085 第14章 スッファの街 14ー14 続々・街道の激闘
キッファの街に到着する少し前に、魔獣に襲われるマリーネこと大谷はここで大苦戦を強いられる。
そしてどうにか、キッファの街で宿をとることにしたマリーネこと大谷である。
85話 第14章 スッファの街
14ー14 続々・街道の激闘
緩やかな坂を登って、キッファの街に行く少し手前はほぼ真っ平らな道が真っすぐ伸びている。
ここから南を見るとかなり遠くのやや右手に見えるのがベルベラディ。大きな都市だ。
そしてやはり遥か遠く、森の東の方に大きな都市が見える。第三王都のアスマーラ。この北の街道が標高が高くなっているから見えているのであって、彼処までは相当な距離があるだろう。
北の隊商道はキッファの街の中にある大きな通りを南に向かってベルベラディへと向かい、そこから北西に向かってヤンフォの小さい町を抜けて、西のリエンタ。
そこから道は南に向かってティエマ、ティバザと小さい町だったはずだが、その先に第二王都のラバートがある。そしてその西には海があるのだ。
確か千晶さんは、第二王都まで行く機会があれば、海は近いから見る事が出来ると言っていた。
とはいってもだ。相当遠い。
リエンタの西は、真司さんは鉱山街だと言っていたが、たしか西の国境の前にシェンディという街がある筈だ。
地図を置いてきてしまっているので覚えているのはそのくらいだが。
農地の中を走る細い道は恐らくは全て農業用で、交通の為に作られているのは街道だけだ。
一見平和そのものな街道なのだが。
ここで魔獣刈りをしなければならないほど、濃紺の魔犬、イグステラが増えてしまったという。
となれば、私のこの血の匂いで魔犬たちが出てきてもおかしくはない。
暫く行くと、背中がぞくぞくしてきた。魔物がくる。
そしてやはり魔犬が出て来た。今回は二頭だ。
それでも、あの角が光る前に片付けなければならない。
背中の大きな鉄剣をそろりと抜いた。
剣先を左後ろに、私は走る。少し走りにくい。
魔犬の一頭は飛び出してくる所を、右足を踏み込んだ瞬間に左から一気に払った。
魔犬の顎の下くらいの高さで剣が横に払われて、首が飛んだ。
体はそのまま突進してきて、私の右横を通り過ぎて倒れ、四肢が痙攣していた。
首元から激しく流血。
もう一頭がほぼ同時に近いタイミングで右から飛び込んできていたのだが、私は躱した。
背中がぞわぞわしている。
魔犬はくるっと方向を変えた。そして林に向かった。
街道の北側の林に一度ひっこんだと思えば、濃紺の魔犬が三頭、身構えている。
そのうちの一頭の角が赤くなり始めた。
まずい。もうあの角が。光る。
私は大きい鉄剣を犬の方に投げるのと角から電撃が飛び出してくるのがほぼ同時に近い。
僅かに私のほうが早かった。
剣は電撃で光り輝きながら、その電撃を貫いて濃紺の魔犬に突き刺さる。
私は身構えた。二頭が反射的に左右に分かれるように飛び跳ねた。
二頭同時と言っても、全く左右に別れられては、対処のしようがない。
これで電撃が来たらお終いである。
何か背中の猛烈な疼きと頭の中で警報が鳴っているのだが、不味い事に魔犬二頭から注意が放せない。
二頭の魔犬の角がまた光り始める。私は右のダガーを抜いて右側の魔犬に投げつけながら前に転がる。電撃はほぼ同時。
しかし、左の魔犬の電撃は、全く何も居ない空中に向けて放たれていた。
右に投げたダガーは電撃の中、そのまま頭を低く角を突き出した魔犬の後頭部やや後ろの部分に刺さって、魔犬はそのまま前に崩れ落ちた。
ダガーは今の電撃で軽く磁化されたかも知れない。
転がって振り向いた私の前に有ったのは、全身黒い布の人らしき物がそこに倒れている姿だった。
