086 第14章 スッファの街 14ー15 続々々・街道の激闘
キッファの街で一泊したマリーネこと大谷。
さらに南に向かうマリーネの前に、強敵が現れる。
黒尽くめの忍者の様な暗殺者がマリーネを襲う。
86話 第14章 スッファの街
14ー15 続々々・街道の激闘
翌日。
少し早い時間だったが、もう寝ている場合ではないだろう。
ブロードソードを下におろし、私はいつもの様にストレッチ。
そして、念入りに柔軟体操をする。
部屋はあまり広くもないので、剣を振るのは差し控えた。
それで空手技と護身術で体を暖める。とはいっても全て手技。
ダガーを混ぜて手技を出していく。
だいぶ汗が出てきた所で終了。
ベルトを外して、ブロードソードを着け直し、大きい鉄剣の剣帯を着け直す。
剣帯を肩に掛けながら、腰のベルトをしてダガーを収める。
お金のポーチと食料の入ったバッグも袈裟懸け。
よし。準備は整った。
燭台の蝋燭を消して、廊下に出た。
まだ起きて来たばかりという感じの宿の人にペコリとお辞儀をして、挨拶。
「もう出ます。ありがとうございました」
そう言うと、不思議そうな顔をしていたが、私はそのまま宿のドアを開けて外へ。
たぶんあの値段だから、朝食くらいは含んでいたのかも知れないが、そこまで待っている時間がもったいない。
観光気分で物見遊山なら、夕食もたっぷり楽しんで、朝食も食べてゆっくりと街の見学もいいだろうが、私はこの街でも、あの北部街区商会の雇われ暗殺者たちと死合いする必要がある。
この時間から付けてきている人物がいるのか、気配を探る。
……
まだ街路に人通りがなく、尾行者の気配もない。
だが、油断は出来ない。
南に向かって歩いていく。
門番に挨拶して門の外に出る。
ここから道は南南西に真っすぐ伸びていて、その先に有るのがニオノの街。
ベルベラディとの中継地点になる。
遠くに見えているニオノの街も歩いたら相当ありそうな距離だ。
道はここから、ごく緩やかに下っていく。はっきりと分かるほどの傾斜がついている。途中でもう少し坂が有るのかもしれない。
石畳の両側のわずかな凹みも、ずっと下まで繋がっている。
キッファの街の中にあった石畳の街路も両端はそこそこ凹んでいた。
排水のためだな。
傾斜が判らない程ごく僅かでも、傾いていれば水はそっちに流れる。それで十分なのだ。
私を付けてくる気配は朧気な物だが、昨日の夕方のやつか。
どうやら、街の外で決着をつける気になったか。
頭の奥で、警報が鳴った。
男は、朧気な気配のままに前方に移動して針を三連射。
私は右手で右腰のダガーを引き抜いて、その三本を払った。金属の当たる音がした。
男は無言のまま、更に長い針を放ってきた。
左のダガーを左手で引き抜いて、両手にダガー。
その長い針を下から交差させたダガーで上に払った。
長い針はそのまま勢いを失い、私の後ろで下に落ちた。
私はダガーを腰に戻す。
不意に男が短い剣で斬りつけてきた。
恐るべき速さだった。
抜刀したブロードソードで刃を合わせる。
あまりの速さに私が圧倒されている。
そして圧も強い。力では負けないが、この圧は今まで感じた事がない。
相手の剣が二刀流に変わっていた。
どうやら、その剣で私を斬るつもりだ。
私も右手はブロードソードのまま、左手にダガーを持った。
ブロードソードとダガーを使った二刀流で戦うのは、想定していなかった。
明らかに不利である。
相手の短い剣が自在に繰り出されてくる。
受けるだけで精一杯だった。
反撃に出れない。剣は斜め上から、正確に私の隙をついてくる。
私の反射神経と正確に反応できる速度を持つ筋肉だけが頼りだった。
ブロードソードで受けるも、徐々に対応が遅れ始めた。
もう剣を受け流すだけで精一杯だった。
どんどん押し込まれていた。
不意に男が言った。
「こんな程度の腕前で、我らを斃したなど、何かの間違いであろう」
「この小娘、我らを謀りおって」
恐るべき踏み込み。剣が顔面に迫る。だめだ、剣が間に合わない。殺られる。
その瞬間に、私の感覚がゾーンに入っていた。
勝手に体が反応した。刃をギリギリで躱す。左の髪の毛が切れて飛んだ。
本当に紙一重だった。
敵の刃は恐ろしい程の速さ。
しかし、ゾーンに突入した私にはそれは最早スローモーションも同然だった。
全て受け、そして躱した。
相手の自在の剣を受けても一歩も引かない。
最早、押し込み始めたのは此方だった。
突如、相手の左腕が恐ろしく延びて私の頭の後ろやや上、予想外の位置から短い剣が来たが、体が一瞬で反応し体を右に回転、これもブロードソードで受けて、更に弾き返す。
更に半歩踏み込んで、その延びていた左腕を斬った。左からくる短い剣は左手のダガーで打ち合わせる。
これが、こいつの必殺の技だったに違いない。
あんな位置からあの速さで剣が来たら、まず避けられない。
たぶん剣の達人でも。
私はゾーンに入っていたからこそ、『ソレ』が見えて、尚且それを受けて、更に斬れただけなのだ。
私はすぐに、左に振り返る。
その時、相手の動きが止まった。
「貴様!」
