092 第14章 スッファの街 14ー21 スッファの街のギルド
スッファのギルドに、目の無い魔獣の魔石を納品すると、それは意外な事実が明らかになる。
92話 第14章 スッファの街
14ー21 スッファの街のギルド
玄関に行くと、もう箱馬車は来ていた。
彼らの馬車は如何にも、質実剛健と言うべきだろう。
あのアルパカ馬三頭立てで、御者席が外で二人、後ろに六人が座れる箱が付いた馬車なのだが、その更に後ろには荷物が積める様に荷車状態になっている。四輪ではなく、六輪なのだ。
なるほど。荷物か、あるいは彼の部下があそこに剥き出しで乗って、周りを警戒するのだろう。
これは隊長専用車という事か。
大きな庭の外れには、六輪だが御者の座席の後ろは全て荷車状態の馬車も有る。
あれで全員が弓とか持っていれば、走りながらでも攻撃は可能だな。
小回りは効かなさそうだが。
ルイングシンフォレスト隊長に載せてもらって、馬車は石畳の上をゆっくりと進み、中央通り。
未だ、喪服の人がまばらに歩いていた。まだ黒い旗は上がったままだった。
葬儀は終わったはずだ。訊いてみるしか無い。
「ルイングシンフォレスト様。まだ、黒い旗が、上がった、まま、ですけれども、いつ、下ろすのですか」
「お嬢様。葬儀が終わってから六日間はあのままでございます。特に、今回は多くの若者が亡くなりました。場合によっては一二日間上げてあるかも知れません。普通は五日経ってから、埋葬場所で献花して、六日目の夕方で黒い旗を下げるのです」
「分かりました。ありがとうございます。ルイングシンフォレスト様」
私は車内でも深いお辞儀をした。
中央通りをゆるゆると進み、北部に向かう道を曲がる。
中央街区に入って、すこし進むと冒険者ギルドの建物である。
その前で停まると、私を抱えて降ろしてくれた。
そして、何故かルイングシンフォレスト隊長も着いてきた。
「こんにちわ」
私は係官の人に挨拶。
「こんにちわ」
女性の係官が上から私を覗き込んだ。
「魔石を、納品、したいのです。それと、この、魔物の、名前も、知りたく、思います」
そう言ってお辞儀。
ポーチから模様の入った灰色の濁った魔石を取り出す。五個。
例の目玉のなかった、四つ足の魔獣。
「こ、これは……」
係官は、一瞬絶句した。
「これを、どこで。いつ斃したのですか」
係官の女性がかなり緊迫した顔だった。
「葬儀の、三日前、です。場所は、キッファに、行く、街道の、坂の手前」
そう言うと、係官は記録の書類を持ってきた。
「ヴィンセント殿。葬儀の前々日夕方にここに来た時にイグステラの魔石、牙、角を納品しましたね。何故、あの時に言わなかったのです」
顔が険しい。
まずかったか。
「あの時は、疲れて、いて、判断が、正しく、なかった、のだと、思います」
そう言って見上げる。
「遭遇の状況を細かく話して下さい!」
係官はいきなり声を張り上げた。
かなり、怒っているのだろうか。説明はしなければなるまいが、暗殺者の事は伏せておこう。
「ジーニー係官、どうしたんだね」
テオ・ゼイが出てきた。
「ヴィンセント殿が、あのマースマエレファッスを斃して来たと言うのです」
「なんと! 何処にいたと言うのだね」
ゼイの声も強まった。
「彼女の言うにはキッファ街道です」
二人の視線が、私に浴びせられた。いや、私の横に立っていたルイングシンフォレスト隊長の表情も険しかった。
「最初は、顔の、ない、奇妙な、魔獣が、出てきた。くらいに、思って、斬りました」
「そのうちに、また、出て、きたのです。最初に、斬った、のも、入れて、全部で、五頭です」
周りの銅階級の冒険者から、おぉという響動きが、上がった。
「とても、奇妙な、魔獣、でした。胴体を、斬り飛ばしても、碌な、内臓も、ありません。そして、怖ろしい、ほどの、腐臭が、漂って、いました」
「血は、粘ついて、いて、茶色です。最後の、一頭が、とても、奇妙な、攻撃を、してきました。鼻の、ような、ものを、伸ばして、そこの、横から、霧を、出しました」
