088 第14章 スッファの街 14ー17 葬儀前日
結果として、大谷は生き延びた。
そして約束通り、葬儀の前に全てを収めて戻ったマリーネこと大谷。
フラグは、回収された。彼の思った形とは違っていたが。
88話 第14章 スッファの街
14ー17 葬儀前日
朝になるまで、ぐっすり眠った。久しぶりに充分に睡眠を取った。
ここが街の警備兵の人たちの詰所という安心感から、熟睡出来た様だった。
まず起きてやるのはストレッチ。
柔軟体操の後にやるのは、空手技と護身術で狭い場所で出来る手技。
上着を着て、剣を身に着けていると、外が騒がしい。
彼女たちが鎧を着てどんどん出て行く。武器を手に三人ずつ駆け出す様に出て行った。
「おはようございます」
私が声をかけると、中央通り担当だったあの警備兵の女性が私に声をかけた。
「よく眠れましたか?」
「はい。とても」
私は笑顔を返す。
「ところで、みなさん、慌てて、出ていきました、何か、ありましたか?」
「北部街区の方で事件があったみたいで、北部担当は全員そっちに行ったのよ」
南部街区担当の女性が答えた。
「ヴィンセント殿。私がよいと言うまではここにいて下さい。お昼過ぎまでには、オセダール殿の宿に送り届けます」
「分かりました」
私はぺこりとお辞儀した。
「今日は、葬儀の、準備で、神官様や、この街の、葬儀の、警備の方も、大勢来ると、聞いていましたが」
そう言うと南部街区担当の女性が答える。
「夕方には到着するでしょう。受け入れる宿も決まっています」
「オセダール様の、宿も、ですか?」
私が聞くと、女性は言った。
「神官様がお泊りになるのは、北部街区のはず」
「しかし、予定は変わるかもしれん」
中央通り担当の女性が答えた。
「?」
私は訳が判らないという顔を作った。
「北部街区で起きたらしい事件が、どれくらいのものかによるな」
彼女はそう答えたが、私はもうその事件の中身をおおよそ知っている。
スルルー商会の老人が、たぶん蛇に咬まれたのだ。
その老人が会長とか会頭なのだろう。
今回のあの傭兵や大量の暗殺要員を雇った元締め。赫き毒蛇団にまで多額のお金を支払って私の暗殺を依頼したのだ。
それが、あまりにも依頼内容と実態が乖離している事に赫き毒蛇団の男が怒った。
たぶん犠牲が大きすぎたのだ。まったく見合わないと言っていた。
今回の赫き毒蛇団の寄越した暗殺隊の隊長だろうが、怒って依頼者である老人にその責を負わせると言っていたのだ。
そして、それが彼の部下によって実行された。多分。
あの黒装束の男たちの技は、既に『人外』のレベルだ。多少手練の傭兵を数人護衛に付けた所で、まったく問題にもならないだろう。
何人、犠牲になったのかは知らないが。
中央通り担当の女性が鎧姿で出てきた。深夜早朝担当の見張りと交代し、三人で見回りに出ていった。
交代で帰ってきた三人が珍しい物でも見るかのような表情で、私を覗き込んで、それから奥に行った。たぶん私の香りだろう。
北部街区担当の人たちは人数が多い。何しろ、北部街区は広い。
そのうち、三人が戻ってきた。
「だいぶ、酷い事になっている」
とだけ言った。
それからの彼女らの会話は聞こえなかった。
彼女らが独特のフェロモンの会話に移行したのだろう。
初めて見る。
わずかに口を開けて、互いに息を吹きかけあっているだけにしか見えない。
これが、あの王国概要にあった、この人たちのフェロモンの会話。
アグ・シメノス人の香りによる会話は普通に見ただけでは誰にも判らない。
香りも判別できるようなものは、何一つ、していない。
全く持って完璧な秘密会話だ。
それから北部担当の人が言った。
「本部に知らせて来て欲しい。私たちはまた現場に行く」
三人はまた、武器を持ち直して走っていった。
南部街区担当の彼女は、恐らくパートナーなのだろう、二人のうちの一人を指名して本部に走らせた。
私は、この人がオセダールの宿に私を連れて行くまで動けない。
それから、だいぶ経って警備隊本部の方から人がやってきた。
厳しい目付きだった。
