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090 第14章 スッファの街 14ー19 スッファの街の買い物

 剣を買う事に決めたマリーネこと大谷。

 物色してみるのだが、なかなか良いものが見つからない。

 そしてオセダールの宿には、彼が頼んだ手勢が来ていた。

 

 90話 第14章 スッファの街

 

 14ー19 スッファの街の買い物

 

 私は帰る途中で、オセダールにお願いをした。まず買い物がしたいという事を伝えた。

 「お嬢様、何をお求めですかな」

 「私は、剣を、一本買おうと、思っています」

 「お持ちの剣では、なにか不安でも御座いますか」

 

 そこに真司さんも会話に入った。

 「マリーどうしたんだ。マリーは剣、あるじゃないか」

 「いえ、手ごろな、長さの物を、一つ、買い求めたく、思います」

 「短い剣と、あの大きい剣の中間という事だね」

 と真司さんが言うので、私は頷いた。

 「数打ちの、量産品で、構いません」


 私は少し考えて、付け足した。

 「それと、武器の、価格を、見ておきたい、のも、入っています」

 オセダールは軽く頷いて、箱馬車の天井から垂れている紐を引いた。

 外で鈴が揺られて、涼やかな音を立てた。

 

 馬車は止まり、箱馬車の前方についている小窓が開かれた。

 「旦那様。どの様なご用件で御座いましょう」

 「武器を扱う店にな。お嬢様がご所望だ」

 「承りまして御座います」

 

 再び、馬車はゆっくり動き出した。

 

 暫く馬車が進み、中央街区の方に来た。

 

 路地を少し入った場所に、箱馬車が止まった。

 「スクレイトンドット金物店」と書かれている。

 金物屋か。そうか。武器だけでは暮らせないから金物全般という事だな。

 ドアを開けて、オセダールが先に降りて私を少し抱える感じで、下に降ろした。

 「ありがとうございます」

 お礼を言って、お辞儀をする。ドレスのままだから、あまり派手な動きは出来ない。

 

 店の中に入ろうとすると、真司さんが先に入った。

 彼が、振り向いて千晶さんを横に立たせた。

 これは、要するにふたりが、物色する振りをしてる間に、私が選べという事だな。

 このドレス姿の女の子が剣を欲しいとか言っても、まともに取り合ってもらえないかもしれない、とそういう事か。

 

 私は、数打ちのソードを探す。

 出来れば、刀長六〇センチから六五センチ位の物を探す。これは今のブロードソードの予備として。

 沢山の剣が置いてあるが。

 残念ながら、小さい刃物はともかく、四〇センチ越えた剣の質は余り良くない。ムラが多いのが気になる。

 一か所に大きなムラが出来ているような剣は、他の部分が良くてもそこから折れるだろう。

 それなら、まだ全体的にムラが出来ているが、ここだけ酷いとかいうのが無いほうがましか。

 しかし、それも程度問題だ。余りにも全体のムラが酷いと、ちょっと斬っただけで、刃が欠けて行きそうだ。

 

 だいぶ探した。一本一本見ていくので、時間が掛かる。

 ようやく、ましな剣を一本、見つけた。

 

 私はその剣とセットの鞘を持って、店主の所まで行った。

 「これの、お値段は、おいくらかしら?」

 商人は、真司さんたちの方が気になって仕方がないらしい。二人の相手をしている。

 

 そうこうしていると、上半身がシャツ一枚の男が奥から出てきた。

 かなりの赤銅色の肌。腕には火傷痕が一杯だ。顔はやや四角で鼻が大きく立派である。手のひらと指を見る。タコができている。

 体もそうとう頑丈そうなこの男が、どうやら鍛冶屋だ。

 

 「お嬢さんが、これを御使いになるので?」

 低い濁声(だみごえ)だった。

 「ええ。そうよ。おいくらかしら?」

 「お嬢さん、そいつぁ、鞘込みで一八リンギレでさ」

 「もし、お嬢さんの好みに合わせて、手直しするっていうんなら四日待って貰って二三リンギレ。お嬢さん好みに最初から作れっていうんなら、三〇日待って貰って、鞘なし八〇リンギレでさ。鞘は別注」

