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087 第14章 スッファの街 14ー16 街道の激闘・決着

 「人外」の剣を操る速度は、大谷の実力を遥かに越えていた。

 もはやマリーネこと大谷の運命は風前の灯。

 しかし、窮地に陥った彼にチャンスを与えたのは……

 

 87話 第14章 スッファの街

 

 14ー16 街道の激闘・決着

 

 黒装束の覆面男は、恐るべき速さだ。

 私の見極めの目ですら、やっと剣が見える程度。

 恐らく、普通の人なら全く何も見えないだろう。

 

 打ち合わせるのも、必死だった。

 私もこのブロードソードで生き抜いて来たからには、少しは自信が有ったのだが、私の自信は揺らいでいた。

 この忍者らしき男の剣の速さ、重さ、そして軌道。

 その全てが今までの者たちなど問題外というレベルにあった。

 

 力なら負けないとはいっても、体重差は如何ともし難い。

 どんどん押し込まれて、後ろに下がる。

 頭の中の警報は、もはやずっと鳴り続けている。

 

 ……

 

 相手の踏み込みがさっきより少し鋭い。

 まずい。と、その瞬間、ブロードソードが飛ばされた。

 

 瞬時に左に転がって起きる瞬間に、両腰からダガーを抜いた。

 顔に相手の短剣が届きかける。

 ギリギリで間にあった。ダガーで相手の剣を止める。

 

 ブロードソードが後ろに落ちて、石畳で乾いた音を数度立てて、滑っていった。

 

 ダガーで受ける。受ける。

 然しまだ相手は余裕がありそうだ。余裕で打ち込んで来ている。

 受け損ねて、左腕の赤いスカーフの端が切れた。

 

 かなり追い込まれている。

 このままでは、()られる。しかし、鉄剣を抜く暇がない。


 相手の短剣もこっちのダガーも、大した刃渡りの差はない。

 しかし、相手は大人の身長である。リーチの差が大きすぎる。

 

 加えて、この速度。相手の剣はまっすぐ突いてくるのが多く、躱すのが容易ではない。

 払うにしても、払う動作のほうが早くなくてはならないのだ。

 

 次第に街道から外れ、北側の林に追い込まれた。

 

 その時、背中に疼きが来た。

 魔獣まで来るのか。

 

 男の短剣の速度が上がっている。

 何度となく、黒服の短剣が顔面に頭に迫り、ぎりぎりで躱しているがもう避けきれるのか自信が無い。

 

 右の耳上の髪の毛が少し斬られた。

 相手は、私がどこまで反応できるのか試しているようにさえ見える。

 

 暫くダガーで打ち合わせていると、とうとう魔獣が現れる。濃紺の魔犬だ。

 

 しかし出てきた二頭の魔犬が、黒装束の男の方に向かう。

 

 黒装束の男がこちらから、魔犬に対処が移った。

 離れた位置にいた一頭の魔犬があっという間に切り刻まれて転がった。

 時間にして数秒。もう一頭に黒装束の男が向かう。

 これも時間にして数秒程か。離れた二頭相手でも早い。

 怖ろしいほどの手練。

 

 その間に私はダガーを仕舞い、後ろの鉄剣を抜いていた。

 

 この僅かなチャンスを活かすしか無い。

 そう、諦めたら、ここで終わりだ。

 

 こんな所では死ねない。

 

 そう、速度だ。

 こいつを超える速度だ。

 

 いつだって、()()()()()()()()()()()()

 

 こんな所では死ねない。

 

 剣を構え、右八相から一気にやや左下に払う。

 

 未だ魔犬に注意が向いていた相手の右腕に剣先が届き、彼の右腕が斬れて下に落ちていく。

 黒装束の男はもう一頭を斬り倒していたが、私に右腕を斬られて、バランスを崩した。

 其処に、私の後ろから濃紺の魔犬が飛びかかって来る。私は左に躱した。

 黒装束の男は片手を失い、ギリギリ躱したが、私の後ろにいた魔犬はもう角を赤くしていた。

 

 其処から電撃が飛んだ。私にではなく、黒装束の男に向かって……。

 

 そして人外の男は狭間の空間に入りかけたが、彼ですらそれは避けきる事が出来ずに倒れた。

 そこに魔犬が飛び込み、男の太腿に咬み付いて行く。

 倒れた男はまだ意識があったのか、体を起こし左手が短剣を掴み、魔犬の胸元に差し込んでいる。

 もう一頭は喉に咬み付いていく。男にはもはや右腕がなく、それを払い除ける事は出来なかった。

 

 私は左側に飛び込みながら、魔犬を躱し、二回転がって、後ろを向いた。

 そして鉄剣を突き出した。こちらに来る濃紺の魔犬の角をへし折って、頭を砕いた。

 

 引き抜いて、もう一頭、男の喉に咬み付いた魔犬がこちらに飛び込んでくるその瞬間に、斜め上に払って右に躱す。


 魔犬が悲鳴を上げてそのまま、左下に落ちた。背骨ごと胴体が切断されて四肢が痙攣。

 内臓をぶち撒けて激しい流血が始まっていた。

 

