084 第14章 スッファの街 14ー13 続・街道の激闘
全く姿を見せない暗殺者がマリーネを襲う。
そして見た事も無い魔獣までやってきて……
84話 第14章 スッファの街
14ー13 続・街道の激闘
再び薄い金属の輪っかが、私を襲う。大きさの違う、速度も違う輪っかが飛んできた。
中くらいの大きさの二枚は何とか躱したが、大きい円盤が襲ってきた。
軌道を見極める。
ダガーを抜いて大きい円盤の下から円盤の金属部分をダガーで突いてやる。大きい円盤は下に落ちた。
もう一枚がその大きい円盤が飛んでいた軌跡を交差するように飛んできたが、これもダガーを下から当てるようにして、下に落とした。
一つ間違えば、こっちがすっぱり斬れているだろう武器なので、全てが紙一重。
私が躱した二枚は、そのまま後ろの藪を大きく切り裂いて行った。
この円盤は投げ返してやりたいのだが、何処に毒が塗られているか分からないので、迂闊には触れない。相手の武器をそのままやり返してやるとか、かっこいいのだろうが、残念ながらそうそううまくいくものでもない。
まだ来るのだろうか。
人の気配が、薄れていく。移動したとは思えないのだが。
もう、頭の中の警報は鳴りっぱなしだ。
まさか、魔獣でもないのに、気配消し……。
う・し・ろ・か・!
私は、もう反射的に右後ろに振り返りながらブロードソードを抜き払った。
手応えはあった。
影のような物が、いきなり下へと崩れ落ちる。
右に体を倒す。何も無い筈の空間からいきなり長い刃が、私のいた場所の後ろから飛び出していた。
瞬時に体をさらに右に捻りながら、脚を踏み変え剣をその場所へ右に払う。なにか掠ったような手応えだけが残った。
その時、急に小さい赤い蛇が私の足元に転がされるように、現れる。
右に払っていた剣がそのまま下段払いの状態で左へ。蛇の胴体が切り裂かれる。
斬りながら私はやや後ろへ。私は持っていた剣を右腰に戻し、真後ろに振り向けながら、一瞬剣の柄を上にやや放るようにして手を離して、逆手に握り直す。
そのまま素早く真後ろに突いた。
何か、手応えはあった。が逃げられた。
やばい事に敵は全く姿を出さない、恐るべき暗殺者たちだった。
崩れ落ちたさっきの影のような奴は、もう其処に居なかった。
仲間が連れ去ったのか、それとも消えたのか。
蛇はそこで私の剣に斬られて死んでいた。
今までとは、まったく異なる次元の闘いだった。
あの女は如何にも暗殺者だったが、今対峙している敵は、もう『人』ではない気がする。『人外』だろうか。
そこに背中がぞくぞくする感覚が襲ってきた。
魔獣のお出ましだ。
濃紺のイグステラが来るだろうと思っていたのだが、やや灰色の犬のような大型の生き物だった。
体長は三メートル程は有るだろう。かなりデカい。
脚が一メートル弱程。胴体と首、頭まで入れれば高さは一・八メートル程か。やや短い太い尻尾もあってそれが上を向いていた。
その獣たちには、首の先に頭は付いているのに、犬のような口がない。
そして顔がなかった。のっぺらぼうだ。
寒気がした。
まず、真っ平らな顔らしき部分には毛が無い。
そして目がない。耳は如何にも犬のような物が頭の上に張り付いている。
鼻はやや突き出たような場所に穴が三つ、空いているだけだ。
口の部分も少し張り出していて、そこにやや小さく妙に丸く、開けられた口には円周を囲むように牙が内向きに生えていた。
吸血蛭を連想させた。
バラバラと五頭ほど現れた。
私はブロードソードを仕舞うと後ろの鉄剣の柄に手をかけて、そろりと抜いた。
一頭はもう、こっちに走り出してきた。
と、その瞬間、口のような部分がものすごい長さに延びた。
左から右上に払って、それを斬り飛ばす。
真っ茶色の血が飛び散る。凄まじい悲鳴。それでも止まらない。突っ込んでくる。
私は、踏み込んだ。
剣先は右下方向に少し廻って、左手を添え一気に左方向へ。そののっぺらぼうの四つ足の魔獣を横から斬り裂いた。
内臓をぶち撒ける。と思ったが、内臓は奇妙に細い物がドロドロと出ただけだった。
四肢が痙攣していた。
他の四頭も一斉に口を伸ばしてくる。剣を振ったが、ソイツらは口を瞬時に引っ込めた。
まずいな。これで後ろから、攻撃が来たら躱せるのか。