 一リンギレは私の感覚で言えば五万だ。どうやら、数打ちのソードで八五万。鞘が五万か。結構するんだな。

 手直し込みで一一五万。

 

 刀匠に頼むと、最低でも四〇〇万で三〇日という処か。しかも鞘は別。

 まあ銘入りなら高いのは判る。つまり量産品はせいぜい四日か長くても五日で作っている計算だ。三日か四日ちょいで形を出して、叩いて、あとは研ぎか。

 鞘は別の職人だろうな。鞘のほうがその時間ではぎりぎりか。剣が八〇万で鞘が一〇万かもしれんな。

 

 材料やら燃料やらがどれくらいするのか判らないが、材料が思った以上に結構高い感じだろうか。

 

 「最高の、物を、頼むと、どうなるのかしら?」

 この鍛冶屋の男が少し難しそうな顔をした。

 「そいつぁ、注文にもよるわな。まあ少なくとも二五〇リンギレは掛かる。時間も相当かかるわな。そうだな。九〇日位だが、こいつぁ鞘も飾りも込みだ。いいのかね。お嬢さん」

 「かなり、するのね」

 私はとりあえず、しれっと答えた。

 

 注文次第では一二五〇万までは行くらしい。トークンには楽にそれだけの金額が入ってるが、それだけ払ってまともな物が出てくるのか。

 この数打ちのソードを見ただけでは、判断できない。

 まあ、相場は判った。

 

 この服装もあるし、下手に値段交渉はしない事にした。

 「代用通貨で、いいかしら?」

 手に持っていた剣を差し出す。

 男がぎょっとして屈みこみ、私の顔を覗き込んだ。その時に首に付けていた銀の階級章に気が付いたらしい。

 「ま、まさか。こんな子供が……」

 男が剣を受け取った。

 

 私は出来るだけ笑顔で、トークンを出した。

 店の主人はそれを受け取り、トークンの裏側の神聖文字を書きとっている。

 

 私は出された羊皮紙のような契約書に署名した。マリーネ・ヴィンセント。

 店の主人がそこに剣、鞘。一八リンギレと書き込み、自分の名前であるらしい、カティント・スクレイトンドットと書き込んだ。

 

 男はもう一枚同じ物を作って、彼が署名をしてから私の署名を求めた。

 私が署名するとその皮紙をくるりと丸めて、何かリボンの様な物を巻いて、その上に封印を押した。それと剣を私に寄越しながら言った。

 「そいつをギルドに出しておくれ。お嬢さん」

 私は頷いた。

 

 これで終わりか。店の鍛冶屋らしい男が、トークンを返して寄越した。

 私の方を見て、まだなにか不思議な物を見たとでも言いたげな顔をしている。

 まあ、これは最初の取引だったし、これを冒険者ギルドに出せば、この金額が彼の店に支払われるのが保証されるのか。たぶん店の方の請求書と合わせるのだろう。

 

 真司さんと千晶さんは、どうやら二人ともお揃いの高級なナイフのようなものを買っていた。

 二人もトークン支払いだった。

 白金の冒険者が刃物を買ったというだけで、あのお店はそれを宣伝にしてもおかしくないなと、ふとそんな事を思った。

 

 オセダールを待たせている。私たちはお店を出て、馬車に乗った。

 オセダールは冒険者ギルドに寄ってくれた。

 

 そこで、さっきの封印付きの請求書をギルドの係の人に渡し、トークンを渡した。ギルドの人はさっきの店でやっていたのと同じ様にトークンを裏返して神聖文字を記録して、私に寄越した。

 

 まるで、クレジットカードそのものだな。金額すらここに記入されていないらしい。そうなるとまるっきり使う人間のモラルに任せられている。

 銀の階級章というのはそういう信用も込みなのか?