「細かい、粉、だったと、思います。それを、少しだけ、吸い込んで、しまいました。物凄い、吐き気と、視界が、歪んで、立って、いられなくなる、前に、短剣を、投げて、斃しました、が、とても、奇妙な、攻撃、でした」
私の告白が終わると、辺りは静まり返っていた。
他の数人の冒険者も、私の方をただ茫然と見つめていたのだった。
暫く静寂が続いた。
それを破ったのは、責任者のテオ・ゼイだった。
「ヴィンセント殿は、知らなかったから、出来たのだろう。そうとしか言えない」
「あの魔獣は大変危険な霧を出す魔獣だ。君の見たように鼻の器官を伸ばして、その横の噴出孔から、霧を出す。全て君の見た通りだ。その霧を出した後に鼻から風を出す。そして、その霧を拡散させながら、獲物の方向に吹き流すのだ」
「そして、その霧を吸い込んだものは、猛烈に吐きながら、発狂する。狂ったあとは地面を転がる。のた打ち回ると言うべきだろうか。そして、呼吸が止まって死ぬ」
ゼイの説明は極めて厳しい声だった。
「この魔獣の名前は、発見した二名の冒険者の名前からだ。マースマとエレファッスの二名から付けられた。その二人は、発狂して死んだ」
「その間に他の仲間が遠くから弓を放って斃し、彼らの遺体と魔獣の頭が回収され、ギルドに持ってこられたのだ。そして魔石、その口と鼻が回収された。あの鼻の中のある器官から特殊な成分が取れるとの事で、薬師ギルドが鼻を高い値で買い取っていった」
ゼイは私を見下ろしながら言った。
「ヴィンセント殿は運が良かったと言うだけでなく、街道を通った人々にその粉が舞い上がらなくて、よかったというしかない」
「斃した、後、南、からの、風で、毒の、霧は、全て、森の、奥に、流れて、いったのです。
そして、昨日の、夜から、雨が、降りました。もう、粉は、雨と、ともに、森の、中で、何処かに、流れた、ものと、思います」
「それでも、君はまず先に、この魔獣が出た事を報告するべきだった。風があった事や昨日からの雨は、結果論に過ぎない」
ゼイの顔は厳しく、やや怒気をはらんだ口調だった。
「だが。君はまだ、魔獣たちの事を殆ど知らないのだ。それ故にこれを叱責対象とするのは、些か大人気なかろう。だが、今後は必ず危険な魔獣はまっ先に報告するように」
怒った口調でそう言って、ゼイは奥に入っていってしまった。
テオ・ゼイがあれ程怒っているとは、だいぶまずかったらしい。
魔石は結構高い。一個で五一リンギレ。五個で二五五リンギレ。
実は鼻が部位としては魔石より、高かったのだという。
なんと鼻一つで五八リンギレだったらしい。
しかし、あの鼻を切り取ってくるのは、ちょっと無理だった。
私はトークンを渡して、全部そこにつけてもらうようにお願いした。
私のトークンを裏返して、そこの神聖文字を書き取り、何かの書類にジーニー係官が自分の名前を署名した。私もそこに署名する。
そして、五枚のリンギレ小銀貨が私に手渡された。
書類がもう一枚出てきて、そこにも私は署名を求められた。
マリーネ・ヴィンセント。これでいいか。
「金額がだいぶ膨らんできたので、次にこれ程の納品なら、代用通貨を分けた方がいいわね」
ジーニー係官は、私のトークンを返して寄越しながら、そう言った。
千晶さんが、ポロクワ街で治療師ギルドに納品した時にやっていたな。
「分かりました。次は、トドマの、方で、狩猟に、なります、から、あちらで、頼んで、みます」
そう言って、お辞儀をした。
「次からは、気をつけて下さい」
ジーニー係官にしっかり念を押された。
やれやれ。
渡されたコイン五枚でも、これだけでも二五万か。
トークンに入った金額は、今回だけでも一二五〇万にはなるだろう。それは最高級の剣を打って貰うのに必要な金額だ。
少し複雑な気持ちだった。
どの魔獣がどれくらい危険なのか、私には判らないのだ。殆どの場合、彼らが危険な攻撃を出す前に、斬り倒しているからだが。
今回は偶々、最後の一頭が霧の攻撃をしたから危険らしいと判っただけだ。