「本来ならば一番疑われるべき人物が、よりにもよって詰所で一晩過ごしたとあっては、そなたを疑う余地は何処にも無いと言って良いだろう」
「どういう、意味です?」
私は尋ねた。
「スルルー商会で深夜に大量殺人が起きた。そなたが狙われていたという事は報告にも上がっている。それでそなたが逆襲して、スルルー商会に乗り込んで殺害に及んだ、とすれば事件は解決だったのだが」
「すみません。スッファの街には、詳しく、ないので、スルルー商会の、建物が、どれなのかも、知りません」
斜め上からずっと私を鋭い目で見ていた、腕を前に組んで立っているその玉ねぎ色の髪の毛の女性は、鎧姿ではなかった。
所謂、制服組なのか。彼女の服は麻色のスーツ姿で腕章をしている。首に白いスカーフ。そして手には白い手袋。
肩にも何か肩章があるが、モールや飾りはなかった。警備隊のお偉い人か。
「そんなに、沢山、人が、死んだ、のですか」
「ああ。会長、そして三人の息子とその妻、妾、この八人は蛇の毒だ。護衛の者四八人は全員、何かで斬られていた」
「……」
あの男は老人の命で埋め合わせさせるような事を言っていたが、息子にその妻に妾も、か。
そして、その妾が老人の。あの時に捕まった若造が、その妾の息子だとオセダールは言っていたな。リーレン本部長代行にそう言っていた。
あの四人の内、誰だったのかは、分らないが。
八人共、わざわざあの赫い毒蛇に咬ませたのか……。赫き毒蛇団の仕業だと声高に主張しているのだな……。
そして護衛四八人は斬殺か。
恐らく彼らの屋敷の護衛は全員、あの『人外』の技で斬られたか。あれなら、誰一人抵抗すら出来なかったに違いない。
体を狭間に置いて輪っかを投擲されたら、誰も気がつく事すら出来ず、切断されたのだろう。
或いは、何も無い空間からいきなり、刃だったのかもしれない。
何人でやったのだろう。四人か。或いは五人か。
一人で一〇人程度の護衛を斃した事になる。
彼らが牙を剥くとこういう事になる。という事だな。見せしめか。
北部街区の商会は今頃全員、震えあがっている事だろう。
「凄惨な、事ですね」
私がそう言うと、この制服の女性は頷いた。
「八人は全員特定の蛇毒で死んでいた。これは暗殺組織によるものとして、捜査する事になるだろう」
その制服の女性がそう言って、また本部に戻って行った。
やれやれ。私がオセダールの宿で予想した形とは全く違う形で幕を下ろしたな。
全てを収めて、戻るとは言ったが。
まさか北部街区商会の元締めの内の独りが、自分で雇った暗殺集団に咬まれて終わる事になるとは予想だにしなかった。
私としては暗殺集団を出来るだけ斬り倒して、彼らが契約金額に見合わないとして撤退するのを狙ったのだが。
それはある意味、狙い通りだったのだが、まさか雇い主を咬み殺すとは思わなかった。
もしかしたら、殺された八人の内、息子の方や妾がそれぞれ、別々に色々雇っていたのかもしれん。
傭兵を雇っていたかと思えば、街の連中の動員、そして様々な暗殺者たち。
あまりにも動きがバラバラだった。
赫き毒蛇団を雇ったのが、老人だったのは解っているが他は息子だったり、妾だったりしたのか。
それは十分にありうる……。
あれだけの暗殺集団。自分たち以外にあれこれ雇って画策していたなど、相当彼らのプライドを傷つけた事だろう。
もはや彼らの契約内容がどうだったのかは、永遠の謎だろうが。
……。
お昼近くになって南部街区担当の警備兵三人に連れられて、外に出る。
中央通り以外でも、黒い喪服姿が目立つ。
私は黙って、警備兵に付いて歩く。中央通りを西に暫く歩いて、南の街区に向かう路に入る。
更に歩くと、オセダールの宿である。
大きな門。扉は開いていた。警備兵三人とともに中に入るとそこにはドアの前にドアボーイがいた。
警備兵がオセダールに会うと言ってるので、ドアが開けられた。
私もついていく。
メイドが一名、お辞儀で出迎えた。私の顔を見るや、慌てて彼女が奥の方に消えた。
オセダールが走ってきた。あのやや太り気味の体には、ちょっときつい体操だろう。