 いや。腕が良くてもモラルなんか無い輩も居るだろう。

 そういう輩には信用買いには使えないトークンなのかも。

 

 そういうのは何処で判断するかだが、冒険者ギルドには何か基準があるに違いない。

 三人共、ギルドを出て、再びオセダールの馬車で宿に向かう。

 

 車内で少し考える。

 武器の中でも剣はいつの時代でも高かった。

 

 これは元の世界での話だが、青銅の剣の様に型に流し込む事で量産出来た時代はともかく、それ以降は鉄になると急に高価になる。

 言うまでもなく、鉄鉱石の加工が大変だからだ。

 村でやったしんどかった製鉄を思い出す。

 鎧が発達していくと尚更だ。

 そうなれば剣は折れやすく刃も毀れる。お金の無い貧乏騎士はみんなメイスを持った事が知られている。

 お金が無いと剣は買えないし、維持出来なかったのだ。

 

 ……

 

 オセダールの宿に着くと門の中に、何やら人が多い。革のような鎧を着込んで、腰には長い剣。

 応援部隊が到着していたのだ。

 ベルベラディから来た、オセダールの雇っている精鋭部隊か。

 という事は……。オセダールは大都市のベルベラディにもそれなりの拠点が有るのか。

 いや。驚く事では無いのかもしれん。

 西に大きな勢力を持つというドーベンハイ商会の会頭と互角に話をしていたのだ。

 オセダールは余りにも腰が低いから、そう感じさせなかっただけなのだろう。

 

 馬車を降りると、真司さんたちが彼らに取り囲まれた。

 白金の二人は何処でも大人気である。

 

 オセダールは執事と何か話をしている。

 

 その時、私の立っている場所にやや年配の男性がやって来た。

 革の鎧。腰には剣。全身から漂う気配に一分の隙も無い。

 鷲鼻が特徴的な四角い顔。鼻の下にグレイカラーの髭。シルバーグレイの髪の毛は六、四分けだろうか。

 肌はやや小麦色だが余り焼けてはいない。やはり耳は尖っている。

 身長は二メートルちょい。あの玉ねぎ色の髪の毛の女性たちとほぼ同じ。

 ガッチリした体は鍛え上げられた筋肉が鎧の下にある事を物語っていた。

 

 彼は左手を腰に当てて言った。

 「隊長のルイングシンフォレストだ。君が我が主の大事なお嬢さんかね」

 顔は笑っているが、濃い茶色の目は笑っていない。

 

 「ルイングシンフォレスト様。ご機嫌麗しゅう」

 そう言って私はスカートの脇を掴んで持ち上げて、左足を引きながらお辞儀した。


 右手を胸に当てる

 「お初に、お目に、かかります。マリーネ・ヴィンセントと申します。以後お見知り置きを」

 軽く会釈しつつ、取り敢えず営業スマイルである。

 印象を悪くして良い理由は何処にも無い。

 

 彼ははっとした顔をした。

 「これは失敬を致しました。私はドゥーズィ・エムクラング=ルイングシンフォレストと申す者でオセダール様の元で警護を任務とする傭兵隊長をしております。以後お見知り置きを。ヴィンセントお嬢様」

 長身の彼が、右手を胸に当て綺麗なお辞儀をした。

 

 私は笑顔を返し、またちょっとだけスカートを持ち上げて軽く会釈。

 こういう時に不用意な言葉はかえって危険だ。

 礼を失さない様にしておけば良いのだ。

 

 そこにオセダールがやってくる。

 

 「おや、もう挨拶は済んだようだね、ドゥーズィ」

 「主人よ、こちらのお方に危うく大変な失礼をする所でした」

 「ドゥーズィよ。ヴィンセントお嬢様は、見かけが我らの半分だが、見かけだけで判断すると、お主と言えど一本取られるとだけは言っておく。彼女の首の階級章は彼女の実力からしたらかなり控えめな物、故にな」

 

 傭兵隊長が、信じられないという目で、私を見つめていた。

 

