢に見送られて、宿を出るマリーネこと大谷。

 オセダールの宿を出て、白金の2人の家のある村へ。

 

 マリーネこと大谷は、暗殺者たちとの死闘で激しく討ち合った剣の傷み具合が気になる。

 かなり研がなければならない。

 93話 第14章スッファの街

 

 14ー22 スッファから村へ

 

 翌日。

 

 ベッドでたっぷりと眠った。

 すこし早く起きて、やるのはいつものようにストレッチ。

 ネグリジェを巻き上げての各種柔軟体操だ。

 

 いつもの服に着替えて、空手の型と護身術。

 これもいつもの事だ。

 

 剣を持つ前にリュックに剣帯をいれて、大きい鉄剣を後ろに括り付け、いつものベルトをする。両側にダガー。そして左腰にブロードソード。そこに重ねる様に、細身の長剣をつけた。

 

 オセダールが寄越してくれた、あのバッグもリュックの中に入れた。

 

 そして、オセダールとの別れ。

 真司さんと千晶さんはオセダールの宿に残るらしい。

 ここを定宿にするのか。まあ、あの二人の収入ならビクともしないだろう。

 

 「お嬢様、どうかご無事で、お過ごしになられますよう」

 あの背の高いメイドが深々とお辞儀した。

 「お嬢様、こちらの街に来られた際には、是非、お立ち寄り下さい。歓待いたしますぞ」

 笑顔のオセダール。

 

 「本当に、色々、お世話に、なりました。ご迷惑も、おかけいたしました。いつか、この御恩は、お返し致します」

 私もスカートの端を軽く持ち上げて、お辞儀。

 

 「真司さん、千晶さん、しばしのお別れです。お元気で。また会える日を楽しみにしています」

 私が手を振ると二人が手を振り返している。

 

 そこへ急にオセダールが歩いて来るのだ。どうしたのだろう。

 屈み込んで、私を見ると私の両肩にそっと手をおいた。

 「お嬢様、必ず生き延びて下さい。お嬢様が行くべき場所が魔獣との死闘ではないと、信じております。どうか自重(じちょう)御自愛下さいますよう」

 そう言って、また笑顔だった。私が頷くとオセダールが立ち上がった。

 

 オセダールなりに、心配してくれているのだ。

 私が無茶しないように。

 

 「それでは、失礼致します。ごきげんよう、皆さま」

 私はスカートの端を掴んで、少し持ち上げて、左足を引いて、軽くお辞儀。剣で武装してるので、ちっとも優雅では無いが、礼儀くらいは、ちゃんとしたかった。

 やり慣れた挨拶ではないので、これでいいのかどうか自信はない。

 

 沢山のメイドとウェイトレスとバーテンダーの人とポーターのあの若い男性、そして若いドアボーイ、オセダールと真司さん、千晶さんに見送られて私は小型の馬車に乗せられた。

 

 この小型の馬車は、傭兵部隊の四人が私をエイル村まで連れて行くために、用意されたものだった。

 

 馬車はあのアルパカ顔の馬二頭立て。前の御者台に二人、箱には私もいれて三人。御者台の上には長いひさしが付いている。雨避けだろうか。

 馬車の中ではリュックを降ろすので、他の二人の邪魔になりそうだ。

 

 スッファの街を出ると、速度が少し上がった。中の二人の傭兵は無言だ。

 隊長から、きっと重要な任務だ、失礼な事を言う位なら黙っておけとかなんとか言われているのだろう。

 

 馬の足と車輪が石畳に当たり乾いた音を立てる。

 ややリズミカルな音で馬車は街道を進む。

 

 カフサの小さい街に到着。途中で、魔獣は出なかった。内心ほっとする。

 こんな箱の中だから、私の匂いは森どころか街道にすら漏れていないのだろう。

 カフサの街に入ると、馬車は速度を落とした。

 

 カフサの街はこの前は、ただ通り過ぎるだけだった。

 最初は小さな村だと思っていた。まあ確かに規模は小さい。が、エイル村ほど小さくはない。真司さん、千晶さんの住んでいる家のあるエイル村は、本当に鄙びた里山の村の様相なのだが。

 