私は一気に間合いを詰めて、ブロードソードの剣先を相手の首筋にギリギリ当てた。
「あなたの、負け。手を、引きなさい」
淡々と言い放った。
私を見下ろす男の双眸が激しい怒りで燃えていた。
不意に男が消えた。
私は感覚を研ぎ澄ます。
しかし、気配はなかった。
斬ったはずの左腕も、そして握っていたはずの短い剣も、其処には無かった。
あれで終わったはずがない。
私はまだゾーンのままだった。
しかし、この街道はもう魔獣の出る森からは離れている。魔物は出そうにはない。
ダガーもブロードソードも腰に仕舞った。
最初にゾーンを認識したのは、村の外で出会った、あの巨大な焦げ茶色の熊の時だった。
もうこうしなければ、生き延びれないだろうという覚悟の元に、腕に向かった時に、突如としてソレが起きたのだった。
それ以降、狩りで出た事は無かった。
スッファの街に来て、暗殺者たちから私を救って来た感覚だが、それはこれから起こる戦闘を意識して始めるその時に、視界が急にゆっくりになっていく。
そして私はそのゆっくりになっていく視界の中で体が正確にそして素早く動く。それで窮地を切り抜けていた。
だが、今回は違っていた。正に生死の狭間。相手の刃が私の体に触れるその直前にソレが起きた。
自分ではコントロールが出来ないので、なぜあの忍者のような男と戦う、その時にゾーンに入らなかったのか、いや、入れなかったのか。私には判らない。
この超感覚が刃を差し込まれかけた、あの瞬間に起きていなければ、私は既に死んでいる。
私は、何かに生かされているのだろうか。
…………。
しかし、私がこのままニオノの街まで歩いたら、それで今日一日が終わってしまう。
いや、一日で着けるかどうかすら、かなり怪しい。相当の距離があるだろう。
歩く事は苦にならないが、飢餓状態になってまで歩くのは避けたい。
私はくるっと踵を返し、キッファの南門に向かった。
私は石畳の街道の真ん中を走る。
! 頭の警報が注意を促した。気配なき街道に、何か、いる。
ゾーンのままだった私は、そのまま前に倒れ込むようにして両手をついた。
左右からほぼ同時の弓だった。それは上を通り過ぎて街道の石畳の端に当たってゆっくりと乾いた音を立てた。
私はそのまま前転。立ち上がって振り返り、再び飛んで来た矢を掴んで、そのまま打ち出してきた方に投げ返す。右、左。
左右にそれぞれ黒覆面の射手がいたが、顔に矢が刺さって二人ともゆっくり仰向けに倒れた。
死んだのかどうか、暫く見ていると、ゆっくり腕を振り回し始めた。ごくゆっくりと脚も動いていた。
さらに観察を続けると、覆面の眼から血が流れ始めた。徐々に腹が波打っている。
あの鏃には赫い蛇の毒が塗ってあったのだろう。
つまりは、あの弓を放った黒覆面の忍者姿の男たちも赫き毒蛇団の構成員。
かける情けは一欠片もない。
ふいにゾーンのままだった感覚が、元に戻る。もはや頭の中の警報も鳴り止んでいる。
私は南門入口についた。
門番に挨拶して、再びキッファの街。
どこに敵がいるかはわからない。
スッファの街の時は北部街区は全てが敵として歩いたが、この大きな街で全てが敵となると、流石にキツい。
私は人混みの中を走る。
相手がなりふり構わず、ここで毒矢とか吹き矢とか放ってくれば、私が避けるだけで、他の関係ない人が死ぬ。
私は速度を上げて、中央通りに出る。
中央通りは人がいっぱいだ。
少し速度を落とす。頭の中の警報は鳴っていない。
第六感みたいなこの感覚が警戒を促していないのなら、致命的な危険が来ている訳ではない。たぶん。
このキッファ街で朧げな気配だったあの男が背後に来た時も警報は鳴っていなかった。
しかし、彼奴等が私を狙っているなら、体を見せつけて再び東へ移動だ。
石畳の街路を走る。東門前まで、一気に駆け抜けた。
彼らが諦めたか、あるいは手勢の殆どを失ったか、どうかなのだが。
東門を出て暫く歩くと、黒装束に赤い布を口の所に巻いた男がいた。
「最早、商会の老い耄れの依頼など、どうでもいい事だ」
不意に低い男の声が響いた。
「こんな仕事を出してきた老い耄れの金額は全く見合っていない」
「老い耄れにもその責は彼奴の命で支払って貰う。あの老い耄れにもう明日はない。赫き蛇からは逃れられぬ」
こいつ、左腕がある!
頭の中の警報は鋭く鳴り響いた。とてつもなく危険らしい。
黒装束の男は両足を揃え、直立不動のまま胸の前で腕を組んでいる。
「だが、貴様とは決着をつける」
男の双眸に物凄い光が宿る。
「いざ。参る!」
と言った瞬間にものすごい速度で剣を繰り出してきた。
ブロードソードの抜刀がギリギリだった。
間違いなく、コイツは強い。南の街道にいた彼奴とは、別人なのか。
そして、真司さんですら認める、抜刀速度がコイツには当たり前の速度なのか。
つづく
腕を伸ばすような「人外」の技を持つ暗殺者を退けたが、スッファの街に戻る途中に出た、暗殺者こそ、強敵中の強敵であった。
次回 街道の激闘・決着
もはや、マリーネこと大谷の剣の速度が負けている。
今までに出会った中での最高の強敵である。
マリーネこと大谷の運命は如何に。