「お嬢様。よくご無事で」
オセダールが大声をあげた。
「ご機嫌、麗しゅう」
私はスカートの端を両手で掴んでやや持ち上げて、左足を引いて、お辞儀した。
「オセダール殿。ヴィンセント殿を一晩お預かりしていた。色々と良からぬ噂が飛び交っていたが、こちらに戻すのが一番適切であろうと、我々警備隊詰所で判断した。これでよろしいか?」
オセダールは深いお辞儀をして、横に控えていたメイドも一層深いお辞儀をした。
言葉は不要のようだった。
「では、我々は街区の警備に戻る。で、何か有れば連絡されたい」
そう言うと三名の警備兵は出ていった。
……。
「オセダール様。昨日には戻っていたのですが、こちらにそのまま来る事が出来ませんでした」
「お嬢様。ご無事でしたのが何より重畳で御座いますぞ」
事情をどこまで説明すべきか。
「山下様と小鳥遊様は出掛けておりますが、まずはその剣を降ろしてお寛ぎ下さい」
オセダールがそういうのだから、それに従うべきか。
私はオセダールに付いて歩き、ラウンジで剣を降ろして座った。
「どこから、どう、お話すれば、よいのか、分かりませんが、今回の件は、スルルー商会が、自分たちで、雇った、毒蛇に咬まれて、終わりました」
「なんと。それは真ですか」
私は頷いて続けた。
「今朝、そうなった、状態で、老人と、妾と、三人の息子、その妻の、合わせて、八人が、発見された、そうです。警護の、人たちは、四八人、全員、斬られて、いたそうです」
「それではあの一家は全員……」
オセダールが息を呑んだ。
「詰所の、人たちが、慌てて、出ていきました」
オセダールが一度立ち上がって、振り返るとあの背の高いメイドがやってきた。
「お嬢様にお茶をお出ししなさい」
「畏まりました」
そう言って彼女はお辞儀してカウンターの方に向かった。
今日はカウンターには人がいなかった。
「護衛の、人は、可哀想でした。護衛の、人たちには、何の、落ち度も、無かったのですから」
「お嬢様、護衛という仕事は、そういうもので御座います。スルルー商会を主と選んだ時点で彼らの運命は、そういうものであったので御座いましょう」
「たぶん、苦しむ、時間は、無かったと、思います。彼らの、技は、常人に、見えるものでは、ありません」
私は、小さな声でそう言った。
「それほどですか」
私は小さく頷いた。
話題を変えたかったのは、オセダールの方だったらしい。
「そうそう、お嬢様が全員を守るように言いましたのでな。今は宿に泊まっている客は居りません」
オセダールが座って話し始めた。
「今日はもう、いつも通りに食堂の営業をさせております」
「何か、ありましたか」
私が尋ねる。
「お嬢様が仰言ったのですよ。葬儀までには全てを収めて戻ると」
オセダールは微笑した。
「はい」
「色々、あったのでしょうな」
少し考えたが、まとめるにはもう少し整理しないといけない。
「はい。あまりに、多すぎて、うまくは、言えません」
「ですが、あの、暗殺集団は、もう、来ないでしょう」
私がそう言うと、オセダールが少し不思議そうな顔を見せた。
「何か、交渉でも?」
「いいえ、彼らは、怒って、いました。老人に。商会の、言った事と、実情が、あまりに、違っていた、事に」
「その分ですと、かなりやり合ったようですな」
「はい。私が、どうあっても、切り抜けて、いる事で、今回の、派遣の、部隊長らしき、男が、怒りを、老人に、向けました。彼らを、蛇の餌食に、する事に、決めたのです」
「その男と、やり合いました」
「ふむ。お嬢様がここにいるという事が、全て、で御座いますな」
オセダールがそう言って私を見下ろした。
そうか、説明不要という事だろうが、言っておかねばならない。
「今回は、残念ですけど、私の、力は、及ばず、ただ、運だけ、でした。多くの、偶然が、重なって、私は、生き延びたのです」
私はオセダールを見上げた。
「もっと、もっと、剣が速く、ならなければ、遅かれ早かれ、私は、こういう、つまらない、出来事で、命を、落とすでしょう。もっと、鍛錬が、必要です」