 「オセダール様」

 私はちょっと気になって聞いてみる事にした。

 「ルイングシンフォレスト様は、この街で、見る事の、出来た、人たちや、キッファの、街頭に、いた人たち、とも、違って、おられる様子。何処の、お国の、お方なのですか」

 オセダールは微笑みながら答えた。

 「此処からずっとずっと東にオルトガルトという国が御座います。昔から武術の盛んな国でしてな。それを生かして武術で生活の糧とする者も多くいるので御座いますよ」

 「オセダール様は、いろんな、所に、人脈を、お持ち、なのですね」

 と私が笑顔で言うと、

 「お嬢様。私は此処では宿をやっておりますが、商人で御座いますから」

 そう言って微笑んだ。

 

 ……

 

 その日も、まるで晩餐会のような食事が用意されたが、護衛隊の者たちは大食堂だった。

 例の隊長とオセダール、そして私と真司さん千晶さんで食べる事になった。

 要するに、隊長の紹介を兼ねている食事会という事だ。

 

 食べ終えてお茶にしていると、執事が足音すらなく、やってくる。

 「旦那様。その、また監査官様が、どうしてもと」

 「お通ししなさい」

 「御意に御座ります」

 執事がまたしても足音すら立てずに、すっと部屋の外に消えた。

 

 やってきたのは、男装の麗人が二名。

 ルクノータ監査官ともうひとりだった。この前来た、リーレン本部長代理では無かった。

 麻色のスーツ。肩の肩章と豪華なモールに、飾り付き。白いスカーフと腕章。そして白い手袋。

 このスッファ街警備隊本部長、その人であった。

 「私は、ルベリエ・リル・コーズィセルクと言う。この街の警備隊本部で、代表を務めている」

 そう言って、さっと敬礼した。

 

 ルクノータ監査官はオセダールの隣に座り、私の正面。

 本部長は、私の右前に座っている傭兵隊長の横に座った。

 私の左手の前に真司さんと千晶さんが並んで座っている。

 

 そして例の背の高いメイドが、紅茶を持ってきて監査官と本部長の前に置いていった。

 

 まずは、挨拶があった。

 「この程はまず、ヴィンセント殿には大変な心労をお掛けした事を詫びたい」

 本部長がまず詫びから入った。

 「いえ、その。それは、オセダール様に」

 

 「相変わらず、遠慮深い事だ。ヴィンセント殿」

 ルクノータ監査官が言った。

 「まさか、商会があそこまでやるとは想像しなかったこちらにも落ち度がある」


 「今回はスルルー商会が自ら雇った暗殺団に逆に咬まれて惨殺となったが、これはあの暗殺団の事ゆえ、捜査は無意味。ズルーシェ・スルルー一家惨殺事件の捜査は打ち切りとなった」

 コーズィセルク本部長が言った。

 

 あの死んだ老人はズルーシェと言う名前だったのか。まあ、もう終わった事だが。

 

 「それにしても、徹底的な抜き打ち調査を、とリーレン本部長代理が強く言うので、北部街区一帯を全て警備隊で狩り出すように、指示したのだ」

 とルクノータ監査官が言った。

 

 「即日、監査の名目で、スルルー商会傘下の全ての商店に行き徹底的な調査を行って、怪しげな者たちを燻りだしたのだよ。そこで出てきた生き残っていた無頼の者たちを全て、逮捕して取り調べたが、ほぼ全員がそなたの体術だけで倒されたと言っていた」

 本部長が呆れたような目をこちらに向ける。

 「そなたの実力は、その銀○一つではあるまい」

 コーズィセルク本部長の目が鋭い目に変わり私に向けられた。

 

 「これは、その、トウレーバウフ監査官様が、周りとの、配慮で、この様に、お決めに、なさいました」

 真司さんたちが見ていたのだから。

 

 「トドマのギルドの教官といきなり同じ銀〇三階級にすると軋轢が有るからと。ギルド全体の調和に反すると、監査官様が仰ったのです」

 千晶さんが珍しく口を挟んだ。

 