 私は男の方に向かったが、男は既に黒い塵になっていた。男の右腕も黒い塵だった。

 男の腰の脇に魔犬が斃れていた。胸元から心臓を短剣で一突きされて死んでいたのだ。

 男が口元に巻いていた赤い布を拾い上げる。


 死闘は唐突に終わった。

 

 鉄剣を二度振って、鞘にそろりと収める。

 

 静かに手を合わせる。

 合掌。

()()()()()(ぶつ)。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

 

 またしても、魔獣のおかげで命拾いをした。

 前日は乱入してきた男を魔獣が電撃で払った事が、結果として私を助けた。

 今日は乱入してきた魔獣が男の注意を私から逸し、またもや電撃まで放った事で、結果として私を助けた。

 

 偶然なのか。

 

 それは考えても分からなかった。

 ただ、偶然に(すが)るかのようにして命拾いした、という事実だけがそこにあった。

 

 だめだ。

 だめだ……。

 今の剣を少し速くしたくらいでは、こんな強い敵には勝てない。

 

 ただの反射神経頼みの上に、背も低いのだからもっと立ち回りを考えて行かねば。

 

 ……

 

 いつものように魔獣の頭だけは解体する。

 左腰からダガーを抜いて、まずは角。そして牙。

 魔犬の頭をダガーで目の間から後頭部まで斬り裂いていく。

 脳漿と大量の血と脳味噌の臭いで、激しく()せる。

 

 私が頭を貫いた魔犬は角と魔石が砕けていたので、牙だけだった。

 収穫物をバッグに入れる。

 

 私はノロノロと街道に出た。

 転がっていたブロードソードを拾い上げて、左腰に仕舞う。

 それから街道の南側の歩道の縁に座って水を飲み、そして燻製肉をナイフで削って少し食べる。

 ややぼんやりとしたまま、燻製肉を(かじ)っていた。

 もう二口ほど水を飲み、休む。

 それから、最後の男から拾い上げたやや濃い赤い布を左腕に巻いた。

 

 これで全て、終わったのか。

 少なくとも、スルルー商会の発注者がこの赫き毒蛇団の怒りを買ったのは間違いない。

 スルルー商会の老人が、恐らくは今日中にも命を落とす。

 それで幕引きなら、それでもいい。

 

 オセダールにこれ以上迷惑がいかない事を祈ろう。

 

 少し休んで私はゆっくりとスッファの街に向かった。

 

 途中、もう魔獣は出なかった。

 付けてくる気配もない。

 

 二つの太陽は、どんどん西に傾いて行く。

 

 私は走り出した。

 

 西日を浴びて、田園地帯が輝いていた。

 

 私は疲れた体に鞭打って全力で走る。走る。急がねば。

 

 夜になる前に門に行かねば、閉じてしまう。

 

 私は夕方に、ようやくスッファの街の西門にたどり着いた。息が切れた。

 肩で息をしながら、門番の二人に挨拶をして門の中に入る。

 門が閉じるには、まだいくらか時間があった。

 

 冒険者ギルドまで、歩く途中、町の人たちは黒い服の人が増えていた。

 喪服だ。簡素な服の人々が減っていた。

 

 街の中央通りにある交差点にある柱は、どこも大きな黒い旗が揚げられている。

 

 明日には神官と多数の警備兵が来て、明後日は葬儀だったな。

 街は、もう葬儀の準備一色だった。

 

 夕方に冒険者ギルドまでたどり着いた。もう外は薄暗くなっていた。

 

 係の人に、魔獣と遭遇し四頭を斃した事を告げる。

 本当はだいぶたっぷりあるのだが、いっぺんに出すとおそらく不味いだろう。

 

 キッファに行って戻る途中に斃したイグステラのものだけにした。

 四頭分の牙、角、そして魔石。

 疲れすぎていて、計算もできない。

 一人で受け取ったらとんでもない金額だろうけど。

 

 私は係官が出してきた羊皮紙のような物に『キッファの街との街道途中、数度の遭遇、四頭』と記入した。係官がそこに『イグステラ』と書き込んだ。

 私は綴りが分からなかったのだ。

 自分の名前をそこに署名した。マリーネ・ヴィンセント。

 これでいいか。

 沢山斃したが、ここでそれを出すと悪目立ちしすぎる。

 

 トークンを取り出し、これを渡した。追加してくれるように頼んだ。

 暫く待つと、トークンが返された。

 

 もう、動きたくもなかった。

 私がロビーのベンチで座り込んでいると、警備兵が入ってきた。何時もの巡回だ。

 「ヴィンセント殿」

 オセダールの宿にも来た、あの警備兵だった。

 「何処に行っていたのです?」

 「キッファの街、です。行って、また、戻って来て、しまいました」

 「それは、どういう意味です?」

 「そのまま、ニオノの街、まで、行くつもり、だったのですが」

 「戻ってきた理由があるのですか」

 「山下様や、小鳥遊(たかなし)様、オセダール様に、お世話に、なって、おきながら、きちんと、挨拶の、言葉も、なしに、出て、しまったので、それを、後悔して、戻りました」