こう言うとオセダールが微笑している。
「高実力者相手に生き延びた。それもまた、確かな実力なので御座いますよ、お嬢様」
最初の夕食の時に見せた柔和なオセダールの顔が私を見つめていた。
「ですが、それで自分の力の限界を見極める事が出来たのも、事実で御座いましょう」
「それが出来たのなら、お嬢様は更に強くなりますとも」
そこに背の高いメイドが紅茶を持ってやってきた。
紅茶を淹れたてのポットからカップに紅茶が注がれた。
一口味わう。香りの高い紅茶だった。かなりの品のいい代物だ。
オセダールも飲んでいた。
再び、平和な時間が流れていた。
オセダールは思った。
赫き毒蛇団に狙われて生き延びた者は、誰もいない。
彼女が唯一の例外になった。
そして、あのスルルーの愚かな老人は、自分でやったツケを家族全員で今回全て支払ったのだ。愚かな行為の代償が商会を潰す事になろうとは。
それにしても、何という少女だ。
彼女には正しく、武神アレンフィーヌ様の御加護があるのだろう。
この背丈にして、既にこの完成度。やはり、この少女は。
…………
お昼になると、大食堂が賑やかだった。
私は、オセダールが用意してくれた小部屋で簡単な食事になった。
そして、北部街区の宿のいくつかは警備隊が抑える事となり、オセダールの宿に神官が一名、泊まる事になったようだった。
街の責任者であるナロンからの使者がそれを告げていた。
神官には三名のお付きの者がいるという。
警備隊の増員やら、聖歌隊も来るというので、既に街は大賑わいになっている。
黒服の女性たちが東側に向かっていく。
オセダールに訊いてみる。
「黒服の、女性が、みんな、どこかに、向かっていますけど、何処に行くのでしょう」
「東門のまっすぐ北側に墓地がございます。皆、其処に行くので御座いましょう。故人との面会が出来るのは、今日だけで御座います」
「お通夜、という事ですか?」
「左様に御座います。葬儀の前日だけが故人との面会を許されるのでございます」
「解りました」
「今回は、どれだけご遺体が有るかは存じ上げませんが、ギルドの方でご遺体の回収作業は行ったはずに御座います」
オセダールは気を回して、葬儀の順序を説明してくれた。
「お嬢様、葬儀は神官様のお言葉と聖歌隊の聖歌斉唱、そしてもう一度埋葬前のお言葉と聖歌隊の聖歌斉唱、となります。そして埋葬、その後に会食となるので御座います」
「儀式の順序ですね。分かりました」
こういう儀式は、手順が重要だ。無様な真似を曝さないようにしなければ。
「お嬢様、お着替えを用意して御座います」
メイドがやってきて、お辞儀した。
色々汚れているからな。まあ、しょうがない。
真司さん千晶さんたちも、戻ってきた。
市長から、色々話があったらしいが。
「マリー、良く生きて、無事で」
千晶さんが少し涙声だった。
心配をかけすぎた事を反省した。
「はい」
私に出来るのは、精一杯の笑顔を返すくらいだ。
しかし、今回はこれしか、方法が無かった……。
「マリー、無事だったか」
真司さんもだいぶ心配顔だった。
「色々あって、何から、話せば、いいのか、分りませんが、暗殺団は、彼らなりの、けりを付けて、彼らの拠点に、戻った様に、思います」
これであの腐ったフラグは回収出来たのだろうか。
回収というよりは、フラグが折れたような気もしないでもない。
ちらっと脳裏に、やたらと服の薄い豊満な体つきの若い顔の天使が浮かんだ。
あの毒蛇団が引き上げてくれたのなら、スルルー商会はもう壊滅的な事になったので、恐らくはパートナーとなっているドーベンハイ商会が仕切って、今回の幕を引かせるだろう。
最早、金にはならない、自分たちのメンツだけの問題で私を殺しに来るとは思えない。
そこでさらに戦力を失う事があれば、彼らの方だって大問題だ。組織の存亡をかけてまで、そんな危ない橋は渡ってこないだろう。
決着自体は偶然だったが、たしかにオセダールの言う通りだ。
私が隊長らしき男を斃した形になる。喉に喰らいついたのは魔獣だったが、あれ程の男が死んだ事だけは事実だ。