 馬車は、ゆっくりとカフサの街中を進む。

 いくつかの店があり、あの玉ねぎ色の髪の毛の女性たちが、これまたスッファ街やキッファ街で見たような格好をして、長い椅子に三人ほどで座っていた。

 ここでも何かを飲んでいる。

 

 いないのはトドマの港町。ポロクワ市街は詳しく見ていないし、まだ判らない。

 

 そんな事を考えながら外を見ていると、街の門についた。

 外の傭兵部隊の御者が何か挨拶して、通り過ぎた。

 

 馬車はそれ程速度を上げずに走り、村の入口に着いた。

 「お嬢様。着きました」

 そう言うと一人が先に扉を開けて降り、リュックを降ろした。

 もう一人が私を抱き抱えて降りた。

 

 「ありがとうございました。それでは、ごきげんよう」

 これまたスカートの端を掴んで持ち上げ、左足を僅かに引いて会釈。

 

 「では、これで失礼します」

 傭兵部隊の二人は右手を上げて指を顔の横に付けて敬礼。

 

 馬車はその場で転回して西に向かった。

 

 私は一人、エイル村に帰る。

 リュックを背負い、とぼとぼと家に向かう。

 

 そういえば、何故二人はエイル村を選んだのだろう。

 あの湯沢に行くバスの中には、あの二人以外に最後列の座席に四人の大学生が居た。

 あの四人はどうしたんだろうか。

 

 何故か、真司さんと千晶さんは別行動になっているという事か。

 そして、あの天使のいうには召喚目的は『魔王討伐』に決まってると言っていた。

 『魔王討伐』とか、まるっきりお伽噺の物語の世界のような気がするが、この国を見ている限り、そんな、討伐が必要な「悪い魔王」がいる世界には思えない。

 

 だが、あのよくわからん王が居る場所らしき所で怪しい術師たちがしでかした召喚術で、私も含めて七人があそこに飛ばされてきたのだ。

 そして、彼ら六人が討伐パーティーになった。

 遅れた私は「()()」だったらしいが、どういう訳か、言葉も通じずに牢屋で死んだ。

 

 まあ「勇者」だ、「英雄」だ、なんていう物は本質的に()()()()()()


 名乗るものでもないし、自分から成るものでも、成れるものでもない。そういう物だ。

 本来これらの称号は、()()()()()()()()()()だ。

 傑物の行動の軌跡を讃えてそういう称号を持ち出すようになる。

 或いは、それが()()()()()()()、初めて()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それが、『魔王討伐』という事をなす前から「勇者」とか、本来はあり得ない。

 まだ勇ましい人物かどうかすら分からないのにだ。

 

 まあ魔王に挑むというのが、余りにも無謀ゆえに、それを皮肉っての勇ましいのだ、「勇者」だ、とかいう理屈なのかもしれないが。それは十分にありうるな。

 それならまだ、「勇敢なる者」とか言われた方がましだ。

 

 ……

 

 だが。

 あの二人はそんな些細(ささい)な事は、もうどうでもいいという事か。

 『魔王討伐』を些細な事と言い切っていいのか、分らないが。

 

 何故そうなったのか、何か理由がある。

 あの二人は十分大人だ。子供っポイ理由では無かろう。

 

 ……。

 

 家は戸締りもせず、出かけているから、どうなっているのかは分からない。

 もはやあのフラグは終ったと思うが万が一の事もある。

 罠や暗殺者がいないとも限らない。慎重に中を伺う事にする。

 

 裏手に回ってトイレの戸を確かめる。

 扉のほうに体を置きながら慎重に開ける。

 何も無し。蛇も飛び出しては来なかったし、ナイフも飛んでこない、大きい刃がいきなり飛び出したりもしない。

 

 私は裏手の扉に体を預け、そっと開ける。

 軋んだ音がしたが何事もなく開いた。

 そっと中を覗き見るが、あちこち暗くて良くは見えない。

 

 しかし、蛇は飛び出して来なかった。そして罠も無い。

 

 私の考え過ぎだったらしい。

 油断して怪我をしたり、蛇に咬まれたりする訳には行かないので、つい慎重になりすぎた。

 

 目を瞑ると深い溜息が漏れる。

 

