表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/306

082 第14章 スッファの街 14ー11 宿の小部屋にて

 マリーネが今日起きた事を報告していると、そこに警備隊の責任者がやってくる。

 そして、事態は深刻な事に。

 82話 第14章 スッファの街

 

 14ー11 宿の小部屋にて

 

 全員が椅子に座った。背の高いメイドが紅茶を載せたワゴンを持ってきた。

 

 四人の前に紅茶が置かれる。

 

 「どこから、話せば、よいでしょうか?」

 

 「その前に、ギルドにいたら警備隊の人が来たんだ。宿の方で悶着があったといって。そして殺し屋を捕まえたとかいう話だった。それで急いで戻ってきたんだ」

 そう、真司さんは言った。

 「何があったの? マリー」

 千晶さんがこちらを見た。

 

 流石に、全てを誤魔化す訳にはいかない。もう、十分オセダールに迷惑も掛かっている。

 「昨日に、北部街区に、行きました、が、そこで、私は、命を、狙われて、いました」

 「オセダール様にまで、迷惑を、掛ける、つもりは、ありませんでした、が、ここに、戻って、来たのが、失敗でした」

 「ここに、戻った事で、相手は、もう、私の、居場所を、知って、直接、殺し屋を、送り込んで、来たのでしょう」

 私は紅茶を飲んだ。

 

 そして続ける。

 「狙われて、いるなら、部屋の、中に、何か、仕掛けるのでは、ないかと、思いました」

 「それで、私は、自分が、お借りしている、部屋の、ドアに、仕掛けを、しました」

 「そして、誰も、入らないように、お願いしたのです」

 「その結果が、どうだったのかは、先程、見た、通りです」

 私は、みんなを見回した。

 

 そして、更に続ける。

 「今日、サロンで、催し物が、有るのも、敵は、知っていた、のだと、思います」

 「大食堂が、外部に、開放されて、人が、入り放題、だったので、大勢の人が、いました」

 「その大食堂に、女の、殺し屋、が、いたのです。毒の、吹き矢の、様な物を、放って、きました。三連続です。辛うじて、躱せました、が、相当な、手練で、ある事は、その事だけでも、間違いないです」

 「縛り上げて、警備隊を、呼んでもらい、引き渡してから、真司さんたちが、戻ってきました」

 「後ひとつ、警備隊は、この件を、上層部に、報告すると、言っていました」

 「これが、ここまでの、経緯です」

 

 周りの三人から、一様に溜息のようなものが漏れた。

 

 オセダールが喋り始めた。

 「この事態は、お嬢様の責任では御座いませんぞ。そう自分を責めなさいますな」

 「これは北部商会のしでかした不始末。お嬢様は、言ってみれば不正を正された。しかし、北部商会は逆恨みをしたというしかありませんな」

 

 「もしかして、これは一昨日、監査官様の仰言っていた四人の不届き者をマリーが倒してしまった事件に関係があるのですね」

 千晶さんが言った。

 

 「然様(さよう)小鳥遊(たかなし)様の仰言る通りで御座います」

 そう言って頷くと、オセダールは紅茶を飲みながら何かを考えていたように見えた。

 

 「このままでは、北部と南部の街区で戦争になってしまうでしょう。北部商会は間違いなく、お嬢様の身柄引き渡しを言ってきますでしょうから」

 「それは、とても飲めない話。お嬢様は私の客人です。北部の暴力に屈してお客人を引き渡したと有っては、私はもうこの街どころか、この国で宿も商売も出来ますまい」

 

 「しかし、今は街の大規模な葬儀を控えた大切な喪に服する時期。刃傷沙汰は、とうてい許されますまい。お嬢様、よく、(こら)えて下さいましたな。お嬢様の腕前なら、あの警備隊に渡した女を斃すなど、造作もなかった筈。街の中で血を流さない事を守って下さったのですな」

 オセダールが私の方を見て、そう言った。

 