つい、重いため息が出てしまった。
私は左腕の赤いスカーフを外した。
「それは?」
珍しく千晶さんが訊ねて来た。
「これは、あの赫き毒蛇団の、男たちが、身に着けて、いた、物です」
「そうか。キルマークという事だね」
真司さんはそう言ったが、私はそんなつもりはなかった。
しかし、キッファの街であの暗殺団の男が私の腕を見て、訊いてきたのも事実だ。
彼らにとっては、忌々しいキルマークに見えたのだろう。
しかし、それで男たちが向かってきたのなら、それはそれで。
「マリー、珍しく相当疲れた顔をしているね。早く寝たほうがいいんじゃないのかな?」
「お風呂も入ったほうがよさそうね? マリーは。相当汚れてるから」
私は頷いた。
食事はオセダールがまたもや晩餐会でもやるのかというような料理を用意した。
沢山の料理はどれも、しっかりとした味がついていた。
あの警備兵たちの詰所で戴いた食事は、あまりにも薄味だったから、ここの食事の旨味が身に沁みた。
お風呂は、既に用意していたらしく、半地下の岩風呂になった。
オセダールにお礼を言ってお風呂に向かう。
とにかく、一人で入る。
お風呂のお湯をかぶって、すこし体を洗う。
あまりにも色々な事が起こり、そして自力でフラグ回収する意気込みは、空回りした感じもしないでもない。
少なくとも、もうスッファの北部街区で、絶対的な力を誇ったスルルー商会が壊滅したのは確かだ。
そして、あの暗殺集団はこの契約そのものには、けりを付けていった。
あとは、彼らがどう判断するかだ。
決着をつけると言ったあの黒服の男は、魔犬に殺られた。
腕を斬ったのは私だが、あの男を斃したのは魔犬たちだった。
……そうか。
お風呂の中で唐突に気がついた。
魔犬はあの『人外』と敵対していたのか。或いは天敵として戦ってしまうのか。
そうだったのか。いや、もう、そうとしか考えられない。
そう考えれば、あの二つの出来事に説明がついて、辻褄が合う。
あの空中にいた、しかも見えない狭間の空間から少しだけ身を出して私に武器を投げようとしていた敵に、電撃を放ったのだ。
そいつの手には針があった。
そして、最後のあの男。
出てきた魔犬は、私を無視して真っ直ぐにあの黒服に向かったのだ。
二頭がほぼ瞬時に倒された後も、別の二頭があの男に向かっていった事は間違いない。
今までに無かった事だった。
それにしても。あの『人外』の技は。
……。
何かが引っかかっていた。
まさか。
そうだ。業物で一刀のもとに斬り捨てられていた村人。
まさか、あの村を襲ったのは、あの『人外』なのか。
いや、まだ決めつけるのは早い。そもそも、奴らの武器で斬られた護衛の傷を見ていないから、確定ではない。
それに、村人が広場に集まっていた部分は説明がつかない。
まだ、材料が足りていない。それとあの古代龍の本には手前があるはずで、其れが無いというのが、引っかかる。それを盗み去るのが依頼だったのか。
では、何故全員殺したのか。あの狭間に入る技があるなら、殺すのは最低限で済むハズだ。という事は彼らでは無さそうだ。
他にもああいう凄腕の暗殺者がいるという事か。
ここも、まだ謎だらけだな。落ち着いたら、あの本を読むべきだ。たとえ断片でも。
今度、時間が取れたら千晶さんに教わろう。
お風呂を出てさっぱりした。
明日は葬儀だ。
最早、宿の中でじっとしている理由が無いから、オセダールたちと行く事になるだろう。
とにかく、葬儀を終えて早く村に戻りたい。
さっさと私は下手くそな田舎のお嬢さん演技を終わりにしたいのだ。
いつボロが出るか。いや、もうとっくにボロが出ている様な気もする。
村に戻って、何とか生産職人の方向を模索したいのだ。
出来れば、目指すは生産職人。
つづく
スルルー商会は壊滅した。といって良いだろう。
一族の直系が殺害されて、僅かな親戚筋位しか残っていないのだ。
そしてマリーネこと大谷は宿に戻される。
次回 街の葬儀
神官らによって、葬儀が行われる、その様を見守るマリーネこと大谷。
異世界であっても、死者への鎮魂は、変わらない。