一頭は、倒れた仲間の体に口を延した。あの丸い口の牙が体の皮を突き破って肉に潜り込んでいく。
三つ穴の空いた鼻のような部分が、前に少し延びたり縮んだりしている。
直視に耐えない、悍ましい光景だった。
仲間を食べ始めた、その異形の魔獣を鉄剣で斜め上から一気に下まで斬った。
背骨を叩き切って、内臓をそこに散らした。後ろ脚だけが激しく痙攣している。
私は街道の方に向かって走り始めた。
後ろからなにか来る気配があって、振り返って鉄剣を横に払ったが、空振りした。
明らかに避けられたのだ。
暗殺者と、この名付けようもない、顔の眼が無い獣に追い立てられる様にして、街道まで出た。
その獣が飛び出してきた瞬間に、私はその眼の無い顔を剣で突いた。
丸い口から耳障りな叫び声がして、その口が顔から飛び出し得体の知れない液体を吐き出す。慌てて躱す。
そして獣が倒れた。前脚が激しく痙攣していた。
後二頭。
飛び出して走ってくるソイツの首を斬り飛ばすと、その獣の身体が転がり四肢が激しく痙攣した。頸からは激しい流血。
斬り飛ばされた顔から口と、なにか鼻のような物が、ズルズルと延びて脈打っていた。
そのゾウの鼻のように延びた物の横にまるで昆虫の気門のような穴が、いくつも水平に開いていた。穴の周囲だけ黒く、そこに硬そうな毛が何本か生えている。
周辺が黒い、その昆虫の気門の様な穴から、奇妙な匂いが漂っていて、其処からは体液が垂れていた。
……
私は左手で鼻と口を覆って、そこから離れた。
こんな魔獣はあの村では見た事が無い。
マルデポルフと真司さんが言った、あのリビングデッドより、更に奇妙だ。
背中のぞくぞくする感覚はどんどん激しくなっていく。こいつは何かやらかすのだ。
残った一頭はその鼻を伸ばしたり、縮めたりしながらその気門のような穴から、鱗粉のような微細の粉を撒き散らし始めた。辺りに霧のように漂い始める。
どんどん、その粉の霧が濃くなっていく。
多分、やばいやつだ。絶対に吸い込んだらだめだ。
私は南に走ってソイツの横方向に回り込む。
鉄剣を下に置き右手で左腰のダガーを引き抜いて、投擲。
そいつのその延びた鼻のような器官の途中に突き刺さる。劈くような悲鳴。
ごろごろと転がって猛烈に暴れる魔獣。立ち上がって此方に鼻と口を延したまま突進してくる。
私は右腰のダガーも引き抜いて突進してくる魔獣の顔に投擲して、鉄剣を拾った。
これで止まらない様なら、斬る。
魔獣は、其処に倒れこみ、激しく四肢が痙攣していた。
鼻から多量に放出した鱗粉のような粉がまだ辺りに濃密に漂い、近寄る事が出来ない。
それでも既に少し吸い込んだのか、猛烈な吐き気と、地面がぐにゃりと曲がって見えた。少し蹌踉めいた。
更に吸い込んだら、きっと倒れる。
急いでしゃがみ、もう這うようにして後ろに下がった。
意識が朦朧としてきた。
吐き気が止まらない。自分の腕が酷く歪み曲がって見える。
目を閉じて、唇をきつく噛み締めた。
ダガーの回収が直ぐに出来ないのは不味い。
こんな所で暗殺者が来たら……。
左手は鼻の所から放せない。
少し朦朧とした意識が、まともになった。
私は剣を置いて右手を地面につけた。
気配がなかった。まだ、終わった訳じゃない。アイツラは気配を消せる。
……
暫くすると、風が南から北へ向かって戦いだ。
それから、南風が強く吹いた。
先程の鱗粉のような霧が、北の林に一気に流れていき、そしてその先、森の奥に吸い込まれる様に消えていった。
街道に落ちた鱗粉のような粉が舞い上がり、埃のような状態で北の林の中に吸い込まれていく。
私は、暫く立ち尽くしていた。
我に返り、鉄剣を拾い上げて大きく二度、振った。
大きい鉄剣をそろりそろりと鞘に仕舞う。
のろのろと、ダガーを二本とも回収し、両方の腰に仕舞った。
直視に耐えない其処の三頭の頭をブロードソードで縦に切った。茶色の様な血はどろどろとしていて、剣にねっとりと纏わり付いた。
私はブロードソードを三度、四度と振るって血を飛ばし、腰に仕舞った。
もう一度ダガーを握り、脳味噌を抉って行く。真っ茶色の血と脳漿と茶色がかった脳味噌の放つ悪臭で激しく噎せる。
マルデポルフとは少しばかり違うが同様に奇妙な模様がついた魔石があった。