 さて、トドマの支部に行く必要がある。

 とはいえ。しばらく家を空けていたので、少し掃除とかやらないといけない。

 あとは剣の手入れだな。相当に痛んでいる。

 

 自分の荷物を、この新しいリュックに全部詰め込んで、再び旅に出られる様な支度をしつつも、この先行くのはトドマ支部。

 服を全部。これが多い。きっちりとたたみ直した。タオルなどもいれる。

 

 あとは魔石やら牙やら。これも多い。

 それとお守りの大きいポーチ。

 本。これは迷ったが、地図とか新しく買った本も全てきっちり革袋に入れて縛り直し、持ち歩く事にした。

 

 あとはエプロンとハンマーに鉈、裁縫道具くらいしか入らない。

 もうこれでほぼ一杯である。

 残りの物は今まで使っていたリュックに入れる。

 

 砥石は台所の方に置いた。そこで研ぎ直す準備をした。

 

 まあ、革の鞣しのタンニン漬けが有った。忘れていた。

 タンニンは洗いざらい流す。井戸の横で取り出してよく濯ぐ。

 そして、軽く絞ってから、家の裏手の渡り廊下に吊るす。

 後で生乾きの状態を見ながら、揉んで脂を塗る。

 

 それと魚醤の瓶だが、二つとも少しかき回してから台所の下、薄暗い場所に置いた。

 

 それから、軽く掃除。埃も払ってテーブルと椅子は拭いた。

 

 今日は、久しぶりに戻ったこの家で寝る事になった。

 あの二人が居ないと家は酷く広く感じられた。

 

 夜になると外はどんよりと曇って月と星空は見えないままだ。

 

 

 翌日。

 

 起きてやるのはストレッチ。

 軽く柔軟体操をやって、空手と護身術。

 それから剣の鍛錬。

 何処にいても、朝にやる事は変わらない。

 

 しかし、変わったのは二人が居ない事だった。

 

 まだ薄暗いうちに、革の方を処理しよう。

 まずは生乾きの革をよく揉み、獣脂の染みたぼろ布で革を拭いていく。

 

 次は朝食の支度。

 私は塩漬け肉をかなり切って、スキレット鍋に水をいれ、肉もいれて煮始める。

 そこに塩と魚醤をほんの少し、鍋に入れる。

 

 まあ、オセダールの宿で美食し過ぎた。

 

 出来たらしい。

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 茹でたような塩漬け肉入りスープを食べつつ考えた。

 

 あの湯沢に行くバスの後ろにいた六人に何があったのだろう。

 まさか、もう討伐が終わっているという事はあるまい。

 となれば、分裂騒動が起きたのか。または探索行が続行不可能となってここに流れて来たのか。

 

 気にはなるが、真司さんが喋らないなら、千晶さんも喋らないだろう。

 そして無理に聞き出す理由もナイ。

 

 むしろ、何故私が『()()』を知っているのか、という話になるだけだな。

 そして、私は自分の事を喋る訳にはいかない。

 

 自分でもこの身体は分らない事だらけというのもある。

 何故この村なのかくらいは訊けるだろうが、あの二人が本当の事情を話すとも思えん。

 

 ま、お互いにこの異世界で、この『秘密』を一生胸に仕舞って生きて行くという事だな。

 

 ぼんやりそんな事を考えていたら、スープがすっかり冷えた。

 急いで中の肉を食べて、スープを飲み干す。

 

 手を合わせる。

 「ごちそうさまでした」

 

 さて、皿を洗って片付けたら、剣のほうだ。

 

 まず、ダガーから。

 今回は、流石にダメージが大きいが、これは致し方ない。

 特に最後のあの黒装束の男との死闘だ。ブロードソードを弾き飛ばされて、咄嗟に抜いたダガーで打ち合わせた。

 打ち合わせた位置をズラす等という余裕は全く無かった。

 

 それで、かなりの場所が小さく(こぼ)れている。生命(いのち)が有っただけでもめっけ物だという事を考えたら、これで済んで良かったのだろう。

 大きく毀れていないし。これは二本共にそうだな。

 

 靴は、戦闘用に使ってる物から、自作の靴に履き替えた。

 

