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083 第14章 スッファの街 14ー12 街道の激闘

 朝には何時もの様に鍛錬をして、宿を出るマリーネこと大谷である。

 街道の途中では暗殺者との激闘が待っていた。

 

 83話 第14章 スッファの街

 

 14ー12 街道の激闘

 

 翌日。

 

 朝起きてやるのはストレッチ。

 そして空手の型、護身術。

 

 何時もの服に着替えて剣を持って降りる。

 中庭に出て、剣の鍛錬。

 ブロードソードからだ。

 

 一礼。抜刀!

 抜いた剣をほぼ止めずに、右上から回って右下から一気に左に払う。

 剣は中央上に行き、左足を半歩踏み出して一気に下へ切払う。

 剣を引いて前に突き出し。

 右足も半歩踏み出して、再び剣を引いて右八相の構え。

 そこから左足を踏み込みつつ、やや中央に向けて斬り下ろし。

 そして剣は左に行き、足を揃え左八相の構え。右足を半歩踏み出しつつ、やや右の下へ斬り込む。

 

 蛇を想定し下の方への攻撃を丹念に練習して確認する。

 

 魔獣が出るとしたらあの濃紺の魔犬、イグステラか。

 角から電撃だったな。電撃は千晶さんの言うように避けようがない。

 いつも通り、撃たれる前に斬る。他に方法はない。

 

 ブロードソードを仕舞って、大きい鉄剣を鞘から抜く。

 

 蛇使いの暗殺者がどんな攻撃で来るのか、さっぱりだが。

 いつものように、私は私に出来る闘いをするしか無い。

 

 鉄剣の剣先を左後ろに向けてから、一気に右に払う。

 払った右から今度は上に振り上げて真正面に落とし、地面スレスレで止める。

 右足を引いて剣を右脇に引いて、一気に前へ突き出す。

 そこから上に振り上げて真正面に下ろす。

 

 右八相の構えから、腕はもう少し上に上がって剣先が左側に倒れ反時計に二回回って、一気に右下から左上に行き、そこから左下へ手首を返しながら回って、右上へ。

 手首を返しながら右下へ剣先が向かい、其処からまた中央よりの左上。

 濃い空気を斬り裂いて、∞の軌道で剣先が廻った。

 

 まだ、速度が遅い気がする。

 これで相手を斬り倒す事が出来るのかは、判らない。

 本気のステンベレを斬り倒せたのは一頭だけだった。


 剣を仕舞って、今度はダガーを二本。

 護身術の型をダガーで行う。

 どれくらいこれが相手に効果があるかは、まだ判らない。

 

 こういうのは、実戦闘を経なければ正しい評価はできない。

 練習試合では、本気の剣を迎え撃てるか判らないのだ。ましてや、今の私はシャドウでしか訓練できていない。

 

 空手の型を混ぜていく。

 相手と実力が拮抗している場合、足技は相手が剣を持っている時は出せない。

 暗殺団相手に足技は自殺行為だろう。こういう時は基本の手技だけだ。

 黙々とダガーを繰り出す。

 

 汗が滲んだ。

 訓練はここまで。ダガーも仕舞う。


 今日もいい天気だ。

 

 これから落ち穂拾いだ。

 どうやら落ち穂の中身は腐っているようだが。

 

 お金の入った小さなポーチを袈裟懸け。

 首元には階級章。

 出発する。

 

 玄関に行くと扉の外にメイドが四人とポーター、ドアボーイがいた。

 背の高いメイドが、珍しく顔を曇らせながら、私に小さなバッグを寄越した。

 北部街区に行った時にオセダールが持たせてくれた物だ。

 

 「お嬢様。中にお弁当と水を入れて御座います。どうかご無事で」

 

 「ありがとう御座います」

 私はペコリとお辞儀した。

 そのバッグを肩から袈裟懸けした。

 

 そして、ありったけの笑顔を彼女に向けた。

 「お世話になりました。ご迷惑ばかり、お掛けました」

 「私は、これから、キッファに行きます。皆様、お元気で」

 みんな深いお辞儀をしている。

 

 走り出す。

 門の扉を開けてもらい、また走り出す。

 観察する者たちが、今のやり取りを見ていただろう。

 私が迷惑かけまくって、宿を出るという芝居だから、オセダールには遠慮してもらったのだ。

 そして、読唇術が出来る者が居るかも知れないから、私は出立を装ってその様に喋ったのだった。

 