 一応まだ、芝居は続いている。

 

 「もう、合わせる、顔も、ないのですが」

 「どうしたというのです?」

 「だいぶ、あの宿に、迷惑を、かけました。暗殺者が、出たなど、あれ程の、高級な、宿の、信用に、傷が、付きました」

 

 警備兵は、細い眼をさらに細め、ずっと私を上から見つめていた。

 「だいぶ、派手に噂が流されていましたが。それで、どうするのです?」

 「分かりません。今日は、行く所も、なくて、ここに、座っていました」

 

 ずっと私を見ていた警備兵の彼女は、私に言った。

 「私たちが使っている警備兵の詰所がこの近くに在ります。そこにきなさい。一晩そこに泊まるといいでしょう」

 「そなたが、まだ狙われているなら、そこが一番安全でしょう」

 そう言うと、私に立つように促した。

 

 冒険者ギルドを出ると、もう外は暗かった。

 彼女が灯りを持っていた。縦に長い長方形の箱の上に取っ手がついている。

 箱の三方に硝子が嵌めてあり、その中に蝋燭が入っていて火が灯っていた。

 

 暫く北に歩いてから東に折れて、更に暫く歩くとそこが詰所だった。

 大きな建物だった。

 ドアの所で私は挨拶した。

 「こんばんは。よろしくおねがいします」

 警備兵の彼女は、ふと微笑んだ。

 

 私が中に入ると、長身の彼女らが何時もの鎧を脱いで私服に着替えて、何人もそこにいた。

 「可愛い子が来たわね」

 みんなそんな会話をしながら、私の方を覗き込む。

 たぶん、香りがしているのだ。

 「あなただけは、見間違えようがないわね。その香りで」

 一人がそう言った。

 みんな頷いている。

 

 私は、彼女らの夕食にも、招かれた。

 殆どみんな同じ顔をしている玉ねぎ色の髪の毛の女性たち。奇妙な感じだ。

 

 大きい鉄剣と剣帯、ブロードソードとダガーも外して、床においた。

 鉄剣の鞘が床に当たると大きな音を立てた。

 

 椅子の高さは私には全く合わない。椅子の下に板を置いてくれた。

 どうにか私の胸辺りがテーブルの上に出た。

 

 「いただきます」

 私は手を合わせる。

 

 出されたのは、香草の入ったスープと、これまた香草の入ったかなり固いパンらしきものだった。

 それから僅かな香草の香りで臭みを隠した、肉が出た。

 彼女らの食事は、割と質素なものだった。

 味付けが、極めて薄い。香りがメインのようだった。

 もう少し、塩味が欲しかったが、贅沢は言ってはいけない。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせ、軽くお辞儀した。

 

 たぶん私の所作の意味が判らないのだろう。

 みんな、微笑んでいた。

 

 暫く彼女らは、談笑していたが、私に部屋を一つ割り当ててくれた。

 今は使っていない予備の部屋だという。

 

 武器を全部持って、その部屋に行く。

 

 ドアを開けると机には燭台。そこに蝋燭が刺してあって既に火が灯っていた。

 その横に予備の蝋燭が数本入った箱がおいてある。

 そして火口箱。

 

 ベッドは彼女たちが使うサイズだからか、大きかった。

 恐らくは二・五メートルは有るだろう。横幅も一・五メートルくらいか。

 椅子はかなり高い。完全に彼女たち専用なので、私には全く合わない。

 上着を脱いで、ベッドに座った。

 

 あの赫き毒蛇団の男はスルルー商会の老人に、命で埋め合わせさせると言っていた。

 恐らく本当の事だろう。そうなると、明日は大騒ぎだろうな。

 

 私は疲れていた。

 うとうとしながら、少し考えた。

 あの男との闘いは本当に死を覚悟した。助かったのは、まったくの運だけだった。

 魔物がいなければ、私は死んでいたのだ。二度も濃紺の魔犬によって、私は偶然にも生かされた。

 

 そして、まだ速度が足りない。そう、絶対的な速度が足りない。

 私はもっと速度をあげなければならない。

 そしてもっと剣の技を磨かないと私は……。

 今の限界を越えなければ今後、生き延びる事など出来ない。

 

 私はいつの間にか、眠っていた。

 

 

 つづく

 


 死闘は唐突に終わった。

 またしても彼を助けたのは魔獣たちの攻撃。

 そしてマリーネこと大谷はスッファの街に戻り、ギルドで魔石などを納めた後、警備隊の詰め所に招かれた。

 これもまた、マリーネこと大谷の辿る運命なのだった。

 

 次回 葬儀前日

 警備隊の詰め所で朝を迎えたマリーネこと大谷はこの事で窮地を脱する事になる。

 そして、オセダールが待つ彼の高級宿へ。

 

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