もう少し、経験を積まないといけないのだが、残念な事に今後暫くは真司さん、千晶さんと別行動になる。
そうなると、出会った魔獣の中で、自分が知らないものから優先的に報告するしかなさそうだ。
冒険者ギルドに所属しての魔獣刈りとは、そういう事を考えないといけないのか。
正直、面倒くさい事だとは思った。
ルイングシンフォレスト隊長は辛抱強く待っていてくれた。
表に出て、また馬車に乗せて貰った。
この馬車は長いのでその場での急旋回は無理だろう。ましてや戦車のような信地旋回は出来ない。左右に別々に回転方向を決められる動力がない限りは無理である。
馬車はゆるゆると北に進み、十字路を右に曲がって、少し進みまた右に曲がった。
中央通りに向かう。
暫く外を眺める。
アルパカ馬の蹄の音と六輪馬車の車輪の音だけが響いている。
隊長が、突如低い声で呟いた。
「主が、お嬢様は規格外だと、仰言っていましたが、判ったような気がしますな」
「え?」
「知らなかった事とはいえ、マースマエレファッスを五頭も斃す。しかも四頭には何もさせていない、そしてあの魔獣の必殺の霧を物ともせずに斃しているという事ですからな」
「主が、最初に私に向けて油断すれば一本取られると仰言ったが、なるほど油断していなくても、やって見なければ分かりませんな。暗殺団を斬り捨てたのも、頷ける腕前」
そう言って、隊長は黙った。
無言のまま、馬車は中央通りを進んで、南部街区に入っていった。
テオ・ゼイの言う通りかもしれない。私はあの魔獣の危険性は全く知らなかった。
だから出来たのだと言われても、反論は出来ない。
「ただいま戻りました」
玄関ではポーターやドアボーイが待ち構えていた。
二人が深いお辞儀で迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
私は剣を全て渡して、中に入る。
隊長は、馬車を庭の隅の方に回していく部下を見守っていた。
背の高い、例のメイドがやって来て、お辞儀をした。
「お帰りなさいませ。お嬢様。旦那様がお待ちです」
そう言ってお辞儀をした。
どうやら、まだ何かあるのだろうか。
メイドはサロンに私を連れて行った。
「お帰りなさい。お嬢様。お疲れ様でした」
「ただいま戻りました。オセダール様」
私はスカートの端を掴んで軽く持ち上げ、左足を引きながらお辞儀。
それからソファのような椅子に座ろうとしたが、オセダールが尋ねてきた。
「お嬢様、どうなさいましたか。顔色があまり優れない様子ですが、ギルドでなにかありましたかな」
お客相手の商売が長いオセダールは鋭い。隠しても仕方がない。
「キッファに、行く、途中で、出た、魔獣の、事で、テオ・ゼイ様から、叱責、されました」
「一体、どうなさいました」
「私は、名前も、知らなかった、マースマエレファッス、と、いう、魔獣が、出ました」
「テオ・ゼイ様の、話しぶり、では、とても、危険な、毒の霧が、街道に、撒き散らされた、のなら、それを、真っ先に、報告する、義務が、有った、との事、でした」
「今回は、私が、知らなかった、事と、風が、南から、吹いた、事。昨日の、雨の、事。結果的に、毒の霧の、元に、なっている、粉が、森の奥で、何処かに、流れて、行った、事を、鑑みて、お咎め、無しに、なりました」
オセダールの鼻息が聞こえた。
「ゼイ殿は、相変わらず分かっておらん。話し方がなっておらんな。全くなっておらん。そんなだから、スッファの冒険者ギルドに優秀な人物がいなくなるのだ」
オセダールは、少し憤慨して立ち上がり、そう言った。
私は黙ってソファに座った。
「お嬢様。お嬢様はきちんと魔獣を全て斃して、なおかつ、その死体も片付けたのでしょう。そして南から風が吹いたから、街道は安全だった。そうでなければ、キッファに行って、また戻ってくる事がそうそう容易かったとは思えませんな」
「そして、その後の神官様や聖歌隊、そして護衛隊もこの街に何事もなく来れた筈がない。それなのに、その事にねぎらいの言葉も無かったようですな」