 さて、付けてくる者は居るだろうか。まずは北に向かい中央通りに行く。

 案の定、もう後ろに気配がある。

 

 少し小走りで中央通りに出て、そこから西へ。

 

 門についた。

 門番に挨拶して街の外へ。

 

 暫くはゆっくりと歩いて、それなりの距離を歩く。

 そして橋を渡る。

 村から最初に此処まで出てきた時に、立った場所だ。

 あれからもう九〇日以上か。

 

 私は南の空を見上げる。

 空は晴れ渡り、雲はかなり南の方にあるだけだ。

 

 何もかも放り出して、南の田園風景の中を突っ走りたい気分になる。

 

 そういう機会も、いずれは来るだろう。

 

 ……

 

 いちいち、お嬢様扱いされてしまう屋敷を出た事で、ほっとしている自分がいる。

 中身はどこまで行っても、五〇を過ぎた草臥(くたび)れたおっさんなのだ。

 ああいうのが続くと、流石に疲れる。

 

 しばし、深呼吸して南のほうを見る。

 晴れ渡る空に雲が浮かんでいる。

 このあたりの南は穀倉地帯なのか。

 

 青々と茂る植物たちがたぶん穀物を実らすのだろう。

 時々ゆったりとした風が東から西に向かって吹いて行く。

 やや黄土色がかった長い葉たちが、その風で揺れていた。

 

 鳥たちが、(さえず)る声がする。小さな鳥たちが()いては草から飛び出し、上昇と下降を繰り返していた。

 

 異世界ではあっても、平和に見えるこの田園風景。

 

 もっと、自由なのだと思っていた……。

 

 この異世界で、自分は何の(しがらみ)もなく、自由に生きていけると思っていたのだ。

 

 しかし、現実は甘くなかった。

 

 目を閉じると深い溜息。

 今は、あの腐ったフラグをへし折るか、回収するか、しなければならん。

 

 目を開けて、もう一度深い溜息をついて歩き出す。

 

 暫く歩くが、相手がつけて来るには遮蔽物が無さすぎか。

 あの時、馬車が襲われていた場所に着いた。

 濃紺の魔犬が出た場所だな。

 

 右手の林の方に、少し入って、太い樹木の脇でしゃがむ。

 

 南の方を向いて、左手を地面につける。

 

 東の方角からの反応があるか、または私の後ろから有るのか。

 西からの反応があっても、それが敵なのかどうかは不明だ。

 だが、今の所どんな人物も全て敵だと思っておこう。

 

 少し北に向かい、また南を向いてしゃがむ。

 

 これで、こっちに来る人物は何人(なんぴと)だろうと、まともな人物ではない。

 荷馬車の御者なら、こんな奥までは来ない。旅人も同じだ。自分から魔獣のいる森林に入る莫迦は居ない。

 

 さて、私の血の匂いで魔獣が来るのが先か、暗殺者が先か。

 それとも、同時か…。スッファの街の北では、偶々あの傭兵たちが同時に出た魔獣と戦ってくれたが、今回の暗殺者がそうするとは思えない。

 

 

 早速、左から気配が。私は少し西に移動する。

 大きな樹の西側に回り込んで、南を向いてしゃがむ。気配は二人。しかしまだ仕掛けてくるようには思えない。多分、待っているのだ。

 三人か四人になるのだろう。

 上から来るのか、それとも囲んでくるのか。五人で全方位かもしれん。

 

 と、人数が増えた。四人だ。

 

 急に頭の中に警報が。四人が動き出したのだ。

 

 囲まれるのは、不味いよな。どう考えても。

 西に向かって走り始める。

 

 相手がどういう攻撃で来るのか、全く不明だ。

 この少女の姿の人物一名を殺るのに四人掛かりとはな。死んだあの女も入れれば五人だったのか。

 林の中で少しばかり開けた場所に出た。

 

 気配がもうすぐ近くだが、姿は見せない。

 

 ! 不意に頭の中で一際高い警報。

 体を左に捩るようにして、横に倒し左手で体を支えて、左前方に転がって立ち上がる。

 

 ギリギリの躱しで、長い針が後方に飛んでいった。三本か。

 