 オセダールの表情が険しいものになった。

 「これは商業ギルド総会での緊急動議案件となりますでしょう。まさか、スルルー商会の()()れが、これ程愚かとは」

 

 「どうすれば、いいのでしょう」

 正直、五〇も越えたおっさんが、どうしましょうとか言って、途方に暮れている場合ではないのだが。

 

 「もうすぐ、警備隊の責任者が来ますから、そこでもう少し何か話が進むかも知れませんな」

 

 私は紅茶を飲んで、暫く考える。

 

 

 別のメイドが入って来た。警備隊の人を連れてきたのだった。

 

 この女性は鎧姿ではなかった。例によって男装の麗人。

 玉ねぎ色の髪の毛の女性。麻色のようなスーツ姿に首元にスカーフ。肩には肩章らしき物と飾り。いくつかのモール。腕には腕章。そして白い手袋。


 この人が責任者か代理か代行の人か。どれかだな。

  

 「初めてお目にかかります。私が、スッファ街警備隊本部、本部長代理のルーダ・リル・リーレンと言います」

 胸に白い手袋をした右手を当てて軽く会釈が有った。

 

 「この程は、白金のお二人はご苦労さまでした」

 「ナロン殿、ゼイ殿から、だいぶお言葉を頂いております」

 真司さんと千晶さんが立ち上がって、そう言ってお辞儀した。

 

 たぶん、街道のあの討伐の件だな。

 

 彼女は椅子に座った。

 

 「部下からの報告も上がっています。中央通りで白昼堂々、暗殺未遂行為があったと」


 ここで背の高いメイドが本部長代理の女性に皿とカップを出して、紅茶を注いだ。

 リーレン本部長代理は、メイドに軽く会釈した。

 

 彼女は一口飲んで、話し始める。

 「大変由々しき事態となった訳ですが、今の街は喪に服する期間。日程も決まり、四日後には合同の葬儀となります」

 「三日後にはベルベラディの方から、葬儀の為の神官と、ここの大規模な警護のために、応援部隊も来る事が決定しています」

 「そして、報告ではこれは北部商会の仕掛けた事と、こちらに居るヴィンセント殿が言ったとあります」

 「間違い無いですね?」

 

 オセダールが言った。

 「ヴィンセントお嬢様が例の四人を倒してしまい、警備隊に引き渡した、という事実に北部街区商会が逆恨みをしているという事でしょう」

 「実は、昨日にヴィンセントお嬢様が北部街区に行き、そこではかなりの無法が行われたと聞き及んでおります」

 「そして、その無法を全て叩き伏せて振り切って、中央通りに出た所で暗殺者に出会って、これも打倒したという事になるので御座います。リーレン本部長代理様」


 「え?」

 真司さんと千晶さんは、当然知らない。

 二人とも顔を見合わせている。

 驚くのも無理はない。

 

 「……」

 リーレン本部長代理は、無言のまま紅茶を飲んだ。

 

 それから彼女は、静かに話し始めた。

 「そして、今日も白昼堂々とこの食堂で暗殺未遂行為が有ったという報告」

 「これが北部街区商会がやったのなら、本来ならば、如何なる事情有りといえど手を出してはいけない、越権行為」

 

 「ここは南部街区。それぞれ自治権が在ります。中央通りは確かに街全体の責任で管理ですが、北部街区も南部街区もそれぞれの受け持った商会が代表管理者というのは、長い間の取り決めです。其処(そこ)を踏みにじった事になります。従って確たる証拠が必要でしょう」

 

 オセダールは、部屋で自殺した暗殺者の事を切り出した。

 「本日に、この宿の中において、暗殺者がもう一人、お嬢様を狙っておりましたが、その者は逃げられぬと悟って服毒自殺して果てました。その者が死ぬ直前、『赫き毒蛇団』を名乗ったので御座います。まだ襲ってくる口ぶりで御座いました。事態は一刻を争うものと思われます。リーレン本部長代理様」