そう言うと、オセダールは執事を呼んだ。
テオ・ゼイは確かに、あののっぺらぼうの魔獣を倒した事について、何のねぎらいも無かった。
そういえば、ステンベレの時も、ねぎらいは白金の二人にしか、言ってない。
そういう人なのか。
真司さんたちがトドマの港町で登録したのは、あながち偶然とかではないのかもしれない。
執事に何か、指示したようだった。執事は御意、とだけ答えて深いお辞儀の後、歩き去った。
相変わらず、足音を一切立てない男だった。
「オセダール様。私も、それで、知らない、魔獣が、出たら、報告、すれば、良いと、いう事を、学びました、ので、それで、いいと、思いました」
そう言うと、オセダールの柔和な笑顔がそこに有った。
「お嬢様、夕食までに一度お部屋に行かれて、お召替えなさられたら如何でしょう。きっと気分も変わります」
オセダールが笑顔でまた、そんな事を言った。
「分かりました。行って参ります」
ここは素直に従っておこう。これも彼の厚意なのだ。
部屋に行って、今朝着せてもらった朱色のワンピースを着直す。
リボンが結べない。と悪戦苦闘していると、また例の背の高いメイドがノックをして来た。
「失礼します」
と一言、そして入ってきた。
私が苦労しているのを、察していたのだろう。
私の腰に回した帯の後ろを綺麗に蝶結びで結んだ。
「お嬢様。仕度が整いました時に、お迎えに参ります」
そう言ってお辞儀すると部屋を出ていった。
部屋のテーブル前の椅子に座って、少し考える。
これからは、多めの収穫物はポロクワ街であの雑貨商人に卸そう。
千晶さんが言っていた。安いけれど出処も問わず、直ぐに現金で払うと。
確かに、売った時に彼は品質しか確かめなかった。
それが良さそうだ。彼の言い値が安過ぎなければ、問題無い。
ギルドで根掘り葉掘り、聞き出されるのもまずい魔石は一杯ある。
あの村で狩った魔獣のものだ。
それと、ここで自分一人で刈り取った魔獣の素材の数々。
納品が多すぎれば、派手な報告になって悪目立ちしすぎる。
これらを自分の裁量で報告する、しないとか本当はやりたくはない。
だから、数人で狩れという事だろうけれど、私の場合は、あのお守りが無い限りは、いろんな場所で魔物は出るだろう。厄介な事だ。
あの商人、なんという名前だったか、右手の人差指を眉間に押し当てる。
それほど前の事じゃないのに思い出すのに苦労する。
……。
思い出した。ジウリーロ・セントスタッツ。交渉好きの男だ。
場所も朧気に思い出した。
トドマの方に行く時に全部持って行って、機会を見て何度かポロクワ街に行って処分しよう。
夕食となり、呼ばれて下に降りた。
またしても晩餐会のような食事である。
しかしオセダールの奥方は見た事が無い。
社交といっても招待状を出して人を呼んでいる訳でもない。
なのにこのパーティーディナーの様な食事会。
はっと気が付いた。
オセダールは、私にこういう場に慣れさせようとしてくれているのだ。
いきなり社交界に行って、まごつかないように。だからドレスも着せているのだろう。
気配りの御仁である。何の考えがあってそうしているのかは、私には今の所分らないが。
その日の夕食も、数々の料理が振る舞われて、旨味のしっかりした美味しいものだった。
お酒が飲めないのが残念だが、この謎の体が酒を受け付けるかどうかは不明だ。
致し方ない。
それにしても、こんなに美味しい食べ物を食べてばかりでいいのだろうか。
あの山の中の村の質素な暮らしとのギャップに、今更ながら戸惑うばかりだった。
つづく
ギルドの責任者に怒られてしまった、マリーネこと大谷だった。
叱責とはしないとか言っていたが、事実上の叱責だったのは明らかだった。
次回 スッファから村へ
とうとう、オセダールの宿を出て、村に戻るマリーネこと大谷である。
この先は、暫くの間白金の2人とは別行動となる。
一人寂しく、村に帰る事になる。