 また相手が移動した。

 

 不意にやや大きい、薄い金属の輪っかが、三つ。やや不規則な軌道で襲いかかる。

 躱したが、金属の輪っかは私の横の細い木を次々と切断して行った。

 

 あの飛んでいる奴は『チャクラム(※末尾に雑学有り)』か。円月輪ともいう。昔、日本でも忍者が用いたと言われる、多分そういった武器だ。

 古代インドに古くから伝わるものだ。

 

 こういう武器は対処が難しい。

 投擲武器でありながら、斬る事を目的にした武器だからだ。

 

 この武器は回転している事で切断力が高い。下手に受ければ剣も折られる。

 あれの縁に毒が塗られていたら、掠るだけでも、終わる。

 

 止める方法は、あの輪っかの中に剣なり、槍なり、こっちの指なりを入れてやる。

 ただし不規則な軌道を描いて飛ぶ円盤の中心に剣なり指なりを突っ込む事自体が、相当に困難だ。しくじれば剣が折られるか、指が切れて無くなる。

 

 または、私の出鱈目な筋力頼みの剣で上から叩き斬るか。

 

 私は敢えて、やや空いた場所を確保。下手に茂みや草叢(くさむら)に入れば、あの赫毒蛇が来るだろう。薄暗い場所はやばい。

 

 

 つづく

 

 

 ───────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ チャクラム ─

 

 チャクラムとは、その語源はサンスクリット語の輪っかを意味するチャクラからである。

 この円形武器は、ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌ神が右上の後ろ手に持っている輪っかの形状の武器から来ている。

 

 このぎざぎざのついた輪っかはスダルシャナ・チャクラと呼ばれ、一〇八の鋸歯を持つ円盤武器である。

 この鋸歯の回転する方向とは真逆に回転する二列の小さな歯があり、その数はなんと一〇〇〇万もついているといわれる。

 

 この武器は世界を維持する神であるヴィシュヌ神が、世界が悪の脅威に(さら)されたり、混沌に陥ったり、或いは破壊的な力に脅かされた時に、自らの役目である「世界の守護者」として様々なアヴァターラ(一般的には化身と呼ばれる。サンスクリット語で権化、化身、降臨を意味する)を使い分けて、降臨する際に「クリシュナ」となった時に、これを自在に使ったという。

 

 ちなみに「クリシュナ」はヴィシュヌ派の一派、ガウディーヤ・ヴァイシュナヴァ派では最高神に位置づけられている。

 ヴィシュヌ神の化身は無数にあるとされるが、その中に重要な化身が一〇あるとされ、ダシャーヴァターラと呼ばれる。(意味はサンスクリット語で「一〇の化身」である。)

 これらの化身のうち、「クリシュナ」が他の全ての化身の起源とみなされている。

 「クリシュナ」は自分に敵対する悪全てを、このスダルシャナ・チャクラで切り裂いたと言われている。

 

 ちなみにヴィシュヌ神が右手の下に持つのは、カウモーダキーと称せられる武器でメイス(鈍器)である。

 

 さて、チャクラムの起源は古く、どの程度昔からあったのかは定かではない。

 

 そもそもヒンドゥー教自体が、いつ頃から発生したのかすら、諸説あって定まっていない状態である。

 

 インダス文明の中で生まれた教義的なものや哲学的なものが後に伝わり、発展していったものではあろうが、インダス文明の(くさび)型文字がまったく解読されていない為に繋がりは不明である。

 紀元前八〇〇年頃にガンジス川流域で古代インド哲学が興り、それがヒンドゥー教の重要な哲学の基本になっていく。途中でこの地においてはバラモン教が興っており、またペルシアからの侵略などの歴史も併せ、ちょうど紀元前五〇〇年くらいから西暦四〇〇年くらいの間に各地で戦争も起きている。

 

 バラモン教は紀元前二〇〇年頃に支配者層の宗教の座から転がり落ちて、土着の宗教と混ざり合いながら民衆宗教になっていく。時を同じくして、ヒンドゥー教が興っていったものと思われるが、この辺りは曖昧である。

 西暦四〇〇年頃には、民衆宗教となったバラモン教は全てヒンドゥー教に吸収される形でヒンドゥー教は一層隆盛を極めるようになる。

 叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」等が纏められたのもこの頃であった。

 