大きさは親指二個分。
暗殺者が襲って来なかったのは、この魔獣の攻撃を知っていたからだろう。
私は魔獣の死体の脚を持ち上げて、ひっぱり林の方に三体とも運んだ。
恐らくは、仕切り直しという事か。
林の方に倒れている二体の頭も縦に切って魔石を取り出した。
吐きそうになる程の腐臭が、この丸い口の中から漂っていた。
のろのろと街道に出た。
今、他の魔獣に出られると対処が難しいくらい疲れていた。
この顔に眼のない獣の鱗粉のような粉を少し吸い込んだせいで、まだ吐き気が残った。
強い南風は次第に弱まり、また戦ぐ風に変わった。
街道の脇にぺったりと座り込み、持たせてもらったバッグから水の入った革袋を取り出す。
水を少しだけ使って、指先を洗った。
水を少しばかり飲んで喉を潤す。
緊張が和らぎ、少しほっとして、ため息が出た。
バッグの中に小さい袋で塩、別の小さい袋には小さな甘い焼き菓子が数個入れてあった。
オセダールとあのメイドの細やかな心遣いに感謝。
合掌。
塩を少し指につけて舐めて水を飲んだ。
塩を舐めながら、少し考える。
あの暗殺者だ。気配は消してくるわ、いきなり何もない空間から、刃が出たり蛇を放ってくるのだ。
あれが人外の速度によるものなのか、それとも。
現世と幽界の狭間。薄明の世界にでも棲む人外、とでも言うべきなのか。
物理の法則を一切無視して、空間から刃を出すなど普通には出来ない。
ここが異世界なれば、そうした事も可能、なのか。
なにか理由があるはずだ。
そう、どんな物にも理由がある。それはたとえ、異世界でも、だ。
まったく理由もない物理事象等、存在しない。
結果が有るのなら、そこに至る「何か」が無ければならない。
原因とか因果関係とは言わない、何かが有る筈なのだ。
あれが私が全く知らない魔法か「何か」かもしれないが。
そう、今の私が判っていないだけだ。
だがしかし、それだけの能力を持つなら、蛇の毒に頼る必要などなかろう。
そこから考えられるのは、あの空間の狭間に身を置ける者はそう多くは居ない。
そして、その能力も常に使えるわけではない。短い時間なのかもしれない。
侵入する時などに使うのだろう。
そして気配消しが最初から出来るなら、私が感づく事すらなかった筈だ。
つまり、どの能力を取っても容易く使えるものではない。という事を意味している。
取り敢えず、一名は斬った筈だ。あとは手傷を負わせたとは思うが、何しろ血が零れていないので、判らない。手応えはあった。
四人居たはずなので、残りは三人。一名はかなりの手傷だろう。
もう一名。掠ったはずだが、どこに掠ったのか。
無傷が一名か。
これで諦めてくれれば良いのだが、そうもいかないだろうな。
バッグの中にあった大きい革袋には燻製肉。バッグの中に入っていた小さいナイフで、少量切り出して、中にあった小さなフォークで食べる。
味がしっかり付いていて旨味が濃い。
もう少し水を飲んで、出発。
キッファの街に向かう。
途中は少し坂道。
あの時荷馬車を引っ張りながら、この緩やかな坂道を登ったのを思い出す。
この坂道の周りは、少しばかり小山がある。南はその小山でその先が見通せない程度には、山になっている。
あの時に、事情も説明出来ずに門番から逃げ出したので、本当はキッファにも行きたくはないのだが。
恐らく、北部街区商会のスルルー商会の手は、キッファにも延びているだろう。
カフサの街とトドマの港町には、彼奴等の手は伸びていなかった。
配下の商会が無く手配できなかったのかも知れない。
スッファの西に有る川の南の方も街があるし、スッファの街の南南東にもある。
そっちは商会の手が伸びているかは定かではないが、何らかの手配はされているだろう。
あの時に見たキッファの街は大きかった。
ポロクワ市のあのポロクワ街より少し大きいのかもしれない。
彼処に行くのは気が重かった。
しかし、蒔いた種は刈り取らねばならぬ。たとえ中が空っぽでもだ。
つづく
恐るべき強さの姿なき暗殺者たち。
そして魔獣は、今までに見た事のない、もはや獣の範疇を外れている生き物であった。
次回 続々・街道の激闘
マリーネこと大谷はキッファの街を目指していた。
そこでも、なおも魔獣が襲い掛かってくるのだった。