魔犬が向かってくる。
反射的に左の腰からダガーを抜いて魔犬に投げた。魔犬の前足の根本に当たったが、致命傷ではない。
魔犬から悲鳴が上がった。その場で頭をやや伏せた魔犬はこちらに角を向けた。
また角を光らせ始める。
ブロードソードを抜いて踏み込み、左下から剣がその犬の足を払った。
魔犬から更に悲鳴が上がる。
犬が完全に前のめりになった瞬間。剣を上から振り下ろす。頭をざっくり斬って、剣先は顔に対して斜め、犬の左眼を叩き切って、やや斜め下に抜けていき、口の脇を掠めて下へ。地面に刺さる寸前で止めた。
もう、それで十分だった。
魔犬の顔がそのまま下へ崩れ落ちた。頭を斬ったのだ。即死している。
ブロードソードを二回振って血を払う。左腰に仕舞った。
合掌。南無。南無。南無。
私はダガーを二本とも拾った。血を払って腰に仕舞った。
そして、大きい鉄剣も回収して大きく振って血を払う。
大きい鉄剣は魔犬の口の下で滑るようにして胴体に深く刺さっていたのだった。
この魔犬は、電撃で光りながら飛んでくる鉄剣をみて顔を上げたのだろう。
わずかに開いた口の下に剣刃は横のまま滑っていき胴体に刺さったのだ。
後ろの鞘に、ゆっくりと仕舞う。
合掌。南無。南無。南無。
一頭の電撃が私じゃない所に飛んだから、結果として命拾いしたのだ。
本当なら、電撃に焼かれて死んでいただろう。
偶然なのか。
それにしても、この黒尽くめの人物は、何者だろう。
全く気配もなしに、魔犬と私の戦闘の最中に入ってきたのだ。
そして、姿も見えなかった。例の暗殺者だとは思うが。
どさくさに紛れて私を殺すつもりなら、得物を投げるなり、なんなり有ったとは思うのだが、私が絶対に躱せない様にするつもりだったのか。
俯せで、黒尽くめの服を身に纏ったこの人物の顔を見ようとして仰向けにした瞬間に、顔が塵になった。
体も塵になった。
まるで黒い埃と化して、戦ぐ風に運ばれていった。
服だけが残った。
緩い風が南から、森に向かって吹き抜けていく。
恐らくは男だったとは思う、その体は塵となって全てが森へと運ばれていった。
先程までここで死闘が有ったなどと、とても思えない穏やかな風が街道を横切っていった。
…………
何者だったのか。しかし「人」ではなかったのだろう。
魔物や魔獣ですら、死んだ時に死体は残す。
この人物はまるで埃になってしまったのだ。いくら電撃を受けたとはいえ。
つまり赫き毒蛇団とは、「人」と「人外」とで構成された暗殺組織なのか。
最初に首を斬り飛ばした魔犬の前でも、合掌。
「南無。南無。南無」
私は濃紺の魔犬の牙、角、そして魔石を取り出す方に集中した。
全てを回収した時にはもうだいぶ二つの太陽が傾いている。
その間、人も荷馬車も、誰も通らなかった。
魔犬の死体を北側の林の中に運ぶ。街道に散らばった魔犬たちの血はしょうがない。
そしてこの黒い服。口元と首元に有ったとは思うのだが、赤いスカーフのような物が二つ残っていた。これだけ回収しておく。
服の他の部分、黒い布と長い針のような武器は魔犬の死体の方に持って行って其処に置いた。
男が口だか首元に巻いていた赤いスカーフ二つを、私は左の二の腕に巻いた。
左手がぎりぎり届いた。そこでちょこんと縛る。二つのリボンのように。
再び、歩き出す。
夕方になると、キッファの街の門にたどり着いた。
門番の人、例の玉ねぎ色の髪の毛の女性二名は私を見ても何も言わなかったので、首の階級章を見せて挨拶して中に入った。
キッファの街は、やはり大きい。いろいろな店があった。
ここで買い物をするのも悪くはないのだが、もう夕方だ。
取り敢えず、中央通りを進む。
南北に向かう街路がだいぶあるが、真っすぐ歩く。