 台所の砥石を持って井戸端に行き、ダガーを研ぎ始める。

 細かく見れば見るほど、今までとは全く比べ物にならないほど、傷んでいた。

 黙々と二本とも研ぎ直す。

 毀れている刃を研ぎ直すのは、相当な時間がかかる。

 

 予備の二本も持ってきて、錆びていないか見直す。

 此方の二本をこれから使う様にしよう。

 これはごく軽く研いで、刃を拭いて鞘に戻す。

 

 次はブロードソードか。

 

 『人外』との闘いで、だいぶ傷んでいる。それでもかなり金属疲労が進んでしまったような場所は見当たらない。

 彼方此方、小さく毀れている場所があるので、全面的に研ぎ直して行かなければならない。

 これも相当な時間がかかる。

 研いでいる途中で、日が暮れてきた。今日は此処まで。

 松明灯してまでやるほど急いではいない。

 自分の護身用に買ったばかりのやや長めの剣と、予備だったダガーを腰につける。

 

 さて、夕食だな。

 

 小魚の干したものがあるのだが。これをどう使うか。

 まず嗅いで見る。

 …………。

 まあ、生臭いのは仕方がない。

 一つ摘まんで食べてみる。

 ……。

 どうやら塩水で茹でた後に干したらしい。

 となると、相当に濃い塩分で煮ているのだ。何しろ淡水魚だ。

 

 片手に少し掬って、これを鍋に入れた。それから魚醤。

 水、少量の塩。塩漬け肉は、かなり分厚く切ってから、やや大きめにぶつ切り。

 

 これを煮込んで、肉のぶつ切り鍋とする。野菜がないのは仕方がない。

 ご飯もパンもない。

 それでも、この調味料が嬉しい。

 

 (かまど)に火を(おこ)す。この作業も数日ぶりか。

 

 鍋が煮えて来るまでの隙間時間で鉄剣を少し見てみる。

 

 鉄剣は、今回はかなり使った。

 イグステラとの闘いで投げた時には電撃も食らってるし、そのイグステラの角を折って頭蓋に刺さり、中の魔石も砕けていたから切っ先は慎重に点検だ。

 やはり、鈍るのとは違う痛み方。大きく毀れて欠けたりはしていないが、一箇所だけ傷が大きく、小さく毀れている。

 これはたぶん魔石に当たった場所だ。

 

 刃の方も点検。全体的に細かい傷が多い。まあ魔獣はぶった切ってるし、『人外』との闘いでも使った。

 これは、明日研ごう。

 

 鍋が煮えてきて、やや魚醤と小魚の匂いが立ち込めたが、これは仕方がない。

 

 竈から降ろして、夕食。

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 ……。


 旨味はある。小魚は食感はともかく、味はあった。

 それが美味しいのかといえば、難しいのだが。

 自分の好みからは、やや外れているようだ。

 肉のほうは焼くべきだったか。

 

 ここ何日かの美食のせいで、かなり物足りなく感じたが、贅沢は敵である。

 そう考え、自分で苦笑しながら、食べ終えた。

 

 手を合わせる。

 「ごちそうさまでした」

 手っ取り早く片付ける。

 

 あの二人がいないと、話す相手もおらず何時もより夜は長かった。

 本当に久しぶりに、自分で作った木製のトランプで、フリーセルを始めたがさっぱり身が入っておらず、何度も詰んでしまった。

 

 仕方なく、読み書きの練習を始める。

 とにかく、普通に喋れる様になるのと、文字ももう少し綺麗に書けるようにならないとな。

 

 このお手製の辞書も、持って行くほうがいいかもしれん。

 

 何回か練習して、寝る事にした。

 

 ……

 

 

 私は、知らなかった……。

 あの後、スッファの街ではスルルー商会の大規模な葬儀が北部街区総出で行われ、実に三〇日間も黒い旗が上がり続けていた事を。

 

 

 つづく

 

 剣は、かなり傷んでいた。しかし、大きく毀れていない事が幸いして、なんとか研ぎ直す事になった。

 

 次回 トドマの冒険者ギルド

 剣をすべて研ぎ直し、点検も完了。

 いよいよ、独りでトドマの港町へ向かう。

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