 これ以前は宗教的な対立から(いさか)いも度々起きており、僧たちが自分たちの身を守る為に護身術が発展していったのであろう事は容易に想像がつこう。

 

 神話の古さからや当時の宗教の対立等の状況から言っても、この武器は恐らくどんなに遅くとも西暦四〇〇年までには確実に存在した物であろう。

 これは古代インドの僧らが伝承した護身術の中で、この円盤武器が登場したと言われているからである。

 

 この武器はその後、平安時代の頃にインドからやって来た僧らによって日本にもたらされて、忍者の使う武器となった。

 

 日本では、「円月輪」或いは、「飛輪」等と呼ばれている。

 

 形状は円形だが中央には大きな穴が開いている。

 直径は一番小さい物が一二センチ位だが、大きいものになると直径三〇センチ程もあったという。

 

 武器の運搬は小さい物は紐などを通して腰からぶら下げるか、専用の箱に入れるなどした。

 大きい物は、腕に通したり、被っているとんがり帽子に刺していたりしたとの事である。

 

 この武器は投げて使う、投擲武器である。

 短距離の敵にはあまり向かない。また弓のような長距離にも適していない。

 凡そではあるが、五メートル前後位から三五メートル前後位までが威力を発揮できる範囲だという。

 投擲武器としては極めて珍しく、はっきりと「斬る」事を目的とした武器である。

 

 投げ方は、二通りある。

 一つは円盤を水平にして面の上下を指で挟んで、そのまま投げる方法。

 縦に投げるか横に投げるかで軌道も異なる。

 一応はフリスビーの様にして投げる事も可能。

 これは比較的長距離向きである。

 

 もう一つの投げ方の方が、おそらく漫画やゲーム等で有名である。

 指を円盤の内側に大きく空いた穴に通して、円盤を回転させる。

 十分に回転数を上げた所で目標に向かって投擲する。

 小さいチャクラムは、ほぼこの使い方をする。

 殺傷力が格段に高い上に微細なコントロールが可能な投擲方法である。

 

 大きい物は大体、指全体で掴んで、上から、或いはサイドスローの様に投擲する。

 何れにせよ回転するチャクラムの威力は凄まじく、三〇メートル離れた竹でも斬り倒したとの事である。

 

 そんなチャクラムの唯一の欠点は、投擲後は戻ってこない事である。

 いや、手元に戻ってくる様な運用ができない事である。

 

 勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 フリスビーが戻って来る様に投擲出来る訳で、大型のチャクラムもそれは不可能ではないのだが、それを受け止める事が極めて難しく、失敗したら自分が死んでしまうか、大怪我をするために、そのような投擲はしない武器である。

 投擲後は落ちた場所に回収に行かなければならない。

 

 因みに「クリシュナ」の扱うスダルシャナ・チャクラは、必ず目標とした敵を切り裂き、そして投擲した彼の手元の指に戻ったという。一投必殺の武器であった。

 

 

 この武器は十分に薄く作るか、或いは周囲をかなり研ぎあげて刃を付けると、恐るべき凶器となるのである。

 剃刀の刃が回転しながら飛んでいる事を想像すれば、それがどれだけ危険かわかるであろう。

 

 こういう武器が、インドや中東、イスラム社会の方で好まれたのは、欧州諸国と異なり、鎧がさほど発達して行かなかった事も大きな要因である。

 

 欧州では、紀元前以前より鎧の発達とともに、武器には大きな変遷があったが、暑い地域では分厚く着こむ鎧は好まれない。また古代の僧侶らは基本的に布一枚か二枚である。

 従って薄着のまま闘う事になるので、撲殺系と特に斬殺系の武器が発達していく要因となったのである。

 欧州の場合は、革の鎧から革の複合メイル、チェインメイル、そしてフルプレートメイル等と変遷していく際に使用する武器も大きく変わっていくのであった。

 

 湯沢の友人の雑学より

 ───────────────────────────

 

 街道の途中にでた暗殺者達は4人で組んでマリーネの命を奪わんとしていた。

 

 次回 続・街道の激闘

 今までに出会った事のない、異次元の強さを持った強敵である。

 そして今まで見た事も無い魔獣がマリーネこと大谷を襲う。

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