沢山の人々がいた。例によって背の高い亜人ばかりだ。
どこに暗殺者がいるかは、分からない。
頭の中の警報は、反応なし。
よし、頭の中の警報が危険を示していないのなら、少し観察だ。
やや丸い顔に団子っ鼻のような男性陣が猛烈な勢いで話をしながら、歩いて行った。
以前、スッファ街で見た団体さんにそっくりだ。
殆どの人は、大体肌が焼けた色なのだが、たまに真っ白の肌を持つ人がいる。
一体、どういう種族なんだろうな。この暑い日差しのなかで、真っ白のままというのは。
メラニン色素が無いという事か。髪の毛には色があるので、肌の組織にメラニンを作る機能が無いのか。
紫外線でやられないのかな。それはそれで不思議な種族だ。
角のある人はいない。あの角の村人がどんな肌色だったのか。
これだけ大きい街なら、数人位は居そうなものだが、見える限りの亜人のなかで角を持つ人はいなかった。
中央通りを大分行くと三差路。一本が南に向かう大街道だ。そのまま真っすぐだと西にある村の方に向かう街道に出る。
南に向かう方に折れて暫く歩く。
所々に、あの玉ねぎ色の髪の毛の女性たちが、まるで男性を挑発するかのような姿で店の外で椅子に座って何か飲みながら、他の仲間と話をしていた。
ここにも居るのか。
トドマの方に居ないのはあの魚臭い、あの臭いが駄目なんだろうな。
港町通りに充満しているからな。
そんな事を思う。
あの遊び人のような娼婦のような人々が、ドレスを着てまるで貴族のような香合わせをやるかと思えば、戦士姿で命も捨てられる槍になるという。
本当に、不思議な人々だ。
私も誰でも座れる椅子を道路脇に見つけ、そこに座って水を飲んだ。
甘いお菓子も戴く。
そして歩いている人々を観察する。背の高い男たち。
色んな人たちが歩いている。服は割と地味な人が多い。
そして時々、荷車が南からやってくる。
ここでさえベルベラディからはだいぶ離れているのだが、やはり隊商道の街。
賑わいはスッファの街以上だった。
……
私は、さっきから何か妙な気配を感じていた。
すぐ後ろに誰かがいる。私が油断したのでは無い。
まともな人間の気配はまったくなかった。今もまだはっきりとはしない、朧気な気配だ。
私の耳元で囁くような声が聞こえた。
「お前は何故、この赤い布をしているのだ」
「この、赤い布の、持ち主は、死んだのよ。そして、塵になった」
我ながら、暗い声だった。
「! 貴様……」
「この二枚が、その証」
私の右手はもう右腰のダガーに手が掛かっていた。
「誰が、来ようと、何人、来ようと、私は、斬るだけ。いい加減、商会の、連中に、諦めるように、言って、欲しいわね」
「…………」
「まだ、殺る、つもりなら、来なさい。今日は、この街で、泊まるから」
「……」
「あなたたちが、頑張って、私を、倒しても、得られるのは、最初の、契約の、お金だけ」
「この先、どれだけの、犠牲に、あなたたちが、耐えられるのか、私が、どれだけ、この、緊迫感に、耐えられるのか、我慢比べ」
「どう?」
「どうとは、どういう意味だ」
「まだ続ける?」
「…………」
不意に男は居なくなったようだった。
私は背中に汗が流れ続けていた。顔に出ていなかったのなら、成功。
あのまま、相手が全く何もない空間から刃物を出してきたら、避けれたのかは定かではない。
一応、嘘は言っていない。
このスカーフの持ち主は死んだが、私が斃したとは言っていない。死んだとは言ったが。
此奴を斃したのはイグステラの電撃だ。そこを言わなかっただけだ。
はったりになったかどうかは分らないが。
ただ相手は、あの会話で肯定も否定もしていない。
相手は、私が訊いた意味を尋ねただけだ。
商会に諦めるように言って欲しいと言ったが、答えていない。