 「なるほどな」

 コーズィセルク本部長はずっと私を見ていた。

 「あの暗殺団を三人も切り倒したと聞いたが、本当なのかね」

 本部長が聞いた。

 

 私はどう言えばいいのか、迷った。

 「確実に、斬って、斃した、のは、一人だけ、だと、思います。他の、二人は、偶然が、重なり合い、彼らは、死にました。塵に、なって、しまった、のです」

 

 「そもそも、死んだ彼らが塵になるという事すら、殆ど知られてはいまい。その三人だけかね」

 

 どう話せばいいのやら。

 

 「いえ。他に、二人は、当てた、感触が、ありましたが、姿を、見せないので、どれだけの、傷を、負わせたのかが、分かりません」

 「腕を、斬った、相手も、いましたが、私が、手を、引きなさいと、言ったあと、その男は、斬られた、腕と、武器を、持って、風のように、消えました。怖ろしい、程の、怒りの、目でしたが、負けた、事、だけは、認めた、ものと、思いました」

 「キッファから、ニオノに、行く、街道の、両脇に、毒弓の、男がいて、二人、斃し、ましたが、塵に、なる、者たち、だったのか、確認、して、いません」

 

 「相手の、隊長らしき、男は、私と、決着を、つけに、来ました。とても、強い、相手で、私は、死を、覚悟、しました。けれど、その時に、偶然にも、ここの、街道に、魔獣が、出て、男は、魔獣の、餌食に、なって、決着が、着いた、のです」

 私が説明すると、全員が無言だった。

 

 ────────────────────

 姿を見せない、あの赫き毒蛇団と相まみえて、生きている者がいるという事実が彼らを無言にさせていた。

 真司や千晶、即ち白金の二人は暗殺団の事を知らないのだろうが、監査官と本部長、そしてなにより傭兵隊長が、愕然とした顔をしていた。

 ────────────────────

 

 「お嬢様はお戻りになられた時に、()()()()()()と、仰言ましたが、どうしてなかなか、それは運だけで生き延びれる事では在りますまい」

 オセダールが言った。

 

 「まさに」

 コーズィセルク本部長が半ば、呆れ気味にそう発した。

 

 「警備隊から、褒美を出すという話をしたと思うが、まだであったな」

 ルクノータ監査官が思い出したように喋った。

 

 「思うに、そなたに金銭の褒美は無意味であろう。何が良いか希望はあるか?」

 

 ルクノータ監査官にそう言われてもな、と私は思った。

 「あの、四人組を、叩きのめして、しまったのは、偶然、でしたし、今回の、事は、その、降りかかった、火の粉を、払った、だけ、なのです」

 とりあえず、事実を述べる。

 

 「まったく遠慮深い事だな。そうなっては、此方としても何かを与えなければ、収まりもつかない」

 ルクノータ監査官はそう言って、腕を組んだ。

 

 困ったな。よし一つ言ってみるか。

 「あの、もし、出来れば、ですけれど。私は、監査官様の、様な、背丈が、欲しく、思います。背が、伸びる、薬を、所望、したく、存じます」

 

 ……


 一瞬、場が静まり返ってしまった。やらかした……。

 

 失笑が監査官から漏れた。そして弾けるような笑いをする監査官を初めて見た。

 本部長も堪えきれないといった感じで笑っていた。

 みんな、笑っている。千晶さんまで、顔を俯いていたが、笑いを堪えているといった感じだ。

 

 私はちょっと恥ずかしくなった。やらかしてしまった事は間違いなかった。

 私はたぶん顔が赤くなっていたかもしれない。俯くしかなかった。

 

 「いや、済まぬ。笑って申し訳ない。そなたにとっては、とても大切な事だったのだな」

 ルクノータ監査官が、笑いを止めて、周りを制した。

 「しかし、背が伸びる薬というのは、聞いた事が無い」

 「ルベリエ殿、そなたは、そういう物を聞いた事があるかね?」

 ルクノータ監査官は、コーズィセルク本部長に話を振った。

 「いえ、残念ながら」

 「では、オセダール殿はどうだ」

 「私もそういう薬は、存じ上げておりません。監査官様」

 