 

 「それは真か」

 「遺体は、我らの手に」

 「なるほど……」


 「その者は、今から六〇日ほど前に、我が宿の下女働き募集で来た者に御座います」

 「それが、お嬢様を狙う暗殺者だった。という事は、お嬢様が他に恨みを買う様な事でもない限り、考えられるのは、あの一件しか御座いません」

 

 本部長代理の目が更に細くなった。

 「赫き毒蛇団は、そうそう簡単に刺客を出すような所ではないと聞き及んでいます。余程、金を積んだという事。そして、刺客は此処だけでは無いと言えるでしょう。南部街区の()()()()(ひそ)んで居る可能性が高い」

 

 オセダールは言い募った。

 「警備隊の方で、対処無しとなりますと、私も街の商業ギルド総会に緊急招集と緊急動議を出さざるを得ません」

 「一応、相手は誰なのか、オセダール殿。そなたは判っているのでしょう」

 「ドーベンハイ・スルルー商会のスルルーの方で御座いましょう。捕まった若造が、スルルー商会のあの妾の子供で御座います」

 

 本部長代理の目が閉じられて、そして開いた。

 「分かりました。あの一件は、商業ギルドの上層部と監査官方で全て仕切って、ルクノータ監査官がその件を引き取って、ベルベラディに持って行ったのです。裁きも向こうで決まったと聞いています」

 「警備隊には詳細の一切が伏せられました。それこそ、噂だけはいくらでもありましたが。我々は事実を持って判断するだけです」

 それだけ言うと、また紅茶を一口飲んだ。

 

 「抜き打ち監査の名目で、北部街区のスルルー商会の範囲に徹底的な調査を入れるよう、ルクノータ監査官の方にお願いを入れておきます」

 

 「分かりました。リーレン本部長代理様」

 オセダールはそうは言ったものの、納得しかねるという感じだった。

 

 本部長代理の表情は険しかった。

 

 急に、リーレン本部長代理はオセダールの方に向いて、こう言った。

 「オセダール殿も気を付けられよ。ここまで(こじ)れている様では、そなたも危ない。しかし、明確な証拠も無しに彼奴等(きゃつら)を逮捕も出来ぬ。そして、ここに警備隊を置くのも、明白な理由が必要になろう。もう少し事態が明らかになるまでは、こちらも動けぬ。しっかり自衛なされよ」

 

 これは、恐らく、プライベートな会話だろう。明らかに口調が違っていた。

 

 すっと、リーレン本部長代理は立ち上がり、そして言った。

 「今宵は、これで失礼する」

 

 彼女の表情は柔らかい微笑の様なものに変わった。

 「お三方、またお会いしましょう」

 軽く胸に右手を当てて、会釈すると本部長代理は部屋を出ていった。

 

 

 …………

 

 気まずい雰囲気だけが重苦しく辺りを支配した。

 

 

 このままではまずいな。

 あの赫蛇を使う暗殺者が多数いるとなったら、オセダールがどう頑張っても従業員数が多すぎて、彼ら彼女らを護れない。

 

 そして、食料を運んで来る業者ですら、危ない。すり替わって居るかもしれない。

 そしてこの宿に侵入、食事の中に遅効性睡眠剤でも入れられたら、侵入者は待つだけで良いのだ。

 

 人質にでも取られたら、オセダールがどう頑張っても私を護り切るのは難しい。

 従業員の命を犠牲に私を守る事で、自分の面子も護るとしても、だ。

 彼の心に深い傷が残るだろう。

 

 ……。

 

 何という、腐ったフラグだ。

 あの、やたらと服の薄い豊満な体つきの若い顔の天使が、この事態を見て手を差し伸べるなんて期待しちゃ、イケナイよな。

 

 中身が腐っていようと、空っぽだろうと、自分で蒔いた種だ。自分の力で何とかするしかない。

 

 もう、考えは纏まっていた。

 

 