今日殺りにこいと言ったが、答えていない。
そして我慢比べするかにも答えていない。
あれだけの芸当ができる相手が、ただの御用聞きとか、お使いな訳がない。
しかし、その場で決定する権限は持っていなかったのか。
私を確かめに来たのが、完全に気配の消せる暗殺者ではなかったが、普通の人々を暗殺するなら、十分な腕前だろう。多分。
あの街道で出た連中が、正しく『人外』だっただけだ。
もう暗くなりそうだった。
私は宿を探さねばならない。
暫く探した。
この通りにある、小さな宿に入って私は首元の階級章を見せた。
宿屋の女性は、私が子供に見えるので、相当怪しんでいた。
私は、一晩泊まりたいと告げた。
そして小さいポーチから、三〇枚ほどのデレリンギ硬貨を出した。
「このお金で、泊まれる、部屋を、お願いします」
そう言うと、宿屋の女性は、私の硬貨を受け取った。
そして、奥の部屋を指差した。あの部屋に泊まれという事だな。
ペコリとお辞儀して、部屋に向かう。
ドアを開けると、やや狭いがまともな部屋だった。
壁には小さい燭台に蝋燭で灯りになっていた。
正直言って、二〇デレリンギでも高い気がするが、仕方がない。
一応、最低限の部屋の体裁は調えてある。
窓際に小さいテーブルと椅子。
テーブルの上に小さな燭台と蝋燭が三本、そして火口箱。
そしてベッドはどうにか大人が寝れそうな大きさ。
背中の鉄剣を下ろす。
食事はどこかのお店でしたかったが、そこは我慢。
オセダールとメイドのもたせてくれた水と燻製肉はまだ残っている。
ナイフで少し削り取って食べる。
残りは明日の食事用だ。
ベッドのフレームを背にして、床にぺったり座り込む。
左手を床につけた。完全に寝るわけにはいかない。
こんな時間にすぐ襲ってくるとは思えない。
普通は、来るならもっと遅くなってからだな。
後一日で、なんとしても決着をつけたいのだが、相手が出て来てくれない事には、どうにもならない。
下手な腐ったフラグのせいで、だいぶ酷い事になった。
それにしても、やりたかった生産とはどんどんかけ離れていく気がする。
まあ、今は目の前の事に集中。
それでもやはり疲労が溜まっていた為に、ウトウトとしながら寝ていた。
何かが居る。壁の所に黒い奴が居る。これは夢なのか現実なのか。
夢心地のまま、右腰のダガーを抜いて投げた。ダガーは壁に刺さった。
その音で一瞬で起きた。
周囲は真っ暗。
蝋燭はとっくの昔に燃え尽きていた。
手探りでテーブルの上の火口箱を探り、中の火打ち石を取り出して打ち合わせる。
カチカチという音が暫く続き、おが屑に小さな火が灯る。
この火に蝋燭の芯を近づけて蝋燭に火が灯る。
蝋燭を燭台の上に載せた。
部屋がぼんやりと明るくなる。
自分が投げたダガーが壁に刺さっていたが、引き抜くと黒い布の切れ端が刺さっていた。
……黒い布の切れ端。
誰かが来たのだ。もう気配はとっくになかった。
何故、私に武器を投げつけていかなかったのか。
とにかく誰かが深夜に来て、壁の前にいた。挨拶代わりに私がダガーを投げつけて、そいつの服のどこかに刺さったがそいつはそのまま、去った。
夕方来た奴だろうか。
窓を開けると、外には大きな月が上にあって、他の月は街路の建物があるので分からなかった。
沢山の星が瞬いている夜空だった。
つづく
黒尽くめの忍者のような「人外」がマリーネこと大谷を襲う。
命からがらに窮地を脱したマリーネこと大谷。
しかし決着は、まだ、着いていない……
次回 続々々・街道の激闘
暗殺者をおびき出すことに成功したマリーネこと大谷を襲う、「人外」の者たち。
マリーネこと大谷の実力を遥かに超える暗殺者を前に、とうとう絶体絶命のピンチが訪れる。