 そこでふとオセダールは傭兵隊長に話を振る。

 「ドゥーズィよ。何か知っているか?」

 オセダールが傭兵隊長に尋ねた。

 「主人よ、私もかなり彼方此方を訪れた方ではありますが、そのような薬は聞いた事はありません。ですが、人族の魔法に、そのような物があるという話は聞いた事があります」

 「でかした。ドゥーズィよ。それはどの様なものなのだ」

 オセダールの目が輝いていた。

 「一時ではございますが、人が巨人になるとの事でした。なにしろ、人族の魔法は疑わしい物が多う御座います」

 申し訳なさそうにルイングシンフォレスト傭兵隊長が答える。

 

 「すまんな、ヴィンセント殿。そういう事のようだ」

 私をまっすぐに見て、ルクノータ監査官が言う。

 「いえ、すみません」

 「よい。そなたに相応しい物を、何か考えておく事とする」

 監査官は一応、この話はこれで終わりという感じだった。

 

 

 「オセダール殿、北部街区の方。今後はドーベンハイ商会が手綱を握る事になるが、南部街区商会代表として、何かあるかね?」

 ルクノータ監査官が突如、仕事の話をオセダールに向けた。

 「葬儀の会場でラゼール・ドーベンハイ殿と会いました。少々話しましたが、彼には少し時間が必要でしょう。暫くはスッファに留まるかと。街道の大掃除に当たっては、北部街区商会は、最大限の協力を惜しまないとの事。白金のお二人にもそう伝えて下されと、言付かっておりました」

 

 「あのスルルーの頑固爺とは、打って変わって話が通るようだな。オセダール殿」

 腕を組んだルクノータ監査官が答えた。

 「誠に。ラゼール殿は、柔軟な御方ですから」

 「なるほど、そのようだな。それと応援の件は、やはりキッファは厳しいとの事、それ故、第三王都に使者を出す事になった」

 「御意」

 

 「監査官殿。ベルベラディからの応援は、どの程度の規模が期待できますか」

 真司さんが尋ねている。

 「いくらなんでも、そなたたち三人で暫く掃除を、という訳にも往かぬ。腕利きを回して欲しいとは伝えてあるが、最初は一五人程だろう。順次増える」

 ルクノータ監査官は、腕組みをしたまま、答えた。

 「判りました。ヴィンセント殿はトドマの方に廻ってもらうつもりです」

 真司さんが答える。

 

 「なるほど。あちらは鉱山が有るから、手隙に出来んな」

 ルクノータ監査官は頷いた。

 「まず、ヴィンセント殿の腕前ならば、遅れを取る事もあるまい。判った。トドマの方には、私から連絡を入れておく」

 

 「では、これまでと致そう」

 ルクノータ監査官がすっと立ち上がる。

 コーズィセルク本部長もすっと立ち上がり、敬礼した。

 「では、これにて」

 監査官も右手を胸に当てた。

 

 「またお会いしましょう」

 ルクノータ監査官はそう言うと、本部長と共に部屋を出ていった。

 

 張り詰めたような空気が、一気にそこで緩んだように思えた。

 

 その日は夜になって雨が降り始めた。

 雨は時折雷を伴い、一時期激しく降った。

 

 そして、如何(いっか)な止む様子を見せなかった。

 

 

 つづく。

 

 トークンは、まるでクレジットカードのように使えてしまっていた。

 宿にやってきた傭兵隊長らと夕食を取っていると、やってきた監査官と警備隊本部長。

 彼らに今回の敵との戦いを語った、マリーネこと大谷。

 それは最早、常人のなす闘いでは無かったのだが……。

 

 次回 宿の庭での訓練模様

 傭兵部隊の訓練が、宿の中庭で行われていた。

 マリーネこと大谷は、それを見学していたのだが。

 そして、オセダールはきちんと、革のリュックを注文していた。

 

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