 「オセダール様。もう、応援を、待つ、時間が、御座いません」

 「そこで、お願い、したい事が、御座います」

 「従業員の、命を、救う為にも、全員集めて、外出、しない様に、させて、下さいませ」

 「出入りの、業者の、方にも、臨時休業で、来ないように、言って、下さいませ」

 

 オセダールが、真っすぐこっちを見ている。

 

 「三日後までに、決着を、つけて、参ります」

 「お嬢様……。全て独りで背負うなど、無茶に御座いますぞ!」

 オセダールが珍しく声を荒げた。

 

 私はそのまま続けた。

 「もし、客室従業員の方や、執事の方が、人質に、でも、されたら、オセダール様が、辛い決断を、迫られます、でしょう」

 

 「マリー……」

 千晶さんが私の言う意味を即座に読み取ったのだ。

 

 オセダールの鼻が大きく息を吸い込む音が聞こえる。

 「お嬢様……」

 オセダールの顔が少し震えていた。

 

 「明日の、朝から、すぐ、始めます」

 「大丈夫です。街の、外なら、剣が、使えます」

 

 「そして、相手が、どれ程、沢山来ようと、私が、守るべき、ものが、自分だけなら、切り抜けて、見せます」

 

 「明日、私だけ、この宿を、出立(しゅったつ)する、芝居を、打ってください」

 「従業員の、方にも、徹底して、ください」

 

 「そして、ここに、迷惑を、かけ過ぎて、この街に、居られなくなった、と、外に、色々と、噂を、流してください」

 

 「私は、西の、キッファに行く、フリをして、街の外に、全員、(おび)き出します」

 

 「危なすぎる。マリー。濃紺の魔獣、イグステラもいるんだぞ」

 真司さんが真剣な顔で私に言った。

 

 私はそれには答えず、続けた。

 

 「相手が、誘いに、乗ってくれば、街から、充分、引き離して、闘います」

 「相手側の、犠牲が、大きくなれば、彼らは、金額に、見合った、物なのか、考えて、手を、引くかも、しれません」

 

 「リーレン本部長、代理様は、言いました。余程、お金を積んだ。と」

 「たった、一件の、少女を、消せ、という、依頼でも、かなりの、お金が動いた」

 

 「あの、服毒、自殺した、女は、他の者が、私を、仕留めると、言いましたが、お金で、動く、職業人なら、必要以上の、損害は、許容出来ない、筈です」

 「スルルー商会が、何処まで、意地になって、お金を積むか、次第ですが」

 

 ……重苦しい空気が其処に漂っていた。

 

 「オセダール様。私が、必ず、街の外で、決着を、つけて、全て、収めて、戻って、参ります」

 

 「皆様、不用意に、動いて、北の思惑に、嵌らないよう、お願いします」

 

 「真司さんと、千晶さんは、オセダール様と、ここの人たちの、護衛、お願いします」

 

 三人共、無言だった。

 ここに迷惑をかけたくないのは真司さんと千晶さんも同じ気持ちだからだ。

 

 私はメイドの人に何時もの服を持ってきて貰うように頼んだ。

 

 

 ……

 

 

 オセダールはじっと、この小さな少女を見つめていた。

 何をどうしたら、これ程の度胸と自信がつくのか。

 いや。この少女は自信家でも自惚れ屋でも、無い。

 それは談話室でこの少女の嘘偽らざる気持ちを聞いたのだから。

 

 ヴィンセントお嬢様の上にご武運があります様に。

 戦いの女神、武神アレンフィーヌ様の御加護があらん事を。

 

 

 つづく

 

 相手商会の証拠を未だに掴むことが出来ず、警備隊は具体的には動けないと言う。

 このままでは宿の従業員にまで危険が及ぶ。

 

 次回 街道の激闘

 

 マリーネこと大谷は、1度、宿を出て暗殺者を街の外におびき出して対決することを選んだ。

 そして街道の途中では暗殺者との激闘が始まる。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